それを見ていたアザゼルさんは、ソーナ達とのゲームの前に何とかしないといけないと思い……
夢を見る。
血溜まりの中に倒れ伏す母の亡骸を前に泣くことしか出来なかった幼い自分。
母を助けられなかった父を責め、袂を別った夢。
そして……包帯を巻いた男にズタズタにされる夢。
「ガッカリだなリアス・グレモリーの女王? これでは俺の将軍の肩慣らしにもならないじゃあないか」
「………………」
腕を組み、写真モデルの様な立ち方をしたライザーが薄く笑みを浮かべながら自分を見下し、その彼の前には全身に包帯を巻いた黒いスーツ姿の男。
そして自分の後ろにはその男ひとりによって倒された仲間達。
「以前からまるで成長をしていない。
所詮、危機管理もない餓鬼だったという訳だ。
くくく、茶番は終わりにしてトドメを刺してやれよギル?」
「……………」
意識が残っているのは自分だけ。
だがそんな自分もライザーの一言で再び動き出した包帯の男によってトドメに刺されてしまう。
その恐怖が朱乃に『逃走』と警告音を激しく鳴らす。
けれど身体が動かない。
ゆっくりと、近づいてくる包帯男から逃げたいのに身体が動かない。
死ぬ……殺される……! その恐怖が朱乃を支配していく中、包帯の男はゆっくりと顔を覆っていた包帯を外し……。
「死ネ、虫けラのヨウに……」
「!!!」
皮膚の無い、筋繊維丸出しのおぞましい中身を晒しながら自分の心臓を貫いた……。
「……ハッ!?」
眠っていた朱乃は目を見開きながら勢いよく起き上がる。
場所はグレモリー家の客室。
「はぁ、はぁ………ゆ、夢……?」
ライザーの将軍の包帯の男に仲間達を葬られ、自分も心臓を貫かれたのが夢だったのかと、自身の胸に穴が空いていない事を確認してホッとしながら、朱乃はベッドから降りて部屋に置いてあったミニ冷蔵庫から水を取り出して飲み始める。
「嫌な夢……」
余程あの包帯の男にボコボコに殴られ続けたとがトラウマなのだろう。
ここ最近の朱乃は頻繁に包帯の男に蹂躙される悪夢ばかりを見ており、包帯の中身がおぞましい姿であるという恐怖からくるヴィジョンも見せられていた。
「…………」
為す術もなく一方的に叩きのめされた。
それもただ素手だけで。
恐らくあの時は本気すら出していなかっただろう……それほどの差を実感させられているに加えて、あのライザーの右腕の位置に居るというのが余計に恐怖を助長させている。
「どうしたら良いのよ……」
このままでは勝てない。
そして永遠にこの悪夢に支配される。
朱乃としてもこのままではいけない事は理解している。
しかし解決の方法が全く思い浮かばない。
彼にリベンジをする? いや、あの時から少しだけ成長しただけの自分ではきっとまた半殺しにされるだけだ。
ましてや彼の真骨頂すら知らない今は挑むだけ無謀なのだ。
リアスとソーナのレーティングゲームが決まった今はそちらに集中すべきなのは当たり前だが、どうしてもあの時のトラウマがちらついて集中できる気がしない。
「………」
皮肉な事に姫島朱乃は壁にぶち当たっていたのだ。
それも、よりにもよってギルという壁に……。
そんなトラウマの悪夢によって、良く眠れない夜を過ごした朱乃は、夜が明け、朝食もあまり喉を通らない状態でソーナ達とのレーティングゲームに向けての準備をする。
場所はグレモリー家の庭であり、堕天使総督のアザゼルがプロデュースするとの事で、用意したテーブルの上にはデータ化された様々な資料が並べられていた。
「先に言っておくと、俺が言う訓練メニューは将来的なものを見据えてのものだ。
直ぐにでも効果が出る奴も居るが、長期的に見なければならない者もいる。
ただ、お前らは成長中の若手だし、方向性さえ見誤らなければイイ成長をするだろう。という訳でまずはリアス、お前だ」
こういう事は中々敏腕であるアザゼルに呼ばれたリアスが前に出る。
「お前は最初から才能、身体能力、魔力全てが高スペックの悪魔だ。サーゼクスの妹だけはある。
なので、このまま普通に暮らしていてもそれらは高まり、近い内には最上級悪魔の候補となっているだろうぜ。
が、お前は将来よりも今強くなりたい……だな?」
「ええ……あんな敗け方はもう嫌だわ」
アザゼルの言葉に対してあの日を思い出しながらリアスは頷いた。
「あんな敗け方……サーゼクスにも聞いたが、ライザー・フェニックスの事だな?
確かに映像を見させて貰ったが、あれは奴がリザインという不可解な真似をしなければ完全に敗けていた。
しかも、相手は王を含めてたった三人にな」
「…………」
実質的に完全敗北を喫したレーティングゲームに出た眷属達の顔が暗くなる。
「いつかリベンジしたい気持ちはわかるが、今はソーナ達とのゲームに気持ちを向けろ」
『………』
そんなリアス達に対してアザゼルはそうスッパリと言いながらトレーニングメニューの紙を渡すと、次は朱乃の番になる。
「次に朱乃」
「…………はい」
アザゼルが堕天使なせいなのと、寝不足なせいか少し不機嫌な様子が見てとれるが、アザゼルは敢えて気付かないフリをする。
「お前は修行云々より前に、自分の中に流れる血を受け入れろ」
「…………………」
「フェニックス家との1戦は記録映像で見せてもらったぜ。
結果だけ言わせて貰うなら、お前は相手を嘗めすぎだ。
だからあんな不様な目に遭うんだよ。
本来のお前のスペックなら敵の
それなのに何故、堕天使の力を振るわなかった? 雷だけでは限界があるのは、その時で理解した筈だ。
光を雷に乗せ、『雷光』へと到達させなければお前の本当の力は発揮できない」
「……………」
アザゼルの指摘に朱乃はぐっと唇を噛んだ。
確かに本来の力を扱えばあの時だってまともに戦えていたし、ああも殴られる事もなかったのかもしれない。
堕天使としての己に嫌悪している――しかしアザゼルの言うとおりそうは言っていられないのかもしれない。
あの母を殺された夜よりももっと強大な――どこまでも暗い目をしていた包帯の男のトラウマを拭うためには……。
しかしそれでも堕天使としての力は――
「…………」
「……チッ、それでもって顔か。
仕方ねぇ、一誠のトレーニングメニューとして組んでいたのだが、お前も同じメニューをやって貰うか――荒療治になるがな」
「え……?」
そんな朱乃の葛藤を見抜いたのか、アザゼルは舌打ちをしながら荒療治をすると言い出した。
それを聞いた朱乃は一誠と同じトレーニングメニューを組ませると言われて思わず一誠と顔を付き合わせながら目を丸くする。
一体何なのか……? 残りの面子達に其々適した修行メニューを渡し終えるまで待ってろと言われた二人は何をする気なのかと考察する。
「なんなんスかね? 俺達のトレーニングって?」
「…………」
一誠の呟きに対して朱乃も分からないので答えられない。
荒療治とアザゼルは言ったが、その時点で嫌な予感しかしない。
「さてと、他の奴等は各々修行に入って貰った。
後はお前ら二人だが……まぁ、とにかくついてこい」
「は、はぁ……」
「………」
付いて来いと言われて城の外まで出る二人。
そのまま暫く城下町を歩き、郊外に出て、あまり人も立ち寄らなそうな雑木林の中へと侵入する。
ここまで来ると一誠も朱乃もどこに連れていかれるのかと心配になるが、無言のまま前を歩くアザゼルに質問する空気では無かったのでただ黙って奥へと進み、少し開けた場所へとたどり着く。
「さて、ここで良い。
あまり他の奴等に知られる訳にはいかないからな」
「ここは……」
「グレモリー領の中でもあまり他の悪魔達が足を踏み入れてこない未開発の土地だ。
ここならば誰にも見られる心配はないと思って選んだ」
「見られる心配はないですって? アザゼル、アナタは何を企んでいるのかしら?」
一気にキナ臭いものを感じた朱乃が警戒心を剥き出しにするも、アザゼルは茶化す様に両手を上げて降伏のポーズをしながら答える。
「別に悪さをしよってんじゃない。
お前と一誠――後はリアスは、特にライザー・フェニックス達に対するトラウマが強い。
リアスはまだ立ち向かえる『勇気』を持っちゃいるが、朱乃はギルという男に、一誠はライザー・フェニックスに明確なトラウマと心の奥底で『二度と立ち向かえない』という静観の気持ちを持っている」
「「……」」
アザゼルの指摘に図星を突かれた様に固まる二人。
「じゃ、じゃあこれからやるトレーニングはあの焼き鳥野郎に立ち向かえる為の……?」
「有り体に言ってしまえばな。
戦いの根底は精神にある。始まる前から折れてたら話にもならないだろう? 今から行うのはその精神の再構築だ」
発表されるアザゼルのトレーニングに二人は一体どんなトレーニングなのだろうと興味を抱き始めた。
「故に……ったく、交渉するのに苦労したんだぜ? 頼むからその苦労に見合った結果を示せよな?」
座禅でも組まされるのか? 日本人故に精神修行のイメージがそんな感じだった二人だったが、アザゼルの言葉と同時に、彼の数メートル背後の何もない空間から『黒い炎』が浮かび上がり、歪なゲートの様な形になったと同時にその中から現れた人物達にギョッとする。
「堕天使総督殿。
話が違うのではないか? 俺達は兵藤一誠に稽古を付ける為に協力しろと言われたから出向いた。
しかし、そのとなりに聞いてないのが一人混じっているようだが?」
忘れもしない太陽の様な金髪。
心の奥底に潜り込んできそうな蒼い瞳。
そして何よりチャラチャラした格好の癖に圧倒される存在感。
「ら、ライザー・フェニックス!?」
「……!」
それはトラウマの黒幕ともいえるライザー・フェニックスそのものであり、彼ばかりではなく包帯の男ことギルも、レイヴェル・フェニックスも――そして先日ライザーの眷属となったシーグヴァイラ・アガレスまでもが黒いゲートの中から姿を現したのだ。
思わず『恐怖』が再来して滝のような冷や汗を流す一誠と朱乃は、どういう事だとアザゼルを反射的に睨む。
「カウンセリングの結果、お前の所の将軍のせいでこの姫島朱乃が精神的に再起不能になりかけてるんだ。
だから連れてきた」
そんな二人の視線を背にアザゼルは顰めっ面をしていたライザーに事情を説明する。
「だからどうだと言うんだ? そこの女王が再起不能になりかけているからどうだというんだ? アンタとの約束が違う以上、俺達はこのまま帰ることもできるぜ?」
「そう言うな、その分の謝礼もちゃんとするし――なんだ、取り合えずシーグヴァイラ・アガレスをちゃんと止めておいてくれないか? さっきから俺を殺そうといわんばかりの形相で睨まれてしまっているんだが……」
「ライザー様との間に『嘘』をついた時点で貴様に生きてる資格はない。
バラバラにして地面にバラ撒いても足りない……!」
嘘ひとつでライザーの敵と断定し、今にも殺しに来そうな殺意を放つシーグヴァイラにアザゼルは内心、そこまて心酔させるライザーのカリスマ性にただただ驚いてしまう。
「落ち着けシーグヴァイラ。
………チッ、こうなったら俺だけの問題ではなくなる。
レイヴェルにギル、お前達は彼以外の相手もしなければならないかもしれなくなることになるが、それでも構わないか?」
「…………」
「私は構いませんわ」
ポンとシーグヴァイラの肩に手を乗せて落ち着かせながら、レイヴェルとギルに問うライザーに二人は頷いた。
「……だ、そうだ。
無論謝礼は倍で貰うぞアザゼル殿?」
「無論だ、助かったぞ」
「礼なら二人に言え。
そこの女王を二人は嫌っているからな」
「? なぜだ、お前達とのゲームの時に朱乃が本気を見せなかったからか?」
「堕天使としての力を解放した所でギルのか足元にも及ばないのはわかりきってるから、そんな話ではない。
まあ、一々理由を言う義理はないだろう?」
「……………」
「う、嘘だろ……ら、ライザー・フェニックス達が修行相手だなんて……!」
「ぅ……」
荒療治の意味がわかってしまった朱乃と一誠は、アザゼルに対しても一歩も引かないライザーや、彼の足元に膝づくシーグヴァイラ、そして――
「あらギル、包帯が緩んでるわ。
こっち向きなさい、今直してあげるわ」
「………」
「ちゃんとしておかないと……。ほらネクタイも曲がってるわ」
いそいそと世話を焼くレイヴェルと焼かれてるギルを見ながら戦慄が隠せなかった。
「さてと、この前振りだね兵藤一誠くん―――と、ええっと、誰だったかな……? そうだ、姫島朱乃さん?」
「ど、どう……も……」
「…………」
こうして近くに居るだけで引き込まれ、猛烈な安堵感を覚えてしまう一誠と朱乃は必死に心の中で抗いながら、薄く微笑むライザーになんとか形式だけの挨拶を返す。
「そこの堕天使総督に昨晩訪ねられて今回の話を持ち掛けられてね。
姫島朱乃さんやリアス・グレモリーさんやその他については正直どうでも良いが、兵藤一誠くん……キミが俺に対してトラウマを持ってしまって成長を阻害させてしまっているというのは申し訳が無いと思って、今回は是非俺達に対するトラウマを払拭して貰おうと協力をさせて貰うことになった」
「え……あ、アンタが俺に……?」
思わぬ言葉に一誠は恐怖を少し忘れて目を丸くすると、ライザーは子供に対する慈愛めいた微笑みさながら頷く。
「キミには期待できるものを感じるからな。
まあ、そこの彼女は知らんが」
「………………私は貴方に何かしたのでしょうか? 先程から妙に言い方に棘を感じますが」
「頭のてっぺんから足の爪先まで興味のない存在にはこういう口の聞き方になるんだ。他意は無いよ他意は」
「……………」
あるだろ。
と思うくらい笑顔で毒を吐かれて固まる朱乃の一誠は内心呟いた。
「もっともキミはギルに対してトラウマを抱えてる様だし、相手はギルにやらせるつもりだが……気を付けろよ? ギルは他人の前では物静かだが、一旦スイッチが入るととても熱くなりやすい激情家だ。
せいぜい再起不能から完全敗北にならないように頑張るんだな」
「っ……!」
その一瞬、笑顔だけど目が笑ってないライザーの一言に、朱乃はしきりにアザゼルから話しかけれても無視してるギルを見ながらブルっと身体を震わせた。
こうして予期せぬトレーニングが開始される事になるが、二人は果たしてトラウマを克服できるのか……。
「じゃあまずは今のキミ達の実力を見せて貰おうか。アザゼル殿に聞いただけでは判断も難しいからな。
という訳で兵藤君、ギルかレイヴェルのどちらかと軽く戦ってみて欲しいのだが、どっちと―――」
「れ、レイヴェルでおなしゃす!!!」
「―――――あ、そう。わかりやすいお返事で結構だよ。
いけるかレイヴェル?」
「何時でも……。
そんな顔しなくても大丈夫よギル。
彼には一切触れさせやしないから」
「…………」
「と、いう事だから姫島さんはギルと軽く戦う」
だから誰も立ち寄らない場所まで来たのかと納得した朱乃は、向こうの質問にさっさと美少女と戦うと言い切る一誠に呆れつつ、まずはレイヴェルと向かい合う一誠の戦いを観戦する事になる。
「では始めろ」
アザゼルが仕切り、向かい合う二人に開始の合図を送った瞬間、赤龍帝の籠手を纏った一誠が先手必勝とばかりにあの技をだす。
「喰らえッ!! リベンジ・ドレスブレイク!!」
それは相手を傷付ける事なく靴下のみを残して衣服を吹き飛ばすという、男にとっては実に画期的な技だった。
どうやら一誠はレイヴェルに対してトラウマを持ってる様子は無く、寧ろその服の下が気になって仕方ないらしく、アホみたいな顔をしていた。
「あの時はそこの包帯野郎のせいで失敗したが、今は『一対一』で手助けが無い。
フハハハ! 俺の目が正しければあの時よりもおっぱいが成長しただろう!? 今こそ見せて貰うぜ、おっぱいドリームを!!」
「…………………」
「アホかアイツは」
アホ過ぎる宣言を前にアザゼルも呆れつつ、チラッとライザーの様子を伺うと、ライザーは苦笑いしていた。
「服だけを吹き飛ばすとは本当なのでしょうかライザー様? もし仮にレイヴェル様の服が飛んでしまったらギル様は……」
「殺されるな彼が。
が、レイヴェルはそんな柔じゃあないぜ?」
ドレス・ブレイクの魔の手がレイヴェルに襲い掛かる。
だがライザーがシーグヴァイラに教えた通り、レイヴェルにその技が当たる事はあり得ない。
何故ならレイヴェルの額には橙色の炎が灯り、その炎と同じ色の炎が両手にも灯り、まるでジェット機の様に空へと飛んだのだから。
「なっ!?」
「フェニックスにあんな技術が……」
驚く一誠とアザゼル。
額と両手に炎を灯し、空中に静止するレイヴェルの瞳は炎の色と同じ橙色に輝いている。
「アナタに服を吹き飛ばされたら、私は死んでも死にきれませんわ」
これがレイヴェル・フェニックスの覚醒した天の七色の炎の一つ。
大空の炎……。
「き、綺麗だ……」
天へと昇る朝焼けの様に清みきった炎を灯すレイヴェルを前に一誠は思わず見惚れて動きが止まる。
「ばか野郎! 戦う相手を前にボサッとしてんじゃねぇ!!」
「ハッ!?」
アザゼルが見かねて激を飛ばす事で何とか正気を取り戻した一誠だが、そんな隙をレイヴェルが見逃す訳もない。
「もう遅い」
「うっ!?」
「なにぃ!? 俺が目で追えないだと……!?」
両手の炎を噴射し、目にも止まらぬ速度で一気に一誠の目の前へと移動したレイヴェルにアザゼルは目で追えなかった事もあって驚愕する。
「くっ!」
『Boost!』
咄嗟に倍加を掛けて迎撃しようとする一誠が拳を突き出した。
だが目の前に居た筈のレイヴェルの姿が再び消え、その拳は空を切る。
「何っ!? こ、今度は何処に――」
「こっちですわ」
何処へ行ったと慌てる一誠の背後からレイヴェルの声が……。
いつの間に後ろに回り込まれていたのだと振り返った一誠だが、その瞬間鳩尾に炎の推進力で倍増された威力の拳がめり込んだ。
「はうっ!?」
メキメキと骨の砕ける嫌な音が聞こえた気がした――と同時に一誠の視界は強制的に真上へと、顎への鋭い痛みと共に向けさせられた。
「ガフッ!?」
ショートアッパーが突き刺さったのだ。
幸い舌は噛んではないが、今ので顎からも嫌な音が聞こえた気がした。
「アナタに恨みはありませんが、そういう目で見られるのは不愉快です。
私の服を脱がせて良いのはこの世でギルだけですからね……ふふふ」
「ごはっ!?」
身体が上空へと投げ出された一誠に合わせて飛んで追い付いたレイヴェルが両手の炎をより強く燃え上がらせ……。
「そもそもアナタに好意を抱いている方々は大勢居るのですし、私に悪戯をする暇なんて無いのではなくって?」
「び、美少女を前になにもしない奴は、男じゃねぇ! そ、それにギルって野郎には副部長に関する借りがあるからな! キミにエロいことができたら悔しがらせられるだろ!?」
なんとも情けない仕返しを考えてたらしい一誠に、レイヴェルはハァと深くため息を吐いた。
「その無謀な勇気だけは褒めて差し上げましょう。
もっとも、その分痛い目にはあってもらいますがね……!」
業火の如く燃え上がる両手の炎が空中に投げ出されて落下しようとする一誠の頬に突き刺さり、地面へと叩き付けられる。
だがレイヴェルはそれで終わりにはさせなかった。
軽いクレーターを作りながら倒れてる一誠に対して更に追い討ちを掛けたのだ。
「私の服を吹き飛ばす等、無駄、無駄、無駄―――――無ゥ駄ァ無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!!」
「ごぼぇぇぇっ!?!?」
鬼の様な怒濤のラッシュがクレーターを更に広げながら一誠の全身を叩き壊す。
「お、おい……死ぬんじゃ……」
「フェニックスの涙を実家からかなり失敬してきたので問題はないでしょう。
それにレイヴェルも殺すつもりはありません」
「な、なんてえぐい……」
あまりの迫力のラッシュを前に朱乃は当然として、アザゼルも若干引き始めるが、温いやり方ではダメだと思ってるライザーは冷静にシーグヴァイラとお茶を飲みながら観戦している。
「無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! WRYYYYYYYYYYYーッ!!!!」
「ライザー様、レイヴェル様の発してる妙な声は……?」
「あぁ、俺もギルもそうなんだが、テンションが最高潮に達すると無意識に出るんだよ、あんな感じの声が」
「なるほど、えっと、うりぃぃ……?
私も覚えなければいけませんね」
「……いや、別に無理しなくても良いぞ本当に」
テンションが最高潮に達してるレイヴェルの奇声がライザーやギルも発してるものだと知ったシーグヴァイラは、一誠がぼろ雑巾にされてるのも気にせず発声練習をしている。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄――――――無駄ァァァァッ!!!」
「ヤッダーバァアァァァァアアアアア!?!?!?」
やがてその長きに渡る怒濤のラッシュも、渾身の……しかも大空の炎の推進力を加味したパワーの一撃で幕引きとなり、一誠な言葉にもならない奇声と共に林の奥の木を数本なぎ倒しながら吹っ飛んでいった。
「……………ふぅ、これで彼もおかしな事は考えなくなるでしょう。少なくとも私には。さぁアザゼルさん? フェニックスの涙でさっさと彼を回復させてはどうですか?」
「あ、あぁ……それは良いが、お前が見せた容赦の無さで次ギルと戦う朱乃が完全に怯えてしまったぞ」
「あ、あぁっ……こ、殺される……み、皆殺される……!」
「……。連れてくるべきではなかったのでは?」
まるで伝説の超サ○ヤ人の極悪さと強大さをキャッチしてしまったM字王子みたいに絶望している朱乃は、ボキボキと指を鳴らしながらこっちをみてるギルに震えが止まらない。
フェニックスの涙が大量ストックされてるとはいえ、やはり怖いものは怖いのだ。
果たして彼らに明日は来るのだろうか……。
補足
これもまた皮肉ですが、レイヴェルたんの気質に一誠が余計惹かれているかもしれないというね。
無論本人はギル(イッセー)一筋ですし、下手したら平行世界の自分を殺しかねなくなるので、レイヴェルたんはガチの半殺しにして兄同様のトラウマを植え付けてやろうという……。
あれ、修行どころかトラウマを増やしてね?
その2
テンションが上がるとライザーもレイヴェルもギルも謎の奇声を発するらしい。
どこぞの仮面被って吸血鬼化した金髪さんみたいに。
その3
でぇじょうぶだ! フェニックスの涙でなんとかなる!