超!エキサイティン!!
……みたいな
外側の避難所。
国家に帰属しない軍隊と呼ばれる組織は、何物にも縛られずに即時対応を売りとした金で買える軍隊だ。
今でいうPMCの走りであり、軍を必要とする者達に必要な兵力を派遣し、報酬を獲る。
北郷一刀が民間軍事会社を参考に作り上げた軍団は、まさに各国が無視出来ぬ領域へと引き上げられていた。
必要な土地へと赴き、持てぬ者達の為に戦い、戦災の復興からインフラ整備まで整える。
無論何度もその存在を認めぬ者達からの攻撃はあった。
だがその都度最前線に立つ龍帝が敵を喰らい。
その龍帝によって覚醒させた人中の少女が常にその隣で戦った。
赤き輝きを放ちながら……。
けれど龍帝にはどうしてもやらなければならない事がある。
……離れ離れとなってしまった友人二人を取り敢えず一発ずつぶん殴り返すという目的が。
そして――
「オラァッ!」
「へぽっ!?」
「おぉぉぉっ……!!」
「ちょ、ま、待って……! もう動けな―――」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァー!!!!!」
「ヤッダーバァアァァァァアアアアア!!!?」
その少女との触れ合いを経て少しは前向きになってみようかなと、ほんのちょっぴりだけ思う事にした龍帝は、取り敢えずほぼ関わりを避けていた北郷軍の上位兵士達に戦いを仕込んでいた。
………ほぼ一方的な獄殺っぽいのも気のせいだし、ムカつきポイントがめでたく500ポイントを越えた趙雲こと星がどこかのゲス医者みたいな断末魔と共にぶっ飛ばされてるのも気のせいだ。
「あぁっ!? せ、星ちゃんが文字通りお星さまにっ!?」
「安心しな……手加減してある」
「いやしてないよねっ!? 星ちゃんにだけ嫌に容赦してないよねっ!?」
傭兵派遣事業も一刀のカリスマ性や彼に集った者達の頑張りで軌道に乗り始めた今日この頃。
色々あって先代のどこかの王がご臨終したとか、その後誰が何かしたとか、そんな細かい出来事を知らない一誠は、凄く珍しく他の者達と合同で鍛練をしていたのだが、意気揚々とからかいに来た趙雲こと星に、どこかの人型に進化した爪のラッシュ――――……いや、どこかの学ラン不良スタンド使いばりのラッシュをお見舞いしていた。
無論、容赦が無さすぎて他の子達がドン引きしたり、泡吹いて倒れている星に駆け寄る等しているが、一誠に反省の色は無く、軽く上体を反らして指を指しながら手加減はしていたと宣っていた。
「仕事に支障は無い程度にはしてあるのは本当だよ。
証拠に骨は折ってねぇ」
「た、確かにそうですが……」
「個人的恨みがどこか感じられる気がするぞ」
一誠の言うとおり、星の顔面は確かに傷ついてないし強い打撲程度のダメージではある。
それに確かに星は事あるごとに一誠に対して絡んでくるし、色々とからかおうとする事も多かった。
「攻撃が色々と正直過ぎる。
これは誰に対しても言えることだが……」
『………』
運ばれて訓練場から脱落した星には最早見向きもせず、この場に集まった訓練者に対して自分なりのアドバイスをする一誠。
一誠が訓練の受講をすると一刀が言ったせいで、結構な人数が集まったのだが、初っぱなから挑んだ星がこんなオチを迎えてしまったせいで微妙な空気が支配している。
「女だから、子供だから。
敵はそんな事情を考慮なんざしちゃくれない。
死にたくなければ、尊厳を壊されたくなければ『何をしてでも』捻り潰せ。
常に『飢えろ』飢えなければ勝てない」
それは彼の宿した『漆黒の意思』なのかもしれない。
心に強い壁を作り上げた彼が友人二人との日々によって形成された人生における『軸』なのかもしれない。
「それでは次は私にご教授願いましょうか?」
「………………」
今まで壁をつくって来た事で見えなかった一誠の内面がほんの少し見えた気がした。
誰もがそう思い、彼との手合わせに足踏みしている最中、前へと出たのは一誠にしてみれば一番『良い』と思っていた女性の黄忠。
所謂年上の癒し系タイプで一回一誠も原始人みたいなナンパを仕掛けた事はあったが、あまり好みではないとあっさりかわされた因縁? が両者にはあった。
「紫苑さんならちょっと優しくなるかも……」
「そ、そういえば前にだらしない顔をして声をかけていた事がありましたね」
「ふふふ……」
あの時の醜態は皆知っていたらしく、微笑みながら得物である弓を構え始めた紫苑に対して一誠は――
「うぶっ!?」
凄まじい速度で紫苑に肉薄し、掌底打ちを顎に打ち込み、脳が揺れて膝が折れた所を頭を掴んで地面に叩き付けたのだ。
「確かに前におねーさんには声を掛けまくったし、まぁまぁ良いなぁと思った事はあるぜ。
けどそれとこれとは別だぜ? 加減はしてやってるけど、優しくしてやる気はねぇ」
「あ、あわわ……」
「はわわ……」
「と、とても平等的なのだ……」
女性には紳士たれ。
それは何も無い時でならそうあるべきだと一誠は思うが、これは訓練とはいえ戦いだ。
父親代わりであり、未だ声が聞こえぬドライグからの教えにより一誠はその線引きが出来てしまっているのだ。
唖然とする一行を他所に、地面と強制的に接吻させられて目を回して気絶した紫苑の頭を掴んだまま持ち上げた一誠は、まるで空き缶でも放り捨てるかの如く適当に投げ捨てると、完全に勢いが無い面々に冷たく口を開く。
「次」
『…………』
「あ、アタシが行く!」
そんな中、意を決して前に出たのが馬超と呼ばれる少女だった。
彼女は得物を持ち、どこか一誠に対して複雑なものを抱いた表情で睨んでいる。
「…………………………………誰だっけ?」
そう、この興味の無い他人に対して名前すら覚える気のない態度が彼女は以前から気にくわなかった。
それだけではない、故郷を滅ぼした曹操の軍門には彼の友人の一人が居るのが複雑な気持ちを彼女に抱かせているのだ。
得物である槍を構え、先の二人の二の舞にはならないと油断無く脱力した様子で棒立ちしている一誠を睨みながら、一刀の号令と共に突っ込む。
「ヤァァァッ!!!」
気合いと共に放たれる突き。
しかし脱力しながら避けられる。
(わかっている! コイツにこんなのが通用しないことなんてな!)
だがそれは翠という真名を持つ馬超にはわかりきっていた事であり、直ぐ様隙があった膝に向かって蹴りを入れ込む。
「…………」
だがそれも軽く後ろに下がられる事で当たらない。
しかしその瞬間、後退してバランスを崩したのか、一誠は軽くよろめいた。
「取った!!」
その隙を翠は見逃さない。
刃の無い訓練用の槍の切っ先を、よろめいた一誠の鳩尾目掛けて渾身の突きを放った翠は一撃を見舞えた事を確信した。
「あ、当たった!?」
「翠の攻撃が一誠殿に……!」
確かに当たった。
周りも意外な展開に驚愕している。
だが攻撃を放った張本人の翠の顔つきは悔しげに歪んでいた。
「くっ……!」
「いやよく見ろ! 翠の槍は当たってはいない! 掴まれている!」
「……………………」
ギリギリと力と力の拮抗で槍が震える。
そう、翠の攻撃は届かなかったのだ。
「ぐぅっ!?」
そして片手で掴まれた槍を奪われてしまう翠は悔しげに歯を食い縛る暇も無く、逆に鳩尾に槍の一撃を与えられて訓練場の壁際まで吹き飛ばされて崩れ落ちる。
「ちく……しょう……!」
重い一撃。
戦いがあれば常に自分よりも更に前へと行って敵を壊していく様に恐怖を抱いたのは一度や二度では無い。
自分の故郷を失う理由である曹操達の中に彼の友人が居ると聞いて複雑な怒りを抱いていて、それでも彼には名前すら記憶されていなかった現実に殺意すら抱いた。
でも届かない。掠りもしない。
自分を文字通り子供扱いしてくる一誠の領域は――想像できぬ遠さ。
その遠すぎる領域を前に翠はそのまま気を失う。
「そこまで」
「翠!!」
「大丈夫か!」
奪った訓練用の槍を適当に投げ捨てる一誠を他所に仲間達が翠に駆け寄る。
「次」
だが感傷に浸らせる事もなく、無表情に一誠は次は誰だと冷たく見据える。
改めて見える一誠の化け物さ加減に、割りと新参である者達は皆怯えてしまう。
アレが自分達と同じ人間なのかすらも疑わしくなってくる。
だが一刀、桃香、愛紗、鈴々と同じこの軍の最古参であり、誰よりも汚れ仕事をしてきたのは皆知っていた。
だから彼を責める者は居なかった。
「居ないか……。
じゃあ今日の所はここまで―――」
「待って。恋とまだやってない」
割りとひょうきんな面もあるし、決して冷酷ではない。
というか寧ろ町にいる子供には何故か絶大な支持を集めているぐらいであり、この前なんか恋と恥ずかしそうにしてた音々音とで如何わしい歌と踊りを民の子供達として遊んでたぐらいだ。
そんな面を見てしまっているからこそ妙に憎めないし、そんな彼に唯一ついていけている恋との試合は何よりも目に焼き付ける価値のあるものだった。
「お前を相手するのに加減はできないな」
恋が前に立ったその瞬間、それまでだらけた顔をしていた一誠の顔つきが変化する。
そして戦場ですら数える程しかお目に掛かれない龍帝の籠手を左腕全体に纏う。
「一誠さんが出した。
最初から本気みたいだね……」
「それ程恋の成長速度は凄まじいからな。
悔しいが、一誠殿とまともにやりあえるのは一誠殿の友人であるあの二人か恋だけだ……」
「…………………」
痛む腹部を押さえながら意識を取り戻した翠が、得物を強く握りしめながら悔しげに恋を見ている愛紗に同意しながら初めてまともな『構え』をとった一誠を複雑に見つめる。
そしてそれ以上に鈴々が寂しそうに一誠を見ていたのに気づいて少し居たたまれない気分になった。
『Boost!』
そして始まる模擬戦というにはあまりにも壮絶な闘争。
左腕の赤い鎧の一部の様なものから謎の言葉が発せられると同時に一誠が恋へと肉薄し、拳を突き、恋がそれを受け止める。
「…………」
「くくっ……!」
そして互いの肉と肉……骨と骨のぶつかり合う様な攻撃のやり取りが展開される。
捌いては攻撃、受け止めては攻撃。
互いの攻撃が拮抗して互角のやり取りが展開される光景は誰しもが息を飲む。
「本当に凄いよね恋ちゃん……。
一誠さん相手にあんなに……」
「一誠殿が暇すぎたという理由で直接指導をしたらしいですからね。
元々恋は絶大な武を持っていたのが、一誠殿によって極限まで研ぎ澄まされたのでしょう……」
「………………」
拳と拳がぶつかり合う度に空気が突風の様に広がり、脚と脚が交差する度に地面がえぐれる。
まるで神話の様な光景にやはり武を志す愛紗や翠などは悔しさを覚え、そんな恋に一誠が付きっきりである現実にチビッ子達は寂しそうだった。
「ホント強くなったな……! けどそろそろお遊びはここまでにしようじゃんか?」
「…………わかった」
拳と拳を互いに掴みながら押し合いをする最中、一誠が笑いながら恋に促す。
そう、恋はまだ『得物』を持ってはいない。
彼女が宿し、そして覚醒させた
互いに後方へと飛び、一誠はその両目を妖しく輝かせながら全身に赤い闘気を放つと、恋はそれに応えるかの様に両手を輝かせると、その両手には赤く輝く方天画戟が握られている。
「上手く使いこなせてるな……」
一誠の強さの秘密のひとつ。
そして恋が掴んだひとつの領域。
「その内禁手化も見たいもんだぜ……」
「見せたら嬉しい?」
「まぁね、ヴァーリの影響を受けたせいか、割りと闘うのは嫌いじゃあないからな」
「なら到達してみせる。
一誠が喜ぶなら……」
誰しもが赤き輝きに見惚れる中、赤と赤が対峙する。
「オーケー……」
甘くなったな俺も……。
そんな事を一人思い、声が聞こえないドライグな今こんな俺をどう思っているのか……そう考えながら倍加させた力をより強く放出しながら恋と声を重ねた。
「「いざ、参る……!!」」
力を取り戻す。
その為には余計な枷は要らない。
けれど……ほんの少しだけなら――
『Boost!』
『Chain!』
寄り道くらいは良いのかもしれない。
自分に食らいつこうとする少女とぶつかり合いながら一誠の口許は少し緩んでいた。
…………とまあ、妙に真面目腐った展開だが。
訓練が終われば別にそうでもないのだ。
「酒ッ! やはり飲まずにはいられないッッ!!!」
「の、飲み過ぎだよ星ちゃん……」
「紫苑も……」
「飲まずにいられるかっ!! 私は何時もこうだ!」
「私なんて最初彼から向けられてたものが全部嘘でしたみたいな対応でしたよ……」
最初にリタイアさせられた二人は、一刀が折角だからと開いた宴会の席で酒をグビグビ飲みながら愚痴りまくっていた。
「紫苑は良いだろ。
彼の好みの女なんだから」
「いえ、それが……訓練以降の彼はどうも私に対して『興味が無くなった』って目である様な……」
「実際一切話しかけて来なくなったもんなぁ……」
チラっとチビッ子達に囲まれながら恋や音々音とご飯を食べている一誠を見る星と紫苑と桃香。
こういう席に出席する事自体が今まで無かったせいか、ここぞとばかりにチビッ子達が一誠に色々と話し掛けているのを見てると、何であんなに子供受けが良いのかがよくわからない。
子供だからこそ一誠が恐くないのかもしれないが……。
「いーやー! 璃々が座るのー!!」
「駄目ですぞ! この場所はねねのものです!」
「いっつも独り占めしてるんだから、鈴々達に譲るのだー!!」
「いやでーす!!」
「わかったから喧嘩すんな! 順番にやってやっから待ってろ!」
「いつの間に璃々が懐いているし……」
一刀が年頃にモテモテだとするなら、一誠は子供に好かれているというのか。
本人からしたら堪ったものではないのだろうが、こうして見てみると何故好かれるのかが解ってくる。
「そこで俺は言ってやった! 『全知全能? 笑わせるな、俺を倒したくばその三倍のおっぱいを持ってこい!』ってな!」
「あははは! なにそれ!」
「お、おっぱいがあれば……おっぱいがあれば……」
「あったら名前を覚えてくれる……」
「………無いのだ」
「本当に胸の話ばかりですね一誠は……」
「…………………………ある。勝利濃厚」
「すさまじく子供に悪影響を与える事ばかり言ってる様にしか聞こえんのだが……」
「というか何人か自分の胸を見て本気で落ち込んでるんだが……」
彼はなんというか……子供なのだ。
というか子供と同じ目線で話せるといった方が良いのか。
子供と遊んでいても絶妙な手加減でギリギリ勝たせて喜ばせるのが凄まじく上手いのだ。
「次は璃々の番~」
「は、早く順番よ来てください……!」
言ってしまえば精神的に幼いというのか。
とにかく子供にだけは滅茶苦茶懐かれている一誠は大人達からすればとても不思議に思えてしまうのだ。
「というか私に関しては第一声が『誰だっけ?』だぞ?」
「基本的に各地を放浪していた時期――つまり私までしか顔と名が一致してないみたいだからな。
紫苑は例外だったみたいだが……」
「その私も今では興味を無くされた様ですが……」
「でも真名で呼んでいるのは恋ちゃんとねねちゃん以外居ないけどね……」
「ご主人様はそんなこと無いのだがな……。
本当に奴の中での基準がわからん」
酒のせいか、ほんのり頬を朱色に染めてる恋が一誠に身を寄せているのを自然に子供を相手にしながら受け止めているのを見ながらグビグビと酒を煽る大人。
一刀はどうやら別の場所で誰が酌をするかで揉めてるのを前にあたふたしていた。
「え、君の方が諸葛亮さんで、こっちが鳳統さんだったの? …………あ、ごめん。
あんまり関わり無かったから……」
「でも今覚えましたよね!?」
「絶対に忘れませんよね!?」
「お、おう……」
「や、やったよ雛里ちゃん!」
「やっと覚えてくれたね朱里ちゃん!」
何でそんなに感激してるのだろうか……。
子供心はある程度理解できるけど、微妙な女心は理解しようとしていない一誠は首を傾げていると、知り合った順で言えば最古参である鈴々が話しかけてくる。
「ねぇお兄ちゃん。
ご主人様が愛紗達とたまにやることを恋としたのってホント?」
「ぶっ!?」
思わぬ一撃に一誠は飲み掛けていた水を思わず吐きそうになる。
「い、いやー……」
『……………』
やべぇ、ガキにどう説明するべきなのか。
そもそも何人か意味を知ってる様な反応なんだけど……と、聞いてきた鈴々やら、それを聞いて真っ赤になってる朱里やら雛里を見て返答に困る一誠。
一番幼い璃々にこんな話を聞かせるのは流石によくは無いし……恋に振ったら全部ぶちまけそうだし、音々音は……やめておこう。
「あ、あれだあれ。
俺は北郷君とは違って単に五目並べをしてるだけで……」
『……………』
駄目だ完全に嘘だと見抜かれてる目だと、五目並べ遊びを教えてたのもあってそれが嘘だと思われてる顔をされている一誠は凄まじく困った。
「じゃあ今度鈴々と五目並べしようよ?」
「……!」
しかも五目並べが隠語に聞こえてしまう一誠は、ジーッとこっちをガン見しながら誘われてしまってる現状によくわからなくなってきた。
「いや……夜にやる五目並べは大人になってからというかさ」
ガキになんつー説明をしてるんだよ……と、軽く自己嫌悪しながらも断る一誠。
横で恋が凄まじく鈴々達を見てるのが地味に怖い。
「というかガキ共、自分をもっと大事にしろ。
一時の気分で言うものでもねぇんだよ」
だがハッキリ言わなければいけないと、鈴々の頭に手を乗せながら一誠は少し言葉遣いを崩しながら逸らす。
意味を知ってそうなチビッ子達はとても悲しそうな目になっていて、一誠はここに来て以前一刀が言っていた意味をやっと理解した。
「先に言うぞ、俺は北郷君と違って本当に最低な奴だ。
胸の大きな女見りゃあ誘うし、敵なら女だろうが子供だろうがぶっ飛ばす。
だから俺にそんな感情は絶対に持つな、キミ達は大人になれば素敵な女に絶対になる。
その時君たちを心底大切にしてくれる男だって絶対に現れる。
だから――」
釘を刺せ。
子供の戯言だとしても敢えて本気で言え。
一誠はまだ大人になる前のチビッ子達に対して柔らかな声でそう告げると、ジーッと鈴々達を見ていた恋の頭を撫でる。
「精々良い女になって俺を後悔させてみな……ふっふっふっ」
『………………』
決まった。
これで俺に対する一時的な気の迷いなんて綺麗さっぱり消えた筈だぜ。
と、無意識に恋を抱き寄せたまま一口酒を煽ると、ちょっと重たくなった空気を払拭するためにわざとらしく声を張り上げた。
「よっしゃ! 明日は朝から鬼ごっこでもするかぁ! 俺が逃げるから、もし捕まえられたらひとつ願いを聞いてやらぁ!」
―――曹操、つまり神牙に影響されて余計な事を言ってしまったのだが。
「んぇ?」
「嘘じゃないよね一誠兄ちゃん?」
「本当にひとつだけ何でも聞いてくれるのですね?」
「もし同時に捕まえられたら?」
「え? あー……じゃあサービスで同時だったらどっちも聞くけど……」
その言葉を待ってたとばかりに鈴々、朱里、雛里から変なオーラが放たれた気がした。
「え? え?」
「一誠、今のは言ってはダメだった」
「は?」
「悪手ですぞ、典型的な」
「はぇ?」
「璃々もやろうかなー……?」
「? おう良いぞ? 掴まえられたら何か好きなこと頼んでみなよ? まぁ、捕まえられたらの話だけどね……ぬっふっふっふっ」
本人は捕まえられる訳が無いと完全に高を括っている。
だが鈴々とチビ軍師は敵戦よりも目が『マジ』だった。
「策を練ります」
「全力で練ります」
「お願いなのだ。絶対に三人同時で捕まえるのだ」
「お? やけにやる気だな。
てかあの体力無さそうなチビッ子ちゃんもすんの?」
次の日、殺しに掛かるレベルでマジになった者達に追いかけ回される事になるとは、呑気でアホな彼はまだ知らなかった。
「……………」
「恋殿……」
「ねね、どっち側につくべき?」
「ねねとしては、一誠――と言いたいですが、たまには己の言葉に責任を持たせるという意味ではこっち側の方が良いのかもしれませぬ」
「………」
そう、恋がどちらに付くかで難易度がNIGHTMAREになるかもしれないという意味で。
ただ純粋に慕っている者の方が確かに多い。
ただその中にはそうでもない者も居る。
そう思うからこそ恋は見抜けたし、実際問題誘いの言葉を鈴々が向けてきた時はムッとなった。
けれど本当に慕っているのを見ていると、ちょっと可哀想にもおもえてしまった。
「鬼ごっこか。
何故か北郷君にその話振ったら逃げ役にされた挙げ句、他の人達と参加する事になっちまったな」
「軽く周りの人達の目が血走ってましたが、彼は果たして生還できるのでょうかね」
「……………………腹上死したら思い切り笑ってやれそうだな」
屋敷に戻り、着替えを済ませた一誠と音々音と並んで縁側に腰掛けながら月を眺めてたそがれる。
これこそ他の者にはない恋だけの強味であるが、ここ最近の恋は一誠に対する想いの強さが大きくなっているせいで少し満足できないでいる。
「寝るかぁ。明日は鬼ごっこ大会になっちまったし」
「呆気なく捕まらないでくださいよ、恋殿の為にも」
「へーいへい」
明日に備えて寝ると、音々音に言われて生返事をながら自分の部屋に入っていく一誠を見送った恋は、音々音に言われて一緒に床につく。
「それで、恋殿はどちらにつくのですか?」
「………わからない。でも一誠を恋が捕まえられたら問題ないと思ってる」
「確かにそれが無難ですね………むにゃむにゃ」
眠かったのか、音々音は会話の途中で寝てしまった。
それを注意深く確認した恋は、起こさない様に部屋から出ると、静かに一誠の部屋の前に立つ。
「………」
身だしなみ……問題ない。
一誠を想う様になってからはほんの少しそういう面を気にする様になった恋は、自分の姿に問題が無いことを確認していると、部屋の中から一誠が声を発している事に気付く。
「……………………」
誰か部屋に? いやそんな筈は無い。
恋は気になって小さく扉を開けて中を覗いてみると、そこには赤龍帝の籠手を纏った一誠が誰かに話し掛けてる姿だった。
「ふっ、今の俺は不様に見えるかなドライグ? 絶対に情に絆されやしないって、この世界に来た最初の夜にお前に誓ったのに……」
恋はこの一誠の行動の意味を知っていた。
一誠の宿す神器には本物の龍が潜んでいて、二人の友人よりも更に強く繋がっている事も。
「それがどうだよ。
北郷君があれよあれよとPMCみたいな組織を作って、それに付いた連中の為に俺は動いてしまってる。
……しかも恋とはヤッちまったし」
人では無い。
でも親に捨てられた一誠はその龍に親みたいな感情を抱いている事を会話の節々から感じ取った事がある恋は、自分の名前が出てきてちょっとびっくりしながらも聞き耳を立てる。
「もう他人に騙されるのはごめんだって思って誓ってたのに……ははは、ドライグの言うとおりだったよ。
俺はどうやら死ななきゃわからねぇバカ野郎なのかもな」
「………」
「だからさ……早く……早く俺を怒ってくれよドライグ……! お前の声をまた聞かせてくれよ……!」
身体を震わせ、左腕の籠手に額をつけながら声を震わせる一誠。
「寂しいよドライグ……! バカな俺を怒ってくれよぉ……!」
「……………」
すがる様に、子供の様に静かに泣いているその姿に恋は思わず扉を開けて中に入った。
「! ぅ……れ、恋ちゃまか? ぐすっ、な、なんだよ?」
「……………」
「ち、違うぞ!? 別に泣いてねーぞ俺は! こ、これはあれだ、水を飲もうとしたら鼻に水が入っただけだぜ!」
泣いてる所を二度も見られたくはなかったのか、目を乱暴に拭いながら強がっている一誠に恋は何も言わずにその傍に座ると、纏われていた赤龍帝の籠手に触れる。
「恋と強くなればまた声が聞ける。だから頑張ろ?」
封じられた龍が親代わりなのは奇妙な事だけど、恋にとってはそれは関係無い。
ここまで引き上げてくれた今、今度は自分が一誠を引き上げる番。
そして必ず龍と再会させる。
その決意のもとに左腕の籠手を撫でる恋に一誠は暫し茫然とし、やがて憑き物が少し落ちた様に目を伏せた。
「はぁ……どこまでも変わってるなキミは」
「?」
ドライグとの意志疎通が復活したら、恋と会話させてみたい。
そんな事を思いながら赤龍帝の籠手を解除した一誠は恋の頬に触れ、そして優しく撫でると、困った笑みを浮かべながら口を開く。
「負けたよホント……」
「え……――」
負けた。
一誠は確かにそう言ったと同時に空いていた腕で恋の身体を引き寄せると、己の額を恋の額にくっつける。
「それで、こんな夜更けに男の寝床に来た理由はなに? 言ってみな?」
「それは……」
初めてされる行為に驚きながらも胸の中が大きく鼓動していく恋は真っ直ぐ見つめる両目に惹かれながら口を開く。
「一誠が、他の人の所に行くかもしれないって……思って……」
「ふーん? それで?」
「だから……その………!」
二度の経験を経て一誠にここまで圧された事は無かった恋は、胸の中の鼓動を更に強くさせ、身体に熱を帯びさせながら言った。
「もっと、長く……一誠と一緒に……居たい……」
消え入る様な声で、すがる様な声で恋は言った。
その瞬間、恋は一誠に押し倒されると……。
「知ってると思うけど、俺は色々と重いぜ? 一度でも自分の中に入れた相手を凄まじく束縛するからな。
………それでも本当に良いんだな?」
「…………うん。ずっと……一緒に……一誠と生きたい」
「言ったな? よし、じゃあまずは人の部屋に勝手に入った罰だぜ『恋』」
恋という存在を完全に受け入れた。
そしてやっと、成り行きではなく互いの意思で共に夜を過ごした。
「お前をもう恋ちゃまとは呼ばないよ。
ちゃんと恋って呼ぶ」
「……うん、ありがとう。大好き……」
「……。俺もチョロい性格だぜ。
さて、こうなった以上はあの二人が掌返しても追い返してやらぁ。恋も居るし今度は喧嘩しても絶対に勝てるぜ」
生まれた世界では掴めなかったものを異界の地にて漸く彼は掴めたのだ。
補足
これで仮に一緒に元の世界に戻ったとして、なんか正気に戻ってる連中を前にしても余裕だね!
その2
てか寧ろ子持ちになって帰還したりしてね……。
その3
ついでにBIG BOSSばりのカリスマ一刀も来て、冥界あたりを乗っ取って傭兵国家作ってたりね。