龍は帰還する……。
アイツの人生は俺が今まで見て来た中でも笑えない程に『運』に恵まれては居なかった。
覚醒させてすら居ないその力のせいで血縁者に捨てられ、その力を持つが故に悪魔に利用され、挙げ句代わりが出てきたらあっさりと捨てられ。
だから俺はアイツが餓鬼の頃からアイツに俺なりの生きる術を叩き込んだ。
宿敵との戦いの前に死んで貰っては困るからとその時は思っていたけど、何時しか俺は宿敵との戦いがどうでも良くなる程にアイツを見ていた。
自分からすり寄って来た癖に、あのカス野郎を前にしたらあっさりと寝返った無限の龍神との出来事が決め手だったか……。
俺は人間では無い。人の親にもなった事は無い。
アイツが一度俺に対して『父親』みたいだと言ってきた事があるけど、俺にそれを名乗る資格なんてありはしない。
けれど……けれど、俺はアイツに強く在って欲しいと思っている。
宿主だからとかでは無く、一人の男として……何物にも負けない強い男になって欲しい。
その為ならば、俺は二天龍等という何処の誰が勝手に呼び始めたその渾名も棄ててやろう。
宿敵である白いのに対しても敗けを認めてやろう。
俺にとってアイツは他の今までの宿主には感じなかった『大事』な者なのだから……。
だから俺はこの機をチャンスと考えた。
よく解らぬ世界に飛ばされ、どこぞで前にチラッと聞いた気がしないでもない人間共と同じ名前を持つ女共だらけの世界に落ちた事はアイツがかつて持っていて、そして失った『足りないもの』を復活させる契機であると考えた。
力を弱体化させ、俺との会話すらも不可能になったアイツが唯一頼れる友二人とも物理的に離れた事で、他人に対する疑心をある程度拭わせる為に。
そしてその時は来た。
ただ一人だけだが、固く閉ざされた心を開ける事ができた小娘が現れた事で俺は――――
「こうして話せるのは久し振りだな……イッセー」
「ド……ドライ……グ……?」
――俺とイッセーはより高みへと昇れる。
北郷軍が所有するアジトとでも云うべき建造物に儲けられた大部屋。
そこは主に主要な者達が集って組織の運営についてを話し合う場であるのだが、今回はそういった運営の話ではなかった。
「こうして直に地に足を付けてこの目で見てみると、人間の技術力も侮れなかったという訳か………苦い」
『……………』
燃える様な赤い髪とアイラインの入った紅い瞳。
野性味を感じさせる鋭い目付き。
そして何よりも背筋を思わず伸ばしてしまう低く渋い声。
例えるなら、一誠がそのまま二十後半から三十代前半まで歳を重ねたらそうなるかもしれない思われる容姿の男が出されたお茶を飲んで小さく苦味を訴える中、何よりも信じられないといった顔をしながら勢いよく席を立ち上がったのは彼から見て右隣に座っていた一誠だった。
「何で突然!? 昨日までそんな予兆すら無かったのに!?」
彼が口にした名前、ドライグ。
その名がどんな意味を持つのかは古参の者か一誠の更に右隣に座る恋か音々音ぐらいしか知らない。
それはつまり、鬼ごっこ大会の最中突然眩い輝きと共に現れたこの男こそがお伽噺でしか語られぬ龍そのものだということになるのだから。
「足りないものをお前が自分の足で探して手に入れられたからだ。
心配しなくてもお前を媒体にしてここに足をつけているだけに過ぎん。
もっと後数時間で自然にお前の中に還る」
「足りないもの……?」
「あぁ、それは――――いや、その前に困惑している者達に挨拶が先だったな」
龍は一誠との会話を一旦打ち切り、困惑している一刀達に向かって口を開く。
「赤い龍。それが俺の中身だ。
お前達の作法に従うなら真名は―――ふむ、長いからドライグで構わん」
どこか大雑把さが感じられる物言いに一刀達は互いに顔を見合わせて困惑していると、一人興味津々といった眼差しでドライグに話し掛ける。
「では遠慮無く真名を頂戴するとして私も名乗らせて貰おう。
私は趙雲、字は子龍……そして真名は星だ」
龍という名を刻む者としてはモノホンの龍を前にちょっとワクワクしてしまっているらしい星に、横で見てた一誠が内心(出た、うるさいだけの女)とげんなりした顔をしている中、ドライグが返す。
「俺に真名を寄越して良いのか?」
「貴方が先に我々に授けてくれたではないか?」
「それしか明確な名を持たないからだよ俺は。
だがまぁ、有り難く貰おうか」
『………』
一誠と生きた経験がそうさせているのか、今のドライグはとても『大人』であり対応も一誠と比べると……なんというか人間らしかった。
「お前の事はコイツの中で観ていた事もあったな。
………本気で鬱陶しがっていたけどな、お前を」
「うっ……あまり言わないでくれ。
自覚はしているつもりだったし……」
「くく、まあでも済まなかったよ。コイツの代わりに俺が謝ろう」
「ちょっ!? 何やってんだよドライグ!?」
ペコリと頭を下げる二天龍の片割れに一誠が慌てる。
ましてやこの鬱陶しい女にドライグが頭を下げるのは納得できないのだ。
「黙って座っていろイッセー。
行儀が悪いだろうが」
「ぬぐ……!」
そう言われてしまえばイッセーも黙って座らざるを得ない。
渋々と座り直すイッセーに――いや、たった一言でイッセーに言うことを聞かせられているドライグに星達を含めた面々は内心感嘆する。
「コイツに悪気は無い。
過去に色々とありすぎて他人を信じられなくなる程の疑心暗鬼に駆られ続けていてな」
「それは――……何となく彼の姿を見ていたら解っていたから良いが」
「フッ、だそうだ。
良かったなイッセー、ここの小娘共は結構器が広いみたいだぞ?」
「………へんっ」
どこか父性すら感じさせる笑みを前にイッセーは顔を逸らしながら不貞腐れる。
「という事だ。普段はコイツの中に宿っているだけだが、限定的にこうして実体化もできる。
何か望みがあれば俺に言え。可能な限りは聞いてやる」
そう言った後に全身から輝きを放ったドライグは一誠の中へと還る。
こうして北郷軍にリアルドラゴンが加わる事になったのだが……。
「さてと、あの場では流石に聞くわけにはいかなかった訳だが……」
「………………」
本題は一誠の所有する屋敷に戻って再び実体化してから始まった。
主に恋関連の話という意味で。
「まずは礼を言わせて貰おうか不可思議な世界の小娘。
一誠の心を開いてくれて」
「恋で良い。お礼も大丈夫、恋がそうしたいと思っていただけだから……」
「フッ……」
荒れ狂った一誠の冷たく閉ざした心の扉を開けた恋の、感情表現は少ないけど確かな意思を持った言葉にドライグは小さく笑みを溢す。
「てか大丈夫なのかよドライグ? 表にそんな出られないんだろう?」
「後数時間程度なら大丈夫だ。
それにこういう事は直ぐにすべきだろう?」
そう言いながらビクビクと一誠と恋の背に隠れてドライグを伺う音々音にも笑みを浮かべる。
「怖がらなくても後少しで俺は一誠の中へと戻る。」
「べ、別に怖がってなんかいません……!」
そう二人の背中に隠れて威嚇してくる音々音にドライグは苦笑いを浮かべる。
「俺との意思疎通が甦った今、お前はある程度力を取り戻せた筈だ。
といっても全体の数パーセント程度でしかないが、それでもこの世界を基準に考えればかなりの飛躍だ」
「具体的には?」
「鎧程度ならお前に与えられる。
もっとも、鎧を維持できる時間は限られるが……」
「禁手化か……」
「「?」」
数パーセントってなんだ? と横文字に首を傾げる恋と音々音を横に一誠の顔は難しそうなものだ。
「ヴァーリと神牙もそのくらいは取り戻せてるのだろうか……」
「恐らくはな。
だがそれでも尚次元を無理矢理こじ開けるにはまだパワーが足りん。
やはりこの世界は俺達が居た世界とはかけ離れてしまっているのと、切り離されて独立している可能性がある」
そこから抜け出すには更なる取り戻しが必要だとドライグに言われた一誠は、そろそろ迫るかもしれない大きな戦いの事も思い返す。
「ヴァーリと神牙。そのどちらとも喧嘩をしなければならないかもしれないか……」
喧嘩をするのは良いとしても、今の自分があの二人を相手に勝てるのか。
一度敗けている事もあって少し不安を感じる一誠だが、ドライグは言った。
「今のお前にはその小娘――いや、恋がいるだろう? これで二対二。不安に思う要素は無い」
そう言いながら苦いお茶を飲んでまた苦いと呟くドライグに、一誠はハッとなる。
「むっ、私は役に立たないとでもいうのですか?」
「おっとすまない。確かにお前も加えたら三対二だ。
こうなれば負ける要素も無くなる」
ムッとなった音々音にドライグが笑いながら訂正する。
そう、今の一誠は独りでは無いのだ。
「ちょっと前に突っ込み過ぎな面は感じられるが、お前の頭脳は二人の為になれるだろう」
「当たり前です!」
ちょっと慣れたのか、当たり前ですとドヤる音々音と会話をしてるドライグを前に恋の方を見ると、恋は無言で頷いている。
「くくく、正気に戻った馬鹿な雌共が見たらさぞ嗤える顔をするだろうな」
そんな二人の無言のやり取りを見ながらドライグは満足そうに頷いた。
何物からの干渉をはね除ける意思を持った……一誠を大事に出来る者という存在を求めていたからこそ余計に。
「あぁ、それとガキが生まれたら俺にも抱かせろよ?」
「ぶっ!? な、何言ってんだよドライグ!?」
「お前な……あれだけ何度も仕込めば確実にデキるのは俺だって解るぞ。
ふむ……となると身重になったら全力で護らんとな」
「……………」
白状共にドライグは今なら言える。
自業自得だ馬鹿共が……と。
ちなみに中止になってしまった鬼ごっこ大会だが、一刀は捕まってしまったとだけは言っておく。
誰にとは言わないが……。
終わり。
乳ドラゴンならぬ父ドラゴンであるドライグとの意志疎通を甦らせた一誠は、一部のパワーを取り戻せた。
「龍拳!!!」
とか。
「ビッグバン・ドラゴン波ァ!!」
とかとかとか。
史実にない大きな戦いが始まっても、彼は常に最前線で取り戻した相棒と共に敵をなぎ倒していく。
「この前はよくも二人してタコ殴りにしてくれたなァ……?」
「…………」
「以前とは比較にならない程に取り戻したのか……」
「それに呂布が神器持ちだったとはね……」
そしてリベンジ喧嘩。
「まさか異界の地で直接やり合えるとはな赤いの」
「フッ、そうだな白いの。
そしてこれが恐らく最後だ」
「ああ、そろそろ喧嘩も飽きたしな、だから――」
「「最終ラウンドだッ!!」」
天地を揺るがす最後の喧嘩。
外史を見張る誰かですらも干渉を許さぬ最強の喧嘩。
そして――
「小娘共! 小僧を守りたくば、喰ってばかりではなく強くなれ!」
「こ、小娘って、私もそれに含まれているのでしょうか……?」
「当たり前だ。
年長だか子持ちだか知らんが、俺にしてみれば貴様も文句無く小娘だ」
ひとつの事に決着がついて色々と枷が外れた父ドラゴンは小娘共の教育を暇だからと開始する。
「なるほどな、一誠がしつこいと思うのも無理は無いという訳か」
「ぐぬ! ド、ドライグ殿までそんな事を言う……。
良いではないか! 一誠は恋の事もあるし諦めたが、共に華蝶仮面として街の治安を守ろう!」
「こんなものを身に付けてもバレバレだろうに……」
そして妙に懐いてきた星から変なパピヨンマスクを押し付けられ……。
「さいくろん!」
「JOKER!」
何でか知らないけど掛け声がしっくり来るとかそんな理由で二人でひとつっぽい仮面ヒーローが誕生し……。
「Joker! maximum drive!」
本当に妙にしっくり来るドライグがわざわざ仕方なく必殺技っぽいのも考えてあげて……。
「ドライグ直伝・ジョーカーエクストリーム!」
横文字までマスターしてしまい……。
「正義は勝つ! わっはっはっはっ!」
「………………………俺は何をしてるんだ」
余計懐かれてしまったとか。
「私とドライグは割りと良い相性だった様だ……ふふん」
「………」
「あの、ドライグさん? 嫌なら嫌だとハッキリ言ってあげた方が良いと思いますけど……」
「毎回ガキの様に目をキラキラさせながら寄って来られたら断るに断れなくなった……」
「む、早くしろドライグ! 時間が限られているのだからな!」
「はいはい。それじゃあ一誠には帰りが遅くなると伝えておいてくれ」
大きな龍は子龍に連れ回される。
そして……。
「……む、どうやら双子だな」
「なんと! 恋殿、お二人のやや子を授かったようですぞ!」
「うん……今恋のお腹を蹴った」
「お、俺が本当に父親に……」
父ドラゴンは祖父ドラゴンにもなる。
「ふむ、ならばこの華蝶仮面・サイクロンが無事に産まれるまで華蝶仮面・ジョーカーと共に護衛しようではないか」
「……………」
「お前まだこの人に付き合ってやってたのか?」
「……。まぁな。
辞めようにも、言うと泣き出すんだよ……」
『もう良いだろ、やめにしよう』と以前言ったら、男に別れ話を切り出されて泣き出す女の様に泣きながらすがり付かれたせいで、引っ込みが全くつかなくなってしまうドライグはハァとため息だ。
「なぁ、もうそろそろ活動休止に―――」
「! や、やめるのか? な、なんで? 私がいけないのか? 私が嫌な思いをさせたのか? だったら直すからやめるだなんて言わないでくれ! お、お願いだから……うぇ……ふぇぇん……!」
「……………。冗談だ。なんなんだこの小娘は……」
人間・未だ未知の生物なり。
トントンと泣き出した少女の背中を撫でながらドライグは思う今日この頃だった。
嘘だよ
補足
約半日程度一誠のパワーを借りて人型自律起動スタンドみたいに実体化可能なドラゴン。
その性格も一誠の面倒を見たせいでちょっと優しい。
その2
あまりにもパパ可能だから変なのに懐かれた挙げ句、変なヒーロー活動まで付き合わされるかもしれないけど。
しかも声的な意味も込めて。