兵藤一誠はきっと今回のレーティングゲームの対戦相手であるライザー・フェニックスに匹敵する程の無類の女好きだったのかもしれない。
いや、現在も間違いなくその傾向が強いのだが、対象となる女性の年齢が引き上がってるのだ。
それは彼が親に捨てられたからなのか……。
はたまた偶々道端で拾ってしまった四十路物によって開眼してしまったからなのかは解らない。
「質問良いですかグレイフィア様?」
「何でしょうか?」
「もし今回のレーティングゲームに勝てたら、リアスちゃんの婚約は間違いなく破棄されるんですよね?」
「はい、間違いございませんが……」
「じゃあ、そのついでにフェニックス夫人と会える可能性ってあります?」
「……は?」
「いえですから、今回の対戦相手のライザーフェニックスさんの母親のエシル・フェニックス様の事ですよ。
会えますかね? 会えたらめっさテンション上げられるのですけど」
「…………」
とにかく彼は年上系――それも相当上の年齢の貴婦人に対してテンションが上がる様な男になってしまったのだ。
「畜生め、無表情で『知らん』ってつっかえされてしまった……」
「当たり前でしょうが、真顔で何を聞くのかと思ったら……」
「俺にとっては重要なんだよ! エシル様だぞ!? 絶対膝枕とかして貰ったら良い匂いしそうやん!?」
「似非関西弁はやめてください。それに一生涯会うことも関わる事も無いですから」
「イッセーくんの年上好きには本当に困りますわねぇ。その割りにはグレイフィア様やセラフォルー様にはそんな目では見てないし……」
「いや、若すぎるしね。
それに会長さんのねーちゃんってさ………なぁ?」
「僕に振らないでよ。コメントに困るよ……」
レーティングゲーム開始十分前。
小鳥を狩るだけなのに、参加者全員が全力で調整を行ったせいで、既に一方的な展開になる匂いしかしない中、ゲーム前の緊張も当然無い面々は、イッセーと年上好きに関する会話をしていた。
「お母様に対してもイッセーは特になにもしようとしないわね」
「いや、顔がリアスちゃんにそっくり過ぎるしな……」
グレイフィアにほぼ呆れられてしまってもブレが無いイッセーは、ゲーム会場となってる駒王学園のレプリカ空間の、リアス側の本陣である部室にて、小猫と一緒にストレッチをして身体をほぐしながら、リアスの母であるヴェネラナ・グレモリーに対する微妙な苦手意識を吐露していた。
「孫すら居る人妻っていう属性には大いに惹かれるものはあるけど、ああもリアスちゃんにそっくりだと、どうもリアスちゃんがチラつくっての? だったら別にリアスちゃんと遊んでた方が良くね? ってなるんだよね。
しかも小さい時から妙にリアスちゃんに厳しいことばっか言ってたのを知ってるから苦手だし」
「だから先輩ってヴェネラナ様の前だと石像みたいに無表情なんスねー?」
「余計な事を言ってリアスちゃんが怒られたら可哀想だしな……」
最初からウザ後輩モードになってる小猫に背中を押して貰いながら前屈しているイッセーの言葉に、リアスと朱乃と祐斗は内心、『そんな気遣いが出来るなら他の年上に対するあのアホさはやめたら良いのに』と思ってしまう。
『開始5分前です』
『エシル様ってS系かなぁ……うへへへ!』とか言い出し、後ろで聞いてた小猫がわざと力を込めて背中をギュウギュウと押し出した頃、今回のゲームの進行役をする事になったグレイフィアのアナウンスが聞こえた。
その瞬間、それまで緊張感の無い空気を醸し出していたリアスが全員に向けて声を掛けた。
「聞こえたわね皆? 開始と同時に全速力でやるわ」
一切の慢心も手加減もしない。
相手が人数の少なさで油断しているその隙を突いて短期決戦で決める作戦をこの10日の内に話し合いで導きだしていたリアスの言葉に、イッセーと小猫はストレッチをやめて立ち上がり、祐斗はその手に神器・魔剣創造の『進化』によって手にした2本の『銀狼剣』を手に持つ。
「気合い入れるわよ―――イッセー!」
互いを認め合い、互いに磨き合い、互いに進化していくリアスと眷属たち。
その力は異質なものへと高まっているが、彼女達はそれを自覚していないのか全員が口を揃えるのだ『いや、まだまだ』だと。
だからもっと先の先へと進むし、その歩みを止めるつもりはない。
「集合!!」
誰にも縛られない自由を求めて。
チーム一丸となって……。
「改めて今日もよろしく皆」
『はっ!』
イッセーに集合をかけさせ、祐斗、朱乃、小猫、一誠と円陣を組むリアス。
「敗けた後のご飯は美味しい?」
『No!』
「お風呂に入ってスッキリできる?」
『No!!』
「笑いながらトランプが出来る!?」
『NO!!!』
「ならば勝つしかないでしよう!?」
『yes!!!』
「勝たなければ私はライザー・フェニックスと結婚! そうなれば自由はないわ! 故に――勝つ!!」
『Yeah!』
「ギャスパー居ないけど、勝ってあの子の所に笑って報告よ! We gotta win!」
『Win!』
「Win!」
『Win!』
「Win!」
『Win!』
「Team libertas――」
『GO!!!』
勝つ。
それだけの事なのだ。
完全に殺る気――では無く、勝つ気満々の慢心ゼロ状態でスタートする事になった今回のゲーム。
ある意味でリアスのデビュー戦でもあるこのゲームを見に来た貴族悪魔は決して少なくもないし、リアスの兄で魔王でもあるサーゼクスも観戦している訳だが、開始のアナウンスが掛かった瞬間、それは一方的な殺戮みたいな展開になってしまった。
『全員解放しなさい!!』
開始と同時に、本来はまだ本陣で駒を動かすべき筈の王のリアスが自ら眷属達を引き連れて旧校舎外に出たと思いきや、全員が魔王クラスを彷彿とされる強烈なパワーを放出すると、ロケットの如く敵本陣へと突撃――
『ごきげんようライザーさん、そしてさようなら!!』
『ちょ、待っ――ぎぇぇっ!?』
あっという間に敵戦力を殲滅させた上で詰んでしまったのだ。
開始僅か30秒で。
『ウハハハハ!! 年上万歳!!』
優雅さだとか、客を楽しませるとか、そんなものなど糞食らえとばからに速攻展開に、観客達は唖然として言葉も出ない。
何せ全員して本陣ごと更地にしてしまってるのだから。
「くくくっ、相手を過大評価し過ぎだよリーアたん! でも良いよ、それでこそリーアたん達だぜ!」
唯一サーゼクスだけはそれが面白くて仕方ないとばかりに笑っていた訳で……。
『えー、キングのライザー様が詰みを掛けられた事により、勝者はリアス・グレモリー様となります。
今回のゲームの総時間数は約32秒となります、お疲れ様でした』
「え、えぇ……?」
「これはゲーム……なのか?」
当然ゲームを楽しみにしてた面子達は困惑するばかりであるが、勝ちは勝ちだし、殺しもしてないのでルール上では失格でもない。
だってチェス的に表現するなら、単に開始と同時に敵本陣に突撃しただけの話なのだから。
リアス・グレモリーとその眷属。
レーティングゲーム・デビュー戦 勝利。
決まり手・因果を断ち斬る祐斗の異常性により不死が一旦消えたライザーに対して、兄のサーゼクス同様に異質化したリアスの魔力がぶち当たって一旦死ぬも、即座に朱乃の直して戻す異常性で戻され、トドメに小猫の仙術で練り上げた力とイッセーの倍加されたパワーが本陣ごと消し飛ばす。
勝った筈なのに、ゲーム会場から戻ったリアス達を待っていたのは微妙な顔をした者達だらけだった。
「勝ったので婚約の話は……」
しかしリアスはまるで気にも留めずに、とにかく婚約破棄の話を、兄のサーゼクスにする。
「当然だ。
フェニックス殿もそれで宜しいですね?」
「あ、ああ……なんというか、色々と展開が速すぎて未だによくわからないけど、約束は約束なので……」
「聞いた通りだ、婚約の話はこれにて終わりだよ」
実はライザーとの婚約に一番反対していたサーゼクスはとてもご機嫌でリアスに告げる。
周囲の一部が『えぇ……?』といった顔をしているが、そんなものなど勝てば官軍なんで関係ない。
「あのー、フェニックス様」
「ん? キミは確か赤龍帝の……? 何か私に用でも?」
「はい、その……エシル様はどこに?」
「は? 私の妻に何か用が?」
「あるにはあるといいますか、一目お会いしたいというか、膝枕―――ぐぇぇっ!?!?」
「おほほほ! この子ったら何を言い出すのかしら? 申し訳ございませんねフェニックス卿、今言った事は全部忘れてくださいな?」
「は……はぁ……」
後ろからリアスと小猫と朱乃がニコニコしながらイッセーの腕を逆に曲げながら連行していくのを唖然としながら見送るフェニックス卿ことシュラウド・フェニックス。
結果、変な空気のまま終わったレーティングゲームは、リアスの婚約が消し飛んだというオチであり、イッセーはエシル・フェニックスに会うことも出来ないのだった。
ただ……。
「何なのですかあのゲーム内容は!! アレはゲームではありません!!」
『…………』
ゲームの内容はとても褒められるものではないので、ヴェネラナに全員が怒られてしまっていた。
「婚約がそんなに嫌だったのはわかりますが、だからといってあんな酷いやり方は貴族悪魔としてよろしくありません。良いですかリアス、貴女はそもそも――」
「また説教ですかお母様。
そもそも私になんの断りも無くフェニックスとの縁談を進めてた癖に」
「なんですって!? 今はその話ではないでしょう!?」
「その話から始まったと思っていますけど?」
だが、リアスはそんな母に対して完全に反抗期の娘みたいな態度で悠然と言い返していた。
そんな母娘のやり取りを見ていたイッセーは少々うんざりした顔だった。
「だから苦手なんだよあの人……」
「部長のやることに何時も怒るッスもんねー……」
「しかもリアスも完全に反抗しちゃってるから、余計拗れてますからね、親子仲が……」
「この時間が一番辛いよね……。板挟みって感じで」
眷属の身分なので、口なんて挟める訳でもなくただただヒヤヒヤするやり取りを見ていなければならない。
「お話はそれだけですか? そろそろ戻らないとならないで」
「待ちなさい! まだ話は――」
「話ならもう聞きました!! いい加減にしてください! 普通のゲームならあんな真似はしませんよ私たちも! 貴女方が勝手な真似をしたのを否定する為なんですからねっ!!」
「なっ!? は、母親に向かって――」
「言わせてるのはお母様でしょう!? いい加減にしてください! 私は貴女達の都合の良い道具などではありませんわ!!『反抗するだけの力を身に付けてから反抗しろ』と仰ったお母様に添っただけですし、だから私達は意思を貫く為に強くなったのですっ! それでは!!!」
イッセーにじゃじゃ馬姫と揶揄されるリアスが物凄い啖呵を切って無理矢理話を終わらせると、そのまま眷属達と共に転移して去る。
ヴェネラナと娘のリアスのやり取りを見てオロオロしていたジオティクス・グレモリーにこの後矛先が向かうのかもしれないが、そんなものはリアスの知ったことではなかった。
終わり
匙 元士郎は自由にさせたい。
実の所、匙元士郎がソーナ・シトリーの兵士になった年数は割りと長い。
どれくらい長いかというと、実は木場祐斗と同時期だったりする。
本来は高校に上がって悪魔の存在云々を知ったのだけど、これには理由があった。
まず彼は両親と死別している。
自分や幼い弟や妹を残して死んでしまった両親の代わりに、時には荒れた生活をしながら生きる為にもがいていた彼はとあるボロボロに傷ついた悪魔と運命的な出会いをしたのだ。
「あの子達は寝たわ」
「ありがとうございますカテレアさん」
カテレア・レヴィアタン。
現悪魔政権のトップの一人であるセラフォルー・レヴィアタンにレヴィアタンの称号を敗ける事で失い、そして現政権から抜け出した同志からも棄てられた悪魔。
傷つき、死にかけて人間界をさ迷っていた所を元士郎に拾われ、今を生きている彼女の存在が元士郎が知らなかった世界を知るきっかけとなり、そして彼が悪魔へと転生する切っ掛けとなる事になった。
「聞いたと思うけど、サーゼクスの妹がレーティングゲームに勝ったみたいよ?」
「でしょうね。敗けたらそれこそ信じられませんよ」
「突然変異の集まりみたいなものだしね」
旧政権派だった彼女は当然現政権派から危険人物扱いされている。
だから彼はソーナの眷属になる時に彼女に対する最低限の命の保証を約束させた。
その代わりにどんな雑用だろうが断らないからと……。
その約束をソーナは守ってくれている。
リアスの兵士の彼に『貧乳会長』と呼ばれて若干凹んでしまう事もあるし、ちょっと『変』だったりするけど、間違いなくソーナは約束を守ってくれている。
だからこそ彼はソーナの約束に甘んじる事無く己を鍛え、遂には祐斗と同じ領域に立った。
力を喰らい、成長し続ける黒狼となって。
そして相手の持つ因果を食らって糧とする異常を持ち……。
「ふぅ、こんな所かな」
日々成長を続ける彼は現在、ソーナの実家からの『将来性』という投資によって得た家で暮らしており、その庭では毎日時間が開けば修行をしている。
そして本日の分の修行を終えた元士郎は、庭の縁側で眺めていた黒いタイツに縦線のセーターを着ていたカテレアに渡された水を飲みながら一息。
「お疲れ様です元士郎」
「まだまだッスよ。貴女を自由にする為にはまだ足りません」
己を過小評価する傾向のある元士郎は、まだまだだと言っているが、カテレアからしてみれば今の元士郎はかつての同志だった旧魔王達と相対すら可能な領域まで既に成長し、更にまだまだ限界に達していないという伸び代まで残している。
それもひとえにカテレアを自由にする為だと云うのだから素直に嬉しかった。
「イッセーやイザイヤは更に強くなってますからね、少なくともアイツに追い付かなければ話にもならない」
「無理は禁物です。
私はそれで壊れかけた事があるわ」
「わかってます、でもまだ大丈夫です俺は」
年を重ねていくごとにたくましい青年へとなる元士郎にかつて自分がしてしまった失敗談を交えるカテレアに元士郎は笑って応える。
「貴方まで失いたくないのよ私は……」
何もかもを喪ったカテレアにとって彼は最後の希望だった。
悪魔が希望を抱くのは滑稽なのかもしれないが、どこの誰とも知らない自分を受け入れてくれた元士郎を喪うのだけは嫌なのだ。
だからその意思をちゃんと伝える為に、彼女は元士郎を傍に座らせ、彼の大きくなった身体を抱き締めるのだ。
「私も強くならないといけないわね。
少なくともセラフォルーにリベンジできるくらいにはならないと……」
「カテレアさん……」
人間相手に甘くなった自覚はある。
しかしこれで良い。その上で再起してみせる。
元士郎を見てきたからこそ抱いた意思はカテレアに活力を与え、やがて愛でる事を覚えていく。
「ねぇ、元士郎……キス……する?」
人間だった少年に惹かれてしまった悪魔の女は今も生きている。
そしてこっそりと、若くて不器用な彼にこの身を委ねる事に幸福を感じながら、彼女は彼の返事を待つ為に静かに目を閉じ、感じる彼の唇に身を委ねるのだった。
補足
完全に反抗期のリーアたん。
まあ、嫌だ言うてるのに縁談進められたらこうもなってしまうわけで……。
反抗したいなら反抗できる力を持ってみろと言われて実行しただけに過ぎないというね。
その2
匙きゅん勝ち確。
ソーたん、小さい時から既に兵士やってたイッセーに『貧乳じゃね?』と言われて影で凹んでるらしい。
そりゃ姉も姉の好敵手も、幼なじみも幼なじみの女王もメロンだしね……