欲求不満が積もりまくるけど。
女が嫌いな訳では無い。
というより、信用した人間とそうでない者との線引きが強すぎる。
ねねや最近良晴のもとへと来る犬千代という少女とのやり取りを見ているとなんとなくそう思えてきた藤吉郎。
「良晴は武器は使わないの? この前の枝とかじゃなくて……」
「状況によっては使用する時もあります。
もっとも、腹が立ちすぎても結局一度も勝てなかった兄に『武器の扱いが下手だね』だなんて言われていたし、剣の達人である友人二人と比べても私はあまりにもお粗末でありましたから、使う気にはなれませんね」
「……。また喋り方が……」
「でも良晴様は以前に私に枯れ枝で川の水面を斬って割る様を見せてくださいましたぞ? あれで下手なのですか?」
「棒持ったら撲殺する道具にしか使えないからな俺は……」
といっても、その両者が幼いので、とある日に何と無く聞いてみた所……。
「幼い少女趣味? 私が? ……あぁ、そう見えると?
そうですか……見えるのですか……」
凄まじく目に見えて落ち込み出したので、二度と聞くまいと藤吉郎は誓ったのと同時に、どうやら趣味ではないのだけは理解した。
単純に良晴は子供に好かれやすいだけの話なのだからと……。
軽いお家騒動が勃発したらしい……。
的な話を藤吉郎から聞いた良晴は信奈に呼び出され清洲城の本丸へと来ていた。
「藤吉郎から話は聞いているわね?」
「はっ」
「それで姫様、我々だけを呼んだ意味はなんでございましょうか?」
「今から弟の信勝の居る末森城を落とすわ」
「「………」」
肉親を殺す。
その覚悟を感じさせる冷たい表情と声に二人は何も言わずに頭を下げる。
「貴女様と弟様の仲について聞くつもりもありませんし、聞く気もございません。
……ただ、それだけの事なら何も言わずとも我々は動きますのに、何故わざわざ直接呼び出したのでしょうか?」
「簡単な事よ、アンタ達が暴れると目立つから。
今回は最小の兵のみで信勝を叩き潰すのよ」
「……。我々と我々の私兵のみでやれと?」
「そうよ。向こうには勝家もついている…………わかるわね?」
「「……………」」
わざと殺さず、圧倒的な力で二度と逆らう気も起こさせぬ恐怖を与えろ。
性別は違えど第六天魔王らしい意図を察した藤吉郎と良晴はその命令を受けた。
「「………御意」」
二人の男は信奈の命令を受け、小さく立ち上がる。
進化せし男と、人の理を越え続ける男は進軍するのだ。
勝家にしてみれば、こんな事は大反対だった。
しかし信勝が他の取り巻き達の唆しに乗ってしまったが最後、やらなければならない。
末森城を出て信奈の居る清洲城を目指していた勝家は――やっぱり後悔した。
「……………………………………」
「相良……良晴……!」
そこには出世したいと出世させたいという理由で信奈の家臣となった化け物の片割れが、自身と自身の率いる決して少なくはない兵達の前にたった一人で待ち構えていたのだから。
「てっきり姫様の家老と思っていたのですが、いけませんね、興味のない相手の事は記憶から抜け落ちる悪い癖は……」
「私は最初から信勝様の家老だ……! 姫様の所に居たのは貴様を斬る為だった……!」
たった一人で自分達を迎え撃つ気満々である良晴に対してざわつく兵達を静ませながら勝家は、ただの一度も触れることすら叶わず自分を伏せてきた……悔しさを越えて憎悪にも近い感情を剥き出しにする。
「裏付けを取る為に我々が抱えてる忍に調べさせた結果とその兵を率いている所から見てもどうやら謀反は本当らしい。
もっとも、既に私の他に我が主である藤吉郎様が進軍している訳でありますので――」
だがそんな勝家の感情を鼻で笑って一蹴した良晴は、その場から消える。
「……! 皆、気を付け――」
見えぬ速度で動き回れる事を知っていた勝家は即座に兵達へ声を荒げたのだが……。
「仕事の時間だ」
化け物の蹂躙は既に始まった。
「なっ!? いつのまに――ぎゃあっ!?」
「ば、馬鹿な!? み、見え――ごぼぁっ!?」
「ひぃっ!?」
「お、落ち着け! 取り囲んで――がぁつ!?!?」
突風の様な衝撃が襲いかかり、疾風迅雷の様な鋭さが兵達の五体を破壊する。
「くそっ! 私を何故狙わない!!」
挑んだ試合は一切動かなかったのでその速度を見誤っていた勝家は刀を抜くも、一人一人を確実に、見せつける様に破壊していく化け物の動きは止まらない。
「こ、こんな……こんなのが人であってたまるかっ!!」
あまりにも理不尽。
あまりにも大きすぎる差。
何故そんな力を。
どうやってそんな力を。
理解できぬ現実に勝家は震え……そして――
「手加減ってのはアンタ等が思う以上に難しいんだよ。
殺さずに蟻を踏むってのと同じさ……」
息はあるが生きている方が寧ろ不幸と思ってしまう屍の山の頂点に腰掛けた、返り血を一滴も浴びてない姿の良晴がようやくその姿を見せ、一人になってしまった勝家を見下していた。
「謀反を起こす気にもさせない恐怖を与えろ。
あの姫様のお達しだ……くくく、成功した暁には藤吉郎様の出世が約束されているから張り切れるもんだ」
薄く嗤うその姿に勝家は震えた。
だが最早誰も助けは来ない。
「殺しはしないぜ? もっとも、二度と戦えない心になっちまうかもしれないけど」
「う、う……あ……あぁぁぁっ!!!!」
認めてなるものか。
こんな者がこの世に存在したら信勝どころか信奈まで潰されてしまう。
この男は特に、藤吉郎の出世の為にしか動かない男。
用済みとわかれば簡単に切り捨てる筈、だからどんな手を使ってでもここで始末しなければならない。
そう思った勝家は兵の一人が落とした種子島の銃口を良晴に向けて撃つも……その弾丸は意図も簡単に親指と人指し指で摘ままれてしまった。
「う、嘘だ……た、種子島の弾すら効かないのか貴様には……!?」
「俺だけじゃないね。今じゃ藤吉郎様も効かんよこんな玩具」
へらへらと、何時もの清ました顔ではない、小バカにした笑みを浮かべながら、良晴は摘まんだ弾丸を親指で軽く弾き、勝家の持っていた種子島だけを吹き飛ばしてみせた。
「そら、何時もみたいに来いや? 今日は何時もアンタが吠えてた通りにちゃんと戦ってやるからよ?」
「う……ううっ!」
種子島を弾き飛ばされた影響では無いだろう手の痺れと震えが勝家の戦意を削り取っていく。
だがそれでも逃げないのは、武士としての誇りか……それとも意地なのか。
槍を取った勝家はそれでも退くわけにはいかないと構えた。
「勝たなければ……貴様に勝たなければ未来は無い!!」
「………」
それに対して良晴は虫の息である兵達の山から飛び降りながら口を開く。
「この数年は欲求不満だ。自分の力を全部吐き出せないから。
俺より強い存在。全力を出しきれる相手。
勝てない事に苛立ちはしたが、それでも力を出しきった後は気持ちが良くてね。
失ってからやっとそれに気付いた俺は何時も遅い」
歪に微笑み、足をやや交差させ幅狭く立ち、両腕をゆっくり下げ広げだした。
「! か、構える……だと……」
奇妙な構えではあるが、今までその場にただ立っていただけの姿しか見たことがなかった勝家は驚愕しながら、まるで相手を包み込み抱き入れるような――いつでも打ち込んでこいと言わんばかりの構えの良晴を鋭く見据える。
「だからもう一度だけで良いから、自分の持てる全てを出しきった喧嘩がしたい。
一瞬でも気を抜けば死ぬ殴り合いがしたい」
「何を突――ぜぶっ!?」
油断なく構えていたつもりだった勝家の身体が大きく仰け反る。
「な、何がっ……! うっ……!?」
良晴は奇妙な構えのまま動いていない。
ならば今の鼻を刺す様な痛みは一体? と鼻を抑えた勝家は、そこで初めて鼻血を流している事に気付く。
「一体何をし――へぷっ!? おごっ!? ぎゃひ!?」
「……………。まあ、この世界にそんな相手になってくれそうなのが藤吉郎様ぐらいなものであって、アンタではないが」
今度は三回。
顔面、腹部、そしてまた顔面に鋭い痛みと衝撃にぶっ飛んで地面を転がる勝家。
良晴がしたことは簡単だ……単に勝家が捉えられない速度で軽く小突いてるだけだ。
勝家にしてみれば、奇妙な構えをながら何やらペラペラくっちゃべってる様にしか見えてないだけで、実際は本当に加減した拳が勝家を叩いているのだ。
「あが……!」
「………………」
為す術も無く力尽きてしまった勝家。
何をされたのかも解らないままの敗北。
今までとは違う、徹底的な敗北に彼女が何を思うのかはわからないし、構えを解いた良晴の見る目は興味のない玩具を見る目。
「はぁ、早く帰りてぇ」
彼の目的は結局は帰る事であり、その為にだけ動いているのだ。
気絶した勝家を物でも扱うかのように乱暴に抱えた良晴はそのまま大きく跳躍してその場から去る。
上司の出世の為の仕事を終わらせる為に。
圧倒的な超暴力。
武芸とか、そんな領域とはまるで違う、シンプルにただ相手を蹂躙する圧倒的な力。
織田信奈の弟である織田信勝は、山から降りてきた大熊としか思えない大男の進軍に絶句するしかない。
「あ、あれは本当に人間なのかい? まるで大きな熊じゃないか……」
自分の家老や兵達が大騒ぎしているのも耳に入らず、ただひたすら自分の城へと兵達をなぎ倒しながら進軍してくる大男に信勝は、姉があれほど男を抱えている器に、弟として、人として恐怖した。
「退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!! 我等が織田信奈様の天下統一の為、ただ制圧前進するのみよ!! 皆者、俺に続けぇ!!」
『おおおおっ!!!!!』
武器も持たず、素手で軍勢をなぎ倒し、そして放った数百の矢ですら拳のひと振りで吹き飛ばす。
「木下藤吉郎参上!!」
あれが自分と同じ男だとしたら、人としての何かが根本的に違うとしか思えないと……信勝は思ってる間に大慌てで来た伝令に絶望の言葉を貰う。
「じょ、城門を突破されました! 最早食い止められませぬ!」
「そ、そうなんだ……どうしよ……」
先に進軍させた勝家達が姉を倒す前に自分達が殺られる状況に目眩しかしない信勝は、いくら周りに唆されたからといって挙兵したのは間違いだったと今になって後悔したし、あの時勝家が必死に反対したのをもっと聞いてあげれば良かったとも思ったが……もう遅かった。
「も、最早これまでです信勝様……!」
「う、うん……みたいだね、あははは」
「さればこそ! 天下無双の武士! 木下藤吉郎でござ候! 信勝殿、お覚悟なされよ!!」
城をぶち壊しながら乗り込んできたゴリラを止める術はもう無かったのだから。
末森城攻めが開始される前。
藤吉郎は直接出向く兵の厳選を良晴と共にしながら、信勝という者がどんな者なのかについてを話していた。
「なんでも織田信勝という者はおなごと見紛う程の美男子らしい」
「はぁ……で?」
「いや、さぞもてもてなんじゃろうなぁ……と」
美男子だからモテモテ……それはつまりかなり羨ましい。
猿からゴリラへとなってしまい、ますますモテモテ街道から外れてしまってちょっと残念に思っている藤吉郎のぼやきに、たまたま聞いていた半兵衛が、そんなことは無いと藤吉郎に力説し始めた。
「そ、そんな事はありません! 藤吉郎様だってカッコいいですよ……!」
元々斎藤義龍の下で身代わりをたてての隠遁生活を送っていた彼女は、本当に偶々ゴリラ化したばかりの藤吉郎と出会し、そのさっぱりした人柄に惹かれて藤吉郎の軍師になるといった経緯があったりするこの少女は人見知りが凄まじい。
が、藤吉郎の事となると割りと熱くなりやすくなっていた。
「そうか……? 最近おなごが俺を見るだけで悲鳴をあげて逃げるんだぎゃ……」
「そ、それは! 藤吉郎様の内面を知らないからです! え、えっと、私は藤吉郎様の外見も内面も素晴らしいと思ってます……よ……?」
「お、おぉ……重虎の様なめんこいおなごに言われると嬉しいみゃ」
最早崇拝のレベルに達し、最近は藤吉郎が他の女性の話をするとモヤモヤとした感情すら抱く事が多くなっている半兵衛に藤吉郎は照れた様にはにかむ。
が、残念な事に友人としてという認識があるせいで裏をちゃんと読めてない。
「それに私の身体が弱いばかりに前線に出れなくて……」
「それは半兵衛が気にする事ではないぞ! 今回の戦はあくまで俺と良晴が如何にして殺さずに相手に力を見せつけるかというだけの話だからな! この事に半兵衛の知略を使うなどもったいないぎゃ!」
「と、藤吉郎さま……」
「この戦が終わった後、半兵衛の身体を丈夫してみせるぎゃ! 最近良晴に儀式とやらを教えて貰ったからな! ガハハハ!」
ポンポンと背中を優しく撫でてくる藤吉郎に半兵衛はとても暖かい気持ちになって、少し熱の入った視線を大きな身体をした藤吉郎に向ける。
「……………。渋いお茶って無いのか?」
「奇遇ですね良晴殿、拙者も欲しくてたまりませぬぞ」
「しかしねねにはわかりますぞ。
藤吉郎様は半兵衛さんの言葉の意味を全部理解しておりませぬと」
「……………甘い」
そんなやり取りを見て、胸焼けしかしない良晴達。
仲が良すぎる――というか、藤吉郎が他の女性に鼻の下を伸ばしていたらその内後ろから半兵衛に刺されやないか……そんな心配をしてしまう訳で。
「取り敢えず出陣する前に、俺の活力を半兵衛に分けるぞ―――むぅん!」
「あぁっ……!? や……ぁ……んっ……はぁ……はぁ……! と、藤吉郎さまぁ……!」
「む……!? ま、間違ったぎゃ!?」
「ら、らいじょうぶでふ……。
む、寧ろ身体が軽くて……藤吉郎様の……あは……あははは……」
「お、おお……? それにしては息が荒いぞ……?」
「本当に大丈夫です……幸せです……」
「子供はまだ見るな」
「のわ!? な、何故ですか!? 今後の参考にしようと思っていたのですぞ!」
「もう子供じゃない……」
純粋に心配してる藤吉郎に、瞳を潤ませて頬を紅潮させながらもたれ掛かる半兵衛は教育によくないとお子さま達の目を塞いだ良晴。
頼むからマジで刺されんなよ……。困惑しながらももたれ掛かってきた半兵衛を優しく受け止めてる藤吉郎にただただ思うのだった。
補足
超武闘派化秀吉。
最近飛んで来た弓矢を拳で吹き飛ばせてきたとか。
その2
構えが某フリーザ様になってたらしい良晴。
ちな、この構えはサーゼクスさんがよくしてたらしい。
その3
藤吉郎さんは最近馬には乗りません。
爆走して馬以上の速度になりかけてるとか。
その4
半兵衛さん、藤吉郎さんへの崇拝度が日増しに増大中。
その崇拝っぷりたるや、見てるあの元執事イッセーこと良晴にすら『ブラックコーヒー』が欲しくなるとかなんとか。