変な方向になりましたが……
嫌な事から逃げる。
辛い現実から逃げる。
それは別に悪いことじゃないと俺は思う。
実際俺はそうやって今まで生きてきたし、これからも変わらずにみっともなく嫌な事から逃げ続けるつもりだし、逃げたいのに逃げられない人が居れば助けてもあげる。
逃げる手助けしたところで悪いことはしてないんだし、第一逃げたくなるような物を持ってくる相手が悪いんであって俺は悪くない。
俺みたいな無能にすらすがって来るというのなら喜んで助けてやる。
……まあ、その時の気分で助ける助けないはあるけどね、フフフ。
「んー、殺意が沸く程に清々しい天気でなによりだね」
窓から射す太陽の光を浴びながら身体を起こす。それが俺の1日の始まりだ。
のそのそと部屋を出て風呂場に向かい、シャワーを浴びて目を完全に覚ます。
そして朝御飯であるカップ麺を食べて歯を磨き、学生服に着替えてから時間に余裕をもって家を出て朝の風に当たりながらのんびりと歩く……それが俺の日課だったりするんだが、今日はちょっとだけ違った。
というのも、家を出ましょうとドアを開けた先に居た一人の女の子のせいだったりする訳で……。
「住む家が無くなりました」
「うん」
ドアを開けた先に居た一人の女の子にちょっとだけビックリしながらも登校時刻まで3時間はまだあったので、取り敢えず部屋に上がって貰い、何で来たのかとお茶出しながら聞いてみたところ、綺麗な白髪と金色の瞳を持つ女の子……俺の後輩に当たる搭城小猫ちゃんは、相変わらずシレッとした顔で宿が無くなったと言ってきた。
あまりにも焦りの様子が無さすぎる言い方に、ついつい俺も他愛の無い日常会話の様な受け答えをしてしまう。
「で、それが?」
唐突に宿が消えましたとだけ言われても、ついこの前両親と兄者から『何も言わずにこの金持って出ていってくれ』と、300万円の金を渡すと共に言われて只今霊やら自殺者が多くて激安化してる狭いアパートで、アルバイトしながら生活している俺に相談して貰ってもなー……何て思っていると、小猫ちゃんから露骨なため息をされてしまった。
「住む家が無くなりましたと言ってるんですよ」
「うん、それは大変だね?」
本当に大変だ。
その歳でホームレス美少女になっちゃうなんて……あ、いやこの子の見た目なら、夜の歓楽街に居そうな変態さん辺りに媚を売れば金が直ぐに作れそ―――――
「痛いな。何するんだよ?」
「ふざけた事を考えてるからですよ」
見た目とは裏腹に詐欺みたいな力を持つ小猫ちゃんが投げ付けてきた湯飲みが俺の顔面にガシャン! という湯飲みの割れる音と共にクリーンヒットし、額から生温い赤の液体が流れ出る。
酷いよ。ちょっと思ってみただけなのに湯飲み投げつけるなんて……。
「私は知らない他人に身体を売る真似はしませんし、そう思ってるなら先輩が私を買ってください。
代金はこの家に住まわせてくれるのとご飯を食べさせてくれるだけで構いませんので」
「あぁ、だから朝っぱらからドアの前に居たんだね? 最初からそのつもりで……」
「ええ、ご理解して貰えて嬉しいです」
ふふん、と微妙にしてやったり顔をしながら俺を見つめてくる小猫ちゃんとの会話は、清々しい天気の朝にするような内容では無い気がするのは果たして気のせいなのか……。
しかし今更ながら、住む家が無くなった理由は実は察する事は出来てるし、その原因も半分が俺だったりする訳なんで、彼女が俺なんかを頼ってくるのも頷けるんだけど……。
「買うとか買わないとか……俺はそんな趣味無いからパスで」
そんな非人道的な真似はしないよ俺は。
何てたって俺は昔からいい人だからね!
だというのに、小猫ちゃんの顔はムッとしていた。
「この前裸エプロン姿を先輩に見せましたよね?」
「うんその事はよーく覚えてるよ。
あの時の小猫ちゃんはキュートだったぜ?」
冗談で言ったら本当になってくれたんだよねぇ。
しかもそのお陰で、閉じ込められてた『俺』を取り戻せたし、あの時の事は本当に感謝しなくちゃね。
「だったら責任を取って私を養ってください。死ぬまで」
「うんわかっ…………うん?」
いそいそと背負ってた大きな鞄から荷物を……恐らく前住んでた家から持ってきた服やら下着やら日用品やらを広げて、誘導気味にそう言ってきた小猫ちゃんに危うく流れで返事をしそうになった所で何とか止まる。
「責任? え、アレはタダで見せてくれるとかじゃあ無かったの? こう、普段お世話になってる先輩に対しての日頃のお礼みたいな……」
「先輩の言ってるそのお礼は、二回目の時点で果たしてます。
私が言ってるのはその前の日に初めて見せた時です……箪笥の一番下貰いますね?」
「えぇ……そんな効力あったのかよ……。
下? ああ、使ってないからお好きにどうぞ」
そんなの聞いてないんだけど……酷い詐欺だぞ。いや、バッチリ見て楽しんでたけどあの時は。
ぐぬぬ……。
「それに、私を『悪魔に転生したという現実から逃げて元の猫妖怪に戻った』と先輩が
寝床は……む、部屋が一つな上にベッド一つですか……仕方ありませんね。私が添い寝して一緒に寝るという形で良いですね?」
「あー……まあ、中途半端にやったら面倒だと思ったから思いきったんだよ……元に戻れたばっかりでテンションも大きくなってたし……。
添い寝? 狭いの我慢出来るなら別に良いよ」
そうだった。
この子のお姉ちゃん以外の全ては小猫ちゃんを、ただの美少女って記憶に螺子変えたんだったんだ。
まあ、転生した現実から逃げただけだと追っかけられる可能性が大だったし、いっその事この子を記憶してる全部から逃げちまった方が良いかな~……とかあの時は良く考えずに
しかも気のせいか、住むって方向に話が進められてる気がするし……。
「だから先輩は責任を持って私を養う義務があるんです。
大丈夫ですよ、一生童貞のまま孤独死するより私でも居た方が退屈はしないでしょう? 大丈夫です、ムラムラしたら性欲の捌け口にしても良いですし、言ってくれれば裸エプロンで毎晩奉仕もしますから…………む、何ですかこのいやらしい本は。捨てます」
「ど、どどど童貞ちゃ―――まあ、童貞だけど何でキミに一生認定されなきゃなんないんだよ? それに俺は友達とか養ってるって身分を使ってキミにどうこうしたくは無いんだけどな……………………って、あ!? そ、それは駄目!! 俺のお宝本は駄目だ!!」
可愛くない事ばっかり言う後輩ちゃんにうんうんと唸ってたら、その後輩ちゃんは何時の間にベッドの下というベタな場所に置いておいたお宝本を無表情で燃やそうと火をかけたコンロに近付けていた。
「それは止めて! それは俺が手に入れた中でも最高クラスの本だから!」
「………裸エプロンの格好をした女の人が表紙のこの本がですか?」
小猫ちゃんの細い足にしがみ付きながら、如何にその本が大事か熱く語る俺をゴミを見る様な目付きで見下ろしていた。
本当にそれだけは燃やすのを止めて欲しい。
その本は表紙のといい、内容といい俺の好みど真ん中なんだよ。
「そ、そうなんだよ……その表紙の人、更〇楯〇さんって名前なんだけど、正直俺の好みど真ん中なんだよぉ……! 飄々としたお姉さんタイプがドストライクなんだよぉ……!」
「ドストライクって……これ絵じゃないですか……」
俺がみっともなく見えてるのか、小猫ちゃんは呆れた顔付きで〇無さんが裸エプロン姿でウィンクして表紙を飾る本の中身を流し読みしている。
うっさい、絵だって良いだろが! その気になれば
「主人公の男の人は随分と鈍いんですね。まるで先輩みたいです」
「はぁ!? ちょっと待てぃ!! いくら小猫ちゃんでも今のは許さんぞ!
俺は友達も恋人もモテ期も無い無い尽くしの
その本の主人公みたいに都合良く助けられて事を解決する度に何故か女の子に好かれる羨まけしからん体質なんか無い! 何処も似てねぇ!! 俺はこの主人公野郎を何度串刺しにしてやろうかと思ったか小猫ちゃんにわかるかい!?」
「所謂二次元に何をそんなムキになってるんですか、馬鹿ですか? それに、鈍い所ならまんま一緒ですよアナタは」
鈍くない! 俺はそんな幸運にもし恵まれたら絶対に離さない自信あるしね!
「……ちくしょう、昨日も学校で兄者が紅髪と黒髪と金髪の美少女にモテモテな所を見せられて若干傷付いてるのに……あぁ、〇無さんに慰められてぇ……」
「願った所でこの本から飛び出て来る事はありませんし、先輩が女の人からモテモテになるなんて一生涯無いです。残念でしたね」
「知ってるさ……。キミに言われなくても一番自覚してるさ……フンだ」
「……。(気付いてる癖にのらりくらりと逃げようとする先輩の方が、この本の主人公の鈍感さより何倍も酷いんですよ……)」
結局、楯〇本は燃やされも捨てられもしなかったが、小猫ちゃんが何処かへ封印してくれたせいで気軽に読む事は無くなってしまった。
そしてその流れで小猫ちゃん…………いや、白音ちゃんはこの家に転がり込む事で決定してしまったので本日は学校をお休みし、一日中二人て狭い家で今後について話し合ってから寝た。
何やかんやと言ってたけど、ぶっちゃけ別に住むのは良いんだけどね…………寝る時に無意味な緊張をしてしまって眠れなくなる以外は。
いや、だって考えてみてよ。
いくら〇無さんみたいにグラマラス体型じゃ無いにしても歳が1コしか違わない女の子が隣で寝てんだぞ。それも身体とかピットリ密着させながら。
良い匂いはするわ寝息とか耳元で聞かされるわ……拷問かいこれは。
「ん……ぅ……」
「………………………………………………………………………………………………………結局この子にも誰にも勝てないか」
ちなみに、見た目とは裏腹に背伸びした下着を持ってる事に関しての理由を、若干笑いそうになるのを我慢しながら聞いてみたらシバかれました。
これが、白い猫ちゃんのお姉ちゃんである黒い猫ちゃんとちょっとした小競り合いが始まる少し前の話である……何てのは、この時の俺はまだ知らなかった。
うまく先輩の近くに居れる様になってから一晩経った。
先輩はどうやら年頃に煩い他の男の人と同じく女の人にそれなりの好みがあるらしい。
しかも腹立たしい事に、私が持っていないものばかりだった。
胸の大きい人だったり年上だったり……どちらも私が持ち得ない物だ。
運の無さは昔から自覚していたが、何も此処に来て出てくることはないだろうと自分が恨めしくさえ思えたが、私はどうやら中々にポジティブらしく、先輩の力によって今までの人生をリセットしたせいで身分も家も無くしたという事を利用して、同じく家から閉め出されて独り暮らしをすることになった先輩の家に転がり込む事に成功した。
人格が昔に戻ってよりスケベになっても、他人からの好意をのらりくらりで逃げようとするのは変わらないせいで少し苦労はしたが、先輩は一度でも受け入れた相手の頼み事は断れないという性質を、申し訳ないと思いつつも利用してしまえば何とかなった。
そうなれば後は時間の問題だ。
然り気無くでありながら露骨に迫れば、何れは先輩も……。
「んっ……んっ……ぷは」
その為にも自分を磨く事も忘れない。
私の姉があの体型であるのなら、妹である私にもチャンスはある筈。
特に努力も無しにあの体型を手にしたのは実に羨ましくて恨めしいが、一誠先輩の様子を見る限りだと姉に興味が無さそうだから安心は安心だったりするが……。
「そういえば小……じゃなくて白音ちゃんのお姉ちゃんって猫の猿真似云々抜かせば結構美人だった気がしたかも」
「…………。いきなり何ですか?」
「いや、ふと思っただけさ。まあ、見た目だけで中身は実に残念な人だったけどね。
語尾に変なの付けてる事を指摘したら思いっきり泣かれたし……」
「泣いたんですか……あの姉が……」
「うん……笑いを堪えながら……」
『ね、ね、ね、猫の妖怪だからって語尾ににゃんって……!
グフッ……あらかさまなんですけど? 変態にモテたいんですか? 淫乱ビッチっすか?』
「とか何とか冗談半分で言ったらさ、キミのお姉ちゃんってば……」
『な、何でいきなりそんな事言うんだにゃ……グス……酷いにゃん……エグ……。
私アナタの気に触る事したのかにゃ? グスン……』
「……って言ったらマジで泣かれた」
「………………」
何をしてるんだあの姉は……。
いや、先輩の言うことは的確に人のハートを壊すからそうなるのも仕方ないが……。
「まあでも……猫の猿真似抜かしたら結構可愛いよね、白音ちゃんのお姉ちゃんって。
正直あの時は本気で追い討ち掛けて心を折ってみたくなったしー」
「……………………………チッ」
何時か会うことがあったら確実に心をへし折ろう。
私はあざとすぎる姉に対して真面目で健全な決心を固めて、今は別のスケベな本を読んでいる先輩に私の良さを知って貰おうと、ロープを持ちながら背後から近付くのだった。
補足
黒い方の猫さんは地味に残念な子になってます。
主に一誠のせいで。