寝てました。
寝ました
ヤミたそー
臨海学校の当日。
やはりどこの世界であろうとも、学生随一の行事は誰も彼もテンションを上げるものであり、目的地までのバスの中は楽しげな声が広がっていた。
「……………」
「結城ったら、出発になった途端アイマスクまで着けて寝てるし」
「家でもこんな感じなの?」
「た、多分朝が早かったから疲れてたんだよー」
が、そんな空気感を真っ向否定するかの如く、リトはバスが出発したと同時にアイマスクを装着して眠ってしまった。
そのあまりのつまらない男感満載の行動に、班の関係でバスの座席が隣、もしくはリトの真後ろである里紗と未央がアイマスクを装備した、微動だにしないリトのぶれぬローテンションさに微妙な顔をしていた。
「なーんか結城って普段自分の家でなにしてるか想像できないっていうか……」
「物凄く淡々と宿題をやってそうだけど……」
「すっげー小難しそうな本とか無駄に読んでそうだよな」
暇な時間は常に――最早必要があるかどうかも分からないが、性となってしまった修行をしてるという、二人が聞いたらそれはそれでドン引きしそうな事をしているとは知らず、常に低血圧気味なローテンションのリトのイメージを浮かべる二人と、名も無き班員の男子一人。
猿山、春菜、ララはそんな三人のリトに対するイメージに対して、どう話して良いのかわからず、取り敢えず寝ているリトを起こしては可哀想だからと、話を逸らすのであった。
少年は夢を見る。
無力な己の夢……。
自分の存在が気にくわないと宣う男によって両親までも殺されてしまった夢。
生き残り、地べたを這いずり回りながら必死に生きた夢。
復讐の為に己を殺すつもりで鍛え続けた夢。
復讐相手である男に陥れられた赤い髪の少女と出会った夢。
その子の為に生き続ける決意をし、薄暗い洞窟で触れ合った夢。
全ては彼女の為に。
彼女が大好きだから遮二無二走れた。
最期の最期まで共に在った、ふれ合えた、確かめ合えた。
だから強くなれた。
そして……生き続けられた。
でも愛した少女に手を伸ばしても、触れることすらなく霧の様に消えてしまう。
どれだけ望んでも、どれだけすがっても、どれだけ力を身に付けても、もう彼女と共に在ることは許されない。
その代償が無ければ、あの男を完全に抹消する事が出来なかったから。
彼女の未来を思えば、己の命を代償にする事に未練は無かったはずだった。
だから、他人の身体となって、他の世界にて生き残ってしまった自分には一体何が残っているのか、少年にはわからない。
力を持った所で、彼女を守れる訳ではない。
目的が無い。生き甲斐が無い。本当の結城リトに申し訳がない。
兵藤一誠の命はまだ――残ってしまっている。
最悪の夢によって、目覚めも最悪なリトの目は完全に死んでいる状態だった。
バス酔いでもしたのかと、猿山や春菜に心配されたが、それ以上に最悪な夢で気分的には良くは無い。
目的地に到着し、旅館に入り、勿論男女別々に別れた部屋に入っても、とてもではないがリトは臨海学校の目玉である海に行く気分にはなれなかった。
「本当に行かないのか? 具合悪いなら保険医さんの居る部屋まで行った方が……」
「低血圧なだけだから問題は無い。
俺なんか気にしないで、早いとこキミ達は海にでも行けば良い。
見たかったんだろ? 水着女子達を」
猿山達男子を送り出し、一人となった部屋でリトは大きくため息を吐いた。
『嫌な夢でも見たんだな?』
「昔のな……」
ドライグの声に、力なく返答するリト。
無気力に生きているだけ……それが今の彼である。
何に対しても心を閉ざしてしまう、何に対しても関心を示さなくなってしまう。
リアスという存在を喪ってしまったリトの抱える喪失感は並大抵のものではない。
誰も居ない旅館の部屋の虚しい無音をBGMに、ごろ寝をするリトに、今更リアス以外の異性が海ではしゃいでいようが死ぬほどどうでも良いし、何の感情も沸いてこないのだ。
『あの猿山とかいう小僧に付いていけば、少しは気分転換になるんじゃないのか?』
「余計虚しくなるだけさ……。空気を悪くするのも悪いだろ?」
全てがどうでも良い。
ララの婚約者候補達の放つ刺客でも現れれば、ぶちのめして少しだけは気は紛れそうだが、こんな時に限って現れる気配も無い。
いや、正確に言えば居ないことも無いのだが……。
「プリンセス達が海に居ますけど、アナタは行かないのですか?」
旅館の部屋の窓から入ってくる金髪の少女――イヴという真名のヤミが、どうやらこっそりついてきたらしい。
「こんな所まで付いてくるとは、キミも案外暇だな」
「ターゲットを見失う訳にはいきませんから。
それに、最近はアナタを相手に戦わないと落ち着かないんです」
「今は相手になってやる気なんて俺には無いぞ」
「そんな事は、ダラダラしてるその姿を見ていればわかります」
「じゃあ何で来たんだよ……?」
「さぁ?」
「……あっそ」
当たり前の様に部屋に入ってきたヤミに、リトは無防備を晒してやるが、攻撃してくる気配は無く、何故かリトのバッグを開けて中を漁り始める。
「………なにしてんの?」
「お腹が空いたので、アナタの持ってる食料でも奪ってやろうかと……。ん、ターゲット発見」
『………。変な方向に図々しくなってきたな、この小娘は』
美柑に買って貰ったまんま手を付けてない駄菓子を引っ張り出し、そのまま遠慮無く開けて食べ始めるヤミ。
リトを相手にする際は図太くないとやってられないと、自分なりに学習した賜物といえばそれまでだが、宇宙の殺し屋が人の持ってるお菓子を奪ってもぐもぐと食べてるのは……ある意味年相応なのかもしれない。
「たい焼きは無いんですか?」
「んなもんわざわざ持ち込むかよ。
まあ、ここら辺を探索すれば売ってる店もありそうだけど」
「じゃあ買いに行きましょう! どうせ暇ですよね?」
ファーストコンタクトの際にリトが買い込んでたたい焼きに興味を示し、目の前で全部食われて腹立ち、撃退された後に探して手に入れて食べた感動が強く、すっかりたい焼き好きになってしまったヤミが、妙にわくわくした顔で言ってくる。
確かにここら辺を文字通り跳び回れば直ぐにでもたい焼きは手に入りそうだが、別にリトはたい焼きが今食べたいって気分ではないので、動く気がまるでない。
「自分で行けよ。
つーか金は?」
「……………」
リトの指摘に一瞬『最後までチョコたっぷり』なお菓子を食べるヤミの手が止まり――そしてリトを見ながら手を差し出してきた。
「何その手?」
「地球の通貨はまだ持ってないんです。
だから貸してください」
お年玉をねだる子供よりもある意味質が悪くて図々しいヤミの言葉に、リトは残念な子を見る目をする。
「俺は人に金を貸すことも、借りる事もしない主義だ」
「では報酬に見合う労働をしましょう」
そんなにたい焼きが食べたいらしいヤミの提案にもリトはあまり乗り気にはなれないが、見ていたドライグが声を出す。
『食わせてやったらどうだ? 一応この小娘が覚醒したおかげで、お前の今の肉体にパワーが追い付ける修行も捗ってきてはいるしな』
「………」
確かにドライグの言うとおり、リトとしての身体では全盛期の半分以下しかパワーが出せなかったけど、ヤミが覚醒して体の良い修行相手になってるお陰で、少しずつながら、肉体自体がパワーに耐えられる様にはなっている。
「はぁ……」
仕方ない。
借りを作ることも、貸しを貰うことも嫌うリトは身体を起こす。
「勝手に出歩いたら教師に怒られるからこっそり行くぞ……」
「わかりました――って、何で私を抱えるんですか」
「一々キミの速度に合わせてやる気なんてこっちには無いんでね」
そしてヤミを適当に抱え、窓を開けたリトはそのままジェット機の様な速度で空へと跳んでいく。
「相変わらず地球人離れしたふざけた脚力ですね……。何度も蹴り飛ばされてるから余計そう思えてなりませんよ」
「………」
『おい、海で遊んでるララとかいう小娘が明らかにこっちに気付いてないか……?』
「あ? …………やべ」
「プリンセスに見られたのですか?」
「チッ、面倒な事にならなきゃ良いが……」
その際、海で遊んでる生徒達の上空を飛び越えたタイミングで、ララが明らかに跳んでるリトに気付いてジーっと………ヤミを抱えてるリトを見ていた。
「今の……リト? リトと……あの女の子は誰?」
「? どうしたのララさん?」
「!! あ、な、なんでもないよー! えへへ、リトは大丈夫かなって思って」
「具合が悪くてお部屋で休んでるって猿山君達は言ってたし、お見舞いとは行った方が良いのかな?」
「流石にこんな女子が四人もお見舞いすれば、能面顔の結城だって喜ぶかも?」
知らない女の子を抱えて空を飛んでた。
ララとてまだ未経験である事を、見知らぬ女の子がされていた。
春菜達に声を掛けられて咄嗟に取り繕ったララだが、その心はとても曇りまくっていたのだった。
「なるほど、しっぽにアンコを入れないたい焼きは、先に身を食べてからしっぽの部分を食べるとあっさりしていますね。そしてリョクチャに合うと……」
「い、一万円分も買いやがって……」
『良いだろ。どうせ親から貰ってた小遣いをずっと使わなかったせいで、無駄に貯まっていたんだから』
そんなララの曇り空を他所に、たい焼き屋さんを発見して一万円分も買い込んで満足な顔してるヤミと、奢らされたリトはたい焼きを食しながら、何気にのんびりしているのであった。
「地球人の開発力も中々侮れません」
「そりゃ良かったな。
って、なんで殺し屋とたい焼きなんて食ってんだ俺は……。
そもそも俺を殺そうとしてる癖に、俺に奢らせる神経がわかんねぇ」
「仕留めるは勿論ですが、たい焼きは美味しいので……」
「理由になってねーぞ。はぁ……」
『だがイッセーとしての悪夢からは、少しは気も紛れたんじゃないのか?』
「…………」
「夢? …………リアス・グレモリーの夢ですか?」
「………。キミには関係ない」
「確かに関係はありませんが、腑抜けたアナタを仕留めても勝った気にはならないんです」
「腑抜けてもキミ程度なんか片手で十二分だよ」
「…………。誇張でもなんでもないだけに悔しいですよ私は」
終わり
オマケ・またほんの少しの未来。
ララの父であるギドとの死闘。
この世界の宇宙最強クラスはリトとドライグの想定を遥かに越えていたものであり、久し振りにまともなダメージを負ったどころか、かなり追い込まれた。
「なるほど、ザスティンが一蹴されるだけある。
お前のような地球人が居るとは思わなかった」
「ぐっ……!」
『宇宙の王を名乗るだけある……! コイツは誇張抜きに強い……!』
久し振りに膝を付かされた。
リトとしての全力が通用しなかった。
そう、強大な壁が今再び目の前に出現したのだ。
「確かにお前ならララの婿としては申し分ねぇ。
お前にその気が無いのは既に知っているが、ララがお前を好いているのもまた事実。
だからだ小僧、もしお前がここで俺に負けたら、お前はララの婿になれ。
あぁ、なんならナナとモモも貰ってもらうのも良いな……ククク」
「な、何を勝手な! 結城リトは――」
「外野は黙ってろ。
金色の闇……か、くく、お前もどうやらこの小僧を―――まあ良い、どちらにせよ敗者は勝者に逆らえねぇって訳だ」
リトのパワーに触発され、本来よりもかなり早く完全に力を取り戻したギドの言葉は、リトも認めるものがあった。
だがしかし、負けたつもりはリトにはなかった。死を懇願した時、勝敗は決まる。
その言葉を信念にリトは生きてきたのだ。
故に結城リトは――
「アンタの話で目が覚めた……」
「あ?」
「ずっと疑問だった。
自分の何よりも大切で大好きな女の子も失った今、強くなる意味なんてなかった。
イヴを利用して力を取り戻す意味だって本当なら無かった筈。
なのに俺は、鍛え続けた。この身体になっても……」
「何を言って――」
「敗者は勝者に従う。
あぁ、アンタの話を聞いて思い出した。
俺は弱い自分が嫌だった。守れない自分が嫌だった。
だから強くなろうとした、二度と喪いたくないから……。
だけど結局はそれも理由でしかなかった。俺の異常が――永遠に進化する異常が……壁を乗り越えた快楽が忘れられなかったから。
それが本当の理由……原点であり、俺の本質。
だから――
イッセーに………戻る刻だ
本質を完全に剥き出しにしていたあの頃へと戻る。
「はは、ははははっ!! 痛みだ……! これでこそ、戦いだ!!」
「コイツ……急に様子が……!」
「
無限に進化し続ける異常。
それは宇宙の王をも知らぬ領域。
「俺は兵藤イッセー
赤い龍を宿す赤龍帝……。王様よ、アンタに俺の本質を教えてやる。
見ておけ……! これが俺の――戦いだ!!」
『Boost!』
常に最新式へとアップデートを重ね続ける運命を持つ少年は嗤いながらその力を最大解放する。
その表情はおぞましく。
「なんて、悲しい人……」
「あんな姿のリトなんてアタシは見たくない。
あんな、無理してるリトなんて……」
そして孤独だった。
「っはぁ!! 越えた! 越えたぞォ!!」
「!? パワーが急に!? ハハハハ!! 小僧ォ、どこまでも俺を楽しませてくれる!!」
その果ては――
「……………」
「負けた時は高いところに来て街を見下ろす。ドライグが言ってた通りだな」
「……。何しに来た、放っておいてくれ。キミの親父に結局俺は負けたんだ。
慰めなら要らねぇ……」
死闘の果て、あと一歩遅れたが為に敗北したリト。
ギド自身も『半歩踏み込みが浅かったら俺がやられていた』と認める程の死闘であり、この死闘によって娘達に『あの小僧を本気で求めるなら、自分の努力で掴んでみろ』と言い残して母星へと帰っていった―――というのを意識を取り戻したリトは聞いたが、敗けである事に変わり無く、本気の本気を出し尽くして敗けてしまった悔しさを誰にも見られなくなかった。
だから、誰も来ない大きな……街を見下ろせる丘に腰掛け、腫れた顔をしながら一人でいたのだが、皮肉な事にそんなリトを見つけだしたのはリアスの気質を持つイヴではなく、恐らく一番リトの内面を察していたナナだった。
「パパが言ってたぞ? あんなに追い込まれたのは生まれて初めてで、本当にギリギリだったって、
確かにアタシも、あんなボコボコに顔を腫らしたパパなんて見たこともなかった」
「…………」
「隣、座るぞ?」
「…………………」
片目が腫れてしまって閉じているリトの隣に腰かけるナナ。
「ヤミや皆が心配してる。
そりゃあ確かにさ、イッセーとしてのアンタが大切にしてたリアス・グレモリーとか、ドライグとか、サーゼクス・ルシファーとかミリキャス・グレモリーとか、ヴァーリ・ルシファーとか、アザゼルとかコカビエルとかガブリエル達に比べたら、アタシ達なんてアンタにとって取るに足らないのかもしれない……」
「………………」
「でもな? それでもアンタを大切に想いたい人達はこの世界にだって居る。
アンタにとっては鬱陶しいかもしれないけど、それだけはわかってあげて欲しいんだ」
ただ優しく語るナナ。
するとリトは俯き、小さく震える。
「なのに、俺は敗けたんだ……!」
腫れて閉じた目からも流れる涙。
それを見たナナはただ黙って、自分の意思で、誰に指図されるでもなく、リトを抱き寄せた。
「誰にも言わない。
敗けて悔しいって気持ちはよくわかるから。
今は誰も見ていないんだ……悔しいなら抱え込まないで吐き出して良いんだよリト?」
「……………」
結城リトではない苦悩。
力を示さなければ自分を表現できなかった苦悩。
守るべき者達を失ってしまい、先を見失ってしまった迷子の青年。
「あはは、またララ姉様とかモモとかヤミに怒られちゃうかな? でも見られる訳にはいかないもんな? 大丈夫、アタシは笑わないし、こんな事しかできないから……」
自分の胸元で震えるリトの頭を撫でながら、包み込むナナ。
自分だけが知る彼の弱さを少しでも癒せればそれで良い。
彼女の想いはとても強かった。
そして―――
「ねぇ、リトさんと近くない? というか、リトさんの方からナナに近づいてない?」
「さ、さぁ? なんでもないよなリト?」
「………」
「あのーリトさんも何故ナナに――」
「ペッ!! …………お前の知った事かバカ野郎」
「」
「ちょ!? そ、そんな言い方をモモにしなくても――」
リトの方が若干ナナに懐いた……らしい。
嘘でした
補足
せーのっ……ヤミたそー
その2
せーのっ……ナナたそー
いや、もうナナさんちゃうけど