そう、執事シリーズでは先天的に女の子かつマセちゃったあの……
昔教えられた事がある。
僕達が生きるこの世界は、ひとつの『可能性』であるんだと。
例えば僕が生まれずに存在しない世界があるのかもしれない。
僕が大好きな血の繋がらない兄と出会わない世界があるのかもしれない。
出会っても兄という関係にはならない世界があるのかもしれない。
……………居ない世界があるのかもしれない。
様々な可能性が存在無数なる世界のひとつ。
そう教えられた事がある僕にとって、この世界はより大切なものなのだという自覚を植え付けるに充分だった。
何故なら僕にはさっき言った通り、何よりも大切な兄が居るから。
血は繋がってない――でも繋がりがあるか無いかなんて小虫にも劣る程どうだって良い大好きな兄。
僕に物心が付いた時からずっと居た――――その他が全てどうでも良くなってしまう程、大切で大好きな兄。
可能性のひとつであるのであるなら、僕はこの世界―――いや、兄様を大切にしていく。
これまでも……そしてこれからも。
だから兄様を狙うものは許さない。
兄様を誘惑するものは全部消す。
誰にも兄様は渡さない。
永遠に、僕だけの兄様で居て欲しいから。
兄様に顔だけはそれなりに似てるどこの誰かさんには、その点だけはある意味で感謝してあげても良い。
だってそれが兄様から奪う事で、僕の兄様になったのだから。
もっとも、それ以外にそれに価値なんてないから、それ以上兄様になにかしようというのなら、僕は絶対に許しはしないけどね。
許さないっていうか、確実に壊してやろうと思う。
ふふ、僕にとっての価値は『兄様』か『それ以外』で、それ以外なんか例え僕の目の前でどうなってしまおうが知らないもん。
でも兄様は一見無愛想に見えるけど優しいからなぁ……それ以外を助けちゃうんだよね。
だから兄様が僕は大好きなんだけど。
兄様さえ傍に居てくれたら。兄様の傍にさえ居れるのであるなら、僕は他を求めなんてしない。
その可能性の世界って所に流れ着いてしまい、僕が僕の名前を名乗ることができなくなったとしても、僕は兄様さえ居たら何の問題も無いんだ。
可能性の僕が男の子として生まれ、兄様が僕の叔母の眷属で、なんかちょっとスケベだったとしても僕には関係ないんだもん。
だって僕にとっての兄様は兵藤ではなくて、日之影なんだから。
例え弱くなってしまっても、僕は兄様の力なんかじゃなく、兄様という存在そのものを愛しているのだから。
かつてミリキャス・グレモリーと名付けられた悪魔の『少女』にとって、物心ついた時から人間でありながら執事をしていた少年は、兄と慕う以上に異性という意味でも愛する者であり、その価値観を極端なものへと変質させる理由でもあった。
『彼』か『それ以外』。
ミリキャスにとってなによりも優先させるべきは彼であり、それ以外は二の次。
それ程までに深く彼を愛してしまったが故にその精神は幼い彼女にひとつの可能性を与えた。
人外である父や兄が持つ種としての力とは違う、個人の人格から形成されし力を持つまでになった少女はますます血の繋がりはない兄を愛した。
愛し過ぎて時々マセたことまでやらかす事もあったけど、それほどまでにミリキャスにとって彼は全てだったのだ。
永久に……目を閉じた先に可能性の世界へとたどり着いてしまっても、名を変える事になっても、ミリキャス・グレモリーにとって日之影一誠は絶対的に愛する者であるのだ。
ミルドレッドという赤髪の悪魔が居た。
小柄で、童顔で、一見すれば可愛らしい少女に見えるその悪魔は、人畜無害に見えるからこそ恐ろしかった。
まず彼女の価値観極端過ぎた。
『それ』か『それ以外』という、電灯のスイッチみたいにハッキリし過ぎる価値観がそうだ。
『それ』に対してはとても素直で、とても従順なのだが、『それ以外』に対しては無関心で、何が起ころうともそれがどうしたとばかりに関心を持たない。
そして彼女にとってのそれ以外が、もしも彼女にとってのそれに対して何かをしようものなら、一気に激情を爆発させて排除にかかる。
慈愛のグレモリーと呼ばれし者達の中でも、最も異質で、もっとも苛烈で、もっとも恐ろしい。
それがサーゼクス・ルシファーとグレイフィア・ルキフグスの間に生まれし長女――ミルドレッド・グレモリーの生態であった。
この性格には両親であるサーゼクスとグレイフィアも手を焼かされてきた。
何せその後生まれた長男のミリキャスとは違い、ミルドレッドの才能は突然変異ともいうべき異常さであり、下手をすればまだ悪魔としては成熟する前だというのに、両親の力をも超越してしまっている可能性すらあった。
その異常めいた才を更に高めていく事で、何時しかミルドレッドは歴代グレモリー家最強とまで吟われる様になったが、本人にとって悪魔やグレモリーに対する価値観が『それ以外』だった。
故にその才を種の繁栄に使う気等更々無い。
ミルドレッドにとっての『それ』に対してその才は全て注ぎ込まれるのだから。
悪魔では無い……無口で無愛想な一人の人間の為に。
兵藤一誠が学校の夏休みを利用して主であるリアスの実家であるグレモリー家を訪れた時、既に何度か顔を合わせた事のある魔王サーゼクスとその嫁であるグレイフィアの間に生まれし子供であるミリキャス・グレモリーから挨拶をされた。
とてもしっかりしていて、幼い子供とはとても思えないな……と思っていた一誠。
そんな中、何かを探すかの様に辺りを見渡していたリアスが口を開く。
「あら、ミルドレッドは来ていないの?」
「ミルドレッド……?」
聞かない名前を聞いた一誠の反応に、横に居た眷属仲間の一人で、一誠の憧れ人の一人である姫島朱乃が口を開く。
「ミリキャス様の姉上様です。
…………今日はご在宅ではないようですが」
「へぇ? どんな方なんです?」
「歳はちょうど小猫ちゃんと同じくらいなのですが……」
『……』
「ん?」
何故か言い淀む朱乃や他の仲間達の態度に一誠は首を傾げるが、最近やっと外にびくびくしながらも出られる様になり、今回の帰省にも参加したギャスパーに近い『腫れ物』でも扱う様な態度に近いと感じた。
ひょっとしたらそのミルドレッドという者はギャスパーみたいに力は強いけど怯えるタイプなのか……と一誠は考えたのだ。
「ミルドレッドなら外出してるよ。
……君達が来るから挨拶くらいはしなさいと言ったのだけど、本人はまったく興味が無かったみたいでね」
現れたサーゼクスが説明する限りでは引きこもりではないらしいが、実親のサーゼクスですら微妙に困った顔をしている辺り、相当癖のある者では間違いないらしい。
そしてそのミルドレッドなる者とは、現グレモリー当主夫婦を交えた夕飯の時に、帰宅する事で会う事になる。
「ミルドレッド、どこへ行っていたのですか? 本日はリアスお嬢様が眷属の皆様と帰省されるからお出迎えとご挨拶だけはしなさいと言いましたよね?」
「ミリキャスだけで充分だと判断したまでだよお母様。
現に僕なんか居なくても平穏無事にご飯を食べてるでしょう?」
グレモリー家の血をひいてる証と一発でわかる赤い髪。
母に近いが幼さを感じさせる可憐な顔立ち。
背丈の程も小猫と殆ど変わらないせいか年齢よりも大分幼く見えるこの少女がどうやらミルドレッド・グレモリーらしいのだが、母であるグレイフィアの言葉に対して彼女は飄々とした態度で煙に巻いていた。
「僕っ娘だと……?」
そんな態度よりも一誠はどうやら一人称が僕である事に引っ掛かったらしいが、これはどうでも良いだろう。
「はいはい、ご挨拶すれば良いのですよね? えーっと、ミルドレッド・グレモリーです! 別に今後とも宜しくしなくて結構でーす」
「ミルドレッド!!!」
弟のミリキャスが姉の態度にハラハラした様子を見せる中、とてもいい加減な挨拶をすることでグレイフィアを激怒させたミルドレッドは、母の雷落としを前にしても平然とヘラヘラ笑い、さっさと大広間から退散してしまった。
「娘がとんだ無礼をしてしまい、申し訳ございません……」
「あの子の性格を考えたら仕方ないと思うわ。
……久しぶりに見たけど、やっぱり変わらないわねあの子は」
「価値観が極端過ぎてるのです。
あの子にとって価値のあるものには心底従順で素直なのですが、無いものに対しては……」
「その価値のあるものもよくわからない者だからね……。
あの子の事は私達にもわからんよ」
ため息を吐くグレイフィアを見て一誠は確かに癖があるなと……美少女なのは間違いないと認識しながら思う。
こうしてミルドレッドによって微妙に変質した空気の中での夕飯を再開する事になるのだが、この後すぐ、グレイフィア達が言っていた『彼女にとって価値のあるものへの態度の違い』を知ることになる。
「思ってよりも遥かに普通なんだね、多分本来の道って奴を過ごした兄様って?」
母の激怒すら適当にヘラヘラとスルーしたミルドレッドは自室に戻っていた。
彼女にとって『肉親との食事』よりもこちらの方に価値が――――いや、確実にこの時間を優先する事なのだ。
「ふふ、まぁでも良かったよ。
なまじ似てても困るもんね? ふふ、一誠兄さま?」
「…………」
そう、彼女にとってこの世界全てよりも遥かに優先する絶対的な存在――大広間で食事をしてる少年と同じ名を持つ寡黙な青年との二人きりの時間が。
「話をしなくていいのか?」
「? なんで? 兄さまとの時間を削る程の価値なんてあるわけないよ。
この世界の僕が代わりになんかするんだろうし、関係なんてないもん」
そうハッキリと、燕尾服を着た黒髪の青年に言い切るミルドレッド。
両親よりも、肉親達よりも、世界よりも――ミルドレッドにとって大切で優先すべき唯一の存在。
それがこの青年であり、かつて兵藤一誠である事を剥奪され、日之影一誠としての個を確立させた『今は顔立ちをも変わっている』青年。
かつて女として生を受けたもしものミリキャス・グレモリーにとっての生きる全て。
「リアスお姉さんの兵士で、ソーナさん達とはあまり深く関わらないってのも僕にとっては不思議で違和感ばかりだよ。
まあ、どっちでもいいんだけどさ、この世界の兵藤一誠さんがどうなろうとも。
だって僕にとっての一誠は兄さまただ一人だもん♪」
「……。だが、俺はこの世界のアイツ等に――」
「煙たがれてる……でしょ? 僕が連れてきてここに住まわせるってかなり強引に了承させたからなんだろうけど、だから何? って僕にしたら思うだけだし、ふふふ、むしろ嫌ってくれた方がいいよ。
だってその方が僕だけの兄さまになってくれるんだもん」
「…………」
「えへへ、僕ってとても悪い子だよね? でも悪い子でいいよ。
兄さまが僕にとっての全てで、兄さまがずっと僕の傍に居てくれる為だったら、何でもする。
誰にも兄さまは渡さない……僕だけの兄さま」
「一々根回ししなくても、それが望みなら傍には居るよ。
どうせ他に行く宛なんてねーしよ」
「♪ だから兄さまは大好きなんだ! あはは、年もこの世界に飛ばされたせいで近づけたし、誰にも取られない……!」
ニコニコと従順なミルドレッドに、日之影一誠と呼ばれた青年は不器用な手つきで頬を撫でる。
これをすると彼女の機嫌がとてもよくなる……というのは昔から知っていたので。
案の定ミルドレッドは自身の頬を撫でる彼の手を握りながら幸せそうに目を潤ませていた。
「でも僕って悪い子だよね? えへへ……兄さまにそんな悪い子の僕はお仕置きされちゃうかな?」
「言ってろマセガキ」
「あいたっ!? あはっ! 兄さまからオデコを小突かれちゃった♪
あぅぅ……兄さまぁ、僕、ずっと兄さまの傍にいるからお腹の奥が熱くて寂しいよぉ……」
「俺たちの世界のサーゼクスとグレイフィアにぶっ殺されるからやめろ」
従順過ぎてちょっとヤバイ気がするが……。
額を小突かれても、寧ろ嬉しそうに笑うどころか軽く発情し始めてるぐらい、ミルドレッドにとっての彼は己の命以上に大好きなのだ。
ミルドレッド・グレモリー(愛称・ミリー)
年齢・16
備考
かつてのミリキャス・グレモリー(先天女の子)
愛する兄以外は滅ぼうが知ったことじゃないを素で行く少女。
???
年齢・18
無神臓(封印)
備考
かつて日之影一誠と呼ばれし執事。
妹分との年齢差が縮まり、ますますマセ発言が多くなって困る。
この世界の者達からは軒並み煙たがられてるというか不気味がられてる。(主にミリーがやらかしたせいで)
終わり
オマケ・ミルドレッドちゃまのブレなさ。
つまり、ミルドレッドにとっての優先度は彼である。
そんな彼は厄介な事に半分も力を失っているが、それでもこの世界のサーゼクスを軽く上回る。
本人はかなり複雑な気分だったらしいが、人でありながら異質な力を持つせいで彼を知る多くの悪魔達から危険視されているのは間違いない。
中にはそんな力があると信じられずにちょっかいをかける者も居るのだが、ちょっと大人になれた青年は基本的に相手にしないようにしていた。
なのに……
「兄さまにやり返されたら一瞬で壊される分際で、随分と調子に乗ってくれたね。だから死んじゃえ、バーカ♪」
ミルドレッドは許せない質だった。
ましてや彼にふざけた真似をする者はそれこそ相手が名家の者だろうが容赦なく殺った。
幼い悪魔の少女一人に消し飛ばされた者は数知れず。
そして……。
「……………」
「あのさ、いやもうそんな死んだ目しないで、ミルドレッドの事頼むよ。
あの子、もうキミの言うことしか聞かないから……」
下手に彼に何かしたらヤバイのはわかってたので、皮肉にも最大の壁として常に前を歩いていた別世界のサーゼクスに頭まで下げられ、青年は果てしなく微妙な顔だった。
「な、なあ?
ミルドレッドさんに何時も抱き着かれてるけど、おっぱいってどれくらいある感じだ?」
「……………………………………………」
そして自分自身が結構欲望に忠実過ぎて軽く死にたくもなった。
いや、ねじまがった自分よりは多分マシなのだろうけど。
だけどやはり……。
「久々だね、完全解放して戦うのって?」
「そんな相手も居なかったからな」
「そうだね。
でもさ、だからこそひとつ教えてあげようよ――兄さま?」
「ああ……!」
可能性の世界を生きた兄貴分と妹分はとても息がぴったりだった。
「す、すげぇあの二人……」
「完全に互いを理解していないとできない動きね……」
元・執事一誠とミリーちゃま。
始まらない。
補足
基本的にマセてんのは変わらない。
困った事に、年齢差が縮まったので余計に。
ああ、胸の大きさについては其々のイメージにお任せします。
続きはこれも……ねぇ? 要らんだろ