ホントに頑張れくーちゃん!
生きる者は皆、目を閉じて生まれる。
そして大半は目を閉じたままその生涯を終える。
けれど、稀にその目を開く者が居る。
開き。観て。自覚し。受け入れる。
とある世界の幼き少年はそうする事で覚醒をしてしまった。
そして異質なまでの進化を続けた。
その果てに様々な裏切りという辛酸を舐めさせられても……少年から青年へと変わろうとも彼はその目を閉じようとはしない。
異なる世界に流れ着いても、永遠なる進化は止まらない。
『吸血鬼、か……。
はは、血を見るのもすら怖がるビビりなハーフ吸血鬼と友達だったっけ。
ああ、だったってのはアレだよ、殺されちまったんだよ――俺の目の前で』
どれだけ蔑ろにされようが関係ない。
良い顔して近づいてきた癖に、後に出てきた者の力に惹かれ、だからお前は用無しと言おうが知ったことではない。
それでも自分で居られる親友が居たから。
『皆……みーんな死んでしまった。
その子も、悪魔に恋した同い年の奴も、宿敵だったアイツも、英雄が祖先だったアイツも、過去を乗り越えたイケメンだけど良い奴だったアイツも……俺と親しくなった奴等は皆殺された』
だけどもう居ない。
逝ってしまったから。
そして自分も、最後の祭りと称して殺した者達を道連れにしてその後を追うつもりだった。
『去っていった者達から受け継いだものは、残った者が次へと進めなければならない……。
それが生き残ってしまった俺とドライグの生きる意味。
上等だよ……お前等から押し付けられたものは全て俺がこの世に刻んでやる。だから―――――
―――――――――取り敢えず腹が減ったのでご飯食べさせてください』
生き残った青年は生き残る事を目的に異界の地に生きる。
託した者達の意思を無駄にしない為に。
麻帆良の桜通りという、文字通り桜並木の通りがある。
夜になれば夜桜見物に勤しめなくもないそんな通りを走る一人の生徒が逃げるように走っている―――なんて始まりが兵藤一誠という、自身の生きた世界から追い出された形で流れ着いた完全なるイレギュラーが存在しない、本来の物語の開演のベルとなるのだが……。
「わざわざ外に出る意味が俺にはわからんのだけど」
「ムードという奴だ。それに、こういう場所でなければお前が襲われたという噂も立たんだろう? あの坊やの関心を少しずつ此方に向けさせる為のな」
その桜通りを走る女子生徒はおらず、今居るのは深めの茶髪の青年と、小柄な金髪の少女とアンドロイド。
吸血鬼・エヴァンジェリン、赤龍帝・イッセーという、本来なら出会う事すら有り得ぬ二人が通りを歩きながら何やら意味深な会話をしているだけで他には誰も居ない。
「この辺りで良いな。
では始めるぞ」
「へーいへい」
適当な距離を歩き、桜の花びらが舞う通りの丁度真ん中地点で足を止めたエヴァンジェリンがイッセーに指示を出すと、生返事気味のイッセーが服の袖を巻くって腕を出す。
「どーぞ、あんま吸いすぎるなよ? 前も実際ヤバイ事になったし、今も寝てるドライグが言っていたけど、俺の血は進化の影響で常人が取り込むと危険なんだからよ」
「私を誰だと思っている? 闇の福音と呼ばれた真祖だぞ?
今はともかくとしても、全盛期にさえ戻ればお前の血なぞ――」
「わかったわかった、それは散々お前から聞いっつーの……。とにかく気を付けてくれよ? そら」
「ダメだ。首筋から吸血した方が美味いから首にしろ」
「…………………」
何かの思惑を互いに企てた上での吸血活動を行う様だが、腕を出すイッセーにエヴァンジェリンは首筋を要求する。
「そういえばギャスパーの奴も、指か首筋が良いって言ってたな。
アイツ、何でか俺の血だけはイケる様になって――」
「おい、私の前でお前の昔の友人の話をするな。
聞いてるだけでムカムカする」
「はいはい、畏まりましたキティちゃま」
人の枠を超越し過ぎた進化を重ねた結果、血液だけでも常人とは違い、そこら辺の吸血鬼にとっては猛毒にもなりえるが、耐えられる者にはその者に進化の恩恵を与える――らしいと、過去の親友一人であるハーフ吸血鬼の男の娘について懐かしそうに……そしてちょっと悲しげに微笑みながら語るイッセーを見てムッとなったエヴァンジェリンがツンツンしながら早くと急かす。
「屈め……届かん」
「腕で良いじゃんじゃあ……」
「ええぃ! 屈めといったら屈め!」
「はいはいはい! まったく、変に拘るんだから……」
背丈の関係上、そのままでは届かないので屈めと命令するエヴァンジェリンを軽くからかいながら屈む。
言われた通り首を軽く傾けて首筋を差し出す様にすると、エヴァンジェリンは屈んだイッセーを抱き止める様に密着し……
「わざと跡が目立つ様に歯を立てたいのだが、お前の場合は傷の再生力も私に通じるレベルだからな……制御はできんのか?」
「やったことなんて無いからわらないけど、やってはみる」
「よし……茶々丸、一応の確認だがジジイ共には気付かれてないな?」
「万事抜かりはございません」
「よろしい、では始める」
ガブリと首筋に牙を突き立て、吸血をするのだった。
ネギ・スプリングフィールドは立派な魔法使いとなるべく、齢10にして日本の中学校の教師となった。
名前から分かる通り、イギリスの故郷の地からこの日本の地に一人で足を踏み入れ、慣れない文化に色々と戸惑い、制御が今一つな魔法が周囲にバレない為に四苦八苦しながらも、なんとか今日まで無事に過ごせていた。
しかし子供である彼一人ではどうしたって限界がある。
なのにも関わらず今日までなんとかギリギリの瀬戸際とはいえ無事だったのは、彼を取り巻く人間関係的な運に恵まれていたから……だろう。
例えばこの学園で教師をしているタカミチという者は魔法関係を含めた頼りなる存在。
新任初日に魔法関係がバレた神楽坂アスナは、色々と粗暴というか大雑把ながら故郷の従姉妹になんとなく似ていてネギにとってこれまた頼りになる。
そしてもう一人……ネギがこの学園の2-A中等部の担任となった日と時を同じくして副担任となった青年。
「………………」
「ど、どうしたんですかイッセー先生!? そ、その首の包帯は……?」
「ああ、おはようございますネギ先生……今日から3-Aの担任になりますね、がんばってくらはい……」
ネギの裏の事情を知ってはいるけど、魔法関係の知識が殆ど無い。
されど然り気無く自分のフォローをしてくれるまだ二十歳になったばかりの青年でネギが受け持つクラスの副担任でもある体育教師―――兵藤イッセー。
生徒と自分の間を取り持ち、上手くクラスが機能する様にしてくれる舵取りをしてくれるという意味ではネギは彼を今日までの間に深い信頼をしていた。
これはネギの個人的な気持ちではあるが、決して子供扱いはせず、同じ目線に立ってくれるイッセーは、姉の様に慕うネカネの様な……そう、兄という存在が居たならばらこんな感じなのだろうかと感じさせてくれる者だった。
故に、今日から新学期となり、引き続き副担任となってくれたイッセーと共に頑張ろうと張り切った矢先、血色が悪そうな顔色で首に包帯を巻いた姿を見たネギは、文字通り血相を変えてイッセーに駆け寄るも、イッセーは何時も通りヘラヘラと笑いながら心配ないと言う。
「ちょっと夜更かししてしまったんれす。
らいじょーぶ……二時間したらエンジンかかるんれ……うへへへ」
「ろ、呂律が……」
どう見ても具合が良いとは思えぬイッセーの呂律の回らなさ。
酒もタバコもやらないし、現に深酒をした様な酒臭さもしない。
しないからこそ余計にネギは心配になって思わず魔法的な薬でも処方しようと持ち掛けるが、イッセーはそれも断り、そろそろ会議が始まる職員室の自分のデスクに突っ伏してしまった。
(え、エヴァめ……! 散々忠告したのにこんな吸い取りやがって……! 普通の人間だったら干からびて死ぬっつーの!)
突っ伏したイッセーが今頃ハイになってしまっているだろうエヴァンジェリンに向かって毒づく事情を知らないから、ネギにしてみれば心配で仕方ない。
「兵藤先生、そろそろ職員会議が始まりますよ?」
そんなイッセーのグロッキー状態に気付いた源しずな教諭が優しげに揺さぶる。
「……………………。あ、はい……すいません」
見た目や性格や年齢も含めて、どう考えてもイッセーの好みに入る部類の女性―――な、筈なのだが、実の所イッセーはこのしずなという教師にナンパをした事は実は一度も無い。
いや、寧ろ……
「顔色が優れない様ですが、どこかお加減でも……」
「いや大丈夫です。
大丈夫なんでさっさとご自分のデスクにお戻りになったらどうです?」
「え……あ、は、はい……」
敬遠している。
明らかに苦手としてる態度だった。
顔色の悪さを見て心配するしずな先生から顔を逸らし、遠回しにさっさと退けと言うイッセーに、彼が用務員時代からよく学校の外でナンパ行為に勤しんでいる事は知っていたしずなも軽く困惑の表情だったと同時に、そういえば自分はそういう感じの真似をされた事がなかったと今更に気付く。
「あの、イッセー先生はしずな先生と仲が悪いのですか……? 前から疑問なんですけど」
「え? あー……別に好きでも嫌いでも無いかな。
強いて言うなら―――あ、これ個人的な意見な? あの先生のこれまでと、これからの人生に何の興味も無い……みたいな?」
「え、えぇ……?」
(きょ、興味ないって……。だからあんなに淡白だったのかしら)
困惑するネギにきっぱりと小さめの声で興味が無いと言ったイッセーに、別に仲良くしていた訳でもないけど軽いショックを受けるしずな。
(あんな感じの女に昔おもっくそ裏切られた挙げ句、雷撃で殺しに来やがったからな。
あー……あの先生が悪い訳じゃないのはわかってんだけど、精神的な自動防衛が……)
その理由はイッセー自身にあるのだけど、知るわけも無いしずなからしてみれば良い迷惑でしかないのだった。
そんなこんなで意外と教師陣相手には普通だったりするイッセーは、給料の他に手当ても付けるという学園長の口車にまんまと乗せられてしまう形で2年生から三年生へと進級したA組の副担任を引き続き担当する事になった。
「えと、改めまして3年A組担任になりました、ネギ・スプリングフィールドです。1年間よろしくお願いします!」
クラスの面子は変わらない為、ネギの挨拶に騒がしい側の生徒達は歓迎の歓声をあげる。
「兵藤イッセーです。
特別手当てという餌につい食いついて今年も副担任になってしまいました。
……高等部じゃないのは何かの陰謀だと俺は思ってる」
そして宣言通り顔色が元に戻り、余計な質問を避ける為に首に巻いていた包帯を外したイッセーも、バカ正直に金の為にと付け加えながら挨拶をする。
「まだそんな事を言ってるのでござるか先生は……」
「言っても私たちだって来年は高等部なのにねー?」
「高等部になったらナンパされちゃうのかな?」
「へっ、ちんちくりん共が高等部になった所で俺にとっては永久にちんちくりんだぜ」
「詐欺師みたいな女の人に騙されまくる先生に言われたくないなぁ?」
中等部以下からはかなりの支持率を用務員時代から受けているイッセーもまた歓迎される。
「ほら古菲、イッセー先生にちゃんと声を……」
「む、無理アル! 最近話そうとすると胸が張り裂けそうになって声が出なくなるアルヨ!」
歓迎されすぎて一部生徒は声すら出せなくなっている様だが……。
「………………」
イッセーはネギにHRの進行を任せ、教室の後ろへと移動する。
その際、明らかにハイになっている精神を我慢しているエヴァンジェリンと、イッセーが戦闘モードに入った際に特徴として現れる赤く輝く瞳と酷似した視線が交差する。
(だから言ったろうが、吸いすぎるなって。
二時間もまともに動けなくなる程俺から吸いやがって)
(仕方なかろうが、お前の血は吸血鬼として最上の物なんだよ。
吸うだけで力を倍増させるなんて、他の連中が知ったら喉から手が出るほど求めるものだ。
……もっとも、他の誰にもくれてやる気もないし、お前の血だけでは私の封印は解けん。やはりそこの呑気な坊やが必要だ)
(あの子の親父とやらは見付からんのかよ? なんなら探して適当に半殺しにして連れてきてやろうか?)
(フン、奴にはもう用は無いし顔を見たら殺したくなるから要らん。
それより、私が作ったその首の傷を然り気無く晒したままにしておけ、あの坊やか坊やの事情を知る神楽坂アスナに気づかせる為にな)
(りょーかい……)
と、なんと視線だけで不気味な程会話が成立するイッセーとエヴァンジェリンはあくまで学園内では互いになるべく関わらないというスタンスを貫いている。
「ねぇ、さっきからイッセー先生とエヴァンジェリンさんが見つめあってない?」
「そういえば去年から殆ど話はしてないけど、妙に馬が合う感じがするような……」
「私見たわ。エヴァンジェリンさんが『あ……』って何かに気付いた顔をしただけでイッセー先生が教科書を忘れたと判断して貸してたのを……」
「え、という事はやっぱりあの二人はただならぬ関係?」
………。まあ、露骨に視線だけの会話が多すぎて軽く気づかれてる様だが。
「むー……」
「阿吽の呼吸とやつか……。やはり彼女が鬼門なのかもしれぬな……」
「私だってアレくらいできるアル…………あれ? イッセーくんの首に変な傷が……」
「む? 確かに……あれは何かに噛まれた様な」
それを同じく見ていた古菲がむくれた表情となり、楓も難しそうに唸っている。
実際、手取りの給料の管理までエヴァンジェリンがしてる程度にはイッセーの手綱を握っているのだからある意味で間違いではないのだが……。
(それよりもう一万くらい小遣いの値上げをしてくれよ……。やっぱり月三万は厳しいんだよ)
(だから必要な物があれば言えと言っただろう? 何か必要な物でもあるのか?)
(エロ本)
(私か茶々丸に燃やされた無駄になるからダメだな)
(そこまでお前に制限される謂れとかなくね!? 俺からスケベ取ったらただの間抜けじゃねーか!)
(少なくともその方がマシだぞ? くくく……くふふふ!)
(……。おい、吸いすぎてハイになってるじゃねーか)
(ある意味全盛期よりも力のみなぎりを感じるものでな……クククッ! お前を拾っておいて正解だったよ………くふふふっ!)
(そりゃよござんしたね……)
握られ過ぎてる感は……否めない。
さて、そうこうしている内に進級後最初の行事は生徒達の身体測定だった。
ネギとイッセーは勿論身体測定中は席を外して今この場には軽装となっている3-Aの生徒達だけだった。
となればやはりふざけてくる者も出てくる――というよりは静かにはできない気質ばかりだった。
「ふー……大分落ち着いてきたか」
そんな面子の中、一応身体測定に参加していたエヴァンジェリンは、つい大量吸血をした深夜から今にかけてなっていたハイ状態が落ち着き始めていると感じながら深呼吸をする。
(力は増している感覚は確かにしていものの、依然として忌々しい封印の呪いが解ける気配は感じない。
やはり力の進化と私の施された封印は別のカテゴリーなのだろうな……)
自身の白く細い腕を眺つつ時折プラプラと振りながら、自身の力が赤龍帝として――そしてイッセー自身の進化した肉体の血によって更に強靭なものへとなっている事には満足するが、それでもネギの父であるナギの強引な呪いは解けない事を再確認していると……。
「な、なぁ少し良いアルカ?」
「ん?」
クラスメートに話しかける事が滅多に無いエヴァンジェリンが声を掛けられ、封印解除について考えるのを一旦やめてそちらに視線を向けると、そこに居たのは……
(あぁ、イッセーにひっついてる小娘の一人と、無駄に絡むデカい小娘か……)
古菲と楓だった。
自分に話しかけるなんて大方イッセー関連の事なのだろうと直ぐに察したエヴァンジェリンは、相手にするのも面倒なので適当に煙に巻くつもりで返事をする。
「なんだ?」
楓はよくわからないが、古菲に関しては明確にイッセーにたいしてそういう感情を抱いてるというのはエヴァンジェリンも知っている。
何せ人差し指一本で軽く伸されてから、古菲は事あるごとに休み時間……もしくは授業をサボってまでまだ用務員だったイッセーを探しに行っては絡んでいたのだから。
夕飯の時間になると愚痴る様にイッセーが言ってたのである意味覚えたくなくても覚えてしまったのだ。
そして案の定……。
「えと、イッセーくんとどんな事をさっき話してたアル……?」
「古菲よ、もっとハッキリ言わぬとわからないでござる。
先生とはどんな関係なのか、是非お聞かせ願いたい」
「……………」
古菲という人物の人となりはそんな理由でわかっている。
やかましく、成績も悪く、バカレンジャーとか呼ばれてて、身体能力は常人にしてはそこそこ高いやかましい小娘……な、筈だが、今の彼女は妙にしおらしい。
緊張した面持ちで自分とイッセーが先程していたやり取りについて訊ねてくる態度なんか、びっくりする程にいじいじとしたものだった。
「…………。別にお前らが騒ぎそうな関係では無い」
イッセーに対してどんな印象を持っているかを聞いてやるつもりは無いが、エヴァンジェリンは古菲を少し哀れに思った。
イッセーという皮しか知らぬ小娘。
「ふむ、拙者には少なくとも声に出さずとも会話が出来る程の仲に思えたからなぁ?」
「奴の思考回路が単純なだけだ。
そもそも、だとしたらお前達に何の関係がある?」
「それはその……良いなぁって思うアル」
その皮の下は吸血鬼である自分よりも怪物らしい怪物であり、その両手は自分以上に血塗られていて、世界そのものから拒絶された龍を宿す最後の龍の帝王。
友を目の前で失い。その友から託された意思を先に進める為に、人を辞め続ける運命を歩む化け物。
『誰にも俺の生き方を否定させねぇ……! 行くぞドライグ……!』
『殲滅タイムだ。光栄に思え』
そんな男に惹かれてしまった。
本質を知った時、果たしてどう思うのか……化け物であるからこそエヴァンジェリンは言った。
「そうか、それならば忠告してやろう。
アイツに対して何を思おうが自由なのかもしれないが……それ相応の覚悟はするんだな」
「むっ?」
「それはどういう意味アルカ?」
「……………」
エヴァンジェリンにしては珍しい他人への忠告の意味がわからない様子の二人に、これ以上語るつもりは無いと窓の外へと視線を移す。
(歯がゆいが、誰もアイツを理解なんてできないさ。
アイツのパートナー以外の誰もな……)
どれだけ陥れられても、どれだけ大切な者を奪われても、世界そのものから追いやられても尚生きる意思を燃やし続けるイッセーの事はエヴァンジェリンにも未だにわからないのだから。
「やはりそう易々とは語ってはくれない様でござるな……」
「悔しいアル。
ぜったいに何かイッセーくんの事を知ってるヨ」
「言い方からしてそれは間違いないだろう。
ふーむ……どうしたものか」
これ以上エヴァンジェリンに話を聞くことは困難だと悟った楓と古菲は取り敢えず今は引き下がり、どうしたものかと話し合っていた。
「忙しいからなのか、それとも春休みの時の噂が割りと本当だったのか、ここ最近の先生は外でのナンパをしていないでござるからな」
「かといって噂通りって訳でもないヨ……」
「何を弱気になっている古菲。
先生を友達感覚で慕う者は多いが、古菲の様な気持ちを持つ者は実の所そんなに多くはない。
つまり今が好機であり、ここでもたもたしていたら、あの先生の事だ、今後増えていく可能性がなきしにもあらず――」
「そ、それは嫌アル!」
「ならばここで足踏みしている訳にはいかぬ! ここはひとつこの格好で先生に抱き着いてみようではないか!」
「うぇ!? そ、それはやっぱり恥ずかしいアル~!」
最近すっかり女の子になってしまった古菲を叱咤激励する楓。
妙に強引な事ばかり言っている気がするのは果たして気のせいなのか……。
「今先生はネギ坊主と廊下に居る、ここで攻めなければ何時まで経っても子供扱いのままだぞ!?」
「うぅ……!」
妙にニヤニヤしてるのも気のせいなのかどうかは捨て置き、不安を煽りながら唆す楓に古菲は段々と乗せられていく事になり……。
「あ、あ~れ~! 間違って廊下に出てしまったアル~」
「拙者もついでに間違えてしまったでござる~」
基本やはりアホの子だったので、どう考えても無理がある理由で廊下の窓から外の景色を眺めながら会話をしていたネギとイッセーの前に下着姿で突撃をした。
「うわわっ!? く、古菲さんに長瀬さん!?」
驚いたり赤面したりして下着姿の古菲と楓を前に慌てるネギ。
「………」
とは正反対に、ボーッとしたまんまの目のまま無の表情であるイッセー。
それはまるで悟りの境地を抱いた山奥の仙人の様な顔だったと、見られて途端にもじもじしながら赤面している古菲を横に、楓は思ったとか。
「まだ終わらないのかよ?」
「あ、あぅ……ま、まだアル」
「思いの外難航しているのでござる」
凄まじく無……それはまるで某身勝手の極意の兆しを見せ始めたサイヤ人のごとき冷めた顔であり、思わず勢いを削がれてしまう楓もつい普通に返してしまう。
逆に古菲は信じられないくらいにもじもじとしており、古菲もこんな風になるのか……と改めて楓は彼女が本気と書いてマジなのだと認識する。
「だったら遊んでないで大人しく順番が来るまで待ってろ」
「待ち時間が暇なもので……」
「暇だから下着姿で廊下に飛び出すのかお前らは? ネギ先生も困ってるし、他の連中に知られたら余計うるさいから早く戻れ」
と、よりにもよってあのイッセーに正論を噛まされてこれ以上言えなくなってしまった楓は仕方ないと引き上げる事を決める。
すると、それまで恥ずかしそうにもじもじとしていた古菲がここに来て意を決したのか、真っ赤に紅潮している顔でイッセーに接近する。
「ど、どうアル?」
「は?」
何が『どうアル?』なのかがわからないイッセーは下着姿で近寄ってきた古菲に首を傾げながらも、顔が真っ赤な事に気付く。
「そんな格好で遊んでるからまた熱でも出たか?」
「ち、違うヨ! 熱なんて無いアル! だ、だからどうなのか聞きたいアル! イッセーくん的に私の……………か、かかっ、カラダ!」
「は?」
目を覆いながらあわあわしてるネギがいい加減可哀想なので、さっさと帰れと言ってるイッセーに、古菲は大分吃りながらも質問をぶつけた。
「イッセーくんがおっぱい好きなのはとっくに知ってるアル! 去年より大きくなってるから! ど、どうかな……って思ったアルヨ……うぅ……」
しかし勢いが途中で消し飛び、段々と声が小さくなっていく古菲はそのまま俯いてしまった。
騒がしい娘さんという認識しかしてないイッセーはそんな古菲に対して、『変な物でも食べたのか?』と彼女らしからぬ台詞に軽く困惑するものの、なんと無く手持ち無沙汰だったのもあって、俯く古菲の頭をポンポン軽く撫でておく。
「そういう台詞を無理して言うな。
お前はもっとこう、アホな元気さの方が似合ってる。
誰に唆されたのかは聞かないが、お前はお前で居ろ」
「い、イッセーくん……」
「へ、今からそんな心配しなくても、後二年くらいすりゃモテモテになるよお前は。
それは俺が保証してやる……だから無理に自分を変えるな。
俺は周りが何をほざこうが自分を変えない奴が好きだ」
そう言って古菲の頭から手を離したイッセーは、同じ視線になる為に軽く屈んでそう告げ、子供みたいに笑った。
「う、うん! わかったアル!」
その瞬間、それまでいじいじとしていた古菲が何時もの調子を取り戻す。
だから……これだからイッセーが好きなんだと、改めて思いながら。
「だから取り敢えず戻れ」
「うん!」
「うーむ、一本取られたといったところでござる」
そんな二人の様子をあわあわしていたネギの横から見ていた楓も軽く感服する。
なんというか、子供に好かれる理由が分かった気がしたという意味で。
そして……。
「あぁ、そうそう長瀬、お前に一言良いか?」
「え……」
「お前を見てると思ったんだが、お前が三年くらい年食ってたら、間違いなく口説いてた……と、今思った」
「………うえっ!?」
「おっと、今の立場でこんな事言ったら懲戒免職ものだから、聞かなかった事にしてくれ。
はい、早く戻った戻った!」
長身でとても中学生とは思えぬスタイルの楓もまた、やはり子供だったのだと。
「何時もの私の方がイッセーくんは好きって言ってたアル。
ふふ、やっと少し吹っ切れた気がするヨ! ――ってどうした?」
「! あ、い、いや何でもないでござる! あは、あははは!」
「?」
(あ、あの状況であんな事言うなんて卑怯極まりないぞ先生! うぅ……!)
「まったく、教師も楽じゃないとつくづく思いませんかねネギ先生?」
「そ、そうですね! あ、あのそれより首のその傷は……?」
「え? あぁ、朝方ジョギングしてたら後ろから急に何かに飛び付かれて……そっからの記憶があんまりないんですけど、こんな傷みたいなのがあって……」
「それって……」
終わり
龍の帝王は既にパートナーが居る。
従者ではない、真に互いの命を預けられる繋がりが。
「よぉ、良い月だと思わないか? エヴァの奴が時間切れらしいし………今度は俺と遊んでくれよ?」
「ひょ、兵藤先生……!」
「アンタやっぱり、エヴァンジェリンさんに操られていた訳ではなかったのね?」
「まぁね、今お前らの前に居るのはまさしく自分の意思だ。
アイツに借りたデカい借りを返す為のな……」
それは誰にも理解できぬ領域。
「や、やっぱりエヴァンジェリンとそんな関係だったアルかー! 浮気者ー!」
「そうだそうだ! 散々純情を弄んでおいて酷いでござる!」
「あ、あぁ? 何でお前らまで――まぁ良いか、ネギ先生と一緒って事は知ってるって事なんだろうし、遊び相手が多いに越した事はない。
その方が俺の相棒の退屈しのぎにもなるしな―――――
――――そうだろドライグ?」
その身に宿す赤き龍の力。
「うっ!? あ、あの腕は……」
「す、凄まじい力の波動を感じます! ま、魔力とは違う大きな力が……!」
「籠手……の様に見えるがただの籠手では無い」
後ろでぶっ倒れてるエヴァンジェリンとそれを支える茶々丸を守るようにして立ちはだかる、何時ものイッセーではないイッセー
『ガキ共よ、軽く遊んでやる……ありがたく思え』
「! イッセーくんじゃない声が聞こえるアル!」
そのパワーは地を震わせ天へと伸びる。
そのパワーは……
『Boost!』
「俺の名はイッセー――赤龍帝!」
未熟な少年少女の成長を促す壁となり……。
「京都には違う世界だろうと良い思い出は無かったが、やっぱりろくでもねぇ。
まあ、こんな露骨な的をわざわざ用意してくれたのは感謝してやらんこともない……。だから―――」
その目に焼き付けろ。
これが
「『ビッグバン・ドラゴン波ァァァッー!!!!』」
その進化は永遠に止まらない。
「せ、せめて五千円! せめて三万五千円に小遣いの値上げをしてくれよ!?」
「お前を甘やかすのは良くない。
第一、何度も言っているが、それだけあれば十分だろうが」
「お金渡したら、イッセーくんはすぐ変なお店に行こうとするからそれで良いアル。
ほら、膝枕してあげるから元気だすヨ?」
「同情はするが、これには同意するでござる」
「ちくしょー! 変な味方つけやがってー!! それと古菲は俺をガキ扱いすんな! 急に変な成長しやがって!」
基本手綱を握られっぱなしだけど。
嘘
補足
誰も襲わず、イッセーを使ってパワーだけは増しているエヴァンジェリンさん。
しかし封印を突破するにはやはりネギ先生―――あ、いやネギきゅんが必要だったので、この数ヵ月でイッセーに仲良くなって貰い、色々と準備を進めていった次第。
その2
そのイッセーにくーちゃんがあわあわしてるので、エヴァンジェリンさんは一応忠告しといた。
……したけどあんま効果はないっぽいけど。
その3
三年程今より年が上だったら間違いなくナンパ対象内だったらしい。
言われた本人はまさに不意打ちでテンパった。
しかししずな先生とか、クラスに居る例の母性の塊みたいな生徒はむしろイッセーがもっとも苦手とするタイプらしい。
理由は――過去にトラウマがあるとかないとか。