かの者は、その青年の存在自体が宝の山と感じた。
どういう理屈なのかは直接調べなければわからないが、管理局へと入った青年は人間ではあり得ぬ速度で成長をし、その
そればかりか、消え行く夜天の書の管理人格をこの世に繋ぎ止めるという、神の領域すら犯す奇跡の様な力。
もし青年の全てを研究できたとするなら、この世に生きる全ての生物のレベルを一段階昇華させる事が出来るのかもしれない。
存在自体が未知の宝庫である青年の持つ『
未知への遭遇により、知りたいという欲求を極限まで高めてしまったとある男は、この日より数年の時間を掛けて青年の持つ未知を知ろうと動き始めてしまった。
まず必要なのは素体のサンプル。
青年自身の肉体を死体でも良いので確保出来れば良いのだが、青年を殺害する事は実質不可能に近いので、青年の細胞を手にするチャンスを伺った。
結果だけを言うと、青年のサンプルは割りと簡単に手に入った。
……というのも、意外にも青年は隙だらけだったのと、普通に騙しやすかったので簡単に血液サンプルが手に入ったのだ。
流石に呆気なさすぎて肩透かしを喰らったかの者だが、その拍子抜けになった気分は、手に入れた血液の細胞を調べた事で驚きと歓喜に変わった。
『なんという事だ……! たったこれだけの血液細胞ですら自己進化をしている……!』
もの試しに病原菌を埋めつけてみれば、瞬く間に殲滅し、更にはその病原菌に対する抵抗力をも自己で行う驚異的な細胞。
睨んだ通り、あの青年は細胞レベルで自己を進化させる事ができる者であったと、かの者はそれはそれはハシャイだ。
それはつまり、かの者が携わりその頭の中に全てを記憶しているとある計画の強化に使えるのだから。
いや、そればかりでは無くもっと大きな野望の礎に使える。
興奮冷めやらぬ気持ちを何とか押さえたかの者は、その日から寝る間も惜しんでとある計画を密かに始動した。
かつて己が携わってきた研究を引っ張り出し、今の技術力を総結集させ、生涯最初で最後の『死ぬ気の努力』を重ねる事更に数年。
かの者の狂気ともいえる努力は実ってしまった。
驚異的な速度で自己進化を可能にするかの者が最高傑作と呼ぶ作品が……。
「ここ最近、私がばら蒔いている玩具が破壊されている」
「…………………」
そしてかの者は我が子と呼ぶ者の完成によって確信する。
最早不可能な事は無いと。
「時空管理局・機動六課……。まあ管理局の駒ひとつでしかない名などどうでも良いとして、そこにはお前の『オリジナル』が最近配属された様だ」
「………………………………………」
「くくく、心拍数が上がったぞ? 会った事は無いオリジナルがそんなに気になるかな?」
「……」
1体1体を丁寧に造り上げた
そして自己進化を可能にする男の完全なる
戦力は揃った。
後は奴等に絶望を送るだけ……。
「慌てなくても近い内にお前と彼は会うだろう。
くくく、勿論敵同士として……!」
「……………」
準備を何年も掛けて行ったかの者は近い未来を思い……そして嗤うのだ。
「………………………はぁ」
また『何時もの』発作が始まってしまったか……。
自分の創造者が勝手に嗤い出すのを、ただただ微妙な気分で見ていた黒髪の少年は、逃げるように創造主の部屋から出ると、とぼとぼと自分の部屋へと戻ろうと、地下道の様に暗い廊下を歩いていた。
「……オリジナル、か」
その道中頭の中に過るのは、創造主の語った『オリジナル』という存在。
創造主曰く、自分はそのオリジナルを再現する為に造られた複製であり、数多の失敗を重ねた上で完成した個体である………という事を耳にタコが出来る程聞かされきたし、写真も見せられた。
「俺という存在を知ったらオリジナルはどうするんだろう?」
恐らく向こうは複製である自分の存在なんて知らない。
だからもしこれから知られたらどんな反応をされるか。
勝手に複製を造られた事への憎悪と嫌悪か……。
どちらにせよ、創造主とオリジナルが所属する組織は敵対関係であるので、敵同士となるのは決まっている。
「ま、なるようになれだな」
もし戦う事になれば、自分のやる事は決まっている。
一々笑いかたが煩いあの創造主を守る。
狂気だとか、何だとか世間的には思われて社会を追われた存在らしいが、飯は食わせてくれるし、別に暴力を振るってくるとかもしない。
何なら自分や彼が作成した娘達に混ざってゲームなんかする程度にはノリも良い。
なにより、創造主である彼を失えば自分も娘達も居場所を失う。
皮肉な事だが、造られた彼等のアイデンティティは創造主である彼なのだ。
ジェイル・スカリエッティという……。
「………………しかし俺って一体何歳なんだ?」
際限無く成長する複製少年はそんな感じなのだ。
ゼーロ
推定年齢17歳くらい(実働年数は大体5年)
性別・雄
所属・ジェイル・スカリエッティ一派
備考・自己進化を可能にするクローン人間。
とある青年の複製として生まれてしまった少年の仕事は主に自己進化を重ねて、創造主をヒャッハーさせる事である。
なので今の所創造主の企みの為に外に出たという事は
クローンではなく戦闘機人として生み出されたナンバーズと呼ばれる者達とは違って、そんなに無い。
だが、彼が与えられた名は『無でもあり無限の可能性でもある』という意味を込めたゼーロ。
イタリア語で零を意味する名である彼は他のナンバーズとは生み出されたコンセプトを含めて何もかもが違っている。
それはつまり、ナンバーズ達からは仲間はずれにされている―――
「あらぁ? ゼーロさんじゃありませんかぁ?」
「……………げ」
と、いう訳でもなく、確かに性別もそうだし生み出されたコンセプトも違うのにナンバーズの様な名を与えられてる彼の事をあまり良いように捉えないナンバーズ姉妹は居るには居るが、中には変に絡んでくる者も居るのだ。
しかもどういう訳か、ナンバーズの中でも一番の陰湿なタイプに……。
「またお一人で非効率なトレーニングでも?」
大きな丸眼鏡に三つ編みおさげの、地味にも思える容姿の少女だが、喋り口調ベトンベトンしたものであり、またどう見ててもナンバーズの中では一番陰湿である彼女の与えられた名は4番目に起動したにちなんでクアットロ。
基本的に単独行動の多いゼーロを大概見つけては大概絡んでくるので、正味ゼーロは一番苦手だった。
何せ露骨に苦手だぜみたいな顔になってもクアットロはヘラヘラしながら絡んでくるので。
「いや、ドクターから呼び出されただけなんで……」
「へー? そうなんですかぁ……」
薄く笑ってるその表情が如何にもな陰湿さを演出しており、ゼーロの顔はますます苦いものになる。
「という事はこれからご予定はないと……?」
「え……あー……」
思えば他のナンバーズの誰よりも先に絡んできたのがクアットロだし、微妙な距離感を他のナンバーズと取ってるのにも関わらず絡んでくるのもクアットロだし、一々こっちの行動を訪ねてくるのもクアットロだった。
ドクターに言われた通り、自己進化を促す為に泥臭さ満載の生身のみのトレーニングをしてる時も見てくるし、ぶっ倒れそうになると薄気味悪い笑みと共に近づいて来ようとするし……。
(暇と言われたら暇だけど、ここで暇なんて言ったらどんな嫌味が飛んでくるか……)
スカリエッティが一々自慢気にナンバーズ達にゼーロについて言及しまくるせいで、ムカついているのか何なのかはわからないが、隙を見せたら何をされるかわかったもんじゃない不気味さを感じてやまないゼーロは、ちょっと目を逸らしつつ口を開く。
「あー……へ、部屋に戻って筋トレでもしようかなーって……」
オリジナルと違って年上フェチでも無ければ、結婚願望も無いし、おっぱい大好きでも無い。
つまる所、女子しか居ない部活に知らずに入部してしまった男子の気まずい気分的なものしか感じないゼーロは、ジーっとこっちを見てるクアットロに咄嗟の嘘を言ってから逃げる様に去ってみたのだが……。
(つ、ついて来る……だと……?)
普通に付いてきたのだ。
薄気味悪くニヤニヤしながら……まるで『嘘なんてお見通しよぉ?』と見抜かれてるかの如く付いてくるのだ。
「あ、あのー……」
「? なにか? ふふ、お部屋でトレーニングを行うなら別に見ていても構いませんよねぇ? 邪魔はしませんし?」
「い、いやいや……! でも忙しいんじゃ――」
「生憎凄まじく暇でして、他のナンバーズの者達は各々何かしてるようですけどぉ」
(…………何なんだよ!)
煙に巻こうとしても絡み付いてくるクアットロに、ゼーロは本気で勘弁してくれと心の中で絶叫した。
これがオリジナルなら口八丁で煙に巻けたのかもしれないが、生憎ゼーロは女性経験なんて無いし、寧ろクアットロのせいで軽く女性に対する苦手意識すら芽生え始めていた。
「失礼しま~す」
「………………」
結局逃げられずに部屋まで乗り込まれてしまったゼーロ。
部屋といっても簡易的なベッドと机しかない独房みたいな部屋で、オリジナルの様にエロ本だのエロゲといった類いの物は見当たらない。
「…………」
「ふふふ……」
(や、やりにくいなぁもう……)
そんな部屋のベッドに座り出すクアットロに薄気味悪い笑みを見せられながらせっせと筋トレをしなければならなくなったゼーロ。
偶々出会しても微妙に気まずい空気になるだけで、特に絡んでは来ない他のナンバーズ姉妹の方がこれならまだマシじゃないか……。
「……………あの、近いんだけど」
「お気になさらず? ふふ……」
最初はベッドに座ってたのが、腹筋するゼーロの足下へと移動し、身体を起こす度にクアットロの顔が間近に飛び込むという、あんまり胃に優しくない状況に、複製少年の悩みはまだまだ解決しそうになさそうだった。
ナンバーズの4であるクアットロはとても気分が良い。
気分が良すぎて、他のナンバーズに無償の親切をしてやらないこともないと考える程度には気分が良かった。
何故なら今日は普段は探しても中々見つからないロストナンバーのゼーロのお部屋に押し掛けられたから……………と、彼女を知る者が聞いたらギョッとなりそうな理由があったからだ。
「……………………あの」
「はぁい、なんでしょうかぁ?」
「で、出ていかないんすか? 筋トレ終わったし……」
ゼーロという名の通り、造られた時期も、生み出されたコンセプトも自分を含めた他のナンバーズとは異なる彼はサイボーグではなく殆どが生身の人間だ。
それでも単純な戦闘力はナンバーズの中で最強で、その最強たらしてるのが、彼の持つ自己進化の特性だ。
「理由が無く居てはダメなんですかぁ?」
他の姉妹達は生身でありながら、日増しにパワーを増幅させ続けるゼーロを何時か反逆するのではと恐れている様だが、クアットロにしてみれば、それはまずあり得ないと思っている。
まあ仮に裏切るといった真似をしたところでクアットロには関係ないのだ。
何故なら
(ぅ……い、嫌そうな顔してる)
クアットロはかなりゼーロを気に入っているから。
……………。ゼーロから見ればニヤニヤとした腹黒そうな表情も実の所、クアットロが鏡の前で練習した笑顔のつもりだし、ゼーロにとってはトレーニングの疲労で倒れたら何されるかわからないという懸念も、ただ単にクアットロは心配して介抱とかしてあげたい的な、やはり彼女を知るものが聞いたら仰天するだろう、純粋な善意だったりするのだ。
今も微笑んで見せるその裏側では、嫌そうな顔をされたと結構落ち込んでいるし……。
「別に良いけど……」
「ええ、そうさせて貰うわ~」
変に追い出したら後で何をされるかわかったものではないと懸念して渋々居ても良いと言うゼーロに、相変わらずな笑みを浮かべた背景では。
(や、やった……! こ、これを機にどうにか仲良くなってみせる……!)
びっくりするくらい女子っぽい事を歓喜まじりに思ってたりと……。
「オリジナルの方は大分女性好きの様ですが、ゼーロさんはどうでしょうかぁ?」
「さぁ……? そういった事はよくわからないけど……」
「では例えばぁ……今後に繋がる経験の為に練習するとかどうですか~?」
「経験……? 具体的には…?」
「え……えーっと……で、でーとしてみるとか?」
「デート……? 男女が出掛けて時間を無駄に浪費するとドクターが言ってた普通の人間の行動を……?」
「で、ですがぁ、そういった無駄な行動の中にも進化の糸口があるかもしれないしぃ~?」
「はあ……だけどそのデートする相手が居ないし、どうにもならないような……』
「わっ……! わた、わたたた……! わ、私とか……」
「………………………………え゛?」
「………………………。嫌なんですか?」
「ひっ!? い、嫌とかじゃなくて、ど、どうすりゃ良いかわからないし、第一キミがわざわざ俺の為にそんな事までしてくれる事も無いと言うか―――」
意外と女の子なのかもしれない……割りと姉妹の中で一番。
(こ、こうやって微笑みながら誘えば上手く行くって本に書いてあったのに……! ど、どうして怖がられてるのぉ~!?)
(ど、ドクターそっくりに嗤ってるし、なんかの実験か……? ていうかクアットロと1日中一緒に居なくちゃいけないって……か、考えただけでもお腹が痛い……!)
前途は凄い多難だけど。
終わり
補足
スカぴょん、天才爆発させてとんでもねーもん造ってしもうた!
擬似的だし本質は知らないものの、無神臓に近い特性まで再現させてるし、天才っぷりがとどまることを知らねぇぜ!
その2
確かに狂人ですが、その狂人に造られたということでクローン君は割りと忠実だったり。
ただし、ナンバーズとは微妙な距離感だとか。………一人除いて。
ちなみに違いは髪の色と瞳の色らしい。
その3
…………いや、誰だよこのクアットロさん。
クアットロさんちゃうやん、これ某たっちゃんじゃん(中の人的な意味で)