世界観は前回までと同じですが、それに『もしも』が入ります
もしも最初に出会ったのが………。
長年の悲願は永遠に到達できないかもしれないという恐怖と絶望になりつつあったある時――――――
「逃げてもあの人外師匠からは逃げられないって意味なのかねぇ……」
その者は『化け物』を見た。
「あー、申し訳ないですねお姉さん。
俺も何でお姉さんの家の中でぶっ倒れてたのかが説明できないんですよ。
直ぐにでも出ていきますんで、警察は勘弁して貰えたら良いなー……なんて」
人の形をし、人の言葉を発し、感情もある。
「絶対にビーカーみたいな容器にぶちこまれてる幼女の真っ裸を見たことは忘れますし、誰にも言いませんから、見逃してくれ―――――――――無いですよねぇ? お姉さんったら殺意全開みたいだし。
参ったねこりゃあ……」
されどその中身は人というには余りにも強靭で、逸脱していて、異常であった。
「おっ? これは新しい感覚だ。
前に『慣れた』魔法関連のものとは少し違う……? まあどちらにせよ似てるだけで、お姉さんの力にはもう『慣れた』ぜ」
遥か天から見下しながら蟻でも踏み潰す様な力。
「………って、封印したつもりのコレも復帰してやがる。
あの人外師匠め、俺の事はもう放っておいてくれって言ったじゃんかよ……」
そして神という存在があるとするならば、その神の領域を平然と土足で踏み荒らしてしまえる程の凶悪な負と異常な精神。
「お姉さんもしかして、結構な重病患ってません? 顔色は悪いし、妙に頬が痩けてて隈も酷い。
…………………。他人の役に立てるかどうか微妙な所だけど、勝手に不法侵入したお詫びッス」
身を以てその精神を体験した時、その者は確信する。
足りない部分は完全に補えたと。
「…………。やっぱりこっちも復活しちまってる。
ちくしょうめ、封印するのにどんだけ手間取ったと思ってんだ、あの年齢不詳の人外師匠め……!」
夢と現実の境界をねじ曲げながら、永遠に進化をし続ける化け物の様な青年の出現によって。
青年の名はイッセーといい、その者の名はプレシア・テスタロッサといった。
強い決意を持ち続け、青春時代を過ごした青年はその役割を終えると同時に自らの精神に蓋をする形で封印し、決意を抱いた理由となった者達から姿を消した。
……………と、言えば聞こえは良いが、要するにイッセーは逃げたのだ。
人外の弟子であることも、守ると誓った人と墜ちた天使のハーフである少女の愛からも、友となった者達の全てから。
それは他を愛することは出来ても、愛される事に懐疑的な部分を最後まで克服できなかったからに他ならず、その才能の全てを封じ、愛を受け止められずにとうとう振られてしまった事で、孤独に生きて野垂れ死にをする道を歩く事にしたのだ。
だがイッセーは――異常と負の精神をどちらも持つが故にその道を歩む事は許されなかった。
『風紀』の二文字の意味を教えられ、継承した彼はやはりどこまでいっても風紀委員長だった。
別に助ける必要なんて無い他人であるとある女性の抱えた病を『否定』してみたり、死ぬほど頼まれたので『どうなっても知らないからね?』と念を散々押してから、その者の娘の死んだという現実を否定したり……。
かつて守ると誓った少女と母の死を目の前で見た事で発現した負の精神は、今再び母と娘の為に使われたのだ。
その後青年がどうなったのか?
無論、病という現実と死という現実を否定される事で先を歩む事が可能となった母と娘のもとから去り、再びスキルの再封印に勤し―――――
「異なる世界から前触れも無く迷い込んだという意味では、アナタは次元漂流者ということになるわ。
で、聞いている限りでは帰る気はそれほど無いと」
「まあ……」
「そして行く宛も無い」
「無いですね……」
「甦らせてくれた娘が、思わず母親としてアナタを殺したくなるほど懐いてしまっている」
「………それはわかんないッスけど」
「アナタが出て行く話をした途端、大泣きする程度にはあの子はアナタに懐いてるわ………ホント、一回半殺しにしてやりたいわ」
「っす」
「つまり、アナタに今すぐ出ていって貰うと私が困る。
一方アナタも出ていった所で衣食住の宛は一切ない。
出ていく理由は果たして今のアナタにあるのかしら?」
「…………………。いや、どっちかと言えば無いに傾くかも――」
「でしょう? 本音を言うと、アナタが娘をたぶらかすのを見る度に八つ裂きにしてやりたいけど、実際問題私の身体を健康体にしたのも、あの子を甦らせたのもアナタ。
あの子の事を思う気があるのなら、出ていくのはもう暫く待ちなさい。
……正直、あの子をよみがえらせる為に色々と違法行為に走りすぎたせいで、管理局と一悶着あるし」
「…………」
―――勤しめる事は出来ず、復帰してからのイッセーは、時の庭園なる不可思議な空間に縫い付けられてるような形で足踏み状態だった。
時の庭園の持ち主であるプレシア・テスタロッサなる妙齢女性の語った事が主な理由として。
「それとも何か不満かしら?」
「いや無いですけど……」
最初に会った時とは違い、病という現実が否定された事で克服し、血色が良くなってるプレシアだが、同時に狂気に近い執着を抱いた悲願も達成されてしまってるせいか、それともこのイッセーのちゃらんぽらんさに影響でもされてしまったせいなのか、妙な軽さが今の彼女にはあった。
もっとも、悲願である娘の蘇生に伴い、二度と失ってはならないという気持ちにそれまで向けていた狂気の方向性が変わっていて、その娘に大体出会って一時間もしない内に懐かれてしまったイッセーに対しては、 要らん対抗心を燃やしてしまっている様だが。
「じゃあそういう事で。
…………………。もし逃げたら末代まで呪うわよ?」
「う、うっす」
本当に呪われそうだと思えてしまう怖い顔のプレシアに対して、イッセーはただただ頷く他無く、結局再封印も後回しとなったのであった。
これはただのもしものお話……。
「あ、アリシアのクローンだと……?」
「そうよ。もっとも、所詮は複製に過ぎないし、失敗作よアレにはもう用なんて無い―――」
「ふざけるなよテメェ!! 勝手にテメー都合で生み出しておきながら、用無しだと!? 俺はそんなテメーの抱える現実を否定したつもりはねぇ!!」
「そうかもしれないわね。
けど、私にとっての全ては
自分のやった事を正当化する気なんて最初からないし、アナタに理解して貰う気も無いわ。
でもこの考えだけはもう変えられないし変える気なんてないわ」
「き、貴様ァ……!」
「……………。アナタには複製の事は絶対にバレないようにと細心の注意を払っていたし、バレてしまえばどう思われるかも解っていた。
けれど、アナタに今この場で殺されてもこの考えを変える気はない。
私に複製を愛せる心は――無い」
「っ……!」
死を否定され、今を生きる少女の複製の存在を知り、その複製に対するプレシアの気持ちを知って激昂するも、そのブレぬ気持ちはある意味過去の――兵藤凛に対する今も思っている気持ちと同じだったと気付き、それ以上言えなかった。
「……。一発くらい殴られると思ったのだけど?」
「本当ならその乳でも揉んでヒーヒー言わせてやりたかったよ。
クソ、アンタはある意味俺と同じだ、自分の決めた事を変えられねぇ……一度固定された考えを否定することができねぇタイプだ」
「そういう意味では、確かに気が合うわね私達は……」
愛を否定してしまった青年と、それ以外を愛せない女。
そして一度固定されてしまった嫌悪と憎悪を払拭させることができない――そんな面が似通ってしまっている事にイッセーは掴み掛かったプレシアへの手を緩めてしまった。
「この事をアリシアに言うのかしら?」
「言えるわけがねぇだろ……」
決して喋る訳にはいかない。
だからイッセーは、複製であるフェイトに母親ではない繋がりを持つべきだと考え、動く。
しかし……。
「こ、これほら……えーと、例の石ころ拾ったからあげるぜ……」
「……………………」
その複製からはオリジナルとは真逆に嫌悪されていた。
理由はそう――皮肉にも、かつてイッセー自身が兵藤凛に対して今尚抱く嫌悪と憎悪に近い感情で。
「…………何でアナタに母さんは優しいの? どうして私から母さんを……」
「お、俺は……」
「フェイト……」
ある日いきなり沸いて出てきた得たいの知れない男に対して母が妙な信頼を向けてる様に見えるし、母に褒められたいと頑張ってきたフェイトにしてみれば、横から割り込まれた風に思っても仕方ないのだ。
「誰か俺を殺してくれよっ!」
自分のやってることが兵藤凛そのものであると理解すればするほど、精神が磨耗していくイッセー。
「フェイトの事はアタシに任せてよ。
私は逆にアンタに感謝してるし、アンタがあの鬼ババァに何か言ってくれたお陰でフェイトに暴力を振るうことも無くなったんだ」
「それでも最低最悪野郎には変わり無いさ俺は……。
あの子にとっちゃ、母親の関心を奪ったクサレ野郎だ」
死にたくてもその精神が死ぬことを許さない。
フェイトの理解者であるアルフと呼ばれた使い魔には感謝されるが、本人にしてみれば気休めにもならない。
何よりオリジナルとなるアリシアもフェイトも、かつて師と呼んだ人外に頗る声がそっくり過ぎるのが余計に精神をすり減らすのだ。
そしてそれはやがて……。
「アナタにはもう負けない……! 今日の私は『目』が違う……!」
「目、だと?
―――――まさか
逃げたと思った相手からは少しも逃げられていなかったという現実を知ることで……。
「逃げられたつもりが、結局は逃げられなかったか……。
くくく、雲に乗ったエテ公だぜこれじゃあ」
ある意味で吹っ切れさせてしまった。
「あの人外に貸し出されたスキル程度で俺を倒すには十年早いなお嬢ちゃんよォ……!」
「っ……!?(な、なに? いきなり雰囲気が変わった……?)」
全てから逃げる為に
「憎いか? 俺に何も出来ずに踏み潰されるのが悔しいか? お前の母親の歓心とやらを俺が買ってることがムカつくか?」
「う……ぁ……!」
「だったら存分に俺を憎め。
俺を殺す為にその才能を引き上げろ。
そして何時か俺と同じ領域に立った時、俺を殺しに来い」
プレシアを逮捕しようと現れた者達を殺さない程度に全滅させ、徹底的にフェイトに対して敗北感と憎悪を植え付けたイッセーは、この日からプレシア共々お尋ね者へとなっていく。
「…………」
「口止めされてて言えなかったけど、やっぱり言わないわけにはいかないと思って言うよ。
アイツがフェイト達にした事は全部演技だよ……」
「………………。何でアルフが知ってるの?」
「…………プレシアがフェイトに対してやって来た事を知った時、アイツは本気で怒ってプレシアに詰め寄ってたのを見たんだ。
それで多分、フェイトに対してあんな態度になったのは、フェイトに強くなって貰う為にわざと煽ったんだと思う。
アイツを越えた力を持てば、プレシアが見直すかもしれないからって……」
しかし管理局に共に保護された使い魔の告白のせいで、その目論見は半分程外れた――――
「…………………。だから何? あの人が私の母さんを奪った事には変わらない、なのは達を傷つけた事が許される訳じゃない。
私の為……? 誰もあの人にそんな事をしてくれなんて頼んでなんかないよアルフ。
私は変わらない……あの人から母さんを取り返す為に強くなる」
「フェイト……」
「最初から気にくわなかった。
怒ろうとする母さんを止めたり、私より早くジュエルシードを拾っては一々申し訳なさそうに渡そうとしてくるのも、アリシアって私の姉さんらしい私そっくりの子にも信頼されてる事も――全部が気に入らない……!」
――のかはまだ分からない。
ただひとつ言えるのは、この日よりフェイトはハラウオンの養子となり、母と存在を知らなかった姉を取り戻す為に異常な量の鍛練に身を費やす事になる。
「チッ、異世界でまさか犯罪者になるとはな……」
「あの子がフェイト……私の妹なの?」
「ああ、その……ちょっと厄介な事があって会えないけど、必ず会えるようにするからもう少しだけ待っててくれ」
「うん……。でもあの子、イッセーの事……」
「嫌いだろうよ。
あの子にしてみれば、キミの母さんを奪った風にしか見えねぇからな」
「でもイッセーが居たから今の私とお母さんが……」
「それでも俺は居てはいけなかったし、出会っちゃいけなかったんだよ……」
めでたくお尋ね者になってるというのに、テンションが高いプレシアに付き合わされる形でお尋ね者になってしまったイッセーは、様々な潜伏場所に籠りながら、フェイトが自分を殺せる力を覚醒するのを待ち続ける。
「高々数ヵ月程度で俺を殺せるんだとしたら、とんだお門違いだぜお嬢ちゃん?」
「くっ……!」
「な、何だ貴様! 管理局の者……ではないのか?」
「ん? ……………うひょお!? な、なんて美人なお姉さん! おほん! 失礼、俺はしがないお尋ね者なんすけど、お姉さんもしよかったら俺とそこら辺の喫茶店でお茶でも……」
「は、はぁ?」
「っ! ふざけないで! わ、私はまだ負けてな――――」
「ごめん、飴やるから暫く黙っててくんね?」
「んなっ!?」
時には憎悪を補充させる為に煽ったり。
「だ、黙ってろって言われた。
飴で喜ぶ歳じゃないのに黙ってろって……」
「フェイトちゃん……」
「真顔で言われたのが余程ショックだったみたいね……」
効果は意外と抜群で、煽られる度にその悔しさをバネにし続けた結果……。
「当然っちゃあ当然だが、アリシアそのものだなキミは」
「……………。姉さんも母さんも生きているみたいで安心しました。
ですがそれも今日までです……アナタを倒して二人を捕まえます!」
「やってみろ、お嬢ちゃん」
「もうお嬢ちゃんじゃない!!」
第一級危険生物扱いまでされる様になったイッセーを仕留める為にフェイトは昇華した。
「……! くく、同じ位置に居る者とやりあえるのが楽しいと思うなんて何年振りか……! 良いぜお嬢ちゃん、もっと引き上げろ、全力で俺を殺してみろ!!」
「言われなくても……!」
ただ越える為に……。
「ま、また負けた……」
「ふ……これまで見てきてわかったが、魔法とやらのセンスはキミが上だが、此方側に関してのセンスはアリシアの方が上だな」
「! ち、違う! 私はまだまだこんなものじゃない……!! 姉さんと比べないで!!」
「なーにをムキになってるんだか……。
まぁ良いや、まだまだ無理そうなキミの相手をダラダラしてやってやるほど暇じゃないんで、俺は帰る」
「ま、待って……! 私は――」
どこまでも食らい付く様に……。
「フェイトちゃん、また彼と会ったの?」
「管理局は彼が傍に居る限り、プレシア・テスタロッサを追うことを諦めたのに……」
「私は諦めない、絶対にあの人だけは許さないから」
「……でも」
「さっきだって帰り際に何してきたと思う? 子供が喜びそうな駄菓子の詰め合わせをヘラヘラとバカにした様に笑いながら渡してきたんだよ? こんなんで私が喜ぶと思ってる――それはつまり私の事なんて何ひとつ興味が無いって……私なんて敵にすらならないって言ってる様なもの」
「フェイトちゃ――――
「それに戦ってる最中なのに全然知らない女の人が目に入ったら、戦ってる私を見ないでずーっとそっちばっかり見ては『ナンパしてみようかな?』なんて言い出すし、一体どこまで私をバカにすれば良いの? 子供の時からずっとそう。
私と戦ってる最中なのにシグナムやシャマルに鼻の下なんて伸ばして真剣にすらなってくれない。
だというのに勝てないなんて理不尽過ぎるにも程があると思わない? そんなふざけた態度され続ければ、何が何でも勝って牢獄に入れてやりたいとか思わない? まぁでも捕まったら間違いなく終身刑が妥当だから、牢屋に入ったあの人を死ぬまで見張りながら笑ってあげようと思うけどどうかな? 多分アリシア姉さんに憎まれちゃうと思うけど別に憎みたければ憎めば良いし母さんにも返さない。
あの人は死にたいけど死ねないから、誰かに殺されたいみたいだけど、そんな簡単には死なせない。
あの人を越えて、あの人を捕まえて、誰にも手が出せない場所でずーっと見張り続けて、殺してくれと言っても絶対に殺さないんだ……♪ アリシア姉さんにも母さんにも誰にもあの人とは会わせないまま……」
「あ、アカーン! フェイトちゃんの発作が始まってしもうたわ! はようビンタでもして正気に戻すんや!」
分散気味だった拗らせ魔法少女が一人に集約されてしまう場合、危険がいっぱいなのかもしれない。
「アリシアに恋人は欲しくないのかと何となく聞いて見た結果、アナタが良いと言った訳だけど、ぶち殺して良いわよね?」
「知らんがな……」
「何故よりにもよってアナタみたいな女にすさまじくだらしない男!? 私は絶対に反対よ!」
「心配しなくても俺にだってそんな気がねぇのはアンタが一番知ってんだろうが」
「母親として当然の心配よ! とにかく変な事をアリシアにはしないでちょうだい! 最近あの子、鏡の前で自分の胸を確認しながら『………イッセーが昔好きだった女の人より小さいのかなぁ』って落ち込んでいたのよ!? どうしてくれるのよ!?」
「知らんがな」
以上、お尋ね者イッセー
補足
バッチリとドストライクなタイプなのですが、考え方というか、精神構造の根っこが自分に近いせいか、あまりそういう感じには見れないとか。
その2
かつての自称姉の様な状況にさせてしまっているせいでSAN値が削られまくった結果―――軽く開き直ってしまった。
その3
その結果、分散させていた拗らせ少女が一人に集約してしまい、アカン事になってしもうたと……。
ちなみに、絶賛ママンと一緒にお尋ね者になってても逃亡は楽に可能だし、自分を越えさせる為にフェイトちゃまを煽りまくるせいで実はアリシアちゃまから絶大にムスッとされるらしい。
……しかも、平気でナンパする癖は変わらないので余計に。
仮に……いやホント仮に続くとなると、なんだろ、犬っ娘さんにめっちゃ生暖かい目を向けられながらたまにコッソリ会って……。
『アンタ、悪役になるの下手だよやっぱ』
『俺があの子の立場ならゼッテーぶっ殺してやりたいと思うくらい挑発したんだし、それはねーべ?』
『でもフェイトはアンタを殺すというよりは、閉じ込めてわざと生かしてやりたいみたいだけど……』
『え……?』
と、ファミレスで駄弁ってたところを。
『…………………………』
拗らせ魔法少女が見てしまってさぁ大変。
……なんて事にはならんね。