冥界が存在しない世界であると気付いたのは、冥界への道が全く無いということを知ってからだ。
そしてこの世界が自分の居た世界とは違うということも。
元々西暦からして違うし、言うなればこの世界はパラレルの過去といった所だろう。
恐らくはサーゼクスと殺り合ってた時に発生した次元の破壊の先に発生したブラックホール的なものに吸い込まれてしまったからこの世界に叩き込まれたと思えば、さっさとその次元をまたこじ開けてしまえば良い訳だが……腸の煮えくり返る事に今の俺―――というより俺一人ではそこまでのパワーを出せない。
サーゼクスに敗ける寸前で重症だったからというのが当時の理由だが、とっくに完治してる今現在でも俺は約半分程力を落としている。
いや、どちらかと言えば周りから囲まれている様に制御されている……と言った方が正しいか。
その理由はわからない。
サーゼクスとの喧嘩に253回も敗けてしまったからなのか、それともこの世界そのものがそうさせているのか。
どちらにせよ、制御をされているだけで失っている訳ではないので、今の俺の目的は完全に力を全盛期に戻す。
その仮定で色々な邪魔が出てくるが、そんなものは全部なぎ倒してやる。
………残り798万9960円となるマリアへの借金を返したら、さっさとここから消えなきゃならないしな。
つーかあの女……。
どうにもババァとグレイフィアを半々にした感じがするもんだから、不思議な事にストレスを全く感じねぇ。
いや、性格も見た目も全然似てないんだが、何故だかそう思うんだよな……。よくわからない。
妙に実年齢と見た感じの年齢の差を気にしてるだけの、そこら辺の女でしかない筈なんだけど……。
「で、結局雇ったのか」
「ええ、これからはハヤテ君がナギの専属となります」
「それは良い。……で、俺は解雇か? 解雇とあのグータラのチビは言ったんだろ? そうだと言え」
「残念だけど、ナギは一言も言ってませんよ?」
「………チッ」
こんな所でダラダラやってるぐらいなら、適当な反社会的な組織の本部でも襲撃して金を巻き上げちまった方が早いってのに、この女は正当に働いた金でしか返済を受け付けねぇと言いやがる。
この家の主である三千院ナギが新たに執事を雇ったってのなら、俺は用無しになる筈なのに、俺は依然として解雇通知が通達されない。
三千院の当主のほざいた言葉にイラついて、私兵部隊ごと半殺しにしたのがやはりマズかったか……。
まあ、謝る気は全く俺にはねーが。
「文字通り、帝おじいさまを見下せる人間なんてアナタぐらいですからねぇ。
隠居する気が無くなって、よりアグレッシブになったのはアナタのおかげみたいなものよ?」
「金持ってるだけの老いぼれ雑魚が牛耳れる世界なんて、チョロい世界だ」
グレモリーやシトリーの本家に比べたら狭すぎる屋敷の掃除をマリアの雑談に付き合いながら済ませていく俺は、今現在背景もなんもないただの人間でしかない。
紆余曲折あって綾崎ハヤテをナギ専属の執事として登用する方向に決定した訳だが、この綾崎ハヤテもまた中々にハイスペックな能力を保持していたらしい。
「ふむ、清掃能力は素晴らしいですね。
となれば、今後はイッセー君と交代制にしましょうか」
「ありがとうございますマリアさん! これからよろしくお願いします先輩!」
「…………先輩?」
執事として転用させても問題はない能力。
問題は彼自身が結構な天然である事と、結構致命的な不運に見舞われやすいといった所ぐらいか。
ナギ曰く、このハヤテに『君が欲しい』みたいな事を言われたようだが、ハヤテの話を聞いてみる限り、ナギに対してそんな感情はほぼ無い。
もしこのお互いの認識の差異が知られた日には大変な事が起こりそうだが、マリアは取り敢えず黙ってる事にした。
というか、あんなに嬉しそうに話すナギを見てたら、話すに話せない。
「それでハヤテ君、本日はお昼頃に大切なお客様がお見えになるので、至急紅茶の葉をこのメモにあるお店から受け取ってきてください。
勿論お金は既に払ってますから」
とにかく世の流れに身を任せる事にしたマリアは、ハヤテに色々な執事としての業務をお願いする。
無駄にお高いカシミアのコートを与えてお使いに行かせ、ハヤテに対して地味な精神的重圧を与えてる辺り、マリアも大概天然だったりするのだが。
「で、では行ってきます!」
まるで偶々財宝を見つけてしまった様な挙動不審な様子で出ていくハヤテをイッセー共々見送ったマリア。
いくら不幸体質であろうが、お使いくらいなら問題なくこなしてくれるだろう――と、軽いフラグにしか思えない事を思いつつ、今度はイッセーを見る。
「で、イッセー君はお客様を探して来て欲しいのよ」
「…………だと思った」
「さっき向こうの家から連絡があったのだけど、どうやら目を離したスキに書き置きだけ残して一人でここに来るみたいなのよ。
でもほら、あの方は笑えないレベルの方向音痴でしょう?」
「だから俺が探してここに連れてこいってか……」
「アナタの言うことなら聞いてくれるでしょうし、何より迷子状態の彼女を即座に探し当てられるのはアナタだけじゃない? だからお願いしたいのよ」
ハヤテと比べると大分砕けた口調で、客人を迎えに行って欲しいと頼み込むマリアに、イッセーは心底怠そうな表情だ。
「俺はあのガキを探すセンサーじゃねーぞ」
「そんな事は思ってないわよ……。まあ、向こうの家の従者の皆さんはそんな認識をアナタに持ってるみたいだけど……」
「…………はぁ」
苦笑いしながら、ハヤテと同じタイプのコートを寄越すマリアに、イッセーは深くため息を洩らしながら受けとる。
「この仕事はいくらになる?」
「うーん……3千円くらいかしら?」
「…………………ま、妥当か。すぐ戻る」
マリアに対する貸しがあるからという、結局は律儀なイッセーはこの仕事を給与換算すると三千円の仕事であると聞くと、金銭感覚が彼も彼でアレになってしまってるせいか、普通に納得してしまうと、屋敷の窓を開け空を軽く目を閉じる。
「……………………居た。そこまで変な場所じゃないところに居るっぽい」
「慣れたから何も言わないけど、一体どうやったらそんな遠くの気配を辿れるのかしら……」
「気配さえ完全に覚えれば良いだけだ。
俺の場合、よほどの事がないと他人の気配なんぞ覚える気はねーが」
「ふーん? では私の気配はわかる?」
「……嫌でもな。すぐに戻る」
そして客人の気配を察知したイッセーは、文字通り空へと向かって跳躍する。
ジェット機の様に窓から飛び出したイッセーの姿が小さくなるまで見送ったマリアは、開いた扉を閉めながら小さく呟く。
「ホント、あんな感じなのに子供に好かれやすいのよね……ふふ」
あんな鉄仮面みたいな無表情がデフォルトなのに、何故か子供に好かれやすい。
それが良いのか悪いのかわからないが、懐かれて嫌そうな顔をするものの、拒否行動は我慢するイッセーの姿を思い出すと、マリアはちょっと笑ってしまうのであった。
さて、そんなこんなで客人の気配を察知し、屋敷から飛び出したイッセーは暫く空を走りながら地上を見下ろして、その客人の姿を探す。
そして程無くしてその客人は発見できたのだが……。
「か、カシミアのコートがおしゃかに……。す、数百万円が……」
「あ、あの……」
何故か茶葉の受け取りを命じられてた筈のハヤテが、ついさっき新品として渡されていたコートをボロボロにした状態で膝を付いて絶望し、そのハヤテを困った様な様子で見ている客人が居た。
「…………」
一体何があったのだろうか? そんな事を思いながらも取り敢えず文字通り着地したイッセーに、周辺に居た一般人はぎょっとし、ハヤテも別の意味でぎょっとなり、客人は――
「あ、イッセー様……」
長い黒髪の、ナギとほぼ変わらない年の少女は微妙な顔しながら空から降りてきた執事にパァっとその表情を輝かせた。
「わ、わあぁっ!? い、イッセー先輩! こ、これは違うんです! このカシミアのコートがこうなったのにはとても深い事情があるんですぅ!!」
逆にハヤテはといえば、普段からほぼ無表情で考えが読めず、数々の化け物じみた事を平然と可能にしている先輩執事の襲来に、持っていたボロボロのコートを隠すように抱えながら、半泣きでテンパっていた。
「せんぱい……? あの、この方とお知り合いなのですか……?」
そんなハヤテの先輩呼びに、客人の少女は知り合い同士なのかと、トテトテとイッセーに近づきながら質問するが、直後客人の少女はイッセーに軽くひっぱたかれた。
「い、痛い……ど、どうして?」
確実に軽くとはいえ、小突かれた少女は涙目になってイッセーを見るが、イッセーはマリアが言ってた大事な客人相手に対して無遠慮に言う。
「まともに目的地へと行けない癖に、使用人も無しに外を出歩くなと前に俺は言った筈だよな。
お前が迷子になる度に俺に要らねぇ仕事が増えるんだよ……それで済ませてやってるだけありがたいと思え、このガキが」
子供に対して言うべき言葉ではない辛辣さで切り捨てたイッセー。
その言葉に当然少女はしょぼんとなる。
「一人でも大丈夫だって、イッセー様に見て貰いたかったから……」
「俺に見せてどうなるんだよ……。
まあ良い、取り敢えずお前の所の従者に連絡しつつナギん所に連れていく。
だけどその前に――」
少女にそこから一歩も動くなと言いつつ、イッセーはガクブルしているハヤテを見る。
どうやらマリアに『高い』と言われてから渡されたコートをボロボロにしてしまった事に対して自分にバレたから、クビになるのではと恐れている様子。
イッセーもグレモリーやシトリー家で10年以上も生きたせいか、金銭感覚が微妙におかしいので、高々数百万程度のコートの50や60が破損しようがなんの問題なんて無いと考えていた。
「キミの体質めいたものは大体知っているよ。
大方、高いコートとマリアに聞いたせいで、それを守るために必死こいてたら、事故が発生してそうなった――といった所だろう?」
「は、はい! な、何故か今日に限ってこのコートに対して色々な不運が……」
「………」
天然でマイナスの気質でもあるんじゃないか彼は? そんなレベルの不幸体質を目の当たりにしたイッセーはついそんな事を思う。
「マリアには俺から言っておくよ。
というか、そんな布切れが壊れた程度で何も言われないから安心して家に戻りなさい。
……茶葉は?」
「あ、な、なんとか受け取りは済ませてます。
で、でも怒られませんかね……?」
「注意程度で済むさ」
何せ自分はそれ以上に三千院家の物を壊しまくったこともあるからな……と、半年くらい前の事を思い出しながらハヤテを落ち着かせる事に成功したイッセーは、客人の少女を抱えながら屋敷へと戻る為に歩き出す。
「しかし、キミがこの子と出会してたとはね」
「あ、はい……公園を突っ切ろうとしたら、自販機の前で立ち往生しているその子を見まして。
何故かお金じゃないお札で飲み物を買おうとしていて……」
「………。相変わらずバカだなお前」
「ち、違います、あれはきっと自販機の方が壊れていただけで……!」
「徐霊アイテムじみた札で買えるか。
そんな事もわからないガキが、従者無しで出歩こうとしてんじゃねーよ。
ったく、どこまでも手間の掛かるガキが……」
「が、がきじゃないです……!
ちゃんと伊澄と呼んでください……!」
ガキと連呼されて、ムッとしながら抗議する黒髪の少女こと伊澄。
彼女の実家も三千院家に劣らぬ規模の金持ちで、問答無用のお嬢様なのだが、彼女というか彼女の血筋の者達は問答無用で拗れた天然さなのだ。
「も、もしかしてこの子がお客様なのですか?」
「一応。ああ、別に畏まる必要はない。
ナギの友達ってだけの小娘だからな……しかもド天然の」
「お、お母様やお祖母様と比べたら私はもっとしっかりしてます……!」
「五十歩百歩だ」
「あ、あのー……ナギお嬢様のお友達でしたら、そんな喋り方で大丈夫なんですか?」
「あ、良いのです。
私がそうして欲しいとイッセー様にお願いしたので……」
そう言いながら抱えられてる伊澄はイッセーに微笑む。
それを見たハヤテは、なんとなく犯罪の臭いを感じたが、それを言ったら全てが終わりそうだったので、墓場まで持ってくことにした。
「つーか歩け」
「え……お、重いですか私?」
「重かねぇが、抱える理由が今になって無いと思っただけだ」
そう口調こそ乱暴ながら、それとなく優しく降ろしてあげてる辺り、子供には優しいのかとハヤテはイッセーの人となりを少しだけ理解していった。
「手を……繋いでも良いですか?」
「あ? ………嫌だ」
「え、そ、そんな……」
「………。チッ、わかったよ! やっぱりガキじゃねーか」
まるで過去に経験でもあるかの様に、子供の扱いが微妙に上手い。
「ほら、連れてきたぞ。
あぁ、彼のコートならボロボロだぞ。
だが理由が理由だから何も言うな」
「そう……。
でも伊澄さんと手を繋いでた理由はどうして?」
「知らね。繋げって言ってきたからとしか言えん………って、何だよ?」
「いーえ? やはり仲が宜しくて結構ねと思っただけ」
「……はぁ?」
「イッセー様から空から降りてきたの。
まるで困った時に来てくれるヒーローみたいに……」
「お、おう……わかったからそんな興奮するな伊澄」
「チッ、何でか知らないが、マリアの機嫌が悪い。
コートの件はどうにかしたが……」
「な、なんだかすいません……」
「気にしなくて良い。
女ってのは昔からよくわからねぇ……」
終わり
勝手にライバル視してくる少年。
勝手に負けん気を向けてくる生徒会長等々。
この世界に来てから変な繋がりばっかりの執事は自然とコミュ障を克服しているのかもしれない。
「学校? 俺は通ってないが、籍だけはあるらしい」
「私が無理矢理通わせようとしたのですが、こういう性格なのですぐ孤立してしまいまして……」
「そうなのですか……。
そういえば、以前一度だけ先輩と学校に行った時、多くの生徒さんについていた執事がイッセー先輩を見て恐怖におののいてましたが……」
「キミが来る前は俺がナギの執事であるって体だったからな。
そのせいか知らないが、最初の方は喧嘩を吹っ掛けられることが多かったんだよ……。
ウザかったからついまとめて半殺しに……」
「あ、だ、だからですか……。
悪魔将軍でも見てる様な顔をされてる方しか居なかったので……」
学校嫌いは変わらないが。
「しかし、その生徒会長さんからここの所毎日手紙が来てますよ? 学校に来い的な内容の……」
「焚き火の燃料にしとけ。
興味の欠片も無い小娘の戯言に付き合うほど俺は暇じゃない」
「え、えぇ……? 学校では相当の人気者の方を小娘って……」
「イッセー君は話すに値する者とそうではない者との線引きが極端過ぎるんですよ。
幸い、私たちはこちら側ですけどね?」
「ちょっと安心しましたよホント……
僕たち以外では伊澄さんとか咲夜さんとかでしょうか……?」
「あのお二人の場合は一方的にイッセー君に懐いているというべきでしょうけどねぇ……」
「その度にお前の機嫌が下がる理由が寧ろ俺にはわからねーよ」
「え? そんな事は無いけど……。え、そう見えますかハヤテくんも?」
「ま、まあ……。眠ってしまった伊澄さんをおんぶして連れていくイッセー先輩を見た時のマリアさんは確かに機嫌が悪そうに見えましたね……」
「? 何でかしら?」
「だから俺がその理由を聞いてんだろーが。
本当に女ってのはわかんねーな……」
終わり
補足
何気にコミュ障が改善されてる理由は、マリアさんが何気に頑張ったかららしい。
元の世界では誰も彼も直さなくても良いじゃん言われてたし。
……その方が彼女達にとっては良いと思っちゃってたし。
その2
的確に探し当てられるので、気づけば伊澄さん捜索レーダー扱いされていた。
そして、どこで迷子になろうと確実に探してくれるせいで、ヒーロー認識してる伊澄さんに懐かれて本人は微妙。