死にたくなる気分というのはまさにこの状況であるのかもしれない。
ふざけたクソ野郎に言われるがままに、抗う事も出来ずに訳のわからない場所に飛ばされ。
強引という言葉では生ぬるい身勝手の極みみたいな奴に捕まり。
全てを戻す為に力を取り戻そうとしても全然取り戻せず。
挙げ句の果てに挑発に乗って飲んだ酒によって馬鹿をやらかし。
本当に……俺という生物は死んでしまえば良いのかもしれないと思う。
だからほんの少しだけ自棄になりつつあるのかもしれない。
というより、これはただの八つ当たりでしかない。
しかしそれでも……。
「上等だよテメー等。
そんなに俺とヤりてぇのかゴキブリ共……! だったらヤってやるよ! 全員残らずぶっ殺してやる―――
―――Say hello to my little friend!!(俺の友達に挨拶しやがれ!!)」
俺はこんな所でまだ終わる訳にはいかないんだ。
大規模な賊の集団の討伐を行うに平行し、天の御使いを名乗る者が現れたという話を聞いた。
あくまでも噂程度でしかないが、その天の御使いはどこかの太守をしている勢力の下に居るとの事。
――という話を賊討伐の際に召集された勢力の一つとして聞いていた孫呉の面々達だが、困った事になんの興味を持たなかった。
元々彼女達は――物凄く簡単に言えばその日をただ面白おかしく生きる事ができればそれで良いし、支配されることは嫌だけど支配するつもりもないといった者達ばかりだった。
故にその天の御使いがもたらす叡知にはまるで興味もなく、皮肉な事に彼女達の結束は口が悪くて無愛想――されど律儀な『未来』から迷い込んだ青年のとことん不器用な生き方を見ることで、より強い結束をしていた。
いいや、寧ろ彼女達の内の何人かは密かに思うのだ。
『このまま彼が帰らなければ良いのに』
………と。
それは彼を幼い頃から見てきた悪魔達と奇しくも同じ気持ち。
だからもしも……悪魔達と対面した時、大変な事になるのかもしれない。
さて、そんな悪魔の執事こと日之影一誠の現在は相も変わらず燻っていた。
酒という液体を接種した時のみ、全身を拘束するリミッターが外れ、限定的に全盛期に近い領域へと戻るという発見を『ある時』に知ったのだけど、その代償はあまりにも高すぎるのと、泥酔した時の記憶が消し飛ぶのでおいそれと酒に頼ることができない――というか、一誠本人はもう二度と飲まないと思っていた。
「袁術のガキから召集を受けた。
どうやらデケー戦いがあるんだと」
荊州・南陽を拠点とする半同盟相手からの召集についての説明を、えらくアバウトに説明する孫呉の頭領。
それは向こうも向こうで世間知らずというか、頭が弱い人間が長な為なのもある訳で。
とにかく炎蓮が言うには、現皇帝を傀儡に悪政を行うとある一大勢力に対して戦争――つまりクーデター的なものを起こすから手伝えと言われたという事らしい。
「一応協力したら見返りも寄越すっつーから頷いてやった。
もっとも、オレは単に敵を狩れるから了承したまでに過ぎねーが」
『…………』
猛獣のような気質を持つ炎蓮の、戦略性もへったくれも無い態度に、集められた孫呉の面々は頭を抱える者が居たり、苦笑いを浮かべたりと様々な反応だ。
「天の御使いっつーのがその時に現れるかもしれねぇが……」
「…………」
そんな炎蓮は最近現れた天の御使いなる存在についてを言及しながら、素知らぬ顔でキビキビと雑用仕事をしている一誠を見る。
「お前等も知っての通り、一誠は何故かその天の御使いって奴が気になるみたいだからな。
理由を聞いても一切答えやしねぇ……」
「…………」
炎蓮の視線や他の者達の視線を受けても無視する一誠は何も話さない。
「とにかくそれも含めて気を抜くんじゃねーぞ」
理由を話さない一誠に話すことを強要することは今のところ無い。
だが炎蓮達はその天の御使いがもし一誠自身が未来へ帰る事のできる何かを持っている可能性を考えている。
だから炎蓮自身は言葉にしないが、暗に孫呉達に命じるのだ。
………必要な場合は即座にそいつを消せと。
「………………」
一誠自身は逆に炎蓮達の自我が消える可能性についてを考えているとは知らずに。
ここには存在しない何かを常に見ている様な目をした男。
何が何でも生きてやろうとする執念を感じさせる強い目をした男。
強さそのものを絶対視し、負ける事を誰よりも嫌がる負けん気の強さを感じさせる目をした男。
普段は無機質な目をしている彼をこの場所に受け入れてからどれくらい経ったのだろう。
決して長くは無い筈なのに、ずっと昔から一緒に居た事が当たり前に感じるほど彼には色々と教えられてきた。
決して彼自身は言葉にしないけど、その生き方は――生に対する執念と徹底的な負けず嫌いは学ぶことが多かった。
気紛れで彼を母が連れてきた時は、そんな事を思うなんて無かった。
だって彼は常に心を閉ざしていて、私達を全く信用しなくてそこら辺に落ちている石でも見ている様な冷たい目をしていたから。
そんな彼を私達はいくら母が置くと言っても信用なんてできなかった。
そもそも彼は私達の領地に入り込んで来たのが始まりだったのだしね。
でも彼は不気味は程に何もすることはなかった。
暫くしてから母が聞き出した事で、彼が今より遥か遠い未来から意図せず勝手に飛ばされてきたという嘘みたいな話を知った後も、彼は何も私達に悪さはせず、寧ろ使用人のように黙々と雑用として働いていた。
男で母と真正面から殴り合える程の力がありながら、彼は母に対する『借り』を返す為だけに……そして自分が未来へ帰る為の足掛かりとして留まり、誰もやりたがらないような雑用すら、慣れたようにこなしていた。
そればかりか、何度か死にそうになった危険な事から母を全身を切り刻まれ、矢で身体を貫かれながらも助けたりもした。
『今の俺が全盛期ではないにせよ、アンタに勝ち逃げされちゃたまんねーんだよ。
だから俺がアンタをぶちのめすまでは精々生きて貰わないとね』
毒の矢を受けて生死をさ迷った癖に、母が勝ち逃げすることが気にくわないからというそんな理由だけで母を守り通し、信じられない事に毒矢を受けて死ぬ寸前だった彼は高熱に魘されながらも生還した。
その時点できっと母は単なる暇潰しの拾い物でしかなかった彼への認識を母なりに変えたと思う。
そうでなければ、彼を相手にあんなに毎日を楽しそうにする母は見たことが無かった。
そして母と共に居た者達もまたそんな彼の子供じみた負けず嫌いに思うところがあったのか、徐々に受け入れていく。
そんな彼の凍てつくような心を溶かしていった時、彼は初めて私達にも年相応の姿を見せ始めた。
最初はそう……母が冗談で私達姉妹のどっちかとあれこれしてみろと彼に言った時だった。
『冗談はそのツラだけにしろ。
アンタのガキだかなんだか知らねぇし、世の中の男はどうだか知らねぇが、俺には興味のねぇ話だ』
彼は私達に向かって鼻で笑いながら、女として全く興味が無いと吐き捨てた。
こうまで真正面から言われたことがこれまで無かった私達は彼のあんまりな態度に腹を立てたし、この時は私もまだ彼に対して何を思うこともなかった。
寧ろ――
『チッ……魔力もこの程度の出力かよ』
母の思い付きの戯れで、この時初めて彼と模擬戦をしてみたのだけど、彼は魔力という妖術で私を――いや、私の着ていた衣服だけを消し飛ばしたのだ。
いくらなんでも恥ずかしいと思う私は、目の前の彼に私の全部を見られている事もあって羞恥に叫んでしまった。
けれど彼はこの時、またしても鼻で私を笑いながら……。
『ああ、アンタ見てるとつい元の世界のある女悪魔を思い出すんだよね。
ソイツがまたアホでよ、良い年こいてガキみたいな趣味を続けてて――って、説明したところで理解なんぞできやしねぇか。
心配しなくても他意はねーし、安心しろよ? 俺は少なくともオメーには欲情しねーからよ? くくく』
すさまじく詰ってきた。
そして確かにその言葉通り、彼の顔はとことん冷めていて本当に無反応だった。
持っていた自信を粉々に打ち砕かれたとはまさにこの事で……。
でも何故か彼は妙に楽しげで……。
この日から私は彼に色々と雑に扱われるようになった訳で……。
でもいざとなれば母と同じように盾になってくれて……。
『この前アンタ、俺に食い物を分けてくれたろ。
その礼だよ……他に理由はねぇ』
どこまでも律儀で不器用で。
時折彼から聞くセラフォルーという女の人はきっとそんな彼を好いているのだとわかった。
ええ、悔しいけど多分私はそのセラフォルーという人に近いものを感じてしまっている。
悪戯をする子供みたいに笑うその表情が。
そして、守ってくれる時に見せるその背中に。
きっと同じように……。
飲めなくて弱いくせに飲んでしまったお酒によってあんな事をされたのに、一切拒めなかったのはきっとそんな気持ちがあったから。
まったく、それなのに母だの祭だの粋怜だの雷火といった妙にアレな人ばっかり見てるなんて酷い人。
「あ? セラフォルーについて?」
「ええ、前にアナタが私に向かってその名を口にしていたからね。
……そんなに似てるの?」
「いや、姿形はまるで違うし、別にアンタとセラフォルーを似てるとも思っちゃいねーよ。
ただ……」
「ただ?」
「……………。なんだろうな、アンタの反応がセラフォルーにちょっと近いからつい楽しくなるってだけだ」
「えー? それはそれで普通に酷いのだけど?」
「しょうがねぇだろ、ガキの頃からアイツをおちょくるのが楽しくて仕方ないんだから」
「……大変ね、セラフォルーって人も」
でもこの位置はきっと私と彼女だけだと思う。
ふふ、まだ見ぬセラフォルーさん? アナタとは少しお話がしてみたいわ。
『お話』をね……。
「きっとお酒を飲んだ時のアナタに色々されたんでしょうねぇ? 私みたいに?」
「………。悪いが、あの時の記憶は本当に無いぞ」
「でしょうね? 普段の一誠からは考えられない程に母様達と大騒ぎしていたし? だけど驚いちゃったわ~? だって酔ったアナタにいきなり抱かれたかと思ったらあんな激しく……」
「……。し、知らんぞ俺は。ソイツは俺じゃねぇ」
「間違いなくアナタよ? 一番最初に私が皆の目の前でアナタに滅茶苦茶にされちゃってさ? こう、無理矢理押し倒されて……」
「わ、わかったから一々蒸し返すなよ。
クソ、あのババァ共の挑発なんぞに乗らなきゃよかった」
「でもお陰で結束が前より強くなれたから良いけどね? あーでも困っちゃうわぁ? だって母様や祭とかじゃなくて、最初が私だったせいで、暫く小蓮に恨まれちゃったもの? あぁ、困った困った!」
「………………」
「是非セラフォルーって人とお話がしてみたいわ。アナタの時はどうだったのかとか?」
「っ!? い、一々ひっつくなよ!」
「えー? どうしてよ~? 良いじゃない、母様達の時は黙る癖に~!」
「べつに黙ってねぇよ! ただ、あのババァ共が嫌に強いからだっつーの! だぁぁっ! やめろ! セラフォルーかテメーは!?」
「あ、やっぱり同じ事するんだ? うーん、じゃあちゃんと私を真名でこれからは呼んでくれるのなら止めてあげようかな~?」
何時か私をセラフォルーと同じではなく雪蓮として見て貰う為に……。
「ところで蓮華とはどうなのよ?」
「な、なんだよどうって? ちょ、離れろっての」
「だって一誠って私と小蓮にはこんな感じだけど、蓮華とはあんまり話をしている所を見ないし……。
あの時も蓮華は避けていたし……」
「え、あ、そうなの? でも俺、あの次女とその部下の女にけだもの呼ばわりされたんだけど……」
「そりゃあ二人の目の前で私とかに滅茶苦茶してたもの……けだものみたいに」
「ぐっ……。別にあの次女とは特になんもねーならそれで良いだろ。
つーか、話す理由が殆ど見当たらねぇんだよ……」
「ふーん……?」
「だから取り敢えず離れろっての! クソが、あのババァ共の悪いところばっかり真似やがって――わっぷ!?」
「悪いところ? ふふん、こんな所?」
「て、テメェ! 俺がこんな真似されて大人しくなると思っ――ムガムガッ!?!?」
「あっ……ん♪ そんなに暴れると擽ったいわ……!」
「お、お前、いつの間にか進化して――うぶぶっ!?」
「そりゃあ、アナタに大分『鍛えて』貰ったもの。
一誠がすぐに気づいてくれたお陰で具合が悪かった冥琳もちゃんと元気になってくれたし。
そうそう、今度冥琳がお礼をしたいって言ってたわ」
「もがもがもががっ!?!?」
だから、たまにはこんな仕返しも良いわよね? ふふっ!
補足
やけくそになると、トニーモンタナばりに余計口が悪くなる執事
天の御使いを其々違い意味で警戒する。
されてる本人は堪ったもんじゃねーけど。
その2
初めて泥酔した時の最初の被害者がセラフォルーさん。
再び泥酔した時の最初の被害者が雪蓮さんだった。
この日以降、弄られキャラだけど微妙に反撃可能になった所も微妙に似ているとかなんとか。
三馬鹿√とは逆に、次女さん達とはあんまり仲良くはなれてないらしい。
というか互いに顔を合わせても話す事が無さすぎるらしい。