孫呉さん達からは『帰る為の手がかり持ちかもしれない』とこれまた警戒され……。
アイツ等といい、ここの連中といい。
何故一々俺に絡んでくるのかが理解できやしない。
どう見ても『まとも』じゃない人間なのはわかっている筈だ。
実際殆どの者は俺に対して嫌悪感を抱く者が多かった。
それなのに何故アイツ等は違うのか…それがわからない。
俺以上に狂っているのか。それとも生物としてのどこかのタガが外れてしまっているのか。
……どちらにせよ、こんな俺をまともに相手にしようとする考えがある時点でアイツ等はおかしい。
皮肉な事に、そのイカれ具合があるからこうして生きていられる訳だけど……。
色々と間違えてるにしか思えない世界に飛ばされ、未だ元の時代へ戻る目処が立たぬままの日之影一誠はふと気づく。
そういえばこの世界は男で強い者があまりにも少なすぎる事に。
というより、この世界の人間の女の腕力は元の世界の一般人達を遥かに凌駕しているというべきなのか。
華奢に見える見た目の癖に、下手をすれば今の自分を越える腕力を持つ者があまりにも多いのは、一体どういう事なのか。
所謂あべこべなこの世界はひとつ戦争が起こっても上に立つのは間違いなく女ばかり。
つまり、そんな女達とまともに拮抗できる一誠な、この世界の基準的にそこそこ珍しいのかもしれない。
つまるところ、例の天の御使いは男の可能性が大いに高い訳で、見つけるのは割りと簡単なのかもしれない――そう一誠は密かに考えながら、後の歴史では陽人の戦いと呼ばれる戦争に反董卓連合の一兵卒として
必ず現れるであろう天の御使いを探すのであった。
が、そんな一誠の思惑とは裏腹に、炎蓮達孫呉面子はといえば、他人にほぼ興味を持たない一誠が例外的に関心を持つ天の御使い自体を警戒してしまう訳で……。
「おい、単刀直入に聞くぞ小僧? テメーはどこから来た?」
「え? それは……」
「ちょっと孫堅? なんのつもりかしら?」
「オメーじゃなくてオレはそこの小僧に聞いているんだ。
心配しなくても、オレ達は天の御使い自体にはなんの興味もねぇ。
ただ、そいつが一体どこから来たのか……どうやって来たのかを知りてぇだけだ」
一誠にわざと雑用仕事を押し付け、反董卓連合としての顔合わせの会合の席から遠ざけさせた炎蓮達孫呉の重鎮達は、一誠と年の頃が近いと思われる、曹操の部下として天の御使いを名乗る青年を警戒するように見据えていた。
そして軽く高圧的に質問をされた青年も青年で、炎蓮の妙に核心を突いてくるような質問に疑問を覚える。
「ああ、そういえば孫堅さんの所に妙な男が居ましたわね」
「妙な……男?」
「ええ、うちの者が一度目撃をしたところによれば、得体の知れない妖術を扱う男だと。
まあ、私には興味ございませんが――」
「へぇ? つまり孫堅、貴女はこの一刀みたいな男を抱えているというわけ?」
「………」
金髪の少女、曹操に一刀と呼ばれた青年がじっと此方を見る。
「あいにく、アイツは自分の事を天の御使いなんて名乗っちゃいねーし、その噂が出てくる前からウチの者になっている。
ただ――」
しめたと思った炎蓮は、ここで敢えて情報を流す為にある言葉を発した。
「…………遥か先の未来から無理矢理この地に飛ばされた、アイツはそう言っていた」
「!?」
「未来……? ………一刀と同じ場所から来た男が一刀より前に?」
その言葉を聞いたその瞬間、一刀と呼ばれた青年はわかりやすい程に驚愕の表情となり、その横で曹操が聞こえるか聞こえない声量で呟くのを炎蓮は聞き逃さなかった。
(へ、確定だな。
一誠の知り合いでは無いだろうが、この小僧は一誠と同じ未来から来た訳だ。
さぁて、問題はこの小僧が一体どうやって来たのか、戻る方法を知っているのかだが……)
言動と行動が普段は滅茶苦茶な癖に、妙に冷静に分析する炎蓮は、一刀なる青年自体よりも彼が元の自体への戻り方を知っているのかを問題視する。
それと同時に、一誠にはなるべく接触させないようにすべきとも……。
「お、教えてくれ孫堅! そいつは今どこに!? 今すぐ会えないか!?」
「下がりなさい一刀!」
「待ってくれ! 今だけは見逃してくれ華琳! もしかしたら俺と同じ男かもしれないんだ!」
「生憎今アイツには別の仕事をさせていてな。ここには呼べねーぞ?」
「そ、そんな……! そ、そこをなんとか……」
もしかしたら同類の男が……同じ時代から来た男と会えるのかもしれないと、いつになく興奮する一刀。
だが炎蓮は当然会わせる気はないし、この時点で彼への興味はゼロになりつつあった。
「これから戦場で会えるだろうから慌てる事もねーだろ?」
「は!? せ、戦場って……まさかそいつは兵士として戦うのか!?」
「そうだが……? テメーは違うのか?」
「お、俺は……」
元々一般人でしかない一刀は曹操達の庇護下に措かれ、どちらかといえば象徴やら座り仕事をメインとしていた。
故に同じ場所から来たかもしれないその者が戦場に出て戦っていることに驚いてしまって。
「さ、参考までに聞くが、年はいくつなんだ?」
「大体貴様と一緒ぐらいだが……」
「う、嘘だろ……? そ、それに妖術って……」
「確かにその妖術というのは気になるわね。
もし貴女の言うとおり、その者が本当に一刀と同じ場所から来た男だとするなら……だけど」
一刀からすれば姿を見ない分、妙な恐怖を抱くことになるのであった。
一足早く天の御使いと接触してしまった炎蓮とは逆に、一兵卒状態で此度の戦場へと出る事になった一誠はといえば……。
「こうやって手首を捻って石を強く回転させながら投げれば、石が水面を跳ねる」
「むー……意外と難しい」
川で石を使った水切り遊びを小蓮としていた。
炎蓮から急に振られた雑用自体はさっさと終わらせてしまったタイミングで小蓮が遊べと駄々をこねてきたので、相手になってあげている様だ。
「上手く投げれば向こう岸に届くぞ」
「シャオにできるかなぁ……」
「筋はそこそこだし、コツさえ掴めればできるだろうぜ」
「うーん……」
戦闘だけが取り柄だと思っている一誠は、作戦練り等とは無縁だったし、前に冥琳に言われて参加させられた時は割りと複雑すぎて直ぐに匙を投げてしまった。
だったらこうして小蓮とかと時間を潰していた方がマシに思う訳で……。
「ねぇねぇ、本当に天の御使いって居るのかな?」
「多分居るが興味あるのか?」
「全然。
ただね、もしその天の御使いってのが一誠と同じだったら、警戒しなくちゃいけないなって……」
「俺と同等の力かそれ以上なら確かにヤベーからな。
だが心配するなよ。その時は俺が道連れにしてでも始末をつけてやるさ」
「それだと余計困るからシャオ達でなんとかしたいんだけど……」
「は?」
子供と見なした相手だと三割増しで優しくなる一誠は、小蓮の意味深な言い方に首を傾げる。
一誠としては、もしもその天の御使いが『兵藤一誠』として生きることを奪い取った輩と同じだったらという意味で危険視していて、反対に小蓮達孫呉の面々はその天の御使いが一誠と同じく未来から来た存在で、どうやって来たのか、そして戻る方法を知っている可能性があるからという意味で危険視していて……。
実際問題どちらも違っていて、知らない間にどちら側からもかなり警戒されている天の御使いこと北郷一刀にしてみたら堪ったものではない。
(というか大丈夫なんだろうなあの狂暴ババァは?
確か各勢力のリーダー格と顔合わせするとか言ってたけど……)
(皆が言っていた通り、一誠と天の御使いはなるべく会わせちゃダメだよね。
じゃないと一誠が居なくなっちゃうもん……そんなの嫌だ)
本人からしたら笑えぬ妙な食い違いはまだまだ続いているようだ。
天の御使いというから、てっきり一誠と同等の力を持った男だと思って色々と身構えていたつもりであった炎蓮は、そのあまりの普通っぷりに肩透かしを喰らった気分であったという。
「―――てな事があった」
「本当にその男が天の御使いと?」
「少なくともその小僧を抱えていた曹操はそう言っていた。
が、なんというかな……普通だったぞ」
自陣に戻り、娘や仲間達に先程あった事を話す炎蓮。
「敢えて一誠について話してみたら、向こうは一誠と会わせろと言ってきてな」
「え、大丈夫なの……?」
「問題はねぇ。
どうやらあの小僧自身もどうやってこの場所に来たのかのかも、どうやって戻れるかも知らないらしいからな」
「つまり、その者と一誠が顔を合わせてもなんの問題もないと……?」
「今のところはだな。
先の事はわからない以上、無意味に接触させるつもりはねぇ。
一誠は今言った通りにしているんだろう?」
「ええ、小蓮と遊ばせているわ」
頷く雪蓮に炎蓮も頷く。
結局の所、皮だけを見ればただの男という印象しかなかったが、先の事はまだわからない。
不必要に接触をさせる意味は無いし、一誠のあの性格上その可能性は限りなく薄いが、同じ未来から来た者同士として北郷一刀と気が合ってしまうなんて事が無くはない。
だから今まで通り、無意味な接触は避けさせる事を話す炎蓮に、集まっていた孫呉の面々の全員が重々しく頷いていると、小蓮と手を繋ぎながら一誠が戻ってくる。
「………?」
「あ、戻ってきてたんだ」
『………』
相変わらず小蓮に懐かれながらの登場に、炎蓮達の視線が一斉に向けられる。
当初はこの時点で気持ち悪くなって吐いていたというのに、今の一誠にその様子は見受けられない。
「おう、小蓮の面倒を見て貰ったみたいだな」
「あ? ああ……」
『……』
少しだけ変な空気がその場を流れる。
どうやら炎蓮が天の御使いと接触したことがバレていないようだ……と、思ったのも束の間。
「! おい!!」
『!?』
突然何かに気付いた一誠が、炎蓮に近寄ってガシッと両肩を掴んだ。
「なんだよ……?」
流石の炎蓮も内心驚いたが、顔に出すことはせずにしれっとした顔を保つ。
そんな炎蓮に対して一誠は、何故か少し焦りのある顔だった。
「ババァ、テメェ……!」
「なんだよ? 急にオレに欲情でもしたか? ったく、別に良いっちゃ良いが――」
「惚けるな! さっきの会合とやらに………居たんだな?」
「だから誰の事――」
「天のなんたらって奴だよ!!」
何故そんなに焦っているのか知らないし、そもそも何故見抜けているのかは知らないが、どうやら惚けて誤魔化せそうには無かった為、炎蓮は仕方なく頷いた。
「察しの通りだ。
曹操って奴の下に付いているお前くらいの歳の小僧が居てな、そいつがどうやら天の御使いって奴らしいぜ?」
「クソ、やっぱりか……! おいババァ! 黙って俺の目を見ろ!!」
「は? さっきから何――」
「頼むから俺を見ろっっ!!!!!」
心の底から訴えるような。
どこかすがりつくような顔で炎蓮に言う一誠に、炎蓮達も初めてそこまで言われたということもあって驚いてしまう。
「わかったわかった。何がしてぇのか知らねぇが、お望み通りにしてやるよホラ」
「………………………………………」
やがて凄まじく真剣な眼差しで、真っ直ぐ目を見る一誠に炎蓮は言われた通り一誠と真っ直ぐ目を合わせた。
「…………近くない?」
「ああ、近いな」
暫く互いに目を合わせながら見つめ合う炎蓮に、一誠が段々と自分から顔を近付かせていく事に気づき、微妙に納得いかなくなってくる雪蓮等。
それこそ何かの拍子でどちらかの背中を押したら接吻でもしてしまいそうなくらいに近く、どこか心配しているような一誠は、やがて炎蓮から少しだけ顔を離すと、今度は頭に触れ、ペタペタと頬に触れ――
「にゃんのつもりにゃ……?」
「…………」
むにむにと頬を捏ねて引っ張った。
そのせいで上手く喋れなくなった炎蓮の発音がおかしくなるが、一誠はただただ真剣に……そしていつになく無遠慮に炎蓮に触れまくると、重々しく口を開く。
「そいつの印象は?」
「……? さぁ? てっきりお前みたいな奴だと思ったら至って普通の男で軽く拍子抜けしただな」
「男……? チッ、じゃあその男に話しかけられてから何かあったか?」
「は? さっきから変だぞお前? 一体なんの――」
「答えろ!」
「な、なんだよ……! 別に何もねーよ! 寧ろお前の事をちょっとだけ話したら、お前に会わせろってしつこかったから断ってやったよ!!」
「…………」
珍しく炎蓮が一誠に圧されるという光景だが、炎蓮のその言葉に一誠は軽く眉を寄せる。
(ちっ、その『普通』がやべーかもしれねぇのに……)
一見すれば普通というもの程危険なものはないことを過去に嫌という程知っていた一誠は舌打ちをする。
が、どうやら今の炎蓮の様子を見る限りでは、その天の御使いとやらに『そういったもの』が無い可能性が高いと判断できる。
……敢えてやらなかったかもしれないが。
「そんなに気になるのかよ?」
「まぁな。だが、その様子だとなにもされちゃいねーってのはわかった。
はぁ……」
「天の御使いの話を聞いてから妙に気にしてたみたいだけど、何かあるの?」
「あるかもしれないってだけの話だよ……」
どちらにせよ、その内その天の御使いという名の『それ』かもしれない輩とは会うことになる。
炎蓮の言っていた通りに本当にただの人間ならばそれで良い。
だがもしもその皮を被った……アレの同類ならば――
「だけどもしそうだったら、その時は確実にぶっ殺してやる……!」
『……………』
爪を噛みながら殺意を剥き出しにする一誠を、炎蓮達は何故そこまでと疑問に思うのだった。
「そこまで警戒するほどの小僧ではないとは思うがなぁ。
そもそも一誠よ、お前は何故そこまで警戒している? 普段は他人に対して極端に無関心なお前らしくもない」
「……」
炎蓮の問いに一誠は目を逸らす。
どうであれ世話になってしまった者達には、個人的なイザコザに巻き込むわけにはいかない。
どこまで行っても、彼女達は『この世界』の人間達なのだから。
「てか今曹操って奴の所に居ると言ったか?」
「? ああ、見た目は小娘だが、ありゃあ将来デカイ事をやりそうな――って、どうした?」
「いや、曹操って名前にどこかで聞いた事があったような気がしただけ――――ああっ!?」
「?」
「そ、そういや元の時代で曹操の子孫を名乗る奴が居たのを思い出した……」
「子孫だと?」
「あ、ああ……本当かどうかは知らんけど自称はしていた」
「会ったことがあるの?」
「あるというか、そいつとそいつの取り巻きがミリキャスを拐いやがったから、取り敢えず探し出してから手足をひきちぎって、全員野良犬の餌にしちまった。
そうか……ここはあの野郎の先祖の世界だったのか」
「野良犬の餌って……」
「やはり一度頭に血が昇ったお前は炎蓮様と同等に苛烈になるな……。
前に袁術や袁紹に対しても心底嫌そうな顔をしていたしな」
「………ただの拒否反応だよ」
「………!」
「? どうした華琳?」
「いえ、急に悪寒がしたような……」
「! 寒いのですか華琳様! ええぃ退け一刀! 私が華琳様を暖めるのだ!!」
「ぐぇっ!?」
天敵(金髪)だと知るまでもう少し。
オマケ・主要面子以外での執事。
驚く程よく喋るようになれたと思われがちな執事だけど、これはあくまで孫家やら主要面子にのみ適応されているだけの事であり、大体の人間を前にするとコミュ障が普通に発生する。
というより、今のところかなり関わりが薄い孫権こと蓮華もその括りだったりするし、主要配下の面々とはほぼ口も聞かない。
例えばここ最近まで敵対関係で、幾度と無い雪蓮との衝突の果てに孫呉に加入した者とか……。
「………………………」
「お? キミは確か雪蓮の側に居た……えっと、日之影だっけ?」
「…………………………」
「??? 聞こえなかったのかな? おーい?」
「…………………………………………………………………………………」
「ありゃ?」
加入した当初の事。
偶々城の中を淡々と掃除し続けていた一誠を見て、そう言えば以前雪蓮と一緒に対峙した男だったことを思い出した女性太史慈は、他の者達に対する調子で黙々と見たことの無い道具で床の掃除をしていた一誠に話しかけてみたが……ものの見事にスルーされた。
「ねーねー?」
しかし基本的に誰でもすぐに仲良くなれるという、所謂コミュ強である太史慈は無視不可能な距離まで近づいて声を掛けるが、一誠は視線すら寄越す事もなく、次の現場へと行ってしまう。
「む……」
ここまでくれば、意図的に無視されていると理解する太史慈。
この時点で普通なら『じゃあもう二度と話しかけるもんか』となるのだが、この地の面々はほぼほぼそんな思考回路に至らないらしく、早歩きで行こうとする一誠についていく。
「……………」
「ねぇってば、前に雪蓮と一緒に私と戦った人だよねー?」
「……………………」
「噂には聞いてたけど、妖術を扱うって本当?」
「……………………………………」
露骨に『話しかけるな』オーラを迸らせていても何のそのでグイグイ来る太史慈。
何故ここの連中は総じて空気を読まないんだ……とうんざりし始めてきた一誠は、いっそマジ走りして撒いてやろうと考えていると、向こうから雪蓮がやって来た。
「? あら、一誠と………梨晏?」
「………」
「あ、雪蓮」
「なんというか、珍しい組み合わせね」
「偶々見たからちょっと声をかけてみたんだけど、この人全然話してくれないんだ。なんで?」
「あー……それはねー……」
一誠的に親しくはない者と一緒に居ることが珍しい雪蓮に、梨晏という真名で呼ばれた太史慈が訊ねる。
そんな疑問に対して普通に答えるべきかと迷いながら雪蓮が一誠を見ると、一誠が突然無言でチョイチョイと雪蓮に手招きする。
「なぁに?」
「……………」
「?」
言われた通り一誠に近づいた雪蓮に、一誠がボソボソと耳打ちをする。
最初はフムフムと頷きながら聞いていた雪蓮だが、やがて呆れた表情に変わり始めていくので、梨晏は首を傾げる。
「自分で言いなさいよ?」
「………………………」
「はぁ、わかったわ。えーっとね梨晏? 一誠は今仕事で忙しいみたいなのよ。
だから取り敢えず話しかけたり付いてくるのは止めて欲しいんだって?」
「へ?」
え、そんな事を直接言わずに何故雪蓮を介したの? と当然な疑問が先に浮かんでしまう梨晏。
しかしそんな梨晏を無視して再び雪蓮に耳打ちをする一誠。
「アナタねぇ……。はぁ、今でこそ当たり前になったけど、母様に捕まった当初のアナタってこんな感じだったわねぇ」
「…………」
「えっと、なんて?」
「えーっと、『出来れば自分の事はそこら辺に落ちてる虫かなにかと思って永遠に無視してくれ』……だ、そうよ」
「な、なにそれ?」
「その、一誠って人見知りが凄いのよ」
「で、でも雪蓮とかには普通に話したりするじゃん?」
「いやー……最初の方は私達とも全く喋らなかったわよ? 最初からまともに話せたのって母様ぐらいじゃないかしら?」
「え、それじゃあどうしたら……?」
段々と隠れるように雪蓮の背中に隠れ始める一誠に軽く困る梨晏。
梨晏としてはこれから仲間としてよろしくという意味で声を掛けただけだというのにだ。
「挨拶ぐらいしなさいよ?」
「…………」
「ほら」
「!」
軽く落ち込むそんな梨晏を見て可哀想に思えたのか、雪蓮が自分の背中にさりげなく隠れていた一誠を梨晏の前に引っ張り出す。
この時点で一誠の顔色は真っ青になってしまっているのだが、一度でも切っ掛けさえあれば寧ろお喋りなことを知っているが故に敢えて雪蓮は心を鬼した。
「ぁ……ぅ……」
「……」
「…………」
元の世界でも何回かあった事だったが、何度やっても慣れないものは慣れない。
何年も自分の殻に閉じ籠り過ぎたせいだといえばそれまでだが、他人と深く親しくなることで生じるかもしれない『絶望的な喪失感』をもう二度と味わいたくないからこそ、壁を作ろうとするのがコミュ障の正体。
もっとも、元の世界の悪魔達やこの地の者達が例外的にそんな壁を平気で壊すか乗り越えてきちゃう訳で……。
「うげぇぇ!!!?」
「のわぁ!?」
「ちょっ!?」
その緊張が極限に達した一誠は咄嗟に自作のバケツに顔を突っ込み、ゲロゲロと吐いてしまった。
流石にこんな姿を見たことがなかった雪蓮もこれには驚くし、目の前で吐かれた梨晏は普通にショックだったとか。
「うぇぇぇ……」
「な、なにしてるのよ!? ぐ、具合が悪かったならそう言えば――」
「わ、悪い訳じゃねぇ。ただ、他人と話そうとすると頭の中がぐちゃぐちゃになって、気持ち悪くなるだけで……げほ」
「そ、そんなに人と話をするのが怖いの?」
「こ、怖い訳あるかァ!! た、ただ吐きそうになるだけだい!」
「それを怖がってるって言うのよ? ほ、ほらそれならちゃんと今度こそ梨晏と……」
「む、無理ィ! い、イヤだぁ! 話せない! 無理だよぉ……!」
「え、あ……。(こ、子供みたいな泣き顔だわ……。
い、嫌だわ……なんだか変な気持ちに……)」
「………………」
他人と話す理由なんて無い。
それは即ち、他人と話そうとすると緊張が一気に襲いかかって訳がわからなくなる。
「うぅ……」
「えっと、だ、大丈夫よ? ね?」
「うぅぅ……!」
「ど、どうしましょう? 不謹慎だけど堪らない気持ちだわ……あ、あははは」
「…………………そ、そんなに嫌だったなんて」
それが彼のコミュ障の正体であり、最早普通に傷付いた梨晏とは反対に、物凄くすがる様な――捨てられた子犬のような目をする一誠を初めて見た雪蓮はキュンとなってしまうのだったとか。
以上・主要面子以外の執事。
補足
本人は普通の男子でした。
寧ろ炎蓮さんの話を聞いて会いたいとすら思っているというね。
その2
金髪アレルギーは普通にあります。
なので袁家の面々だの曹操さんだのと直で対峙したら脊髄反射的にトニーモンタナばりの『Fuck You!!!』が飛び出る可能性が……。
その3
主要の面々が易々とコミュ障壁を飛び越えちゃうから勘違いされがちですが、基本こんな感じです。