「……これ以上はもうどうにもならん。諦めろ」
「そ、そんなぁ!!」
「鬱陶しい」
クラス対抗戦、前々日放課後。
翌日放課後は本番に向けて、生徒会や有志が会場整備を行うために、クラス代表である一夏がこのアリーナで訓練ができるのは今日が最後だ。
昨日まで、ただひたすらにクラスメイト達と接近戦の訓練を積み、オルコットに基本操縦を習ってきたと聞いている。私も訓練機が借りられた日は相手をしたし、アリーナの借りられない日は剣道で相手をした。
先程まで模擬戦をしていた相手の腰に縋りついて教えを乞う、傍から見ると少々惨めな様子の一夏を足蹴にしながら、ブルックスは言葉の近接ブレードで一夏を切り裂いていく。
だが、私の目には。少なくとも、ブルックスの言葉は文字通りの意味ではないように見える。
「そもそもこれ以上は付け焼刃じゃどうにもならん。今できることだけを後は繰り返せ」
「そうですわね……。わたくしも、随分成長なさったように感じますわ。まるで生まれたての小鹿でしたのに」
「そ、そんなにひどかったのか……」
「すべては積み重ねだ。今すぐにすべてができるようになるわけがない。急上昇、急下降、急停止……そういった基礎さえきちんと出来上がっていれば、それなりの戦闘にはなる。明日はそれだけ復習していてもいいぐらいだ」
一夏の腕の力が緩んだのを見計らって抜け出したブルックスは、ピットに戻っていく。それと同時に、アリーナの見張りの教師が、アリーナ使用の時間が終了5分前だと放送を流すので、私達もピットに戻る。
ピットのカタパルトでISを装着したまま突っ立っているブルックスの後ろ姿を見かけて、一体何事かと思えば。あの女がいた。
一夏のセカンド幼馴染を名乗る、ツインテールの女が。
「待ってたわよ、一夏!」
目の前にいるブルックスや私、オルコットを無視して一夏に駆け寄る女。
一夏も能天気に挨拶などしている。
「貴様、どうやってここに入った?」
「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ」
「はあ?」
馬鹿にするような目。
「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題なしね」
まるで見下すような。
「へー、コイツ強がりかと思ってたら、ちゃんとIS乗れたんだ?」
ブルックスを一瞥。
「邪魔だ。もうじきアリーナが閉まる、お前の相手をしている暇がある者はここにはいない」
まるで意に介せずピットの隅に行き、コンソールを開いて戦闘記録の保存や機体状況の確認を手早く済ませるブルックスを見習って、私もオルコットもコンソールを確認する。
『Aピット、あと1分で閉めるぞ』
監視室からの放送が入る。一夏も慌ててコンソールを確認する。
……この、一夏のセカンド幼馴染を名乗る女。こいつは専用機を持っている。だからこんなにもブルックスを見下しているのか? ブルックスも今現在、専用機に乗っているというのに。
それともあれが専用機だとわかっていないだけ、か? 形状は大きく異なるが、ベースカラーは打鉄と同じような色をしているし。
「ね、一夏。謝る気になった?」
「謝る?」
この唐変木は「毎日味噌汁を作ってやる」の変形告白を、奢る約束と勘違いしていた。
「なんでだ?」
「反省してないワケ!?」
「お前らそういう話はアリーナを出てからやれ。明日の朝まで飯抜きで閉じ込められたいなら別だがな」
シッシッ、と追い払うかのような仕草を一夏と凰にするブルックス。食事抜きはともかく、一夏とあの女を一晩閉じ込めるのは色々とよろしくない。
「邪魔しないでくれる!?」
「アリーナから出てやる分には周りに迷惑にならない範囲でならいくらでもやればいい。だがアリーナ内では許さん」
「アイリーンさん、そこは形だけでも止めて差し上げるのが優しさですわよ…」
「知らんな」
私がブルックスからものを学ぶのに抵抗がないのは、こいつが私より確実に強く、そして一夏を何とも思っていないから……なのかもしれない。
「ああ、織斑。今日の20時から1時間、時間は空いてるか?」
「うん? ああ、空いてるけど」
「そうか。なら篠ノ之、今日はお前の部屋でやる。いいな?」
今日は一夏も共に学ぶのか。
確かに一夏はここ数日、ずっと実践ばかりで知識が伴っていないだろう。
「な、何をするんですの?」
「織斑と篠ノ之がよければ、オルコットも来るといい。明後日の作戦会議のようなものだ」
……ん? 作戦会議? 勉強ではないのか?
「作戦会議か! わかった。セシリアも来いよ」
「まあ、では是非お邪魔しますわ」
「ちょっと! 無視しないでよ!!」
「おいゴラァ!!! いい加減アリーナ閉めさせろ!!!」
凰がブルックスに噛み付こうとした瞬間に、ピットに怒鳴り込んできた教師。
彼女は……4組の担任だ。恐ろしいという噂の。
「いいか凰、お前は編入したてでわからねぇなら教えてやる!! アリーナはなぁ、使用時間を越えての利用はできねんだよ!!!」
まるで空腹の獣のように吠える彼女には凰を囮にし、私達はそそくさと出ていくブルックスに着いて、出ていった。
**********
やはり、おかしい。
「どうした、ブルックス?」
「いや……なんでもない」
作戦会議という名の武装の勉強会。オルコットはまあ優秀だから、特に射撃武装に関しての説明はお手本のようにすらすらと出てくる。操縦面でのコーチングよりこっちの方が向いてる気がする。
「気分がすぐれないのでしたら、今日はお休みになられたほうがよいと思いますわ」
「問題ない。少し考え事だ」
どうしても拭いきれない違和感。
それは、あの中国の代表候補生の言動だ。
中国の現在の人口は俺達香港を抜いても13億を超える。人員だけなら腐るほどあるはずだ。
ならばあの娘はそれなりには選び抜かれてきたエリートであり、失言を指摘された数日後にまた失言を重ねるほど頭が悪いはずがない。
愚行をわざと繰り返すような、違和感。
「……あまりこういう言い方はしたくないが。2組との対戦の時、気を付けろ」
「2組ってことは鈴だよな? でもなんでなんだ?」
「理由は聞くな。そんなことよりもリーグマッチでの勝利のことだけを考えろ」
違和感というよりも、最早確信。
あの娘は、わざと俺の注目を引きに来ている。香港襲撃の際に俺が駆け付けるのを防ぐために。
だがそれにしても気を引きに来るのが早すぎやしないだろうか。中国側が狙うのにベストのタイミングは、やはり俺がイタリアに行っている間だろう。だが一週間前から日本に意識を植え付けて何をしたいんだ? 思惑が掴めない……。
「えっと、ブルックスさんは鈴のことが嫌いなのかもしれねぇけどさ。悪いやつじゃないんだぞ?」
思考の海を漂っていた俺を、織斑は引き揚げた上で突然俺の考えていることに半分的中するようなことを言ってのけた。
「さばさばしてて、たまに物言いがキツイ時もあるかもしれんが、ちゃんと考えた上で言ってるんだ」
「……ちゃんと考えて言って、他国を侮辱するのか?」
「り、鈴にだって色々あるんだって! ……多分」
ふ。口元がほころぶのを感じる。
「ふふ、多分かよ、はは」
「……ブルックスさん、笑えたんだな」
「一夏、その言い方はどうかと思うぞ」
「あっすまん。でもさ、考えすぎてもしょうがないと思うぞ。たまには行き当たりばったりも必要じゃないか?」
ふふふ、はははと俺の笑いは止まらない。
織斑も、流石は千冬さんの弟といったところだろうか。少しずれてはいるが、的外れではない。香港で最も優れた軍人と言われる俺の思考を読むだなんて、存外優れた観察眼を持った奴のようだな。
俺は考えすぎていたみたいだ。
答えはただひとつ。
何かが起こったのなら。風よりも疾く、守りたいものを守りにいけばいい。
俺にはそれだけの力もあるんだから。
16.06.20 誤字修正