警備の後、エネルギー補充を既に終えていたイタリア組ことエリザ・フェラーラとアレッタ・ベルナルドーネは、自身の専用機を身に纏って、旅館の前にいた。
エリザは普段から硬い表情を更に硬くしていたし、いつもは朗らかなアレッタも引き締まった顔つきだった。
「束の衛星で、既に銀の福音の両翼がもがれていることは確認した。お前達は、福音のシールドエネルギーをゼロにし、操縦者を保護したら、何を置いても即座に帰投すること。いいな?」
イタリア組から良い返事が飛んだ。
そして、2人はそれぞれ専用機であるテンペスタⅡF01、アンジェロのスラスターを噴かし、飛翔する。
2機の赤朱を見送った千冬は、生徒たちに伝えていない内容に、即座に意識を切り替えた。
――銀の福音、シューティングスターの他に、戦闘空域に1機のISを確認。
束の衛星で確認したところ、少なくともスペックカタログの出回っているISではない何かに乗った人物だった。
長い黒髪をなびかせて、真紅の唇を歪めているその顔には、見覚えがある。
千冬も昔、モンド・グロッソの舞台で剣を交えたことがあったから。
王珠晶。元中国代表。
世界的お尋ね者となった女。
千冬は、アイリーンのあの性急な連絡と、衛星に映った王珠晶から、アイリーンは王珠晶を倒しに向かったと考えていた。
そして、それは完全一致の正解なのである。
ISシューティングスターの座標から、おそらく王珠晶を福音から離れるように誘導しながら戦っていると思われる。
今こっちに残っている出撃可能な生徒の中で、おそらく最速を出せるのがイタリア組2名のテンペスタシリーズだろうと、各国から専用機持ち宛てに届いていた新武装やパッケージのリストを思い出しながら千冬は考えた。
そして、このイタリア組のコンビネーションがIS学園の第1学年の中でトップクラスだというのは、先の学年別トーナメントで証明されている。
だからこそ、このチョイスに千冬も納得はしていた。
「織斑先生、珈琲をどうぞ」
「ああ、ありがとう山田君」
関係各所との連絡係を任せている真耶も一息ついたのか、珈琲が出てくる。
何かがあっては困るため、敵と思われる王珠晶発見からは、出撃していない専用機持ちたちは全員自室待機である。
「……ブルックスさんのエネルギー、切れないといいんですが……」
福音から継戦となるシューティングスターのシールドエネルギーは、いくら軍用と言えども限りはある。
篠ノ之束に次ぐ大天才とまで言われた人物の手がけるものなのだから、エネルギー効率に関しては対策がされているだろうが、それでもやはり限りはある。
それだけに、限りあるエネルギーで最善の結果を出すために。
作戦指示にミスがあってはいけない。
珈琲をブラックのまま煽り、束用衛星からのデータを鋭い瞳で睨みつけた。
**********
一方、戦闘空域にて。
先程出撃したエリザとアレッタは、福音と接敵していた。
衛星映像で見た通り、もう頭部から生えた翼はないことを確認する。
『エリザ、フォーメーション
『ランチア、了解!』
イタリア語で槍を意味する、秘匿性もへったくれもない作戦名。
その名の通り、前後に並び、前衛のエリザ、後衛のアレッタで一本の槍のように戦う戦術。
エリザの格闘技術と、アレッタの射撃技術と、ふたりの信頼関係と、ふたりが経た長い年月が揃って初めて真価を発揮するもの。
砲門という砲門すべてを奪われて、体当たり、殴る、蹴るでしか攻撃できなくなった銀の福音。
代表候補生として、2人がかりでこの相手は少しばかり物足りなく感じた。
『はあ……これなら私ひとりで十分だったじゃないか』
『エリザ! 慢心しないで、この任務は倒すのが目的じゃないでしょ! 福音の操縦者の保護が任務!!』
長剣型の近接ブレードを振るうエリザの後方から、実弾の雨あられが降る。
それらは着実に銀の福音のシールドエネルギーを削り――装甲がもう跡形もなくボロボロになった頃に、機体維持限界に突入し、金髪の豊満な女性が宙に投げ出された。
その女性を抱きとめたエリザは、ふとハイパーセンサーから、近くにIS2機の反応を見つける。
『アレッタ、この人代わって』
『はいはい。……ってどこ行くの!? ちょっとエリザ!?』
アレッタに福音の操縦者、ナターシャ・ファイルスを預けてすぐ、エリザはスラスターを噴かせて旅館とは逆方向に飛ぶ。
それを追いかけたくても、アレッタが抱えているのは生身の人間なわけで、Gがかかるような急加速はできない。
歯噛みして、急いでオープンチャネルを開く。
『ベルナルドーネか。操縦者の保護はできたか?』
『はい、保護はできました。けど、エリザがあらぬ方向に飛んでいっちゃって』
『フェラーラが? ……っ、わかった。お前は先に帰投しろ。操縦者に気を遣って飛べよ』
『はーい、わかりました』
エリザのハイパーセンサーに映った、2機のIS反応。
しかし、アレッタのISアンジェロには、その反応は入っていない。
それというのも、エリザの位置からで、ギリギリ、ハイパーセンサーに反応が入る距離だったのだ。
コア・ネットワークを確認していれば、アレッタも気付けたかもしれない。
だが、ハイパーセンサーの知覚より先に通る遠距離からの攻撃など存在しないわけで、だからアレッタの辞書にコア・ネットワークを参照するという言葉は載っていなかった。
所変わって旅館。
銀の福音が機体維持限界となった瞬間からずっと気絶したままのナターシャ・ファイルスと、彼女を抱えたアレッタ・ベルナルドーネが帰投した。
ナターシャ・ファイルスは隔離された部屋に、安静に寝かされた。怪我等はなかった。
そしてアレッタも、出撃していない他の専用機持ち達と共に、自室待機を命じられて、何を狙ったのか専用機持ちの集う自室に戻ってきていた。
おかえり、と訳を知る同室者たちが出迎えてくれる。
鈴音は持ちこんだ棒状の菓子を貪っていたし、ラウラはいつも帯刀しているミリタリーナイフを磨いている。箒は先程手に入れたばかりの専用機のコンソールを覗きこんでいたし、セシリアは優雅に紅茶を飲んでいた。
「ただいまー。ナターシャ・ファイルスさんだっけ? 怪我なさそうだよ~」
「流石隊長だな。生け捕りどころか、傷すら付けず落とすとは」
「ちょいちょい、ラウたん、トドメったのはあたしとエリザだからね?」
転校してきてすぐはあんなにもアイリーンさんのこと敵視してらしたのに。そんなことはないぞ。そんなことあるじゃない。セシリアと鈴音のダブルアタックに、ラウラはすぐに言葉をなくす。何も言えなくなったラウラがあーだのうーだの言ってごまかす姿を見て、微笑ましいとばかりに笑う一同。
「あれ? そういえばエリザはどうしたのよ」
「うーん、それがさあ。なんかわかんないけど、あたしにナターシャさん押し付けて、旅館と逆方向に飛んでったんだよねえ」
「旅館と逆方向? ブルックスがまだ戻らないのと何か関係があるんだろうか」
「そういえば隊長もまだだな。……どれ。……ああ、クラリッサか? 私だ」
いじられる空気をやっと脱したラウラは、すぐさま別の空気をキープしようと、ISのプライベートチャネルを開き、軍の部下である女性へと連絡を取る。
そんな逃げ方も、見た目と相俟って小動物的で愛らしいことをわかってないんだろうなあと、優しい目で見守る。
だが。
空気が急変する。
「……何ッ、隊長が、ああいやアイリーンが戦闘中!? しかも劣勢!? 馬鹿な!! 映像を送れ!!」
ラウラの切迫した声。
見開かれる瞳。
「……みんな、これを見てくれ」
ラウラが投影した映像は。
毒々しいと言っても差し支えないほどの、赤と黒のツートンカラーのIS。
向き合う紫のISは、硬さを誇る装甲でさえ、一部が欠落している。
そして。
「うそ」
たった今。
第3代格闘部門ヴァルキリーと全く同じカラーリングのISが、装甲の4割を失い、墜落していった。
呼吸音さえ静まった部屋を動かしたのは、鈴音だった。
「助けにいくわよ」
食べかけの菓子の残りを箱にしまい、すっと立ち上がる。
それに続いたのは、まさかの人物。
「……私も行く。足手まといにしかならないかもしれないが」
「いいわよ。機体が変わっても、あんたの動き方は変わらないもの」
ずっとコンソールを眺めていた、部屋で一番ISについて素人である箒もまた、立ち上がる。
「おふたりだけでは、学年別トーナメントの二の舞ですわよ。――わたくしも参ります」
蒼穹の狙撃手も立ち上がる。
「勿論私も行く。隊長がいくら強くとも、あの状況では離脱も困難と見える」
「あたしも、エリザをほっとけないよ」
黒ウサギの長も、堕ちたISの相棒も立ち上がった。
「まずは教官の下へ赴き、現状を正確に把握するほうがいいだろう」
「そうね。敵ISの特徴もなんにもわかんないし」
「わたくしの見た事のないISでしたから、少なくともスペックカタログの出ていないISですわね……」
「あたしもぜーんぜん。けど、あの敵操縦者どっかで見た気がするけど、どこだろ?」
「……元中国代表、王珠晶、よ」
鈴音の言葉で、セシリア、ラウラ、アレッタはすぐにそれが意味するところを理解した。
箒も、その役職名で、気付く。
「世界的指名手配の、か」
「ええ。あの黒髪、シュミ悪いほど真っ赤な口紅。あいつに違いないわよ」
学年別トーナメントでペアを組んでいた間に、愚痴として、その人物の話を鈴音から聞いていた箒は、ぎゅっと眉間に皺を寄せる。
そこに、がらりと目の前の扉が開いて。残る専用機持ち2人が、廊下で一堂に会した。
「なんだなんだ? そんなに揃ってどうしたんだ?」
「――ちょっとエリザがバカやっちゃってね。それがどうなってるか、織斑せんせーに確認にいくんだよ」
「フェラーラさんが? とりあえず、僕達も一緒に行ってもいいかな?」
シャルルの言葉に、女子5人は目を配り合う。
「ああ、構わない。……急ぐぞ」
ラウラの急いたような表情に、一夏とシャルルは首を傾げつつ着いていった。
作戦会議室・大広間。
千冬と真耶は、祈るばかりでいた。
機体維持限界区域までは達していないものの、すぐに粒子化してしまいそうなテンペスタF01。
傷ひとつつけることさえ容易ではないとされる装甲に、相当のダメージを受けてしまっているシューティングスター。
しかし、これ以上生徒を投入してはいけない。
アイリーン・ブルックスとシューティングスター以上の戦力はここにはなく、それ以下の者を投入しても、それは無為であると、ただ傷付けるのみであると確信していたから。
「失礼しまーす。織斑せんせー、エリザどうなってますか?」
「何だお前ら。全員揃って……自室待機だと言っただろう」
「エリザがどうなってるか心配で心配で、ポテチに手をつけようって気にもならないんだもん。教えてよ、せんせー」
千冬は逡巡する。
相棒と名乗って憚らないこの少女に、生きてこそいるが確定的に無事ではないエリザ・フェラーラのことを言うべきか。
しかしこの躊躇いは、全く意味のないもので。
「申し訳ありません、教官。ドイツ軍の衛星によって確認したところ、エリザ・フェラーラ墜落、アイリーン・ブルックス小破であることを、我々は確認済みです」
ラウラの言葉に、映像を見ていなかった男子2人が違った反応を見せる。
墜落という言葉に、嘘であってほしいと強く声を漏らす一夏。
最強最硬と言われたISが小破していることに絶句するシャルル。
「……ああ。だがお前達は待機していろ」
「なんでですか!? 相手はあの王珠晶!! 仮にも国家代表になるような女が相手なのに!! あたし達にも戦わせてよ、ねえ千冬さん!!」
鈴音の強い想いにも、千冬は首を横に振るばかりであった。
「無理だ。特にシャルル・デュノア、そして凰鈴音。お前達は企業所属の操縦者だ。その専用機が壊れることが、どれほど大規模な利益の損害に繋がると思っている」
「じゃあ、あたしはいいですよね!? あたしは企業所属じゃないし、相棒を助けるためだもん! 政府だって許して――」
「仮に専用機が壊れなくとも、お前が死ぬ危険性がある。教師として、そんな出撃は認めん」
ぐずる彼女達の中で、一番早く復帰したのは箒だった。
「わかりました。すみません、お手数おかけしました」
それだけ言って、仲間を連れて作戦会議室を出る。
しかし、箒の目は、強い光を灯していた。
アレッタ・ベルナルドーネの呼び名講座①
・セシリア←セシりん
・ラウラ←ラウたん
・鈴←すずっち
・箒←ほーちゃん
・アイリーン←あーちゃん
・千冬←織斑せんせー
・真耶←まややん
・知らない人女性←(ファーストネーム)さん
・親しくない男性←ファミリーネーム呼び捨て
・エリザ←エリザ
17/06/03 誤字修正