「それでは、朝のホームルームを始める。クラス代表が決定していないから……相川、代理を」
「は、はいっ! 起立!!」
水曜日。朝のホームルームの時間を迎えているわけだが、俺は絶賛死体中だ。
死体というか……筋肉痛のあまり椅子に座ってられないだけだが。
オルコットさんとブルックスさんとの模擬戦が決まったのが一昨日のことだ。
自力でオルコットさんとの差を詰めようと努力してみたんだが、訓練機は即日借りることもできず、大人しく知識面を強化していた。
ブルックスさんがくれた参考書はピンクとオレンジでまみれていて、ピンクを最優先して確認し、それから教科書を開いてみたところ、おもしろいほどに内容が読み込める。おかげで昨日の授業は、山田先生や千冬姉の言っていることがよくわかった。
そんなマーキングのできるブルックスさんは、操縦という面だけでなく、知識の面でも相当優秀だということは、俺にだってわかる。だからブルックスさんとの模擬戦は、胸を借りるという形になるんだろう。
で、この筋肉痛は、昨日の肉体の酷使が響いているらしい。
寮で同室になった箒の実姉がIS開発者の束さんだから、箒なら間違いなくISについて優秀だろう。そう思って箒に教えを乞うたところ、この筋肉痛だ。
操縦者保護機能の搭載されているISに乗って、なんで筋肉痛になるかって? そもそもISに乗らずに剣道してたんだよ。
「全員の出席を確認しました」
「はい、山田先生」
「なんでしょう?」
「ブルックスさんがいません」
俺の後ろが空席なのに、全員そろったと言い切った山田先生に、当然の如く他の生徒から指摘が出てきた。
「ああ、ブルックスさんはいいんです」
入学3日目にして、もう諦められてるんだろうか、ブルックスさん。
たしかに授業を聞いてる素振りは微塵ほどもなかったけど。
「本日は時間割を一部変更する。1限目の開始を20分ずらして、生徒会執行部が全校生徒を集めろと言うのでな。というわけで今からメイングラウンドに集合しろ」
生徒会執行部。このIS学園にもそんなものがあるんだな。
クラス代表といい、割と普通の日本の学校と変わらないんだろうか。
メイングラウンドに出て、クラスごとに整列する。
中学生の頃にもあったような台が2年生の前にあって、その脇にどこかで見たことのあるよーな姿を見かけた。はて、誰かに似てるんだろうか。
「あ、あー。マイクテストです」
その人がマイクテストをした時、隣に現れたのはまさかの千冬姉だった。
えっなんで千冬姉なんだよ?
「気を付け。ただ今から生徒会執行部による緊急集会を行います。礼」
誰かに似たその人の号令に合わせて頭を下げる。見覚えのある人が壇上に上がった。
入学式のあの日、ブルックスさんを教室まで連れてきた人だ。確か……更識さん。
「それでは、生徒会長更識楯無より、挨拶を行います」
マイクを受け取った更識さん。あの人、生徒会長だったのか……。
「みなさん、おはようございます! 突然の招集、お騒がせしてごめんなさい」
マイクを持つ右手とは逆の手で、扇子がぱっと開かれた。えーと……何か書いてあるぞ。……御免、かな。
「先日、我がIS学園の第1学年に入学した生徒の、執行部入りを報告します! ……さ、上がって」
更識さんにそう言われて壇上に上がった女子に、見覚えしかなかった。
短い金髪を風にそよがせ、溢れ出る威圧感とは裏腹に小柄な体躯。
「第1学年1組。アイリーン・ブルックス」
「昨年までは織斑先生が担当なさっていた、IS学園の全戦力を統率する実働部隊隊長を、こちらのアイリーンちゃんが担当します!」
……実働部隊って、なんだ?
「任期は私こと更識楯無が生徒会長に君臨する限りずっとです。承認してくださる方は、拍手をお願いします!」
俺はよくわからんまんまで、周りもよくわからんといった顔をしてはいたが、周りからぱらぱらと拍手の音がしたのでそれに合わせて手を叩いておく。
「異議あり!」
その時、2年生か3年生の方から、声が上がった。
人の波をかき分けて、生徒会長やブルックスさんのいる台の近くまで出てくる。
「そんな選出は認められない、学園の安全に関する全権を私達よりも年下が握るだなんて有り得ない!!」
異議申し立てをした上級生は、まるで親の仇でも見るような目でブルックスさんを見ている。逆にブルックスさんはただただ冷めきった瞳でその人を見つめていた。
「ありゃー……。異議が出てくるのは想定外だったけど、どうする? アイリーンちゃん」
「模擬戦という形でならいつでもかかってくるといい。実力で捻じ伏せれば文句は言えないだろう?」
「えーと。じゃあ、そういうわけで、異議がある人は直接アイリーンちゃんに模擬戦を申し込んでください! アイリーンちゃんが倒されたら、再び織斑先生に隊長を任せる……ってことでいいですよね? 織斑先生」
「構わん」
ていうか、千冬姉はそんなすごい? ことも任されてたのか。
件の上級生曰く、その実働部隊隊長ってIS学園の防衛の要みたいなもんなんだろ? 我が姉ながら、ちょっとだけ誇らしい。
「ただし。私に戦いを挑むのはいいが、その時は本当の殺し合いだと思って相手をさせてもらう。その覚悟がないやつに異議を申し立てる資格はない」
千冬姉への誇らしさで顔がゆるみかけていた俺に冷水をかぶせたのは、南極の氷よりも冷たいであろうブルックスさんの瞳と声だった。マジブルックスさん怖い。
**********
「決闘しなさい!!」
バン!!
ブルックスさんが実働部隊隊長になった報告のあった日の、昼休み。
自分の席で飲むこんにゃくゼリーを食べながらけだるげに椅子にもたれて、タブレット端末をいじっていたブルックスさんの元に、朝異議申し立てをした上級生が現れた。
机には果たし状と書いてある手紙がある。本格的だ。
「私は普通科2年の木村夏子。明日の放課後、第2アリーナで待ってるわ。……本当は今日にでもやりたかったけど、訓練機の予約が取れなかったから」
1年1組のクラスメイトや、噂を聞きつけた2組の女子達も固唾を飲んで見守っている。
俺なんてブルックスさんの真ん前の席だから、ヒヤヒヤしながら教室の隅に避難している。ブルックスさんもだがこの木村さんという人も怖い。
「わかった」
「逃げるんじゃないわよ!?」
「敵前逃亡なんてしない」
黒髪のボブカットとパッツンの前髪が特徴的な、きつい吊り目で美人な木村さんはもう一度きっとブルックスさんを睨み付けると、すたすたと教室を出ていった。
対してブルックスさんはどこ吹く風だ。ずるずるとこんにゃくゼリーをすすっている。
クラスメイトはおそるおそるといったふうに、ブルックスさんに近寄った。
「ね、ねえブルックスさん……。たしか木村夏子先輩って、専用機を持ってない代表候補生に何度も勝ってるって噂の先輩だよ?」
「あ、私もお姉ちゃんに聞いたことある。韓国とのハーフだからまだ代表候補生には選ばれてないけど、選ばれたら即刻専用機もらえるって噂!」
「でもブルックスさんは国家代表なんだから、専用機持ってるじゃない? きっと勝てるよ」
ここぞというところでは震えあがるような殺気を出すブルックスさんだが、見た目は小柄な美少女だし、普段はそんな殺気も出てないので、先鋒部隊がブルックスさんに話しかけはじめると、様子を見ていた他の女子もブルックスさんに絡みにいく。
対応はそっけないが、無視することはなくて、それがクラスメイト達の尊敬のまなざしに繋がってるんだろうか。
ピンポンパンポン。
日本の学校らしさのある音が、唐突にスピーカーから流れだす。
『みなさん、お昼時に失礼します。普通科2年、木村夏子です』
あっ木村先輩が放送してる! とクラスメイト達は一瞬ざわめいて、すぐに口をつぐんだ。
『明日放課後、第2アリーナにて、私木村夏子と第1学年普通科のアイリーン・ブルックスさんが模擬戦を行います。お時間がありましたら、是非ご観覧ください』
全校に向けた放送で明日の対戦を知らせるのかよ!? 相当自信があるんだろうな、さっきの木村さんって先輩。そうでなきゃわざわざギャラリーなんて呼ばないだろうし。
「でも、木村先輩もちょっと身の程知らずだよねえ? ブルックスさんは国家代表だよ? 敵うと思ってんのかなあ」
「模擬戦だったら私が負ける可能性はある」
タブレットを操作しながら、飲み終わったこんにゃくゼリーのゴミをゴミ箱に投げた。視線はタブレットの上なのに投擲は命中! すげえ。
ていうか、模擬戦なら負けるかもしれないって……あんだけの殺気を見せておきながらその発言ってどうなんだよ。
「え!? 負けちゃうの!?」
「えー? あーちゃん負けるの?」
「負けるとは言ってない。可能性があると言っても1%もない。それに、殺し合いのつもりで応える」
殺し合いのつもりで。
その言葉に、ISが兵器として使われている現実を突き付けられたような気がした。