「ここがローゼンベルク工房か。」
レーヴェは今、マインツ山道の片隅にあるローゼンベルク工房に訪れていた。理由はクロスベルに長く工房を持つヨルグに会うこと。彼ならレーヴェが知らないクロスベルの情報、結社の情報を知っている可能性がある。
それに、レーヴェとヨルグはある結社の実験で何度も会っており、結社の中では仲が良い方だった。結社を抜けたとしても会える可能性は高いのである。
「マイスター、居ますか?レオンハルトです。」
レーヴェが門に話し掛けるが、返事は返ってこなかった。しかし、門は反応する様に自動で開いた。
「マイスター?」
訝しげながらも中に入るレーヴェ。すると門が自動で閉まり、レーヴェを囲う様に3体の機械人形が現れた。
「マイスター、一体どういうつもりだ?それにこの機械人形は……」
レーヴェは目の前の機械人形のことを知っていた。そうアレはレーヴェの剣術を記憶させ、戦闘能力を上昇させるという実験でレーヴェとヨルグが協力して作りあげた機械人形なのだ。
見た目は黒色の西洋の鎧騎士で、スピードを速くする為、少しスタイリッシュになっている。3体はケルンバイターに似た剣を構え、ジリジリとこちらに近付いてくる。
「どうやら簡単に通してくれんようだな…いいだろう。来い!」
レーヴェの言葉に反応する様に、黒騎士達は斬り掛かってくる。その動き出しは、機械人形とは思えないスムーズな動きだ。レーヴェの前にいた黒騎士が鋭い斬撃を縦に振るう。
レーヴェは体を横にずらしながら、剣を反らす。そしてそのまま黒騎士を斬りつけようとするが、危険を感じ、しゃがみこむ。その瞬間、レーヴェの頭があった場所に2体目の黒騎士の剣先が突き出された。
そして、そのしゃがみこんだレーヴェにも、3体目の黒騎士が追撃するように横の斬撃が放つ。
レーヴェは斬撃を避ける為、跳躍し、黒騎士達からそのまま距離をとる。いつでも動けるようにしながら黒騎士達を見据える。
「なるほど…ただの速い斬撃だけかと思ったが……連携が厄介だな。」
レーヴェはそれぞれお互いの動きを補完するように無駄なく動く黒騎士に、流石はヨルグが作った人形だと感心する。
黒騎士達は距離が離れたレーヴェに剣を持っていない手の平を向ける。するとカチンと何かが切り替わる音が聞こえ、その手の平から銃口が現れる。
「くっ。」
レーヴェは身を投げ出す様に横へ跳ぶ。
それから1,2数秒の差で乾いた銃声が鳴り響き、銃弾がレーヴェの先程までいた場所を通過していく。
「遠距離用の攻撃も仕組まれているのか。距離を空けてのアーツ詠唱は難しいな。ならば…これはどうだ?」
八葉一刀流の構えをとり、力を溜めるレーヴェ。
そこに今度も銃口が向けられる。
レーヴェが斬撃を放つのと黒騎士達が発砲するのは、僅かに黒騎士の方が速かった。銃声が響き、レーヴェにいくつもの銃弾が迫る。しかし、その瞬間、剣が振るわれた。
『洸破斬 我流《波風》』
レーヴェの剣から放たれたのは極太の波の様な斬撃。その斬撃は発砲された銃弾如、騎士を飲み込んでいった。
黒騎士達は銃口を出した片腕を破損しながら、門の方に吹き飛ばされ、そのまま壁に激突する。
壁に叩きつけられ倒れたまま、立ち上がる様子を見せない黒騎士達。レーヴェはそれを見て構えを解こうとする。
しかし、
「ほう……まだ戦うか?」
レーヴェの視線の先には、身体のあちこちから火花を散らしながらも、立ち上がり、剣を構える黒騎士達がいた。
最後の最後まで戦いを貫こうとするその姿に、騎士の魂が機械人形に宿っているように見えた。
「本当にマイスターの作る人形は凄いな……よし。最後まで付き合ってやろう。」
レーヴェは剣を構え、真っ直ぐ黒騎士達に突っ込んでいく。黒騎士達は突きの構えをとり、待ち構えた。
そして、レーヴェが間合いに入ると同時に連続の突きを放つ。
常人では反応できない速さの突きが雨あられとなってレーヴェに襲い掛かるが、レーヴェはそれを避けず、真っ向から立ち向かい、剣を振るった。
「はぁあああ!」
驚くべきことにレーヴェは、剣の突き全てに切っ先を当てて、突きで突きを迎え撃っていた。剣と剣がぶつかり合う度に、無数の火花が黒騎士達とレーヴェの間で飛び散っていく。
それは、どこか黒騎士達が魅せる命の煌めきの様に見えた。
その光は数秒如に徐々に減っていき、そして、
キン!という金属が折れる音を合図と共に終わりを迎えた。
「……終わったか。」
レーヴェの目の前には折れた剣を握り締めたまま、倒れた黒騎士達の姿があった。レーヴェの剣で倒れた訳ではない。黒騎士達は剣が折れる迄ずっと動いていた。しかし、剣が折れた瞬間、糸が切れる様に倒れ、動かなくなったのだ。
その姿に同じ剣士として敬意を持ったレーヴェは、倒れた黒騎士に頭を下げる。
そして、工房の扉に目を向けた。
いつの間にか扉は開いており、扉の先には少女の様な人形がレーヴェに手招きをしていた。
「久しいな、レーヴェ。」
工房の中を人形に案内され、扉を開いたレーヴェに声を掛けたのは椅子に座り、こちらを見つめる老人。
ローゼンベルク工房の工房長であり、《身喰らう蛇》の研究機関《十三工房》のメンバーでもあるヨルグ・ローゼンベルクその人である。
レーヴェは笑みを浮かべ、答える。
「ええ、お久しぶりです。マイスター。元気でしたか?」
「ふん。まぁなんとかやっておる。……お前も元気なようだな。風の噂でリベールで死んだと聞いたからな。門でお前がいるのを見た時は、ブルブラン辺りが変装した偽者だと思ったぞ。」
レーヴェは苦笑すると、
「もしかして、それで機械人形を差し向けたのですか?」
ヨルグは頷く。
「うむ。確かめる為にな。それに本物であれば、あの人形達にとって良い経験となると思った。壊れても多少の破損であれば修理も可能だしな。」
「やっぱりですか。……そういえば俺が手加減出来ず、“修理不可能になるまで壊す”とは思わなかったのですか?」
その疑問に、ヨルグは不機嫌そうに鼻を鳴らし、レーヴェを睨み付ける。
「馬鹿にするな。お前が終始手加減し、あまり壊さんようにしていた事は見ていて分かったわ。《剣帝》の実力があんなものである訳がないじゃろう。……ただ人形達に使った技を見た時は、少し焦ったがの。いつからあんな剣技を覚えた?」
「一度、八葉一刀流の使い手《風の剣聖》と手合わせする機会があったので…その時に。あの技は自分なりに改良しました。」
ヨルグは呆れる様に溜め息をつく。
「まったく。お前と対峙する剣士は可哀想じゃな。自分の技を取られるばかりか、更に改良されるとは…」
レーヴェは何とも言えず、苦笑する。
そして、レーヴェはある方向に見つめ、先程から気になっていた事を尋ねた。
「マイスター…先程から気になっていたのですが、あれはレンの《パテル=マテル》ですか?」
「ああ、そうだ。」
レーヴェの見つめた方向には、全長15.5アージュ程(15.5メートル)の大型機械人形がいた。
“パテル=マテル”
結社における技術部門《十三工房》によって開発された最新鋭の巨大人形兵器。高度な制御システムが搭載されており、戦略的運用だけでなく、緻密かつ柔軟な戦術的運用も可能となっている。
そして、ある実験により、執行者No.XV《殲滅天使》レンとの適正が認められ、彼女が正式な操縦者となったのだ。
レーヴェはパテル=マテルを見つめたまま、ヨルグに尋ねる。
「何故パテル=マテルが此処に?」
「……そうか。お前はまだあの事を知らんのか。」
「? …あの事とは?」
「……数ヶ月前、このクロスベルで《D∴G教団》という教団が大きな事件を起こした。……それに関わっておったんだよ。レンと……レンを追ってきたヨシュア、エステルという小娘が。」
その言葉を聞いたレーヴェは驚き、ヨルグに視線を戻す。
レーヴェは真剣な表情をして口を開いた。
「マイスター…その話、詳しく教えてもらえませんか?」
こうして、レーヴェはクロスベルで起こった教団事件、そして、ヨシュア達に起こった事の全てを知ることになった。
「………………良かった……」
全てを知ったレーヴェは、ホッとした表情を浮かべ、そう呟いた。
レンを苦しめた教団が壊滅した事、特務支援課のお陰で、レンが両親の真意を知ってわだかまりがなくなり、エステルとヨシュアの思いがレンに届いた事。
ヨシュアやレンを家族の様に思っているレーヴェにとって、これ程嬉しい情報はなかった。
(レン…本当に良かったな。どうかヨシュア達と一緒に幸せに生きてくれ。)
レーヴェはヨルグに頭を下げる。
「マイスター。この情報を教えて頂いた事、そしてレンに対して良くして頂いた事、本当にありがとうございました。」
感謝するレーヴェにヨルグは少し照れ臭そうにし、顔を背ける。
「わしは大したことはしておらん。ただ気になっていたパテル=マテルの修理と調整、あとレンの話し相手を少ししただけだ。……レーヴェ、わしよりパテル=マテルに感謝せい。レンに彼らの家族になる様、最後に後押ししたのは彼なのだから。」
その言葉にレーヴェは目を見開き、パテル=マテルに顔を向けた。
「……彼がですか?」
「そうじゃ。レンの命令を無視し、自分の意志でエステル達に歩みより、レンを託したそうだ。レンから聞いた話だとな。」
「そうだったんですか…パテル=マテル。レンを支え、最後に後押ししてくれた事、本当に感謝する。ありがとう。」
そう言ってレーヴェはパテル=マテルにも頭を下げたのだった。パテルマテルは反応するように、機械音を鳴らし、目を光らせた。その様子は、どこか嬉しそうに見えた。
レーヴェは頭を上げて、きっかけを作った彼らの事を考える。
(特務支援課。今度会うときには、彼らにも直接礼を言わないといけないな。しかし、礼を言うだけでいいのか?何か品を持って行った方が……)
レーヴェが頭を悩ませ、色々と考えていると、ヨルグが声を掛けてくる。
「レーヴェ。わしもいくつかオーダーがあり、暇ではない。もう用がないならお引き取り願いたいが?」
レーヴェは、ヨルグの言葉に了承するように頷き、最後に一つだけ尋ねた。
「分かりました。マイスター、最後に一つだけ教えて下さい。今、この地に来ているカンパネルラ達は何処に居ますか?」
「……アイツらに関わるつもりか…お前はもう結社は抜けた筈だ。何故関わる?」
「一度会って確かめたい事があります。此処に来たのはその情報を得る為でもありました。」
「……一つ聞く。カンパネルラとあの馬鹿。アイツらと一緒に行動しているのが誰か知っているのか?」
「知っています。カンパネルラに直接聞きました。」
「戦う可能性がある。それが分かってて行くのか?」
「はい。」
強い決意をした目を見せるレーヴェに、ヨルグは溜め息をつくと、
「……ちょうどこの前、調査をすると行ってあの馬鹿が勝手に機材を持っていく事があった。その時に何処かの湿地帯に行くと口にしておったわ。」
「湿地帯……マイスター、情報ありがとうございます。後は自分で見つけたいと思います。…それでは、失礼します。」
礼を言って去って行くレーヴェの背中にヨルグは、声を掛ける。
「レーヴェ。……また今度、顔を見せに来い。…‥茶ぐらい出してやる。」
レーヴェはそれに応える様に片手を軽く上げ、そのまま工房を出ていった。
「湿地帯か…そこにいるんだな。あの人が。」
レーヴェの脳裏に浮かぶのは、白い甲冑を纏い、金色の髪を靡かせる女性の姿だった。彼女は気高く、慈悲深いが、敵対者には一切の躊躇なく、その槍を振るう。
結社を抜けたレーヴェが邪魔をしようとすれば容赦なく槍を振るうだろう。いや、邪魔をしなくても、槍を振るわれる確信がレーヴェにはあった。
(結社にいた時、あの人は何故か俺と会うと強制的に手合わせをしてきた。お陰で毎回ぼろぼろになる。しかも、鉄騎隊の連中はそれを見ては、嫉妬し、俺に襲いかかってきた。あれは本当に疲れた。…まぁ兎に角、戦うという事を想定して行った方がいいだろう。)
「もしも戦う事になれば、今の俺が貴女に何処まで届くか。…試させてもらうぞ《鋼の聖女》。」
《剣帝》と《鋼の聖女》の再会が近付いていた