剣帝の軌跡   作:くろけん

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第15話 聖女の試し

 

 

 湿地帯の奥地。其処には、計画の為の調査を行う3人の姿があった。

 

「いやいや、ほんと素晴らしい数値だよ!これならあのお方の計画に、何の問題もない!」

 

興奮しながら話すのは、白衣を着て、眼鏡を掛けた中年の男。《身喰らう蛇》最高幹部第六柱使徒、ノバルティス博士である。彼が興奮する理由は、調査端末のディスプレイに写しだされる情報が原因だった。そこには、この場所が上位属性空・幻・時の属性がとても高いことを示す数値が出ていた。この結果は今後の彼ら結社の計画に必要な情報であり、此処に来た目的であった。

 

ノバルティス博士のすぐ側で手伝いをしていた赤いスーツを着た少年、執行者No.0の道化師カンパネルラは、ノバルティス博士の言葉に笑みを浮かべる。

 

「良かった良かった。これでクロスベルでの仕事も残り僅かになってきたね。ねぇ博士。必要な情報は手に入れたし、もう戻らない?」

 

長時間、博士の手伝いをしていたカンパネルラは、調査にもいい加減飽きてきていた。やっと目的の情報を手に入れたのを幸いに、博士へ帰還を薦める。しかし、

 

「ふむふむ。なるほど。やはり場所によって数値が変動している。ならば次はあちらで調査をせねば!」

 

ノバルティス博士は、調査に夢中で聞こえていないのか、カンパネルラを無視して移動してしまった。

まだまだ調査をする気がある博士の様子に、カンパネルラは溜め息をつく。

 

「はぁ…まったく博士は。夢中になると全然人の話しを聞かないんだから…あの様子じゃもうちょっと時間が掛かりそうだなぁ。…申し訳ないけど、アリアンロードさんには、あと少し周囲の警戒を御願いしないと。」

 

カンパネルラは、少し離れた場所に立つ、中世の騎士の様な白い甲冑を身に纏う人物に目を向ける。彼女の名はアリアンロード。《身喰らう蛇》最高幹部第七柱使徒であり、《鋼》と《鋼の聖女》の2つの名を持つ人物である。

カンパネルラとノバルティス博士が此処までたどり着き、調査に専念出来たのは、彼女が襲いかかる魔獣の警戒、撃退をしていてくれていた為であった。そんな彼女にまだ頼らないといけないカンパネルラは、申し訳ない気持ちになりながら、アリアンロードに話し掛けた。

 

「アリアンロードさん。博士がもう少し調査を続けるみたいなので、申し訳ないけど、引き続き警戒を御願い出来ますか?」

 

「………………………………。」

 

しかし、アリアンロードから返事はなかった。彼女は奥地の入り口の方に体を向けたまま動かない。カンパネルラは、アリアンロードの様子に疑問を覚え、再度話し掛けようとする。その時、

 

ゾクッ!

 

「ッ!?」

 

アリアンロードの体から爆発的に闘気が溢れ出す。強烈な威圧感と共に悪寒がカンパネルラを襲う。口を閉じ、体を震わせるカンパネルラ。彼は自分のせいで彼女を怒らせてしまったと勘違いし、焦る。

 

(ど、どうしよう!アリアンロードさん何か怒ってる!実はもう調査を終わらせて帰りたかったのかな?とにかく謝らないと!)

 

「アリアンロードさん!ご、ごめんな--」

 

「すみません、カンパネルラ。懐かしい闘気に武人の血が騒ぎました。どうやらお客人のようですよ。」

 

「--さ…い。……へ?」

 

ここで初めて、アリアンロードが口を開いた。遮られて、聞こえてきた澄んだ声は、怒っている声ではない。どちらかというと彼女らしくない少し弾んだ声だった。そこでやっと自分が変な勘違いをしていた事に気付いたカンパネルラ。慌てて入り口の方に目を向ける。

そこで彼の目に写ったのは、見覚えのある銀髪の青年がこちらに歩み寄る姿だった。

 

「あれは!?…《剣帝》レオンハルト!」

 

名を呼ばれた銀髪の青年レオンハルトは、ある程度彼らから離れた場所でその足を止めた。レーヴェは、驚くカンパネルラ、こちらに気付いていないように作業を続けるノバルティス博士は気にせず、1人、闘気を溢れさせる人物、アリアンロードだけを見据える。強烈な威圧感がカンパネルラ同様レーヴェにも襲うが、彼は動じない。仮面を被ったその顔に目線をそらさず、口を開いた。

 

「お久しぶりです。アリアンロードさん。」

 

ゾク!

 

レーヴェがアリアンロードと名前を呼んだ瞬間、アリアンロードの体から怒気が表れる。背筋が凍る程の冷たい声がレーヴェの耳に届く。

 

「“アリアンロードさん”?違うでしょう?貴方にはもう1つの名で呼んでいいと言いましたが?いつもの様に“リアンヌ”と呼びなさい。」

 

実はレーヴェ、結社時代にアリアンロードから何故か慕われ、彼女の本名のリアンヌ・サンドロットの名前で呼ぶことを許されていた。どうやら、それなのに他人行儀に呼んだことが気に食わない様だ。レーヴェは額から軽く汗をかきながら言い直す。

 

「……お久しぶりです。“リアンヌ”さん。」

 

レーヴェが素直にそう呼ぶと同時に、彼女から怒気と威圧感を与えていた闘気が共に消える。

 

「ふふ。本当に久し振りですね、レーヴェ。会うのは、いつかの手合わせ以来ですか。」

 

「はい。」

 

「リベールでのこと、全てカンパネルラに聞きました。よくぞ生きて帰ってきましたね。貴方程の武人がこの世に戻ってきたこと、本当に嬉しく思います。お祝いに今度一緒に晩餐をどうですか?」

 

その声色だけで、仮面の下が笑顔になっていること、アリアンロードは純粋にレーヴェが生きていることを喜び、祝おうとしていることが伝わってくる。レーヴェはそれが嬉しく、笑みを浮かべる。だがレーヴェはアリアンロードの誘いに頷かず、ゆっくりと首を横に降った。

 

「残念だが、お断りさせて頂く。」

 

「…それはどうしてでしょうか?」

 

「今、貴女の前に立っている俺が《身喰らう蛇》執行者No.2の剣帝レオンハルトではなく、クロスベル遊撃士協会E級遊撃士のレオンハルトだからです。」

 

「…なるほど。つまり貴方は盟主を裏切り、私の敵として目の前に立っているということですか、レオンハルト?」

 

がらりと空気が変わり、アリアンロードから息が詰まる程の殺気がレーヴェに向けられる。そこには、先程までレーヴェの生還を喜んでいた姿はなかった。彼女は例え、親しくしていた人物であっても、敵になるのであれば容赦はしないのだ。張りつめた空気が漂う。

 

「まだはっきりと敵になるかは、今から聞く答え次第です。」

 

黙って話しを聞いていたカンパネルラが、レーヴェの言葉に興味を示し、会話に割って入る。

 

「へぇ…聞きたいことって何だい?」

 

「…………。」

 

アリアンロードも黙って先を促す。

 

「……零の御子という零の至宝の完成。この言葉に聞き覚えは?」

 

「「………………。」」

 

予想もしていなかった質問に言葉が出ない二人。知るはずがない極秘情報。それを知っているのは、黒幕達と身喰らう蛇の盟主、幹部と見届け役のカンパネルラの極僅かである。もちろんカンパネルラは、レーヴェにこの計画は教えていない。動揺を隠しつつ、カンパネルラは笑顔で惚ける。

 

「……ええっと、零の御子と零の至宝だっけ?興味深いけど、残念ながら聞いたことがないなぁ。」

 

流石は道化師。笑顔で話すその姿は、嘘を言っている様に見えない。レーヴェもカンパネルラの目を見るが、動揺している様には見えなかった。しかし、レーヴェはここで質問する矛先を、調査をしていたノバルティス博士に向ける。

 

「博士!零の御子への献上品のゴルディアス級は、素晴らしい物になりそうか?」

 

この言葉に、今まで調査に集中していた博士が、嬉しそうに顔を上げて反応する。

 

「おお!よくぞ聞いてくれたね!まだ完成はしていないが、どれもがパテルマテルを越える傑作になると私は確信しているよ!!」

 

「博士!!」

 

カンパネルラが止めようとするも博士は、止まらない。

 

「いや~、3体のゴルディアス級が零の御子によってどう動くか、本当に楽しみだね~。」

 

「ああっもう!何でそうペラペラ話すかなぁ。」

 

博士の完璧に零の御子について認める発言に、頭を抱えるカンパネルラ。

 

(油断した。まさか開発中のゴルディアス級のことも知ってたなんて。)

 

レーヴェは、カンパネルラ達の反応から自分に流れてきた記憶が本当に起こる事だと確信しながら、尋ねる。

 

「やはり知っていたんだな?」

 

カンパネルラはレーヴェの言葉に仕方なさそうに、肯定する。

 

「バレちゃったなら仕方ないか。うん、知ってるよ。零の至宝の完成を見届けるのも、今回の目的の1つだからね♪しかし、零の至宝の事、ゴルディアス級の献上品の事といい、君はどこでその情報を手に入れたんだい?」

 

「それは説明出来んな。まぁ偶然手に入れたものだ。説明しても分からないと思うぞ。」(俺自身よく分からんしな。)

 

教えてもらえないと分かったカンパネルラの文句を聞き流し、レーヴェは自分がどうすべきか考える。

 

脳裏に浮かぶのは、特務支援課のメンバーに囲まれ、輝く様な笑顔が浮かべるキーアという少女の悲しき記憶。彼らと幸せに暮らす少女が、ある日、自分の能力に気付き、ロイド達へ知られる事への不安を抱く記憶。そして、クロスベルに渦巻く巨大な思惑、暴力から大好きなロイド達を護る為に、ロイド達から離れる決断をする記憶だった。

 

(特務支援課には、レン達が世話になった。出来る限りの協力したいが……今、この3人のうち1人を拘束出来れば、少しは力になれるか。)

 

レーヴェは、剣先をアリアンロード達に向けて告げる。

 

「悪いが貴様達を拘束し、特務支援課に引き渡す事に決めた。覚悟してもらうぞ。」

 

それを聞いたアリアンロードが前に出て、立ち塞がる。

 

「レーヴェ。最後に聞かせて下さい。……本当に戻って来ないのですか?盟主は貴方が死んだ時は、とても悔やまれていました。貴方が戻れば、それは喜ばれるでしょう。」

 

レーヴェは眼を閉じ、今一度、結社に戻るべきか、自分の胸に問う。そして、出てきた言葉は、

 

「…リベールで俺は…結社にいた時、見つけられなかった答えを得ることができた。全てを失った俺達を迎い入れてくれた盟主には、いくら感謝してもし切れない。だが、俺はもう結社に戻らない。俺は自分の守りたいものの為、遊撃士として生きていく。」

 

レーヴェの言葉にアリアンロードは、納得する様に頷いた。

 

「どうやら私達の道は別たれてしまったようですね。残念ですが、人というのはそういうものなのでしょう。只、貴方が修羅の道でなく、別の道を見つけ、歩むこと。その事は、個人的には嬉しく思いますよ。」

 

結社時代、自分を越える剣の才能を見せるレーヴェに期待していたとともに、修羅の道を歩もうとするその未来を心配していたのだ。

 

「……ではもう語るべきことは、語りました。そろそろ始めましょうか。」

 

そう言って彼女は、手を前に出す。すると、虚空から身長を遥かに超えるほどの長さを誇る馬上槍が出現し、レーヴェと同じく盟主から授けられた武器がその手に握られた。

 

「カンパネルラ、博士を連れて下がりなさい。今から此処は命を掛けた戦場になります。」

 

アリアンロード体から闘気が溢れさせながら、片手で槍を構える。彼女達の戦闘に巻き込まれでもしたら人溜まりもない。そう思ったカンパネルラは慌てて博士の背中を押して彼女から離れていった。向かい合うレーヴェとアリアンロードは決闘のようにお互いに名乗りを上げる。

 

「遊撃士《剣帝》レオンハルト。結社最強の《鋼》に挑ませて頂く。」

 

「《鋼》のアリアンロード。今の貴方の剣技が何処まで我が身に届くか、見せてもらいましょう。」

 

「行くぞ!」 「行きます!」

 

戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

最初に動いたのはアリアンロードの方。瞬きの間にレーヴェとの距離を縮め、超高速の連続突きを放つ。それにレーヴェは何とか食らい付き、一撃一撃を捌いていく。合わさった剣と槍の間に摩擦で火花が散る。

 

(くっ。一撃が重い。片手でこの力。やはり人間の枠を越えている。だが!)

 

レーヴェは槍の一撃を受け流した瞬間に、すかさず強烈な返し技をアリアンロードに見舞う。

 

『破砕剣』

 

闘気を纏った剣が槍を突き出した状態のアリアンロードに迫る。レーヴェとアリアンロードの間に、金属板を打ち合わせたときに似た鋭い音が響いた。当たった。そう思ったレーヴェが目にしたのは、

 

「な!?」

 

今まで数々の敵を吹き飛ばし、時には武器を破砕してきた強烈な一撃が、防ぐ様に縦られたアリアンロードの槍により、あっさりと止められるた光景だった。驚くレーヴェに、アリアンロードの声が届く。

 

「良い剣筋です。けれど、まだまだ軽いですね。今度はこちらからいきますよ?」

 

『アルティウムセイバー』

 

レーヴェの剣を上に弾くと、アリアンロードは一回転槍を横に振るう。彼女を中心に斬撃と衝撃波が広がった。

 

「ぐはっ!!」

 

レーヴェは咄嗟に後ろへ跳ぶが、避けきれずに吹き飛ばされる。衝撃波とともに吹き飛んだレーヴェの体は、地面を削り、何度も転がっていく。大分離れた所でようやくその動きを止めたが、地面に倒れたレーヴェの体は至るところに傷を負っていた。簡単には、立ち上がれない。

 

今が追撃のチャンスであるが、アリアンロードはその場から動こうとはしなかった。それは何故か、彼女は見たいのだ。レーヴェの全力を。だからレーヴェが立ち上がるのを黙って待っている。

程なくして、レーヴェは痛みを抑えながら立ち上がり、圧倒的な実力をみせるアリアンロードを見つめる。

 

(流石は《鋼》か。攻撃も防御も全てが次元が違う。しかし、ならば技でその差を埋めるまで。)

 

レーヴェは八葉一刀流の構えをとる。

 

「ほう。その構えは、かの有名な八葉一刀流ですか。面白い、来なさい。」

 

『洸破斬 我流《波風》』

 

広範囲の斬撃の波がアリアンロードに向け、放たれる。目の前に広がる津波に対し、アリアンロードは槍を持った腕を弓の様に後ろへ引き絞ると、弾丸の速さを越える速度で槍を投擲する。すると、槍はレーヴェの放った津波を貫き、穴を開ける。そのままレーヴェにも穴を開けるかと思われたが、レーヴェの姿はそこにはいなかった。

 

『八葉一刀流 ニの型 疾風』

 

アリアンロードの直ぐ側にレーヴェが現れ、彼女の仮面に剣が振るわれる。しかし、当たる寸前、剣の刃は転移してきた槍によって止められた。

 

「まだだ!」

 

『瞬迅剣』

 

再度レーヴェの姿が消え、代わりに神速の刃がアリアンロードに襲いかかる。

 

「今度はデュバリィの技ですね。貴方が使えばこんなに鋭く、速くなるのですか。ふふふ。いけませんね。こんなことを私が言ったと知れば、あの娘は泣いてしまいかねない。」

 

レーヴェの剣は、彼女の鎧を少しかすりはするが、殆ど槍に弾かれ、まだたいした傷は与えられない。

 

「くっ!」

 

攻撃を終えたレーヴェは、素早く後ろへ下がり、態勢を立て直す。

 

(剣技だけでは、駄目だ。アーツも上手く使わないと。)

 

レーヴェは剣を構え直し、クラフト使う。

 

『分け身』

 

レーヴェの分身体が4人現れ、それぞれが時間稼ぎの為、アリアンロードに突撃する。その間に本体のレーヴェはアーツを詠唱を開始した。

本体と変わらない高速の斬撃を四方から放つ分身達。だが、人の身を越えた彼女にはそれでは遅すぎる。

 

「遅いですね。」

 

余裕の表情で分身達の攻撃を捌きながら、アリアンロードは、突きを放っていく。一突き毎に避けきれなかった分身体が貫かれ、消えていった。4人だった分身体が半分になる間に経った時間は、たった10秒。

アリアンロードは、残りの分身体の相手をしながら、アーツを詠唱するレーヴェに視線を移す。

 

「なるほど。アーツですか。では私はこの技を見せましょうか。」

 

彼女の槍が次第に青白い雷を帯びていく。何かをしようとするアリアンロードに、分身達は更に斬撃を浴びせるが、彼女は全ての剣を見切り、かすりもさせない。そして、レーヴェのアーツが発動する前に、それは使われる。

 

「受けきれますか?神の雷を。」

 

『アングリアハンマー』

 

槍の切先が天に掲げられた瞬間、上空から雷鳴とともに無数の雷が降り注ぐ。

無数の雷はアリアンロードの周囲にいた2人の分身、アーツを詠唱していた本体のレーヴェを同時に貫いた。

分身達はその威力に耐えきれずに倒れ、消えていく。遠く離れた場所で、それを観察していたカンパネルラは、本体のレーヴェも同じ運命を辿り、この勝負は終わったように見えた。

 

(うわ~この威力の雷をあれだけくらえば、もうおしまいでしょう。僕だったら確実に倒れてるよ。やっぱり《剣帝》じゃ、《鋼》には届かないんだなぁ。届くとしたら執行者では《劫炎》ぐらいかもね。…おっ雷が止んだ。さて倒れた剣帝はどこかな~…ん、あれ?僕は目が可笑しくなったかな?何か剣帝が立っている様に見えるんだけど……)

 

--目を擦るカンパネルラの視界には、雷の雨が晴れた先に立つ剣帝の幻が。いや違う。あれは幻ではなく、本物。信じられないことに、レーヴェはあの雷の雨を耐え、立ち続けたのだ。これにはあのアリアンロードも驚かせられる。

 

(まさか此れを耐えきるとは……ふふ、流石は剣帝といったところですか。……しかし、もう終わりのようですね…)

 

剣を握り、立つレーヴェの姿は、一見まだ戦えそうに見える。だが、アリアンロードの眼は、レーヴェの体の状態を見抜いていた。度重なる戦闘での疲労と傷の蓄積、そして、今回の戦闘でのダメージで、もうレーヴェの体には限界がきていた。立っているのがやっとであろうレーヴェにアリアンロードは、

 

「せめてもの情けです。この槍の一撃で終わらせあげましょう。」

 

槍を突き出し、突撃する。

レーヴェは、近付いてくる槍の切先を見つめながら、何とか体を動かそうとする。しかし、体はレーヴェの意志を無視するかのように、ピクリとも動かない。

 

(ここで…終わりなのか?…結局俺の剣は…届かなかったな。……すまない…カリン…)

 

諦めて眼を瞑るレーヴェ。その時、レーヴェにふと懐かしい記憶が甦る。

 

 

 

 

それは、ある日のハーメル村で剣の稽古をするレーヴェとそれを眺めるカリンとの思い出。

 

『レーヴェ。ちょっと聞いていい?』

 

『ん?カリン、どうかしたか?』

 

レーヴェは、剣を振るのを止めてカリンの方に顔を向ける。そこには風で漆黒に輝く綺麗な髪を靡かせ、こちらを見つめるカリンがいた。彼女はレーヴェに近寄り、額の汗を、取り出したハンカチで拭き取りながら、口を開いた。

 

『今、レーヴェが振ってたその素振りの仕方って、町に来た遊撃士さんから教わったの?』

 

『ああ。剣の握り方や振り方、色々教えてくれたよ。お陰で前よりもっと剣が上達した気がする。カリンもそう思うよな?』

 

『う、うん。私は剣はよく分からないけど、前より動きが良い気がする。…えっと……でも……』

 

レーヴェは、何か言いにくそうするカリンに気付き、気にせず言うよう促す。

 

『どうした?言いたい事があるならはっきり言え。』

 

レーヴェの言葉に、カリンは意を決する様に頷くと、

 

『あ、あのね!素人の私が何言ってるんだと思うかも知れないけど、私、今の素振りより、前のレーヴェの素振りの方がいいと思ったの。』

 

それを聞いたレーヴェは、驚く。

 

『はぁ!?そんなわけないだろう?だって前のは何も考えず、ただ剣を振ってただけだぞ。それのどこが良かったんだ?』

 

『んーと、聞いても笑わない?』

 

カリンは何故か落ち着かないように髪を触り、うつむくと、上目遣いでレーヴェに尋ねる。その可愛いげな様子に胸の心臓が跳ねるレーヴェだったが、何とか平静を保ち、首を縦に振る。

 

『…ああ。絶対笑わない。だから教えてくれ。』

 

『……キレイ…だ……の…』

 

声が小さすぎて聞こえずらかったレーヴェは、もう一度聞く。

 

『聞こえない。もう一度言ってくれ。』

 

するとカリンは頬を赤くし、大声で

 

『だから!とても綺麗だったの!!』

 

『は?』

 

意味が分からず、固まるレーヴェをそのままに、カリンは捲し立てる様に話し出す。

 

『なんかね、前のレーヴェの素振りって、真っ直ぐで、凛としてて、周りの景色と違和感がなくて、まるで自然の一部みたいだった!私、その時に思ったの。なんて綺麗なんだろうって。』

 

『………………………………。』

 

『今日のは、確かに前より速いし、動きはいいと思う。でもね、前みたいに綺麗とは思わなかったの。えっと、とにかく何が言いたいかと言うと…私がそんなレーヴェの剣も好きな事をちょっとでも覚えてて欲しいなぁって……』

 

いつもの彼女らしくなく、必死に思いを伝えてくるカリンにレーヴェは、堪えていたものを抑えきれなくなった。

 

『…………ぷっ。くくくく。はははは。』

 

笑い出すレーヴェ。その姿を見たカリンは、更に顔を赤くし、怒ってレーヴェの胸を軽く叩き始める。

 

『あ、あ〰!笑わないって言ったのに!』

 

胸を叩かれながら、レーヴェはカリンに謝る。

 

『はははは。ごめんな、カリン。必死に話すお前が可愛い過ぎて堪えきれなかった。』

 

『もう!レーヴェったら!』

 

『ごめん、本当にごめん。ふぅ…うん、分かったよ。君がそう言うなら、あの時の素振りは忘れない。いつか剣が更に上手くなっても、カリンに綺麗と言われた素振りをまた見せるから。』

 

それを聞いたカリンは叩く手を止め、レーヴェの体を抱き締めると、笑顔を見せた。

 

『うん!楽しみにしてる!』

 

 

 

 

 

 

(懐かしい…記憶だ…すっかり忘れてたな。…何も考えず、ただ剣を振るうか。…確かこんな感じに…)

 

レーヴェは動かない体も、迫りくる槍も、全てを忘れて、ただ剣を振るう事だけを考えた。そして、槍がレーヴェを貫く瞬間、鋭い音が辺りに響き、、、槍の切先はレーヴェを捉えきれず、空を切った。

 

「な!?」

 

アリアンロードの眼が見開く。その理由は自分の槍を避けられた事も入っているが、一番の理由は彼女の脇腹から流れる血が原因だった。

 

(傷を負っている…まさかこの身がここまで傷つけられるとは。)

 

アリアンロードは、血が流れる脇腹をそのままに振り向いた。その視界には、闘気も敵意も感じさせない状態で、ただ無心の状態で剣を構えるレーヴェがいた。

レーヴェの姿を見たアリアンロードはその時、昔出会った剣士を思い出す。その剣士はその時代最強の剣士と呼ばれていた者。そして、極僅かしかいない《理》に至った者であったのだ。今のレーヴェの様子は、彼女の記憶にあるその剣士が《理》に至った時の様子と酷似していた。

 

(とうとう《理》に至ったのですね、剣帝レオンハルト。)

 

彼女は、自分が届くことが出来なかった剣の理に至ったレーヴェに、武人の血が騒ぎ、思わず強く槍を握りしめた。

 

《鋼》と《剣帝》。人の域を越えた彼らの決着はもう間近。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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