夕焼けの光が幾重もの剣閃を照らす。それはとても幻想的でまるで剣舞のようだった。その光景に目を離せないままリンは、同じ様にそれを見つめるエオリアに話し掛ける。
「なぁ、エオリア。あの剣帝は背中に傷を負ってからもう大分経っているけど大丈夫なのか?」
「いえ、本当なら早く治療した方がいいわ。傷口は深くなくても血は止まってない。このままだと出血多量で危ないわ。」
「そうなんだ…そんな状態であの動きなのか…」
かれこれ10分以上、レーヴェとアリオスは剣を打ち合っている。お互いに退かず、相手の剣を受け流し、自分の剣を振るう。その流れを交互に繰り返していた。
エオリアはレーヴェの傷を見つめる。
(重傷ではないけど、常人なら動くのも辛い傷の筈。それなのにどうして彼はずっとアリオスさんと剣を打ち合っていられるの?信じられないわ…え!?それにもしかして。)
エオリアは自分が見ていた光景が徐々に変化しているのに気付いた。リンもそれに気付き、思わず口を開く。
「うそ…アリオスさんの方が押されてきてる?」
そこには拮抗していた状態を徐々に変化させ、アリオスへ打ち込む数を増やしていくレーヴェの姿があった。
打ち合いながらアリオスは、目の前の剣帝の強さを改めて感じていた。相手は自分と違って傷を負っている。時間が経つほど動きが鈍り、こちらの方が有利となると思っていた。
しかし、それは間違いだったのだ。レーヴェは鈍くなる処か、こちらの動きを読んで動き、鋭い一撃を返していた。しかもその動きも徐々に速く、鋭くなっていく。まるで急速にこちらの動きを覚え、糧とし、その高められた技量を更に成長させているようだった。レーヴェの動きに対抗出来ていたアリオスは徐々に防戦一方になってきていた。
(ぐっ!先程から奴に押されてきている。このままだと押し切られてしまうな。やむを得ないが距離をとるか。)
そう判断したアリオスは、レーヴェの剣を紙一重で避け、その剣を強く弾きながら後退し距離をとる。レーヴェはそれを追撃せず、その場から動かなかった。
お互いに軽く息を乱し、汗を流していたが、その眼にはまだ闘志は消えていなかった。
息を整えたアリオスは、レーヴェに声を掛ける。
「傷を負いながらも一歩も退かず、こちらを押すとはな。まったくお前の技量は底が見えんな。その才能には同じ剣士として嫉妬を覚えずにはいられない。
まだ打ち合いたかったが、そろそろ日が落ちる。次の一撃で終わりにしたい。いいか?」
アリオスの言葉にレーヴェは頷く。
「ああ。こちらも大分血を流した。そろそろ終わりにしよう。」
レーヴェとアリオスはお互いに構え、その体にそれぞれ別の闘気を纏う。レーヴェは赤い焔のような闘気を。アリオスは緑の風のような闘気を。
そして、二人は動いた。
「風間く光よ我が剣に集え。うおおお!」
アリオスは風の様にレーヴェに接近し、風を纏い、風の刃となった刀を振りかぶる。
「受けてみよ…剣帝の一撃を!」
レーヴェの剣にも闘気の焔が纏い、風の剣聖の一撃を迎え撃つ。
『奥義 風神烈破!!』『鬼炎斬!!』
二つの刃が重なったその瞬間、彼らを中心に暴風が吹き荒れた。
風は砂や土を巻き上げ、砂煙となり、見守っていたリン達の視界を遮る。リンは砂が目に入らないよう手で隠しながらも、二人がどうなったかを見ようとする。
(くそ、これじゃ全然見えないじゃないか。二人は大丈夫なの!?こうなったら…)
リンはエオリアに声を掛ける。
「エオリア!頼む!」
エオリアはすぐにリンの意図が分かり、アーツを詠唱する。
『エアリアル』
風の竜巻が砂煙を吹き飛ばし、目の前の視界が開かれていく。開かれた先の光景には向かい立つレーヴェとアリオスの姿があった。
それを見たエオリアはリンに尋ねる。
「これは…引き分け?」
しかし、リンはエオリアの言葉に首を横に振る。
「いや…あれを見て見ろ。」
そう言ってリンはある方向を指差す。エオリアは指差した方に目を向け、「あ!」と何かに気付く。その視線の先にはアリオスの手から離れた彼の刀が地面に刺さっていた。
「俺の負けだな…」
アリオスは静かに告げる。そして、そのまま言葉を続ける。
「お前の剣からは真っ直ぐな思いが伝わってきた。そこに偽ろうとする思いは感じられない。綺麗な剣筋だった。ユン老師以来か。他人の剣筋が綺麗だと思うのは。」
「風の剣聖にそう言われるとは光栄だ。貴殿の剣も凄まじい剣だった。だが…」
何か言いづらそうにするレーヴェに、アリオスは促す。
「構わない。言いたいことが有れば言ってくれ。」
レーヴェは頷き、口を開く。
「……なら一つだけ。何故、貴殿の剣からは後悔や贖罪といった思いが伝わってくる?」
「!!」
「確かに貴殿の剣は力強く、風の剣聖の名に恥じない実力だった。しかし…その剣から伝わるのは後悔や贖罪といった思いばかりだ。それは、どうしてだ?」
レーヴェの疑問にアリオスは顔を強ばらせ、目を閉じる。そして、静かに答える。
「数年前…大事な友を亡くした事がある。その事が忘れられない。…それだけだ。」
レーヴェはその答えに眉をひそめるが、それ以上口を開きそうにないアリオスを見て、追及を諦めた。
「そうか。悪いことを聞いた。」
「いや、構わない。促したのは此方だ。…それよりもお前の話しを信じるかどうかだが…」
「ああ…」
レーヴェは真剣な表情でアリオスを見つめる。アリオスもそれを見返し、告げる。
「……信じよう。剣帝レオンハルトの言葉を。他の遊撃士、遊撃士協会の上層部にも俺が保証すると伝えておく。これからは同じ遊撃士としてよろしく頼む。」
「!!」
その言葉にレーヴェは目を見開いたが、すぐに安心したように笑みを浮かべる。そして、
「感謝…する…」
そう言って自分の意識を手離すのだった。
「んっ。……ここは?」
レーヴェが目が覚めるとそこは知らない部屋だった。
ベットから体を起こし、自分の状況を整理する。
(確か俺は……アリオスと戦い、彼に認めてもらった。それに安心してから…そこから記憶がないな。気を抜いて気絶したか。そして、知らない部屋のベットに寝かされているということは、気絶した俺を誰か運んでくれたのか。)
レーヴェがそこまで整理した所で、扉が開かれる。
「あら~起きたの?残念ね、お目覚めのチュウをプレゼントしたかったのに♪」
そう言って入ってきたのはクロスベル遊撃士協会の受付ミシェルだった。ミシェルの言葉に寒気を感じたレーヴェは話しを変える為、すぐに話をふる。
「あなたがいるということは、やはり此処は遊撃士協会ですか?」
レーヴェの言葉にミシェルは頷き、答える。
「ええ、そうよ♪此処はクロスベル遊撃士協会で合ってるわ。あ、そうそう。私の事はあなたじゃなくてミ・シェ・ルと呼んで!あたしは''レオちゃん''と呼ぶから!」
「……ミシェルさん、流石にレオちゃんはやめていただきたい。レオンハルトと呼び捨てで構いません。」
「えー、そうなの。私は気に入ったんだけどレオちゃん。まぁ本人が嫌なら仕方ないわね。じゃレオンハルト君でいいかしら?」
レーヴェは頷く。
それを見てミシェルはまた口を開く。
「よし!ではレオンハルト君。貴方が気絶した後のことを説明するわね。貴方が気絶した後、治癒術士のエオリアが背中の傷を治したわ。傷は残っていない筈よ。でも、流れた血は戻っていないから今日まで此処で安静にしてなさい。」
その言葉に申し訳なさを感じるレーヴェだったが、断ると更に迷惑を掛けると思いしぶしぶ頷く。その様子にミシェルは満足そうに頷き、説明を続ける。
「話しを戻すけど、背中の傷を治した後はアリオスが此処まで貴方を背負って連れてきてくれたわ。剣はリンが持ってきてそこの棚の上に置いてるわよ。そして、貴方は昨日気絶してから今日の朝、いやもう昼かしら?とにかくそれ位寝ていたわ。どう?整理出来た?」
レーヴェはミシェルの言葉にまた頷くと、頭を下げた。
「申し訳ない。色々と世話になった。」
ミシェルはレーヴェの生真面目な態度に苦笑する。
「いいのよ。そんなこと気にしなくて。遊撃士の仲間なんだから。まぁアリオスやリン達には改めて礼を言っておいて。」
「ああ。勿論だ。しかし、本当に俺を遊撃士にしていいのか?」
「問題ないわ。アリオスやリン達から信用出来ると確認は取れているから。あたしも信用するわよ。ただ貴方の遊撃士ランクだけど…」
「ランク?確か最初は準遊撃士からだった筈。俺もそこから始めるのだろう?」
しかし、ミシェルはレーヴェの言葉に首を横に振る。
「いいえ。貴方は違うわ。確かに本当は準遊撃士から始め、数々の認定試験を行い、適正を検査したうえで正遊撃士になっていかないといけない。でも、貴方の実力は既にA級遊撃士レベルよ。そんな有能な人材を遊ばせる程クロスベルは人材に余裕はないの。なので特例として貴方は準遊撃士からではなく、G級遊撃士、正遊撃士から始めてもらうわ。」
ミシェルの言葉にレーヴェは驚き、改めて確認する。
「それで本当にいいのか?」
ミシェルは強く頷き、笑みを浮かべる。
「ええ!でもその代わり。明日から依頼をバンバン貴方に回すわ。覚悟しといて?」
レーヴェは一度目を閉じる。そして、
「承知した。よろしくお願いする。」
深く頭を下げるのだった。
それから少し注意事項を説明したミシェルは部屋を出ていった。レーヴェは体を休める為ベットに横になり、これからの事を考える。
(まさか本当に遊撃士になれるとは。そう簡単にはなれないと覚悟していた分、こうも直ぐになれると実感が湧かないな。だがまた前に進めた気がする。…明日は遊撃士になった事を自覚し頑張らないとな。)
「カリン…見てていてくれ……」
そう呟き、レーヴェはまた眠りにつくのだった。