レーヴェが遊撃士になってから一週間後。遊撃士協会の受付ミシェルはとても忙しく仕事をしていた。
その理由はレーヴェの正遊撃士への特別推薦状作成、各支部の連絡等で……はなかった。ベテランの受付であるミシェルは通常業務に影響があると予想し、そちらは既に終わらせていた。今、ミシェルを忙しくしているのは別の理由だった。
それは……
ガチャン!
「ミシェルさん。お疲れさまでーす。」
「お疲れさまです!ミシェルさん。依頼受けに来ました。」
遊撃士協会に入ってきたのはクロスベルの遊撃士エオリアとリンである。昨日がオフであった二人は新たな依頼を受けに来たのだった。
「あら、いらっしゃい。エオリア、リン。ごめんなさいね、ちょっと待っててくれるかしら?」
二人に挨拶するミシェルだが、その手は忙しそうに動いていた。普段は落ち着いて対応してくれるミシェルの違う様子に二人は、不思議そうに尋ねる。
「あれ?何か忙しい様子ですね?」
「何かあったんですか?」
その二人の質問に、ピタッと動きを止めるミシェル。そして、ゆっくりとリン達に顔を向ける。
「「ひぃ!?」」
そこには般若の顔を浮かべるミシェルがいた。あまりの迫力にリン達は悲鳴を上げ、後退った。ガタガタと震える二人を見ながらミシェルは口を開く。
「よくぞ、よくぞ聞いてくれたわ!私がね、どーしてこんなに忙しいのか。それはね、それはね……全てレオンハルト君が原因なのよ!!」
「れ、レオンハルトさんですか?」
「そう!あの子ね、とても優秀よ。どんな依頼を回してもすぐに達成するし、依頼者からも対応の良さにわざわざお礼の手紙や連絡がくるわ。正直予想以上の働きよ。」
その言葉にリンは恐怖を抑えながらもう一度尋ねる。
「そ、そしたら一体なにが問題なんですか?」
「依頼達成量よ!知ってる!?あの子、毎日10件以上の依頼を達成してくるの。しかもまだ掲示板に載せてない依頼もどうやってか解決してくるから、物凄い量の事務処理になるの!それに、それだけじゃないわ。その異常な達成量の実績でG級だったあの子をたった一週間でE級に上げないといけないのよ!!」
レーヴェのランクが上がる事にリン達は驚く。
すぐにエオリアが確認する。
「もう2つもランクが上がるんですか!?」
ミシェルは困った表情をしながら頷く。
「それだけの実績をレオンハルト君は残しているの。とんでもない早さでね。はぁ。只でさえ特別に正遊撃士から始めさせた事で各支部から問い合わせがあるのに、こんな異常な早さでランクが上がった事を連絡すれば、更に問い合わせが増えるわ。私、倒れちゃいそう。」
「はは…その…元気を出して下さい。私達も出来る事があればお手伝いします。」
「まぁ本当!?嬉しいわ♪」
「えぇ!?リン、ちょっと--」
リンの言葉にエオリアが嫌そうに声を上げるが、リンが黙る様に睨み付けると、口を閉じてガックリと頭を下げた。しかし、何かを思い着いた様にまた頭を上げると、笑みを浮かべて口を開く。
「そうだわ!私たち遊撃士は困った市民の依頼を受けるべく此処に来たのよ。まずは依頼を受けなきゃ♪その後、時間があれば手伝います!」
上手く手伝いを逃げようとするエオリアをリンはジト目で見ながら、ため息をつく。ただエオリアの言葉も間違いではない。今日は少し早めに依頼を終わらせて手伝いをしよう。そう思い、改めてミシェルに尋ねる。
「はぁ…まったく。すみません、ミシェルさん。まずは何か依頼はありませんか?」
しかし、ミシェルは首を横に振り、言い難そうに告げる。
「あのね……ないの…依頼。」
「「え?」」
「だからね、依頼は全部レオンハルト君が受けちゃってないの。」
「「え――!!?」」
(うそ。じゃあ今日は1ミラも貰えないの?ど、どうしよう。)
二人は予想外の出来事に固まる。そんな二人にミシェルは
優しく声を掛ける。
「大丈夫よ、二人共。私からの依頼ってことで事務処理をお願いするからミラも出すわ。」
それを聞いてリンはホッと安心し、笑顔でミシェルにお礼を言う。
「ミシェルさん、ありがとうございます!」
「いいの、いいの。私のせいでもあるし。今度はこういう事がないように気を付けるわ。」
ミシェルがそう口にすると、それまで黙っていたエオリアが口を開く。
「そうよ!対策しないと!!」
「エオリア?」
「レオンハルトさんに依頼を受ける量の制限と、依頼を皆で分担するように皆で対策を考えましょう!そうしないと、ミシェルさんは大変だし、私達もお金が稼げないで飢え死にしてしまうわ!」
エオリアの言葉を聞いたミシェルとリンはハッと目を見開き、そして、強く頷いた。その後、三人は真剣にレオンハルトへの対策について話し合うのだった。
一方その頃、三人が自分の事で話し合っているとは知らないレーヴェはまた一つ依頼を達成していた。
依頼内容は届かないアンティーク人形の配達。
依頼主は、裏通りアンティーク屋《イメルダ》のイメルダ夫人である。
「ひひひ。流石は剣帝といった所かい。こんなに早く届くとはね。」
「……。どうやら俺の事を知っているようだな。まぁ別に構わないが。その人形だがベルガード門を越えた辺りで魔獣に輸送車が襲われたようだ。そして、人形が入った箱を食糧と勘違いし持っていったらしい。」
「なるほどねぇ。それをアンタが見つけて取り返した訳だね?」
レーヴェは頷く。
イメルダ夫人は大切そうに人形を撫で、機嫌が良さそうに告げる。
「ひひひ。この人形に傷がつかなくて本当に良かったよ。これは高く売れるからね。さてお礼はミラがいいかい?それとも家の商品で気に入った物があれば少し安く売るよ。」
イメルダ夫人の言葉にレーヴェは店内の商品を見渡す。
見渡す限り、アクセサリーやアンティーク人形ばかりだな。俺は特にこういった物は興味がない。ミラの方がいいだろう。
レーヴェはそう思い、イメルダ夫人に話し掛けようとする。しかしその時、彼はイメルダ夫人の後ろに置いてあったある物に目が留まる。
レーヴェはそれを指差し、イメルダ夫人に尋ねる。
「イメルダ夫人。あちらの物を頂けないか?」
イメルダ夫人は振り返り、レーヴェが指した方に目を向け、
「ほう。あれが気に入ったかい。あれは帝国から取り寄せたリーヴェルト社製の物だよ。私が個人的に購入した物だけど、気に入ったんなら特別に売ってやってもいいよ?ひひ。私はまだ他にも持っているしね。」
「よろしくお願いする。」
こうしてレーヴェはミラの代わりにそれを手にいれた。
ガチャン
《イメルダ》を出たレーヴェは次の依頼の場所に向かいながら先程購入した物に目を向ける。彼の手には昔カリンがよく使っていたハーモニカと同じ物が握られていた。
(まさか、あそこに同じ物があるとはな。懐かしさに思わず買ってしまった。確かカリンが使っていたのはヨシュアが持っていたと思うが。…いつかヨシュアと一緒にあの曲を吹いてみたいものだな。)
レーヴェがそう思いながら裏通りを抜けようとすると、
「み~つけた♪」
突然、彼の腰に誰かが捕まる衝撃がくる。レーヴェは目線を下に降ろす。
そこには、嬉しそうにこちらに捕まる
赤髪の少女シャーリィ・オルランドがいた。
<シャーリィ side>
「あ~あ。ツまんないな~。」
シャーリィは暇だった。ゼムリア通商会議のテロ事件から数日間、赤い星座はオーダーの失敗を取り返す為、裏で工作をしている。しかし、その仕事はジグムントや他の団員がしている為、シャーリィは裏通りにある赤い星座が経営するクリムゾン商会のお留守番をする事になったのだ。最初は、我慢していたシャーリィも日が経つにつれ、段々イライラが募っていた。
「あ〰も!何かイライラする。誰か私と戦わない?」
戦闘狂のシャーリィはこのストレスを発散しようと自分と同じ留守番を任された団員達に殺気だった眼を向けて問う。手は背中のテスタ=ロッサに伸びている。
団員達は目線を合わせないようにしながら、慌てて答えた。
「お、お嬢。それは勘弁して下さい。ボスにも大人しくしとけって言われたでしょう?そ、それに俺らまだ死にたくないですって。」
他の団員もその言葉に強く頷く。シャーリィは自分を恐がる団員を見ながら、イライラするように頭を掻く。
「もう!それじゃどうすればいいのさ!?」
シャーリィの様子に自分達がこのままだと危険と感じた団員達は一つ提案する。
「お嬢。でしたら気分転換に外で散歩してきたらどうです?此処は俺達が責任を持って留守番しとくんで。」
「いいの!!?」
シャーリィは先程の様子から打って変わって子どものような笑顔を見せる。提案した団員は、その様子にホッと安心し、頷く。
「いいですよ。ですがボス達が戻ってくる前に帰って来て下さい。あと目立つ行動はしないよう約束して下さい。」
「わかった!!」
シャーリィはそれだけ言うとクリムゾン商会を飛び出していった。
ふふん♪それじゃどうしようかなー?リーシャに会いに行ってもいいけど、アルカンシェルだろうし、お金いるよね。お金ないなー。勝手に入ってもいいけど、目立つなって言われたからなー。何か面白そうな事ないかなー?ん?あの後ろ姿…
シャーリィの視線の先には見覚えのある人物の背中が見えた。それは剣帝レオンハルト。クロスベルで最初に自分が負けた人物である。実はシャーリィは負けた時から強いレオンハルトに興味を持っていた。
あはは。あの人に付いて行ったら楽しそう♪突撃~。
そう思ったシャーリィはレーヴェの背中に向かって走り出した。
「みーつけた♪」
<レーヴェ side>
レーヴェは右腕に捕まってから離れようとしないシャーリィに困っていた。振り払うのは簡単だが、最初に地下であった時とは違い、無邪気に笑い話し掛けてくる少女を無理やり振り払うのは気が引けたのだ。
「シャーリィ・オルランド。何故付いて来る?」
「シャーリィでいいよ♪私はレオンって呼ぶから。付いて来る理由?楽しそうだから!」
「俺は遊んでいるんじゃない。仕事中だ。」
「仕事?何の?」
「……。遊撃士の仕事だ。」
「へぇ~、レオンって遊撃士になったんだ。遊撃士の仕事って何するの?」
「………。今からするのは東クロスベル街道の手配魔獣の討伐だ。」
それを聞いたシャーリィはわくわくする様に笑顔を見せる。
「やったー!どんな魔獣だろう?楽しみ~♪」
「だから何故付いて来る?」
「ふんふんふ~♪レオン!急ごうよ!」
まったくこちらの話しを聞こうとしないシャーリィに、レーヴェは溜め息をつく。
「あれれ?レオン、溜め息ついたら幸せが逃げちゃうよ?」
「はぁ…もういい。勝手にしてくれ。俺の邪魔だけはするなよ。」
「うん!わかった♪」
こうしてレーヴェは隣にシャーリィを連れたまま、東クロスベル街道に行くのだった。
次回は【人喰い虎と剣帝の共闘】です。