レンと出会ってから季節は巡り秋を迎えた。生きる目的を失っていたあたいの生活は一変した。レンに狩りを教えた。彼はめきめき技術をあげて、ひとりで獲物を仕留めることができるようになった。
レンにあたいの育った山を教えた。彼は自然が魅せる変化にときめいていたようだった。そしてレンにあたい自身のことを教えた。あたいの不幸な境遇を聞いて彼は、
「ボクはたぶんリン姉ちゃんに会わなかったら、こんなに自由な生活を送ることは決してできなかっ
たと思うんだ。だから……ボクは守るよ、大好きなリン姉ちゃんをね!」
と、平然と答えた。あたいはその時あまりにも恥ずかしくてそっぽを向いてしまったのだけれど、それと同時に成長する彼を見てとても嬉しくなったんだ。
そして冬を迎える。辺りは一面銀世界となる。あたいら野良猫には辛い季節が巡ってくる。幸いにもあたいらのねぐらは偶然にも雪や風を凌ぐことのできる山の麓の洞窟のなかだった。
「寒いね……」
生きてきたなかで初めて冬という季節を経験するレン。いくら雪や風を直接当たらないといっても十分寒い。そんな彼にあたいは自分の体をしっかりくっつける。
「大丈夫、あたいら一緒にいれば凍え死ぬことはないから。それに、猫は強いんだから、そう簡単に凍えないものさ。」
ちょうど去年の冬をあたいは思い出した。あの時あたいは母さんにこういうふうに温めてもらったな、と思い出した。
「幸いにも秋の間にお前が集めてきた木の実もあるし、動物の肉も寒いおかげで保存が効く。それで当分過ごせるよ。」
あたいはこの冬の間ずっとこうやって彼を励まし続けた。
そして季節は再び春を迎えた。
「うわぁ、今日はとっても暖かいよ!」
元気にはしゃぎ回るレン。そんな様子を見て、やっぱり励まし続けた甲斐はあったなとあたいは思った。あたいがしみじみと思っていた時、レンはあたいに尋ねてきた。
「あのさ、リン姉ちゃん。ボクあの山の中に入りたいの。」
レンの提案にあたいは戸惑う。
「あの山はもう人間に制圧されたはずよ、だからそう簡単に入ることなんてできないよ……」
「でもさ、リン姉ちゃんそこにまた戻れたらいいなって何度も言うじゃないか!だったら自分のその気持ちに従ったほうが一番いいんだよ!」
確かに、レンの提案はあたいがこの約一年間、言うに言えなかった核心を見事に突いていた。
「うん……そうだね、そうしよう。」
そしてあたいらは山を登っていく。山はまさに命が芽吹く季節を迎えていた。そう、あたい自身が生まれた時と同じ風景だった。この山で過ごしてきた記憶が蘇る。母さんから狩りを教えてもらったこと。生き方について学んだこと。楽しい日々を過ごしたこと。そして……母さんと別れたこと……。季節が繰り返すようにあたいの頭はすべての記憶がごった返すようになった。
「リン姉ちゃん、大丈夫?」
「え―――」
そう呼ばれてあたいは初めて目から溢れてくるものを感じた。
「ごめん、リン姉ちゃんがそこまで思いつめているとは思わなくて……」
レンは申し訳なさそうにあたいの顔を覗き込んでくる。
「ううん、そうじゃない……」
そう、だってこれは……
「これは……たぶんこれから生きていくのに必要なことだと思う。あの時のあたいはこうして過去をしっかり見ることができなかったからね……。」
「そっか……」
でも、思ったほどあたいは泣いていなかったと思う。すぐいつもどおりのあたいに戻った。
「でも良かった、こうしてリン姉ちゃんが明るくなった気がするよ。」
「ふふ、そうかもしれないわね。」
あたいはレンから少し遠ざかって、振り向きざまにこう言った。
「ありがと、レン、大好きだよ。」
そう、満面の笑みで。
「っ、い、いきなりずるいよ、リン姉ちゃん……」
その時の彼はすごくモジモジしていて何か言いたげな表情をしていたが、あたいはその時は気にせず、記憶の中の母と語り合っていた。
(あたいってば母さんのように成長できたのかな……)
もちろんこの問の答えなんて返ってくるわけはない、が、それでも十分に満ち足りた気持ちになれる自分がいた。
「あ、あれは何かな?」
レンが見ている方向をあたいは見た。この山からもう一つ山を越えた先にある大きな水たまり、いわゆる海であった。
「あれは海っていうものだよ。初めて見た?」
「うん、この位置までこないと麓からでは見えないしね。」
レンは今まで見たこともない海に興奮しているようだった。
あたいは彼にある提案をした。
「実はあたいも行ったことがないんだ。試しに近くに行ってみるかい?」
「うん、行こう!」
彼の目は大きく見開かれ、そして輝いた。
だけど、この時のあたいの提案がこんなことを招いてしまうとは思わなかった……。
話はあたいらが海の手前の山を登っている時の出来事となる。確か、この坂を登りきれば海が見えてくるであろう場所で、あたいらは野犬の群れに襲われたのだ。ちょうど彼らの縄張りに入ってしまったらしい。何十匹もの野犬に取り囲まれてしまった。
「リン姉ちゃん、どうしよう……」
不安そうにこっちを見るレン。だけど選択肢は一つしかない。
「どうするもこうするも、戦って突破するしかないんじゃないの?」
野犬のボスらしきやつが吠える。おそらく何か言っているのかもしれないが、もちろん猫と犬では言葉が通用しないので、交渉はほぼ不可能である。この結論しか出すことができなかった。
野犬の一匹が突っ込んでくる。あたいは体を身軽に翻し、そのまま蹴りを入れる。レンも同じように敵の攻撃を避けながら必死に応戦する。
しかし、あたいは気づいてしまった。いくら反撃してもあの時と同じ、おそらく持久戦に持ち込んだとしても圧倒的に数でも、そして一発の威力も向こうのほうがはるかに上である。あたいはそこでレンだけでも逃がそうと思考を巡らす。
「レン!!あたいに寄って!」
「う、うん!」
野犬の攻撃を見切ってあたいの目の前にやってきたレン。
(すでに目の前や後ろは囲まれていて逃げ場がない、だったら……)
そう考えながらあたいはレンの首を咥える。
「え……」
(そう……逃走ルートは……真上よっ!!)
「うわぁぁぁ!?」
あたいは首の力でレンを空中へ飛ばした。レンが奇声を上げながら宙を舞う。野犬の視線は彼一点に注がれる。その瞬間を狙ってあたいはやつらを飛び越えて包囲から逃れてこう言い放つ。
「さ、バカ犬ども、あたいに追いついてこれるかな?」
最後に可愛くにゃーんと鳴いてそのまま逃げた。背後からけたたましく野犬が吠え、そしてあたいを必死で捉えようとする。あたいはすかさずレンを飛ばした方向を見ると、彼は木の枝の上にしがみついていた。その様子を見てあたいはホッと胸をなでおろしながら、必死に山を駆け下りた。
気が付けば辺りは闇に包まれていた。あたいはなんとか無傷で逃げ切ることができた。やっぱりただのバカな野犬集団ごときじゃあたいは捕まえることができないね、と一匹で呟く。少なくとも過去の経験は生きた。戦いにおいては勇敢に挑むのも大事だが、相手の力量を測れずして戦うのは余りにも無謀である。とにかく、やつらを巻いた今、急いでレンを探さなくてはと考えた。
「リン姉ちゃん……そこにいるの……?」
突如彼の声が後ろからした。あたいは慌てて振り返ると彼が歩いてきたのだ。
……左足を引きずりながら。
「レン、その怪我はどうかしたの!?」
あたいは慌てて彼に質問をぶつけた。
「ボク、あのままじっと待ってたんだ。どうすればいいかわからなくてね……。だけどさ、野犬が数匹ボクのいた木を登ってこようとしたんだ……。なんとか逃げようと思って木から木へと飛び移ろうとしてたんだけど、ちょうどそのタイミングを狙われて脚を噛まれてね……。」
おそらく彼はなんとか振りほどきここまで来たのだろう。脚の折れた痛みに耐えながら……。こうなってしまっては彼の為にすぐ休める場所を探さなくてはならない。あたいは周囲に襲われることのなさそうな場所を探す。すると案外近くに寺であった。寺の床下ならば、まだなんとか生活はできるだろう。
「リン姉ちゃん、本当にここに住んでいいの?人間……嫌いだったよね?」
人間とすぐ近くに生活するのはすごく癪であるが、背に腹は代えられない。
「あたいがレンに初めて会った時に言ったことと同じ。レンのお姉ちゃんだからあたいはレンを守れるならなんでもするさ。」
そう、仮に今回の選択は失敗だったのかもしれないが、あたいの最初の覚悟がブレなければ道を切り開くのは今回みたいになんとかなるのではないだろうか。そんな考えが頭をよぎっていた。
レンは安心したのか、そのまま眠りに落ちる。あたいも当然の如く疲れきっていて、その様子を確認するやいなや、あたいもすぐ寝てしまった。
……その時のあたいはそこで運命的な出会いを果たすことはまだ知らなかった。
さてさて、リンは人間嫌いを克服できるのでしょうか、そして運命的な出会いとは……
まあたぶんあの方じゃないのかなーといろいろ想像される方もいるかもしれません。
次回はオリジナル設定が出る予定です。というか今までもオリジナル設定だったということに今気づいてしまった限りでもあります。
それでは次回作でまた会いましょう。