「リン、私たちはあなたを守るよ。」
この言葉を聞いてあたいは驚いた。
「えっ、どうしてあたいのことがわかるの?って言いたいのね。」
それどころか次に心のなかで思ったことまで言われてしまった。あたいはこの気味の悪い眠たげな瞳の少女の手を振りほどこうと必死にもがく。
「あっ」
なんとか眠たげな瞳の少女の手を振りほどいたが、今度は優しげな瞳の少女に捕まる。
「うわ~、ふかふか~。きもちいー」
ぎゅっっと抱きしめられる。人間に抱きしめられる事自体始めてだけど、まだこっちの方はそんな不気味には―――
「もしかしてリンは人間に抱きしめられるのは初めてなのかな?」
と言われるやいなや再びあたいは暴れだす。そしてなんとか再び手を振りほどき身の毛を逆立てて威嚇する。
「お姉ちゃん、私たち嫌われちゃったかな?」
「どうなんでしょう、お父様。」
彼女らは僧侶に聞く。
「大丈夫さ、誰にも触れられたくないものはあるってことさ。」
そう言って彼はあたいに近づく。
「この子たちは孤児で、数年前から俺はこの子らの里親になってるのさ。こっちがさとりでこっちがこいしな。」
後ろで少女らがぺこっとお辞儀をする。
「しかもこの子たちには不思議な力があるみたいでな、どうやら触れたものの心を読み取ることができるらしいんだ。」
あたいのさっき感じた違和感、気味の悪さはまさにそれだった。心の中を見られるのは色々と嫌だからだ。特に過去のことなんて、見てもらっても別に問題はないが、人間には同情されたくはないからだ。
あたいは彼女らをちらっと見る。そうすると、二人は怪我で動けないレンを囲んで触れ合っていた。そこでリンはあることをひらめいた。
(そういえば、さっきレンは何を言おうとしていたんだろう。)
そうすると、こいしがさとりに話しかけた。
「この子はレンって言うんだぁ、たくさん苦労していたのねー。」
「この子の境遇を考えれば、やっぱり苦労してしまうのね……三毛のオスだから。」
「そして、リンに助けられて、そのままこ―――」
なぜだかわからないが反射的に、一瞬あたいの胸が高鳴る。しかしすぐにその声はさとりによって阻まれてしまう。
「待ちなさい、こいし。リンもすぐそばにいるのよ。」
「あっ、ごめんね、レンにリン。危うく口走っちゃうところだったよ。」
こいしは茶目っ気たっぷりにあたいらに向かってこう話したのだった。
そんな感じであたいらはその日ずっとその少女たちとかかわり続けることになってしまってしまったのだった……。結局その日はレンに真意を聞くことなくお互いすぐに眠りについてしまった。人間とかかわることがここまで体力的にも精神的にも疲れるということを始めて実感したわけである。
その日あたいは夢を見た。そこでは、母とさとり、こいしがみんなで笑い合っていた。少女二人が母の気持ちを読み取り、したいことをして遊ぶ。とっても和やかな雰囲気の夢だった。母は確かに寺の人間は嫌いだったはずである。しかし、もしこの二人と出会っていたのなら運命は変わっただろうか、と考えるようになった。それはあたいの人間への不信感が少しずつ氷解していくことを意味していたのだった。
そして再び目覚める。意識はまだはっきりとしていない。だが、はっきりとした違和感があった。それは……、
「あら、おはよう、リン。」
(…………)
「あら、何か反応くれてもいいのに……」
しまった、あまりにも疲れていたせいか、それとも油断しすぎてきたのか、あたいはさとりとこいしに触られていたことに気づかずずっと寝ていたようだった。それどころか、もしかしてあたいの心の中がずっと見放題だったのではないか。それなら急いではな―――
「急いで離れなくてもあなたの過去はわかってしまったわ。」
さとりにあまりにもそっけなく言われて、あたいはそのまま動けなくなってしまった。一方こいしはというと、
「うぅ……リンがそんな辛い思いをしていたなんて……」
(…………)
こっちはなんか号泣していた……、とにかく面倒な姉妹であることには間違いないのだが。そんななかさとりはあたいを抱いて顔を近づけた。さとりの瞳とあたいの瞳が合う。相手はたかが人間の少女である。あたいは今までで最も緊張しているのかもしれない。だが、あたいは思い切って今の心境と聞きたいことを考え、さとりに伝えてみた。
(お前たちの望みは一体なんなの?)
そうするとさとりは首を傾げた。
「望み……?そんなもの猫が好きだからいてほしいだけよ。」
彼女のおどけた対応にあたいは怒りをあらわにする。
(とぼけないで!あなたたちは知らないかもしれないけど、レンは三毛猫のオスなの、とっても希少価値が高くて、その分人間の世界では高く売買されるのよ?それなのにいてほしいからって理由だけでレンを助けた?どうすればその言葉信じることができるの?)
あたいの最大の疑問、無償で相手を助けるということに対し、さとりはなるほどと答えると、あたいを抱きかかえ、こいしを連れて一緒に庭の方へと向かっていく。あたいがここに住み着いた時から普段出入りする反対側は何があるかわからなかったので、初めて見る光景になるのだが、そこであたいは驚くべきものを見たのである。
そう、そこには鳥が、犬が、猪が、リスが、ありとあらゆる動物が楽しそうに暮らしていたのである。彼らの表現には語弊があるかもしれないが、少なくともポジティブな気持ちが遠くにいるあたいにまでひしひしと伝わってくる。そして驚くべきもののもう一つ、その中心には、あの僧侶が立っていたのである。
「そう、お父様は絶対困っている動物を見捨てたりしないの。ましてや売り飛ばすなんてこと微塵も考えていないよ。」
その言葉で、あたいははっと我に返る。自分の欲しかった答えを証明する証拠を目の当たりにしたからである。
「あのわんちゃんは足に怪我を負ってて、あの鳥さんは弓の怪我があって、あの子は……」
こいしが解説を始める。皆境遇があたいらと同じようなことに気づいて本当に驚いたのだ。そしてこいしが最後に声のトーンを落として言う。
「皆、みんな迫害を受けてここに逃げ込んできたの……。」
(え……)
「こいし、それは……」
さとりがこいしの発言を止めようとする。しかしこいしはやめようとはしなかった。
「私たちリンの過去を見たじゃない。だからこれを話してそれでおあいこ、それでいいよね?」
さとりは渋々こいしの発言を認めた。その瞬間こいしからはいつもの明るい雰囲気はすっかり消え、瞳には闇が覆っていた。
「私たちはね、普通の人間とは違って、心が読めてしまう。ほかの多くの人間とは違う種族。だから村の人たちは私たちを近づけまいと追い出したの……。」
人間という同じ種族であっても仲間はずれにあう。無論人間以外の物もそれに当てはまる。だからここにいるのだ。その時初めてあたいはそのことに気づいたのだ。
「でもお父様は違う。私たちが何も言わなくても普通に受け入れてくれた……あなたの時もそうだったでしょ?」
あたいは確かに、と頷く。するとなんだか急に彼女たちについてもレンの時に芽生えた気持ちがあたいのなかで生まれてくるような気がした。あの時人間とは縁を切ろうとしていた自分が嘘のように思えてくる。
「猫のあなたでも
はあなたを受け入れた。」
さとりのこの言葉にあたいは敏感にならざるを得なかった。
(どういう意味?猫はダメなの!?)
気持ちに少し怒りを含めあたいはさとりに憤慨する。しかし、さとりの次の言葉のおかげであたいは今までのことが全て分かってしまった。
「お寺というものは仏様のためにあるのはあなたはご存知かしら?」
(そ、それは知らないけど……)
「仏様が亡くなるとき、象とか牛とかが集まってきたのよ、だけど、猫だけは決して彼が亡くなる時見送ろうとしなかった。だから寺院の人間は普通猫を嫌うはずなのよ。ましてやあなたは黒猫だしね。」
「まあそれは単なる言い伝えであって本当かどうかなんて今更わからないけどね……」
と、こいしが付け加える。でもやっぱりあたいは自分の無知なことに愕然とした。やっぱりあたいはあの時と同じで自分は成長していないんじゃないかと思ってしまう。母を失って成長した、そして母になろうと必死に生き抜いた。そしてレンを自分の弟分として導いてきたつもりだった。だが、本当はそうだろうか。レンもあたいの変なプライドのせいで死にかかった。結局あたいの判断でまた誰かを不幸にしようとしていたのだ。そう、結論を言えば、あたいはまたうぬぼれていたのだ。
(あたいがもっと物知りだったら……レンだって、母だって辛い思いをしなかったのに……)
悔しくて、切なくて涙が頬をつたう。あたいに触れていたさとりはあたいの心を察し、何も言わず、こいしもとても悲しそうな瞳であたいを見守っていた。ただただ、あたいの嗚咽が、時が進んでいることを教えてくれたのだった。
「果たしてそれはどうかな?」
突如響く声にあたいらは驚く。そこにはあの僧侶が立っていた。
「お父様、いつのまに……」
こいしが驚いて聞き返す。
「そりゃあ君たちが何か訳ありげに話しているんだ。そりゃあ気になってこっちに来てしまうのは当然だろ?」
(だけど……それはどうかなっていう意味は……?)
あたいの考えをさとりが彼へと通訳する。僧侶はあっはっはと大きく笑ってこうあたいに言った。
「君は自己肯定感がとても小さすぎるんだ。それに過去ばかり見ていて結局先のことが見えていないんだ。」
確かにそれはそう思う。だけど、先にそうならないようにするために振り返ることは大事なのではないか。だが……
「もちろん今君の母親に聞こうとしてもそれは無駄だと思う。だから過去でなく現在を振り返るんだ。」
(現……在……?)
僧侶は大きく頷く。
「今君が大切にしている子、その子が君をどう評価しているか聞いたことはあるか?」
そう聞き、あたいはレンのことを再び考えてみた。あたいがいた事で確かに彼は幸せそうに見えた。彼はいつもあたいといて嬉しいという。それも屈託のない笑顔でだ。だからあたいは彼が本意で言っているのかいつもわからなかったのだ。そしてさとりはあたいの「わからない」という気持ちを通訳すると、僧侶はこう言った。
「ならば、今こそ聞くべき時なんじゃないか?」
あたいは承諾し、さとりに抱きかかえられたままレンが寝ていた部屋へと連れて行かれる。廊下の途中でさとりが「お父様ってば意地悪ね。」と言っていたような気がするが、その時のあたいには全く意味がわからなかった。
そして彼が寝ていた部屋へとたどり着く。あたいはすぐさまさとりの腕から飛び降り、レンの顔を眺める。するとレンは瞳を優しく開け、「リン姉ちゃん……」と微かな声であたいを呼んだ。あたいは率直に質問をぶつける。
「ねえ、レン……あなたは今幸せ?」
「え……どういうこと?」
いきなりの質問でどうやら意味をさっぱり取れていないようだった。あたいはもう一度自分のなかで言葉を考え、もう一度伝えた。
「お前はさ、あたいといて本当に幸せだったのかなって思って……」
するとレンはいつもの笑顔でこう言う。
「当たり前じゃん。ボクはすっごく幸せ者だと思うよ?」
「お前はあたいがつまらない意地を見せたせいで死にかけたんだよ?それでもそうなの?」
そうすると急にレンの目つきが変わった。笑顔の時の雰囲気こそ違うが本質は同じ、あたいをまっすぐ見てくる眼差しで。
「ボクはリン姉ちゃんがいなかったらここにはいないんだ。だからはっきり言えばリン姉ちゃんありきのボクなんだ。ボクはリン姉ちゃんが決めたことには疑わず信じるよ。」
その言葉を聞いてあたいの心は一気に軽くなった。今までの懸念が晴れたからである。今までの努力の結果はけっして自己満足ではなかった。それに彼の言葉のおかげで、あたいはあの時こういった選択肢を選んでなかったら今のあたいはいなかったのだろうと思えるようになった。でも嬉しかったのはこの言葉だけではない。
「リン姉ちゃん。」
さっきの表情を変えずにレンがあたいに告げる。
「ボクはお姉ちゃんのそういう自分以外を大切にしようっていう気持ち、大好きだよ。だから、これからはボクがお姉ちゃんを守る。それも命懸けでね。だから、これからの……」
レンはひと呼吸おいてこう言った。
「ボクの一生のパートナーになってください!!」
「っ!?」
そう、あたいのさっきの胸の高鳴りの正体はこれだとようやくわかったのだ。だけど流石についさっきまで弟分だった子に素直にハイというわけにはいかない。だからあたいも照れを隠しつつ、ひと呼吸置いてこう言った。
「あたいは最初っから言ってたでしょ?もし、行くあてがないなら、あたいと一緒に行くかいってね。」
そう、彼と初めて出会ってから行動を共にする時に言った、その言葉であたいらは再び強く結ばれることとなったのだった。人間にうまく仕組まれてしまった気持ちはするも、特にさとり、こいしの二人には感謝の気持ちで一頻りだった。そしてその時あたいは彼女達もレンと同じように守ってみせると心に誓うのであった。
今回は珍しくあとがきもおまけ要素として考えてみました。お題に関してはリンとレンの告白シーンより少しあとのお話です。
それでは始まり始まりー
(リン視点)
ニヤニヤニヤ……そういえばさっきから嫌な気配を後ろから感じるのは気のせいだろうか。あたいはその方向へと目をやると、ばっちり6つの目と合ってしまった。
(…………)
あたいの頭のなかで今までのやりとりが走馬灯のように駆け巡る。そして気恥かしさが頂点に達し、あたいは彼らの足元をかいくぐって外へと逃げ出した……。
(レン視点)
(あー……リン姉ちゃんが逃げてしまった……)
ボクも恥ずかしい気持ちはあるけど、なんとか伝えきれてよかったと内面はほっとしていた。
「ねえ、レン。嬉しい?」
こいしがボクの顔の覗き込んでこう言う。ボクに触れているからすでに気持ちなんてダダ漏れしているはずなのにわざと聞いてくるあたりがやらしい。だからボクはあえて反応しないでいた。
するとこいしはぷくっと膨れ「何よ、教えてくれてもいいじゃない。」とごねる。そんな様子を見てか、さとりが横槍を入れる。
「リンはお母さんのようになりたいって言ってたわね、そういえば。」
まあリン姉ちゃんは母の気持ちを知るためにボクを弟分として面倒見てくれたんだったね。そんなお姉ちゃんの強くて、ボクよりもひとつもふたつも先を見ている、そんな姿がボクの心を捉えていたのだ。だからボクはそんなお姉ちゃんを支えていければいいな、一緒にお姉ちゃんの見る景色を眺められればいいなと思ったのが、この恋心のきっかけだったのだとしみじみ思う。だけど、そんな思いにふけっている時間はなかった。こいしがさっきのお返しとばかりボクに会心の一撃を与えていったからである。
「だからリンを本当のお母さんにしてあげるために頑張ってね♪」
(!?)
あまりの言葉にボクの頭は一瞬思考停止へと追いやられた。
「……オホン、さとり、こいし、いつものように動物たちの世話を頼んだ。」
「はーい」
こうしてあっという間に人間たちは去っていった。
(はぁ……流石に冗談きついよ……)
そう思わずにいられないボクなのであった。