灼熱の誓い(凍結中)   作:知恵の欠片

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リンはレンと結ばれたように思われたが、彼は少しリンから距離をとってしまった。それはシャイだから?いや、そうではない。それを知るべく、彼女はかつて自分たちが何を目標にここまで来たのか考え直した……


命の誓い(前編)

あれから四ヶ月ほど経った。太陽の日差しも強くなり暑い季節を迎える。セミの鳴き声もけたたましいほど聞こえる。そして、夏といえば、あたいは忘れもしない出来事があった。そう、レンに出会ったことである。あの時はただ、あたいのようにとても辛い思いをしてもらいたくなかったという思いで彼を助け、一緒に暮らしてきたわけである。まさかあの時のあたいが彼との恋に落ちるとは微塵にも思っていなかっただろうとしみじみ考える時があった。そんな時、ふとあたいに彼から声をかけられる。

 

「リン、今日は負けないよ!」

 

 もう彼はあたいのことを「リン姉ちゃん」とは呼ばなくなった。恋仲になったため、あたいはもうお姉ちゃんではない存在となったからである。そして彼の一人称も気がついた時には「俺」になっていた。なぜか性格もどんどん不気味なくらい落ち着いた雰囲気が出ていた。しかしあるときだけ彼はとてもエネルギッシュで、明るく声をかけてきた。そんな彼に対してあたいもこう宣言する。

 

「ええ、あたいも負ける気はないよ!」

 

 今日もあたいらは狩りで仕留めるネズミの数を争っていた。事の発端はこのあたいらの住んでいる寺でネズミが大量に発生したことであった。衣類や食料に大きな被害があったためなんとかできないかとこの寺の僧侶からの頼みで引き受けた仕事でもあった。今のところこの狩りは3日目であり、あたいは2連勝していた。

 

レンの脚はほぼ癒え、今ではなんとか狩りをすることができるようになった。4ヶ月経つと猫はだいぶ体格が変わる。動けなくて体型も丸々と太ったというわけではなく、立派な体型となった。そんな彼の姿を見るとあたいも少しはドキドキする。彼にもそんな節はあった。お互いが奥手だったせいでどうしても彼だけと一緒になる時はお互いが沈黙を破らない状態が続きやきもきする生活が続いていた。彼と一緒に寝ることも、どうしても意識してしまうので、告白されてからは時たまさとり、こいしと一緒に寝るだけで基本は一匹だった。だが、彼は以前からあたいを好きだと平然と言ってきたのに、どうして奥手になってしまったのだろう?

 

そんなあたいらだけどやっぱり狩りの時だけは別だった。お互いが気兼ねすることなく話せた。戦いに身を置いているからこそ、お互いを意識せずうまく意思の疎通を図れたのだと思う。それこそかつてのあたいらの生活のように。

 

 でもそんな時だけ話せる関係はやっぱり好きではなかった。だからある日あたいは一度さとりやこいしと相談した。

 

「彼とうまく話せない?」

 

あたいの心を読んでさとりが返す。

 

(うん、好きなことはわかってる……だけどそれまで生活していた時に意識はやっぱりしなかったから……)

 

 あたいのあまりにもシャイすぎる発言にこいしはやや声を尖らせる。

 

「あのね、リン。あなた仮にもお姉さんなんだからあなたがリードしないとダメでしょ?」

 

(そんなこと、できたらあなたたちには相談してないよ……)

 

あたいの気持ちを読み取り二人はため息を漏らす。うん、こればっかりは本当にしょうがないの、いくら時間が、月日が、季節が巡ったとしても自分からなんて考えただけで恥ずかしい。

 

「じゃあ二人でどこか行ってみればいいんじゃない?このお寺にいるだけじゃ何も変わらないよ」

 

「それと二人じゃなくて、二匹ね」

 

 こいしの発言にさとりが微妙に訂正を入れているのだが、あたいは昔の自分たちがしたかったことを思い出した。

 

(海……)

 

「え?」

 

(そう……あたいらは海を見たかったんだった……)

 

 そう、かつてあたいとレンで見た海。その時はあまりにも遠かったのだけれど、近くで見たいという気分になった。そしてそんな旅をしてきてあたいは彼女らに会ったのである。初めて自分の気を許せる人間に。

 

「ならさ、行ってきなよ」

 

(え、でも……)

 

こいしの提案にあたいは一瞬戸惑う。

 

「でも、彼と約束してたのでしょう?だったら今それを果たすしかないわね」

 

さとりもあたいの背中を押すように発言する。

 

だけど結局あたいに戸惑っている時間はなかった。あたいが動揺しているあいだに二人は僧侶に事情を伝え許可をもらってしまった。レンにも2匹で海へ行ってこいと言ってしまったらしい。あたいは渋々了承し、翌日彼と一緒に海へと行くこととなった。

 

その外出を目前に控えた夜、あたいはうまく寝付けなかった。別にドキドキしているわけでもないし、でもどちらかといえば興奮していたのだろうか。あたいは頭のなかで母を思い描き相談をしていた。あたいはどうしたらいいのか質問をぶつける。だけれど母はあたいの言葉を聞いて微笑を浮かべるだけで何も返してくれなかった。

 

(やっぱりある意味自分自身と相談しているようなものだからね……答えなんて返ってくるわけないよね……)

 

 あたいがそう諦め、頭から母の姿を消し去って眠りにつこうとした時だった。

 

「生きていれば間違うこともある。だけどその答えをを見つけるのがこの世に生を受けたもの、あなたの宿命ではないかしら。」

 

(母さん!?)

 

 あたいは飛び起きてあたりを確認したが母の姿は見えなかった。誰かに見られている気がしてはっと振り向くが、部屋の中では仏様がただ微笑を浮かべてあたいを見つめていただけだった。

 

 そして朝、彼と一緒にあたいは海へと向かった。お互いが好きなことはわかっているにもかかわらずやはりレンは必要な言葉以外話そうとはしなかった。狩りの話だったら彼は話してくれるけれども、あいにく今日はそんな話をする気分ではなかった。

 

 だけどなぜかわからないが、その時のあたいは自信に溢れていた。

 

「ねえ、レン。ものは相談なんだけどさ……」

 

「なんだ、リン?」

 

あたいの突如の発言に少し驚きながらもレンが応える。あたいはそこで突飛な提案を出したのだった。

 

「海まで競争しない?」

 

「は?」

 

レンが一瞬戸惑った表情をした。

 

「いつもの狩りみたいなものよ、それとも負ける勝負はしたくない?」

 

 あたいは少し余裕ぶって挑発してみる。

 

「む……流石に俺だって負けるわけにはいかないな……!」

 

よし、レンも誘いに乗ったようだ。なら話は早い。

 

「んじゃ、よーい、ドンね!」

 

 と言ってあたいはすぐさま駆け出す。

 

「うわっ、ずるいぞリン!!」

 

「勝負は勝負だからね~!お先~!」

 

あたいは全力で海の方角へと突進していく。その時のあたいの頭の中はとてもさっぱりしていた。あたいはその途中彼の方をちらりと見る。彼も全力になってあたいに追いつこうと懸命に走ってきている。その姿はまるで競争相手ではなく姉を追いかける弟のようだった。

それからというものの、お互い抜きつ抜かれつ、走ったり歩いたりしながら海へと到着した。歩いて半日かかる予定だったがまだ太陽は登り始めたばかりであった。

 

「やっぱりリンは速いな……」

 

息を切らしながらレンが言う。

 

「ふ……だって、弟になんて負ける姉はいないもの……!」

 

「違う……お前は俺の……」

 

と言いかけて視線がぶつかる。が、彼は歯切れ悪そうにしながらそっぽを向いてしまった。

 

だけどその時のあたいはその言葉を聞いて安心した。そして彼に追撃した。

 

「それよりもレン、見てよ。」

 

「うん……ああ……」

 

 そう、かつて憧れた海が目の前にある。海の小波は絶えず砂浜に打ち上げられ、それが奏でる音も素晴らしい。だけど一番素晴らしいことはこれではなかった。

 

「あのさ、レン……」

 

あたいは視線を海からずらすことなく語り始める。

 

「海ってとっても大きすぎる……あたいらの存在なんてとってもちっぽけに感じられるの……だけど、そんなたった一匹の猫の悩みなんてそれよりももっと小さいんじゃないのかなって……」

 

レンは黙ってあたいの話を聞いているようだった。

 

「だから今、あたいはもう迷わない!あなたがあたいのこと好きだってことを!」

 

あたいは決意をたぎらせた瞳を彼に向ける。

 

「だからさ……お願い……あたいを姉のように慕っていてくれたあの時のレンに戻って……」

 

 彼は一瞬面食らったような顔をしたが、それも一瞬。くしゃくしゃになり涙を流し始めた。

 

「うっ……うぅっ……リン姉ちゃん……」

 

彼はあたいの体に触れてくる。体を寄り添うように。あたいは弟を諭すような口調で質問した。

 

「どうして急に変わってしまったの?」

 

 そうすると彼は泣きながらこう言った。

 

「ボクは……ずっと迷惑をかけた……つい最近だってそう……骨折もしたし、死にかけたし……でもリン姉ちゃんはずっとボクの世話をしてくれた……ボクはリン姉ちゃんを生涯のパートナーにして、ずっと守ろうと思ってあの時は気持ちを伝えたの。だけど、脚がまともに動かないのに口ではあんなことを言ってしまって、何もできない自分が悔しくて……それがずっとプレッシャーになってたんだと思う……」

 

「それであたいより強くなろうと背伸びして口調を大人っぽくしたり俺って言ったりしたのね?」

 

 そのまま彼は泣き崩れる。あたいは彼から目を一旦離し、その視線を海の方へと向ける。おそらく海が無ければあたいはこの感情に気づくことはなかった。そんな海に向かって心の中で感謝した。今はただ、波の音だけがあたいらを祝福してくれているようだった。

 

 その後あたいらは夕日が暮れる頃まで砂浜を一緒に散歩したり、競争したり、体を合わせながらただ海を眺めたり、本当に恋仲のようにしていたのである。さとりやこいしにもいい報告ができそうだ。どうせからかわれることは目に見えていたけど、でもそれでも嬉しい気分でいられそうである。あたいはそれを感じる時を待ち望んでいた。

 

 だけど、物事というのは相変わらず天邪鬼の性格を持っているせいかうまくはいかないものだ。あたいらがそろそろ帰ろうかとしていた時である。あたいらはどこかで見たことのある人間に出くわした。

 

「あ、あいつはあの時の三毛猫!?」

 

「ふん、まだ生きてたか、そりゃあよかった、今度こそおとなしく捕まるんだな」

 

彼らは釣りでもしていたのだろうか、用意のいいことに網まで用意していた。二人ともである。

 

「リン……ここはもちろん……」

 

彼は決意に満ちていた目をしていた。いかにも戦うという決意を秘めた瞳をしていた。だけどあたいの今までのカンからそうすべきではないと悟っていた。

 

「レン……彼らから目を離さないで少しずつ後退するのよ……」

 

「え、でも……」

 

「いいからお姉さんの言うことを信じなさい……」

 

 じりじりと距離を詰めてくる人間、あたいらも突如の攻撃に最大限の警戒を払った。そして人間の方が、我慢の限界を迎えた。

 

「おとなしく捕まれぇ!」

 

 片方の網を持った人間があたいらに投げつけてくる。

 

「今よ!!」

 

あたいらは両サイドに飛んで回避する。だが、人間はあざ笑うようにこう言った。

 

「それで逃げきれると思うのが甘いんだよ!」

 

逃げる方向をあらかじめ推測していたのか、もう一人の人間は網をここぞというタイミングで投げる。ターゲットはもちろんレンの方向である。

 

「うわっ!?」

 

 レンは網にかかってしまった。

 

「さ、観念するがいいさ」

 

彼らがレンを抱えようとしたその瞬間である。あたいは彼らの顔面めがけて爪でひっかく。

 

「うわぁ!?」

 

「こいつ、何するんだ!?」

 

 まあ全ては計画どおりだった。人間があたいのことを完全にノーマークだったから自由に動けたのだ。そしてそのままあたいは網を切り裂く。

 

「流石ボクのパートナーだねっ!」

 

「ふふっ、当たり前でしょ?」

 

 あたいらはこのまま駆け出す。寺の方角へと。だがあたいは一度彼らの方向に向き返り、意味は人間にはわからないだろうが、こう言ってのけた。

 

「あたいをただの猫だと思ったのが運のツキだったね!あたいはあんたらの手からレンを二度守った強い猫なんだよ!」

 

 そしてあたいはレンと目を合わせる。そしてお互い微笑み合いながら、二度と振り返ることなく走り続ける。あたいらの住処へ、あたいらを待ってくれている人間のところへと。そしてあたいが選んだ未来へと。

 




「お父様、その籠に入っているのは何?」

私ことさとりは僧侶に尋ねた。

「これかい?これはネズミだよ」

「どうしてネズミなんて捕まえるの?」

私の隣にいたこいしも口を挟んできた。

「ああ、こいつらはいい仕事をするからな」

僧侶はそう言うが、私たちには何を言っているのかさっぱりわからなかった。ネズミなんて食料を食い荒らすわ衣服をボロボロにするなど、嫌な働きしかしないものだと思っていた。

「まあ私に触れてしまえば君たちには何を考えているかすぐバレてしまってそれじゃ面白くないから、今回はお願いだから触らないでくれよ?」

「はぁ……わかりました……」

私たちは渋々受け入れる。僧侶は何か準備を始める。なんだかとっても楽しそうだ。そして最後に私たちにこう言った。

「もうじき君たちにもわかるよ」

 そう、それはレンの脚が癒えてようやく歩けるようになった頃のお話だった。
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