艦隊これくしょん グレースケイル   作:T村

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いきなりシリアス入ります。


ビッグ7の帰還 1

 灰色の空の下、濁った海の上で、山田はその身が引き裂かれる激痛というのを身を以て体感した。

 右半身が血しぶきをあげて吹き飛ぶが、頭が残っている以上、なんと言うことではない。ただ敵の深海棲艦、戦艦レ級が至近距離で放った16inch三連装砲を喰らって体の三分の一を持っていかれただけだ。

 急速にに体の熱が失われていくが、それがなんだ。山田は冷静だった。

 ただ強いて言うなればこの目の前の狂ったように笑いながらロングレンジ砲をぶちこんでいるこの敵に軽い苛立ちを感じたが。それも彼の目的、暴走したかつての仲間の『始末』と言う任務の前では大した価値を持たない物であったし、周りから撃ち続けてきている雑魚どもの方が目障りだった。それに、こいつにかけている時間なんてない。

 山田は口の中に仕込んでいた高速修復剤のカプセルを噛み砕き、強引に咽下する。

 彼の吹き飛んだ右半身はそれだけで信じられない速度で修復を開始した。

 骨や内臓器官がまるでビデオの逆再生のように元に戻っていくのを、レ級は笑うのを止めて凝視する。だが、その隙が命取りとなった。

 彼は、まだ必要最低限の筋肉しか再生していない右腕で、レ級の腕を掴み、『レ級の腕を巻き込んで再生した』。

 

「……!?」

 

 レ級は驚愕に目を見開き、山田の腕と同化した腕を引き剥がそうとするが、組織どころか細胞単位で同化した今、切り離す以外に手はない。レ級は山田を撃ち続けていた16inch砲を自分の腕めがけて撃ちだそうとするが、接近戦において、有利なのは圧倒的に山田だった。

 

「…………レ?」

 

 レ級は、山田が左手で放った『螺旋を描く三叉槍』によって、その心臓を貫かれる。

 信じられないといった顔で水面下へと沈んでいくレ級を一瞥し、山田は本来の任務である『始末』に戻る。

 

『GRAAAAAAAAA!』

 

 彼の視線の先にあったのは、変わり果てたかけがえのない『友』の姿だった。

 ここに来て初めて山田は悲しく顔を歪める。

 

「……何だよ、クロ。やっぱりヒーローなんていないじゃないか」

 

 人を人とも思わぬ戦いの中、お伽噺の様なヒーローを、こんな世界から救い出してくれるヒーローを、信じ続けたかつての友のあまりにも悲惨な現状に、彼は、静かに言葉を紡いだ。

 

 人として、友としての、最後の手向けを。

 

「今、楽にしてやるからな…………!」

 

 灰色の世界を、一筋の光が貫いた。

 

 

 

 山田は、自分が今の今まで眠ってしまっていたことに気づいた。確か、自己紹介を済ませて荷ほどきの続きをしたりしていたら昼になったので、簡単な昼食をとって提督執務室に戻って来たのだ。

 あらがい難い眠気に襲われながら、彼は身体を起こそうとして、うつ伏せになっていた自分の背中に毛布が一枚かけられていることに気づく。

 

「うなされていたみたいだね」

 

 隣からそう優しく声をかけられ、数秒おいてそれが権言坂の声であることを理解し、「ああ、」と答える。

 

「少し、昔の夢を見ていた」

 

 ぐぐ、と身体をおこした山田を見て、権言坂は言った。

 

「……泣くほど辛い、記憶なんだ」

「…………………泣いているのか? 私は」

 

 悲しそうな顔をする権言坂に、山田は少し意外そうに聞いた。権言坂は肯定する。

 

「……ああ、とても、悲しそうだ」

 

 山田は、潰れていない方、左目の下を、そっと手で拭う。確かにそこは濡れていた。

 きっと、鏡を見たらひどい顔をしているんだろうな。と、どこか他人事の様に感じながら、山田は提督執務室の天井を見つめ、その向こうにある果てしない空に思いを馳せた。

 一体、この空の下で、どれほどの深海棲艦と艦娘が戦い、沈んでいるのだろう、どれほどの子供たちが夢を見て、欲にまみれた大人に利用されているのだろう。

 そして、こんなに世界は広いのに、クロの、かつての親友を覚えているのは、きっと自分だけなのだろう。

 そう思うと、憐れでならなかった。

 世界の為に戦い。

 世界の為に死んだのに。

 誰も覚えていないなんて

 彼は、穴があきそうなほど唇を強く噛んだ。

 

「提督」

 

 権言坂は、静かに口を開いた。

 

「私は、逃げてもいいと思うよ」

 

 山田は答えない。ただ天井を見つめている。

 

「私は、君の過去を知らないし、だから君の苦悩を理解することは出来ない。きっと、世界中の誰にもそれは出来ないだろうね」

 

 彼女は、ふっと、微笑んで、

 

「でも、それは君が苦しみを抱え込んで、それを隠すために道化を演じる理由にはならないよ。それは、君がつらくなるだけだ」

 

 だからさ。権言坂は固く握りしめた山田の手をそっと握る。

 

「逃げても、いいんだ」

 

 山田は、何も答えなかった。

 ただ、声をあげて泣いた。他の誰でもない、今は亡き大切な友の為に。

 

 

 

「……恥ずかしいところを見せてしまったな」

 

 山田は顔を赤くして言った。今年で21なのに、いい大人がこんなに泣くとか。山田はもう恥ずかしいやらなんやら、とにかくてんやわんやだった。

 そんな山田を見て、権言坂は優しく微笑んだ。

 

「気にすることはない。それより、荷物が届いていたぞ」

 

 権言坂は、一抱えほどの大きなアタッシュケースを机に乗せた。

 

「ああ、そう言えば届くって言ってたな」

 

 そうひとりごちて、パチンと留め具をはずして開けると、アタッシュケースの黒い緩衝材の中央に、一つの灰色の小箱が収まっていた。

 

「……これは?」

「私の『武器』だよ」

 

 そういって、ふたをゆっくり持ち上げる。

 

「……これが、『武器』?」

 

 その中に入っていたのは、奇妙な造形をした、『銃身のない拳銃』だった。

 

「まあ、これだけじゃあ戦えないしな」

「そうか………。まて、『戦う』?」

 

 ここで出てくるはずのない単語に、思わず権言坂は眉をひそめるが、山田は飄々と、「まぁ、その時になったら教えるよ」と笑った。

 

「それより、そろそろ遠征に出てた長門が帰ってくる頃だろう? 先に港に行っておいてくれないか?」

「あ、ああ……」

 

 権言坂は、狐につままれたような顔をして執務室を出ていった。

 パタンとドアが閉まるのを見届けてから、とすんと椅子に座る。

 その手で、彼の武器、『引き金』を弄びながら、山田は思案する。

 きっと、この鎮守府に悪いやつなんて一人もいないんだろう。それどころか、優しい人ばかりだ。

 ただ、皆が皆、別のやり方で守ろうとしたから、どこかで歪に歪んでしまった。お互いの心に傷を残してしまうほどのズレが出来てしまった。

 なら、私はそんなことをさせないようにしよう。そう、山田は思う。優しい人たちが、傷ついていい理由なんて無いから。

 そして、たった今思い付いた事に、自分で苦笑する。なんだ、馬鹿馬鹿しい。

 

「どこにもヒーローなんていないなら、私がヒーローになるよ。クロ」

 

 人々を守る鎮守府。それを守れるヒーローに。

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