「三人中破で、金剛が大破か」
山田は、なんとか間に合ったっぽいなと、安堵する。これで間に合わなかったらどうしようという話だ。
山田が見るに、四人の内、金剛だけが轟沈寸前と言った様子だ。そして、その三人は、金剛の背後に陣を組んでいた。これは恐らく、
「守ったんだな、流石だ」
「What……?」
驚いたように目を丸くする金剛をよそに、山田はくるりと深海棲艦達の方に振り返る。
そして、その紅い眼球を輝かせる。
「私の『仲間』が世話になったようだな」
『………!?』
深海棲艦達はおののいた。山田に、ではなく、自分達のリーダーと同じ形質を持った存在が自分達に明確な殺意を向けているという現状に。
「アラアラ……『ナカマ』?」
そんな深海棲艦をかき分けて出てきたのは、『角のない鬼』、南方棲鬼だった。
「『コマ』ノ……マチガイジャナイノ……?」
「ちっ、やっぱり居やがったか」
山田は、忌々しげにそう呟くと、左肩の辺りを浮いていた大きな一枚の鱗を、右手で撫でるように動かす。
瞬間、轟音が轟いた。
「カタイワネ……ソノ『タテ』ハ」
「お褒めに預かり光栄だ」
金剛達は、遅れてそれが南方棲鬼の主砲の激突音であることに気づいた。
同時に、山田の鱗がその形状を大きく変動させ、盾としてそれを防いだという事にも。そして、それはとても信じられない光景だった。
人間が深海棲艦の姿になるのですら恐ろしい光景だと言うのに、『鬼』の主砲をこの至近距離で受け止めるなど。
暫し盾をまじまじと見ていた南方棲鬼は、何かに気づいたように笑い出した。
「フフ、フフフアハハハハ! ……アナタ……ヤッパリオキナワノトキノ……」
「……そう言えばお前もいたな、沖縄決戦の時」
沖縄決戦。霧島は聞いたことがあった。確か鎮守府設立のちょうど一年前、特に侵攻の激しかった沖縄周辺海域の深海棲艦が大艦隊を編成して、陸上での殲滅戦に突入した、あの呪われた戦いの事である。ほとんどの住民は本州に避難できたそうだが、避難しそこねた住民や、自衛隊の隊員が数えきれない程死んだ戦いとしても有名だ。
しかし、沖縄決戦と、山田と、何の関わりがあると言うのだろう。
「『キバ』ハ……ゼンインシマツシタト……オモッテイタケド」
「三人は生き残ってたぞ、あの戦い」
三人しか、の間違いかもなと、山田は悔しそうな顔をする。あの戦いで仲間は十二人も死んだ。悔やんでも悔やみきれない。
「フゥン……デ、イマサラ『キバ』ガ
……ナンノヨウ?」
「いや何、あんまり私の後輩を苛めないでほしいなー、とね」
「『ナカマ』ノツギハ……『コウハイ』……? コロコロカワルワネ」
「あながち間違いじゃ無いだろ」
昔は『牙』が守ってたんだ。山田は笑う。ぞっとするほど乾いた笑顔で。
「私が戦っても良いんだが、そうするとこいつらを巻き込んでしまうかもしれない。そういう訳で、見逃してやってくれないか?」
南方棲鬼は黙りこんで、何かを思い付いたように口を開く。
「ベツニイイワヨ……タダシ」
「ソノナカノヒトリヲ……コロシタラ…ネ?」
ニヤニヤと心底愉しそうに笑う南方棲鬼。山田が後ろを振り向くと、全員かたかたと震えていた。まあ無理もないか。
「ソレガイヤナラ……アナタノ『ウデ』デモイイワ……フフフフフ」
デキルワケナイケド。そう挑発する
南方棲鬼を一瞥した山田は、考え込むようにぼやいた。
「そうだな………」
山田はぽん、ぽん、と金剛の頭を撫でる。金剛の顔が恐怖に染まった次の瞬間、肉を引きちぎる、嫌な音が響く。
『!?』
山田が何の躊躇いもなく引きちぎったのは、自らの左腕だった。
「これでいいか?」
腕をもいだというのに、顔色一つ変えない山田に、南方棲鬼は暫し呆けて、フフフフフと笑い出した。
「アハハハハハ! クルッテル! クルッテルワアナタ! カクジツニアタマノネジガブットンデル!」
「誉め言葉として受け取っておくよ、さて、これで見逃してくれるんだろう?」
山田は、自分の血で海を赤く染めながら言った。南方棲鬼は笑った。
「エエイイワ……ニゴンハナイモノ…………デモ」
ずい、と山田の顔を下から煽るように近づいた。
「アナタハゼッタイニ……テニイレルワ………コンナオモシロイオモチャ……ヒサシブリダモノ」
ジャアネ、と手を振って南方棲鬼と、それを追うように深海棲艦は海の底に潜っていった。
それを見届けて、山田は、「はぁーあ」と分かりやすいため息をつく。
「提督に対する反抗、勝手に出撃、あげく大破………」
さっきとは別の意味で恐ろしい笑顔を浮かべながら、山田は振り向いた。
「覚悟、出来てるよな?」
四人は身を寄せあって震え上がった。でも、仕方がないという思いの方が強かったから、全員目をつむって身構える。
しかし、いつまでたっても叱咤の声は聞こえて来なかった。
ぐい、と引き寄せられるような感覚に目を開けてみると、山田が残った右腕で四人を抱き締めているのが分かった。その手が、細かく震えているのにも。
「……良かった、皆、生きてて……良かった……!」
山田は、泣いていた。
自分の腕をもぎ取っても顔色ひとつ変えなかった山田が、あんな恐ろしい敵を相手に微塵も恐怖を感じる節を見せなかった山田が、良かった、良かったと言いながら泣いていた。
それを見た瞬間、金剛達は自分も泣いているのに気づいた。そして、気づいてしまったから、止まらなかった。
「ゴメンナサーイ提督ぅう……! ゴメンナサイ、ゴメンナサイ…………」
「うわぁああん……! 恐かった、恐かったよぅうう………!」
「ひぐっ……えぐっ……」
「提督…………」
五人は暫く、海の上で泣いていた。