「はぁ、えらく疲れたが帰るぞ。皆待ってるだろ」
「ハイ!」
あれ、何だかえらく目がキラキラしてない? 山田は例え様のない不安感にさいなまれながら『鱗』を限界数まで召喚する。まぁ、五枚しか出ないのだが。
「一枚は私が『鎧』にしているからな……あとの四枚を『舟』にするか」
そんなことを言いながら、召喚した四枚をスクロールして足下の水面に飛ばす。すると、三角形のそれはぐにぐにと歪に形を変え、最終的にボートの様な形状に落ち着いた。
「乗れよ」
くいっとそれらを指差して、
「どうせまともに動けんだろう?」
山田は、右手のひとさし指を軽く曲げ、その第二関節に親指の腹を乗せ、軽く振った。いつの間に着けたのか、その二本の指から四本の糸が伸び、それぞれの『舟』に繋がっている。
金剛達は呆気に取られるが、この提督のすることは常人の理解を越えている事は、この深海棲艦の様な姿を見たときから理解していたので、今更大声をあげて驚きはしなかった。ただ、呆気には取られたが。いや本当、呆気に取られた。何の前振りもなくこう言うことを当然の様にするから。
完全においてけぼりを食らった様な気分になるが、確かに燃料がそろそろやばいので、四人は恐る恐る『舟』に乗る。
……意外と、乗り心地が良かった。
「グレースケイルその他四名、帰還した」
そう告げて港に揚がる。ちなみに、ここで言う港は、よく見るあの四角いのがL字型になっている港の、あの90度の部分だ。船を引き揚げ易いように、坂みたいになっているアレである。
「て、提督!? そ、その腕は……」
港で皆さん待機していた様で、どうやら戦いの様子はみていなかったらしい。権言坂の顔がが凄い真っ青になる。そして、それを見た金剛達も気まずそうに目をそらす。
い、いかん。これはまずいぞ。この流れは大変まずい。何か気のきいたジョークを言わなければ。
「海王類にやられたんや」
「いや今そういうジョークは良いから」
「…………………」
何てことだ、私のアメリカンなジョークが分からないとは。山田は嘆いた。嘆かんでいいわ。
「ああ、うん。自分でもいだんだ」
「夕張か君は!?」
「え? 何で私?」
夕張が驚いた様に抗議するが、皆何も言わない。というか言えない。
「総一郎、念のためカプセル持って来たんだが」
「あ、長門ありがとう」
長門が投げて寄越したカプセルを右手で受け止める。
皆が無駄に注目するなか、山田はカプセルを口に放り込み、噛んで割ってから飲み下した。
「………っう……!」
山田は痛みに眉をしかめる。もげた左腕の切断面が灰色の焔をあげて燃え上がった。
『?』
皆が疑問符を浮かべる。まあ、腕が燃え上がりながら再生すれば呆気に取られるだろうが。皆、呆気にとられ過ぎな気もするが。
「あー、馴れんな、これ」
「いや、見ている側も馴れないと言うか、その角とか格好とかについて説明しておいた方がいいと思うぞ」
「えー………」
面倒臭そうに再生した右手で頭をかく山田、金剛はパクパクと口を開く。
「え? 治っ、え?」
「いや、治るってそりゃ、治んなきゃもがないだろ」
「え、えー……」
金剛が、嬉しいような嬉しくないような微妙な顔をするが、山田は気にしない事にした。いちいち気にしてたらやってられない。
『………………』
と、山田は周りの人からの目が、異様な物を見るものに変わっていることに気づいた。前から知っていた長門や、助けてもらった金剛達はそんな感じでは無かったが。それより、権言坂とプリンツ・オイゲンも、そういう目で見ていないという事に驚いた。流石と言ったところなのだろうか、山田はそれが少し嬉しかった。
「あー、うん。金剛達はバケツ使って良いから早く直してこい」
はぁ、とため息をついて、
「それが終わったら食堂に全員集合な。私に……いや、『牙』について話そう」
そう言った山田は、少し哀しそうな顔をしていた。
「お姉様、どう思います?」
金剛達が入渠するために風呂に向かっている途中、比叡は突然そう切り出した。
「何がデスか? 比叡」
「提督……山田総一郎中佐の事ですよ」
比叡の言葉を霧島が補足する。その顔は、少し深刻そうだった。
「彼が信用に値する人物か、と言うことです」
「私は、いい人だと思いましたが」
霧島の言葉に、榛名はそう答えた。
まあ、お人好しではあるのだろう。それについてこの四人は痛いほど理解できていた。何せ、命を救われたのだ。命令違反を犯し、勝手に出撃した自分達を、救ったのだ。
まるで痛そうなそぶりを見せなかった山田だが、よくよく注視すれば、帰りの舟を引いている時も、さっきふざけて権言坂と話していた時も、苦しそうに僅かに顔を歪めているのが分かった。痩せ我慢をして、格好をつけていたが、腕をもぐという信じられない苦痛を味わっていたのだ。
自分達を、助ける為だけに。
それは、例え後で治ると分かっていても実行できる物ではない。大量出血による、失血死する可能性だってあった筈だ。ましてや、会ってまだ数日の仲だと言うのに。
それでも、何の躊躇いも迷いもなく自らの腕をもいだのだ。とんでもないお人好しである。
「私も、いい人だと思いマース」
金剛は、そうとだけ答えた。
そうとしか、答えられなかった。
確かに、未知に対する恐怖はある。だが、その程度の恐怖、何だと言うのだろう。
提督なのに、艦娘や職員達の身の回りの事を整えたり、誰も使わずボロボロだった部屋を綺麗に清掃したり。何より、着任して早々、艦娘の為に戦ってくれて、今日だってそうだ。命令を無視した『不良品』が勝手にスクラップになりに行ったようなあの現状でも、迷わず駆けつけてくれた。
金剛からしてみれば、彼がそんなに優しいと分かっていながら、彼がただの人間でない所を見せただけであんな態度をとった周りの人間が信じられなかった。
彼の哀しそうな顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。
でも、と金剛は思う。
果たして、今日の事が無くても、自分はそんな態度にならないと言えるのだろうか。そんなことはおかしいと、真っ向から否定できるのだろうか。
それを考えると、彼女は自らの浅はかさに自刃したいとすら思える程、哀しくなるのだった。結局、彼の事は理解できていないのだから。
だから、そうとしか言えなかったのだ。お人好しだ、としか。それ以上の言葉なんて無かった。
「お姉様、着きましたよ」
「あ………す、すいまセン。少し、考え事をしていマシタ」
『………』
嫌な沈黙だ。きっと、今の言葉で金剛が何を考えているのか分かってしまったのだろう。しばらく、その場に立ち尽くした後、金剛は言った。
「うじうじ悩んだって仕方がないネ! 後の事はさっさとバケツを浴びてから考えればいいデース!」
『…………』
誰も、何も答えない。ただ、無言でお風呂のドアに手をかけた。
四人が四人とも、考えていた。悩んでいた。けれど同時に一つだけ、理解していた。
山田提督はお人好しで、今、自分達のせいで苦しみ、哀しんでいると言うことを。
その日のバケツは、随分と傷にしみた。