「……!?」
権言坂にとって、目の前の『それ』は信じられない光景だった。
彼の『颶(つむじかぜ)』は、居合の型としては世界でもまれに見る技故の、対策の取りづらさ、反応のしにくさを武器とする『奇術』という剣技の一つだが、『颶』はその回転速度と遠心力を太刀本来の『重』をぶつける、『叩き斬る』技だ。
恐らく、その衝撃は数百キロ。
そしてその円を描く剣閃は、素人には視認することすら敵わない。
『踊る様に叩き斬る』、絶対の威力と、絶対の剣速を以て、微塵の疑いも残さず、必ず殺すための技。『必殺技』と呼ぶに相応しいそれを、彼の目の前に悠然と立つ男は、あろうことか片手で、握って、止めたのだ。
しかし、彼にとって重要なのはそこではなかった。
「何故……っ!」
権言坂は吼える。
「何故避けない!?」
そう、彼は『受ける意味の無い刃を受けた』のだ。いくら、鎮守府で支給される手袋が高い防刃性能を誇っていても、衝撃は殺しきれ無いと言うのに。
それを、彼は受けたのだ。
「何故、と聞かれてもな」
目の前の男は平然と言ってのける。
「ここで止めなければ、殺し合いになるだろう?」
「…………は?」
権言坂は目を見開いて、自分の太刀を信じがたい握力で握りしめる彼を見た。
こいつは、何を言っているんだ。
「私は、殺すつもりでかかったんだぞ………」
「そうだな」
いともたやすく肯定して見せる山田に、権言坂は驚きの色を隠せない。
「……何で、殺そうとしないんだ?」
後から来た新人に、自分の提督という地位を奪われそうになり、愚かな計画を立て、勝てないと悟って、悔しくて刃を向けた。そんな自分を、何故殺そうとしないのか。
山田は、少し困ったように言った。
「貴方、実は割りといい人だろう?」
権言坂は、彼が何を言っているのか理解できなかった。
艦娘達に、休む間も無く出撃させたのは自分だ。燃料や資材以外の摂取を禁じたのも自分だし、言うことを聞かなかった時は殴れと部下に教えていたのも。全て自分だ。全て自分がやったことだ。
それを、いい人、と。
「『心地原則』って知っているか?」
山田は、呆然とする権言坂に、山田は訊ねる。「人は生きていく上で自分にとって少しでも居心地の良いように環境を変えようとするものだ」と付け加えて。
「貴方が風評通りの下衆なら全力でボコボコにしただろうが、あの執務室を見てはね」
彼が使っていた提督執務室。提督の住居スペースと隣接したそこに、一切の居住感はなく、ただ、目を見張るほどの膨大な量にまとめあげた、近隣水域の深海棲艦出現率の推移や、艦娘一人一人の戦闘のデータと、机と椅子が一つずつ置いてあるという、『私利私欲のために艦娘に強制的に戦わせる提督』の姿等、想像も出来ないほどの結果がそこにあった。
だから、山田はいい人だと言うのだ。人間としての本能にすら近い心地原則を捨て、効率化だけを目指し、自らの身体のことにも目もくれず、戦い続けた戦士の道程があったからこそ、山田は権言坂の『颶』を受けたのだ。
それは、決して同情等ではなく、戦士に払うべき敬意だ。
山田は痛感した。結局のところこの鎮守府に悪い奴なんて居なかったんじゃないか。
皆が皆、自分のやり方でやったから。最初はきっと小さなズレだったんだろう。
だが、積もり積もって、ブラック鎮守府と呼ばれるまでになってしまった。
きっと皆、この国を、大切な人たちの生きるこの世界を守りたかっただけだろうに。
「……不器用だな、貴方は」
そう言って、山田は太刀から手を離す。しかし、権言坂は追撃しない。
彼は膝から崩れ落ちた。
「……参り、ました……」
山田は満足そうに笑った。その顔に、『獣』の面影など残っていなかった。
「と言うわけだが、……許してやってくれるか?」
「……と言うわけって言われても、ねえ?」
山田の問いに、川内が困った顔をする。
二十一時三十分、もう日は落ちてしまっているが、呉第四鎮守府のメンバーは全員食堂に集められていた。
「そういう事情も知らなかったしね。教えてくれれば、まだ協力してやれたかもしれないけど。まぁその見返りとして新しい装備の実験とかを……あら、それを考えたら別に良いのかしら?」
夕張は何だか変な方に考えているようだ。
「あたしにしてみれば、絶っっっ対に許せないけどね! でもまあ、少し位なら水に流してあげても………」
摩耶が口悪くそう告げるが、まあまあ、と姉の高雄がなだめている。
「私だけでは何とも……赤城さんは?」
と、これは加賀だ。
「私はご飯が食べられればそれでいいです」
「ええ!?」
「赤城さんがそう言うのなら」
「えええ!?」
迷わず食欲に走る赤城と、頬を赤らめ親指を立てて肯定する加賀に、完全に吹雪が翻弄されている。
「私はお姉さまと同じで!」
「私も!」
「私もよ」
「私もデース」
おい意味ないぞそれ。大丈夫なのかおのシスコンどもは。山田は少し顔をひきつらせるが、まあ、気にしないことにした。
と、ここで沈黙を保っていた響が口を開いた。
「Хорошо、何にせよお互いこの国を護りたいという思いは同じなんだ。許しても良いんじゃないか?」
一番小さい子が、一番しっかりしたこと言ってるな……。
山田は、とりあえずもう一度聞いた。
「響の言う通りで良いのか?」
『はい!』
「……だってよ?」
そう呟いて、後ろを振り向く、すると真後ろに立っていた権言坂は、深々と頭を下げた。
職員達も、それにならい頭を下げる。
ここはこれで終了だ。この関係も、きっとすぐに良くなるだろう。根は悪い人達では無いし。しかし、と山田は思案する。
ここの鎮守府には悪い奴はいなかった。いなかったから、こんな小学生みたいな解決法でいける。
だがもし、これから先本当の意味でのブラック鎮守府とかち合うこともあるだろう。そうしたら、自分はともかく、他の艦娘達はその光景を直視出来るのだろうか。
様々な不安を残したまま、夜は更けていった。