「ああ、権言坂。私は何か適当なところで寝るから、今日からもいつも通りのところで寝ていいぞ?」
艦娘達がこれまでほとんど使うことの無かった自室へと戻り、職員も寮に戻っていった夜の二時。食堂の後片付けをしていた山田は、同じく後片付けをしていた権言坂に、唐突にそういった。
「いつも通り、と言うことは………提督執務室の隣の?」
権言坂はいぶかしげに首をかしげた。何で、そうなるのだろうか。
「ああ」
「いや、待ってくれ。それはおかしくないか?」
権言坂がそう制するが、ちょうど鍋を濯ぎ終えた山田は、別段おかしくは無いが、と答える。
「提督になったとはいえ私は新参者だからね。前からいた人の部屋を取るのは、何と言うかフェアでは無いだろう?」
「フェアって……これはそういう問題では無いと思うが」
「では、どういう問題なんだ?」
「……それは」
権言坂はくちごもる。あれ、そう言えば本当にどういう問題なんだこれ。
少し考えてみるが、答えは出ない。
山田の言っていることも、普通に筋が通っているし。
仕方ない、聞くか。権言坂は、山田に訊ねた。
「どういう問題だと思う?」
「さあ?」
こいつは………。権言坂は額を手で押さえるが、もうどうしようもない。ただ、彼の心の中に、「何なんだこの人……」というあれな認識が新たに刻まれたとだけ言っておこう。
「……ふわぁ………。じゃあこうしよう、今日はひとまず二人とも提督執務室で寝て、明日どうするか決めよう」
山田は眠たそうに欠伸をしながら言った。どうやら、とりあえず眠いから今日はとっとと寝たい様だ。
「あ、ああ。それでいいだろう」
権言坂は、少し遠慮がちに頷くと、濡れた手をタオルで拭いた。
「早くいこう。このままだと立ったまま寝てしまう」
「……お休み」
「あ、ああ、お休み」
ぱちりと電気を消した山田は、布団に潜り込む。
「……すぅ……すぅ」
「…………」
しかし、彼は十分程経っても目をとじはしなかった。
彼は、隣ですやすやと眠る権言坂の首筋に、指を二本当てる。
とくん、とくん、と静かにリズムを刻む脈を測ると、何処から取り出したのか、小型のペンライトで瞼の上からその目を照射する。
「………すぅ………すぅ」
「……寝ている様だな」
山田は、外部からの刺激を受けても脈拍が変わらないことを確かめてから、すっ、と布団から出た。
音をたてずにドアを開けるが、外は冷えるので軍服を羽織り、山田は、男としてはやや長い髪で隠れていた右耳のインカムを、人指し指で二回こづいた。
『……総一郎か?』
「ああ、色々あって連絡が遅れた」
『いや、気にはせん』
「そうか」
呉第四鎮守府の泊舎、そこは、前述した通り、普通の鎮守府のそれに比べれば大分見劣りするものではあったが、そこには、人一人が身を隠すには充分な裏庭があった。
山田は何処までも濁った空を、忌々しげに睨む。
「というかジイさん。何が『ブラック鎮守府』だよ。何が。これなら、『牙』の方がよっぽどブラックだ」
『ああ、そちらは、今日本で『一番まとも』な鎮守府だからな』
「………何?」
山田は眉をひそめた。……どういうことだ?
『簡単な事だ。そこ以外の鎮守府は皆、部外者の誰にもばれないように、えげつないやり方で、大破進軍させているらしい。いや、もしかするとそれだけでは無いのかもしれん』
「……そんな話を私にして、どうするつもりだ?」
『そんなこと、聞かなくても分かっているだろう?』
しばしの沈黙、そしてインカムの向こうの人間は言った。
『近日中に、そちらの近くの鎮守府合同の大演習を開く。その時に、証拠を掴み、最低でも一つ……潰せ』
「……………」
『お前の『|引き金(トリガー)』は明日の昼までにそちらに郵送する。頼んだぞ』
それで通話は終了した。山田の耳元で、通話の終了を示す砂嵐のような音が鳴る。彼が無言でインカムを二回こづくと、音はなりやんだ。
「……また、戦わなければならないのか」
畜生め。彼は忌々しげにそう呟くと、突如光に包まれた。
「……?」
どうやら、懐中電灯の灯りの様だ。
一体誰が………。目を庇うように左手を動かして、山田はその光の主の姿を視認する。
「ああ、こんな所にいたのか」
立っていたのは、権言坂イチノへだった。