「こんなところで何をしているんだ?」
まずい……! 今の会話を聞かれたか……!? 山田の顔に、大量の冷や汗が浮かぶ。
今回の着任は公式な任務だが、鎮守府潰しは非公開……完全なシークレットだ。しかも、悪い意味での。この事がばれれば、山田と元帥は仕方ないにしろ、この鎮守府の艦娘達や職員達にまで処罰が及ぶかもしれない。
どうする? 山田は、必死に頭を働かせようとするが、それは権言坂の一言で中断させられた。
「君も夜の散歩なのか?」
「………え?」
さん、ぽ? 予想外の一言に、山田はコミカルに目を丸くする。サンポって何だろ。サンポートの略称か何かだろうか。
と、山田の思考回路が迷走を極めていると、権言坂は何を思ったのか、腕を組んでうんうんと頷いた。
「いや、やっぱり皆この時間なると夜風に当たりたくなるんだな」
皆って何。カウントに入れられたの? 私。
めちゃくちゃ不満そうな顔をする山田をよそに、権言坂は続ける。
「しかし、穴場だと思っていたこのルートに、着任初日の君がいるとは」
あ、穴場って。ルートとかは穴場って言い方するもの何だろうか。というか、折角海の目の前と言う絶好の立地なのに、裏庭を歩くのかよ。そこは浜辺とかにしとこうよ。
「……さっきぐっすり寝てたみたいだが、眠くないのか? というか何で起きてきているんだよ」
「ああ、私はこの時間になると寝てても目が覚めてしまう体質なんだ」
はた迷惑な体質があったものだ。おかげでめちゃくちゃ焦ってしまったじゃないか。
「あれ、提督。よく見たら君汗凄いな」
「へ? ああ、えっと、………走ったカラカナー」
「………?」
だ、駄目か?
山田は自らの演技力の無さを呪った。くそう、こんなことなら日頃から意識して生活するんだった。
そうすっごい無表情で悔やんでいると、「そうか」と権言坂が頷いた。
「運動したのなら、一緒に風呂でもどうだ? 男同士、裸の付き合いと言うやつだ」
「……は?」
「じゃあ、私は先に入っておくよ」
権言坂は、着替えをカバンの中から引っ張り出している山田にそう告げると、一足先に提督執務室の隣、提督用の居住スペースに設けられた風呂に向かっていった。
「ばれてない……ってことでいいのか?」
シャツを引っ張り出しながらそうひとりごちるが、まぁ駄目なら駄目でそのときはそのときだ。
そう結論付けて、脱衣所に入った山田は、インカムを取り外してかごの中に入れる。別に防水仕様ではあるのだが、濡れるよりは見られると困るから外す。まぁ、音楽を聞いてたとかいって誤魔化せそうだが。
山田は風呂の戸に手をかけると、すぐ横に権言坂のかごがあることに気づいた。
好奇心で中を覗き込むと、何だか白い包帯みたいなのが入っている。山田は気づいた。これサラシだ。
しかし、何で893御用達グッズがこんなところに。あれだろうか、提督という職業はよく腹を刺されたりするんだろうか。そんな事を考えながら浴室に入る。
すると、わりと広い浴室であることに気づく。シャワーが三つもあるし。
左を見ると、権言坂がシャンプーでちょうど髪を洗っていたので、その隣に腰かけて、シャワーを手に取る。
「ふう、待たせたな」
「いや、それほど待っていないよ」
権言坂は、泡が目に入らないよう目を閉じながら、体を少し揺らして答えた。
その胸の二つの大きな何かがたゆんと揺れた。
……疲れて、いるみたいだ。
自嘲ぎみに笑いながら山田は下に視線を下ろ
『無かった』
山田は、ぱちぱちと瞬きしてもう一度見る。
無い。
凄い顔を近づけて見てみる。
しかし無い。
全人類、男なら必ず持っているであろう『アレ』が。
「あの……提督? 男同士とはいえ、流石に恥ずかしいぞ?」
権言坂は目をうっすら開けてこちらを見ていたが、山田はなんかもうてんやわんやだった。
「アノ、権言坂サン? 失礼デスガそのー」
山田が片言で訊ねると、権言坂は「ああ、それか」と軽く笑った。
「大人になったら生えてくるんだろう?」
山田はその日これまでとは360度方向性が違う絶望があることを知った。