「……一睡も出来なかったな………」
山田は、分厚い隈をこしらえた目をしばたたかせながらひとりごちた。
ちゅんちゅんと窓の外でさえずる雀の泣き声さえ、まるで自分をヘタレめと嘲笑っているようで、なんだか惨めな気持ちになってきた山田は布団を剥がして立ち上がろうとする。
すると、すぐ隣で寝ている権言坂が視界に入って来て、山田は反射的に目をそらし、ため息をついた。
「昨日、風呂に入るまでは良かったんだよな………」
そう、昨日風呂に入るまで、具体的に言うと、権言坂の、その、えっと、生まれたままの姿を見るまでは全然大丈夫だったのだ。
「普通、女って思わんだろ……」
言い訳がましく呟くが、権言坂の大切な所を、一度ならず三度程凝視してしまったという絶望的な事実は変わらない。
しかも、嫁入り前の娘の、である。
はぁああああ、ともう一度ため息をつき、山田はがりがりと頭を掻いた。
これ以上悔やんでも仕方がない。まぁ、個人的に権言坂を男として育てた奴は死刑にしたいが。いや出来んけど。
山田は、権言坂を起こさないようにそっと布団から出ると、上着を羽織ながら呟いた。
「……朝飯、作るか」
基本的に職員の食べ物と艦娘の食べ物とは別々に作る。
何故か。それは至極簡単な事である。
「……ボーキサイトとか鋼材とか燃料とか弾薬とか、補給方法が口から摂るって言うのどうにかならないのかな」
そう言うことだ。
つまり、艦娘に食事を与えるとすると、普通の食事の他に補給用の特別メニューをつけなければならない。何故ならお腹いっぱいになると補給出来ないから、それを考えて料理を作らなければならないからなのだ。面倒臭い。
更に言うと、艦娘達は艦種ごとに補給する物が違ったりするのだ。燃料とかは皆共通だが、ボーキとか鋼材とかは色々変えなければならない。もう面倒臭い。
何より山田が苦戦しているのが、調理法であった。
「……なんで鉄とかアルミの原材料とかで料理を作らなきゃいけないんだよ」
それは最早料理ではなく食品サンプルな気がする。しかも通常のサンプルは蝋で出来ているから、通常よりも圧倒的な強度を誇るのだ食べ物じゃないよもうこれ。
カーンカーンガガガガチュイイイインドドドドド。もう料理を作る音じゃない気がするが山田は気にしない。気にしたら敗けだ。形容し難い悲しみにくれつつ、山田は料理を完成させた。
でもそこに『いた』のは、どう見ても艦娘だった。
「どんなミラクルだよ!?」
まさか料理を作ったつもりが新しい仲間を作ってしまうとか何だ、何なんだ、今日の私何かおかしいぞ。というか人間でも作れるの艦娘って。怖いんだけど。どういう生態なのいやむしろどういう精製をしたの私。
山田がかつてない混乱に見舞われる中、その艦娘がおずおずと名乗りをあげる。
「えっと……Guten Morgen!」
「Guten Morgen! ……ってドイツ語か?」
その威勢のいい声で、山田はやっと正気を取り戻す。ちなみに、今午前四時である。何で雀鳴いてたんだって位に朝早くだ。
と、山田は、その艦娘の左肩のバルケンクロイツと、その下に刻まれたサヴォイア=カリニャーノの紋章に気づいた。
「サヴォイアの付いてる船って事は……オイゲン・フォン・サヴォイエン? 貴様、オイゲン公……Prinz Eugen(プリンツ・オイゲン)か? Admiral Hipper(アドミラル・ヒッパー)級3番艦の?」
「おぁ! え!? 何で知ってるんですかぁ!?」
驚くオイゲン。だが、山田は個人的に好きだったドイツ艦の返答が何か馬鹿っぽかった事に衝撃を受けていた。いや、別にそれはそれで良いけど。というかむしろウェルカムだった。どんとこい。
「ああ、うん、私はドイツの船は好きだからな」
「へえ、そうなんだ! よろしくね!」
元気、一言で言うと、元気。流石は第二次世界大戦を生き残った幸運艦と言ったところか。
山田が一人感心していると、オイゲンは心配そうにこちらを覗きこんできた。
「……えっと、あなたは……?」
「ああ、この鎮守府の提督、山田総一郎だ。よろしく」
「て、提督さんなんですか!?」
なぜか驚いて山田を見るオイゲンに、何だろうと思って身体を見下ろした山田は気づいた。
今の山田の格好は、『軍服、割烹着、お玉』である。どう見ても提督には見えない。これを初見で提督と見抜けるのは本人かキチガイくらいの物だ。
「ああ、うん。少なくとも食堂のおっちゃんではない」
「食堂……? おぁ、ここ食堂!?」
やっと自分がいるところが分かったらしいオイゲンは驚きの声をあげる。
それを見た山田は、あー、とぼやいた。
「えっと……まぁ要約するとだな……」