SAOで読む名作文学作品   作:kujiratowa

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SAOで読む黄金風景≪太宰治≫

一気に行こうぜ! キリト! 俺たちならきっとペネントの群れだって突破できる!!

 

あれは刀スキルだ! 俺が前に出る! キリト、フォロー頼んだ!!

 

え? 俺? あぁ、≪ビーター≫というか≪転生者≫というか、まぁ、気にするな、攻略に命をかける一人だよ。

 

≪クイックチェンジ≫だっけか? あれを使えば、おそらく。

 

様子は良く見た方がいいな、第一層のコボルド王の武器が変わっていたように、何かボス戦でも手違いがあるかもしれない。

 

アスナも言ってるんだ、今回も黒エルフのお姉さんを助けてやろうぜ!

 

気をつけろよ、キリト。奴さん、≪決闘≫慣れしている雰囲気だ。

 

ん、そりゃ何となく予想してたからな。いいじゃねぇか、趣味スキルの一つもないと楽しめないしな。括目しとけよお二人さん、俺の華麗な≪水泳≫スキルを!

 

俺はクリスマス壮行会にでも顔出してくるよ。二人の分まで飲み食いしてきてやるさ。

 

待ってたぜ、二人とも! それに城主様! さぁ、反撃といこうじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひどい頭痛で、目が覚めた。

鋼鉄の城に囚われて数ヶ月の、自分にとって一番輝かしかった時代。

荒く切り貼りしたような夢は、ところどころ色がついていたり、モノクロだったり、一昔前の映画のような出来だった。

閉じていた目を開け、のそのそとベッドから這い出し、部屋に備え付けの鏡を覗き込む。

生前とは異なる、整った顔立ちの自分が映る。

≪転生≫というファンタジーだか宗教だかよくわからない過程を踏まえ、愛読書であった≪ソードアート・オンライン≫の世界にやって来たのが小説内でちょうどSAOのサービス開始初日。

≪特典≫というものによって格好良い容姿を得たり、序盤の≪スキルスロット≫数を増やしたり、俺が強くなる度に成長する特注の剣を用意してもらったり、やりたい放題のチーターとして、この殺伐とした世界を物語の主人公のように楽しんでいた。

原作通りの展開にテンションを上げてみたり、本来の主人公であるキリトと仲良くなったり、彼と同等かそれ以上の知識を披露して攻略組を牽引する一人になってみたり、順風満帆な日々を送っていた。

 

でも、やっぱり、俺は原作の主人公とは違った。

 

原作を読んだことがあるとはいえ、実際には第一層からアインクラッド編の終わりを迎える第七十五層まで時間をかけてクリアしなければならなかった。

上層階に行けば月夜の黒猫団の悲劇が待っている、キリトが二刀流を習得する、ヒースクリフこそが茅場晶彦だ──そんなネタバレを抱えながら、いつ披露できるときがくるのか、俺は知っていたよと涼しい顔で言えるのか、それを楽しみにしていたが、結局はできなかった。

だって、第五層より先の展開を、俺は断片的にしか知らないのだから。

威勢良く振舞っていたのは、プログレッシブ三巻の第四層攻略まで。

そこからは知識もなく、閃きもなく、一小市民と何ら変わりのない俺は、少しずつ攻略組からもフェードアウトしていき、第十層の攻略を境に、ボス攻略にも参加をしなくなった。

いや、しなくなったわけじゃない、できなくなったんだ。

この世界で真摯に生きる人々とは決定的に違う目的のズレを実感し、力や技、武器があってもこの世界で英雄になれることはできないと理解してしまった。

知らないことの怖さを覚え、行動力にも乏しく、一般のプレイヤーとほとんど変わらないレベルでの活動しか、できなくなってしまった。

今となってはキリトやアスナともフレンドを解消し、惰性でこの世界を生き続けている。

原作では、そろそろキリトがリズベットと共に片手剣の材料となる鉱石を探しに行く頃だ。

つまり、このゲームのクリアまで、あと五か月。

 

洗面所へと向かい、顔を洗い終える頃には頭の鈍痛も少しおさまってきた。

再びベッドへと足を運び、深く腰を下ろす。

あんな夢を見たからだろうか、在りし日の、自分にとって痛々しい記憶が蘇る。

あれはそう、第一層で≪ビーター≫として蔑まれたキリトをアスナと共に追いかけ、そのまま彼についていき、道中で説教したときのことだ。

 

自己犠牲なんて格好良い真似をしたって意味なんてない、もっと愚鈍に攻略してみろ。

 

そんな、寒々とした台詞を吐いて、キリトの背中を思い切り叩いてやった。

物語の中ではキリトが主役だったかもしれないが、俺がここにいる以上は俺が主人公に成り代われるとすら思っていた、火が出るほど恥ずかしい過去だ。

まじまじと俺のことを眺めてきたキリトに不敵な笑みを見せて、狭い螺旋階段を一つ飛ばしで駆けた。

キリトも口元に笑みを浮かべ、俺を追って走り始める。

青春漫画も真っ青な一場面を演出した自分自身に、酔いしれていた。

第二層での強化詐欺でも、第三層のキリトとモルテのデュエルでも、第四層のフィールド踏破でも、キリトに格好良い自分の姿を見せては、悦に浸っていた。

 

──じっとしていると、思い出したくないことまで思い出してしまいそうで、止む無く宿を出ることにした。

現在、ねぐらにしているのは第五十層の主街区≪アルゲード≫。

原作にて≪猥雑≫と称されるだけあって、探せば第一層とあまり変わらないような低料金の宿屋もあったため、僅かに残っていたプライドと原作への興味を胸に、この街で生活を始めた。

武装を解除した普段着の状態で雑踏を行き、近場にあった中華店のような外見をした店に入る。

といってもメニューはどちらかというと和食に近いものの並ぶ店だ。

店内のテーブル席は空席も目立っていたが、いつもの癖のように、カウンター席の一つへと腰掛ける。

注文後しばらくして運ばれてきた肉野菜炒めのような定食を頬張っていたときのことだ。

一席離れた位置に座っていた男性プレイヤーが控えめに、しかしはっきりと俺の名前を呼んだ。

いつだったか聞いたことのある声に、驚きつつも右隣の声の主へと顔を向ける。

見覚えのある顔だった。

この世界に来てから最初のチュートリアル時に会ったきりであり、原作ではその後、妖精世界でもサラマンダーとして勇猛果敢な様を見せつける、登場人物の一人。

 

「俺だよ、クラインだよ! 覚えてるよなっ、なぁ?」

「…………あ、あぁ、もちろんだよ。久しぶりだな」

「いやぁ、第一層以来か? ははは、やっぱりお前ぇも生きてたんだな!」

「ん、この通りさ」

 

抑揚のない声で、クラインとの会話を続ける。

 

「今じゃすっかり、落ちぶれちまった」

「おいおい、そんなことないだろう」

 

すでに食事が終わっていたらしいクラインは、右手に掴んでいた水の入ったコップを一気に煽って、それから軽い音を立てながらカウンター席に右手を下ろした。

 

「アルゲードで普段着ってことはここがホームなんだろう? こんなとこで生活してるんだから、やっぱりハイレベルプレイヤーは違ぇな」

 

ハイレベルプレイヤー、という涙が出てくるような言い回しに、思わず苦笑してしまう。

 

「ところでよう」

「ん?」

「──キリトが、お前ぇのこと、噂してるよ」

「…………きりと?」

「んだよ、まさか忘れちまったのかっ? このゲームが始まったとき、二人で前線を引っ張って行ったじゃねぇか!」

「や、いや」

 

忘れるわけがない。

今日だって、彼のことを思い出し、酷く心地悪い気分になったばかりだ。

もちろんそれはキリトが悪いわけではない、自分の蒔いた種だ。

今は自分がキリトの名前を口にすることすら、彼に対して失礼だと思わざるをえなかった。

ひどく、居心地が悪かった。

 

「…………ハイレベルプレイヤー、っていうのはあいつのための言葉だろう。今も張り切って攻略してるのか?」

 

日夜、攻略のために彼が努力していることを、俺は知っている。

知っているのに、そんな質問が口をついて出てしまった自分自身を恥ずかしく思いつつ、努めて明るい表情を作ってみせる。

随分と、卑屈な笑みだっただろう。

 

「あぁ、そりゃあな、最前線最強の一角って言われてるよ」

 

クラインはまるで自分のことのように、晴れやかな声色で話を続ける。

 

「どうだ? せっかくだし、久しぶりに旧知の親交でも深めようじゃねぇか」

 

良いことを思いついたと言わんばかりに、クラインは語調を強くする。

その言葉の意味に、背筋が凍りつくような恐怖を覚えた。

いや、それは、ええと──などと口ごもりつつ、拒否したい気持ちを全力で表現しようとする。

感じる必要のない屈辱感が、あとからあとから襲い掛かって来る。

 

「中層で暴れていたイエローギルドを壊滅に追い込んだり、圏内でのPK事件を解決したり、本当にあいつは英雄みたいな奴だよ。やっぱり、ゲーム開始から先導してくれてたプレイヤーは違うよなぁ」

 

少し目を細め、過去を懐かしむような表情を見せる刀使い。

 

「俺もよ、あいつとダチになれて良かったと思っている。別にうまい話に乗らせてもらえるからとかじゃない。本気で攻略しようと最前線を走る奴に声をかけてもらえて、今じゃときどき背中を合わせたりして、刀を振れることを誇りに思ってるんだ。そんなキリトのスタートを支えたのがお前さんだろう、あいつも俺が声をかける度にお前ぇの話をしているよ」

 

椅子を引き摺るようにしてカウンター席から立ち上がったクラインは、真っ直ぐにこちらへと向き直って、やがて真面目な表情を作った。

 

「そのうち、キリトと会いに来る────そんじゃ、またな」

 

俺の返事も聞かず、クラインは足早に店の外へと出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、三日が経った。

借りていた宿の更新が今晩であったことを思い出した俺は、普段着ではなく防具を装備し直し、いつか手にした成長する剣を腰に、宿を出た。

少し小銭を稼ごうと思ったのだ。

宿を出て、五十メートルも歩かないうちに、通りをこちらに向かって歩いてくる二人組の姿が目に入った。

片や黒づくめ、片やバンダナの彼らは、キリトとクラインに他ならなかった。

 

 

 

全身黒づくめの≪ブラッキー≫とも呼ばれていた少年と、派手なバンダナを額に巻き付けの青年。

キリトと、クラインの二人だった。

社交辞令か何かだと思っていたのに、本当に来るとは思わなかった。

俺は思わず、二人から顔を背けながら、怒鳴るようにして言葉を放った。

 

「本当に来るとはな──悪いけど、これから出かけなきゃいけないんだ。また、日を改めてくれ」

 

小説の挿絵やアニメーションに映っていた、中性的な顔立ちのキリトは、原作最終装備に良く似た姿をしていた。

自信と気焔に満ちた、輝かしい彼の両眼が、こちらへと向けられる。

二人がやや足早になったことに気づき、逡巡しながらもアイテムストレージから転移結晶を取り出して、高く掲げる。

転移の合図と共に、結晶が砕け散った。

青い光に包まれ、徐々に猥雑な街路が消滅し、その光量が最大限に高まり瞬いたとき、景色は別のものへと変わっていた。

第四層、主街区。

≪ロービア≫の転移門に、俺は立っていた。

小声で転移先を告げたつもりだが、もしかしたら二人に聞こえていたかもしれない。

その思いから、一目散に主街区を抜け出そうと走り出した。

そのまま川に沿って走り、主街区とは別の村へと向かった。

道中、ときどき現れる水棲生物を相手に、明らかにオーバーキルとなる≪ソードスキル≫を叩き込みながら、とにかく歩き続けた。

村に行って、したいことなんてなかった。

ただ意味もなくNPCの道具屋を物色したり、港町を縮小した船着き場を眺めたりしながら、ときどき舌打ちをした。

心の中で誰とも知らない声──誰でもない、多分俺自身の心の声が聞こえてくる。

負けた、負けたと、小さく不明瞭に呟く声。

心底落ち込みそうになり、何とかこの声を払うべく、ソードスキルの空打ちをしては、激しく体を動かした。

村を出て、目に入ったモンスターというモンスターを屠って回った。。

どれくらいの間、剣を振っただろう。

緩慢な動作で剣を腰へと戻し、主街区を目指してゆっくり歩き始められる程度には、心持ちが軽くなっていた。

しばらく歩いて、進んだ先は小高い丘陵地帯。

そこを上っていると主街区の全貌も明らかになり始めた。

水路を巡らせた景観豊かなその街を見下ろしつつ、俺は思わず立ち止まった。

キリトとクラインの二人が、街から少し出たところの川岸に胡坐を掻いて座り込み、談笑しているのがわかった。

スキルスロットを余らせておくのも勿体ないと熟練度を上げていた≪聞き耳≫のおかげか、彼らの話す声が川岸を吹く夏を感じさせる風に混じって届く。

 

「やっぱよ」

 

クラインが、立ち上がって手近にあった石を川に向かって放った。

 

「あいつはお前ぇと同じで、上を向いて挑める奴だ。ドロップアウトしてるなんて、俺は思わねぇぞ」

「だろう?」

 

キリトの、どこか人を食ったような声が聞こえてくる。

 

「あいつがいたから、俺は最初のスタートを、丁寧に進めることができた。そして、自信をもって、自分の信じる道を進むことができた。こんなこと言うの恥ずかしいけどさ──俺にとっては、ライバルみたいなもんだよ」

 

丘の上で、立ち尽くしいた俺は、人目も気にせず涙を零した。

二人を見つけたとき、僅かに湧き始めた胸の狂熱が、涙に気持ちよく冷めていったのを感じた。

再び、声が聞こえる。

負けた。

これは、俺に必要なことだ。

負けなければ、ならなかったのだ。

 

彼らの勝利は、俺が踏み出すべき新しい一歩に、光を与える。

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