SAOで読む名作文学作品   作:kujiratowa

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SAOで読むONEPIECE/あんたが珍獣≪尾田栄一郎≫

「へぇー、器用なもんだな」

「どうってことないわよ、このくらい」

 

度重なる激戦でところどころ解れかけていた≪コート・オブ・ミッドナイト≫の修復を買って出てくれたアスナの手捌きに見惚れていたのも束の間、新品同様とはいかなくとも綺麗な暗褐色を取り戻したコートがアスナの手の中に納まっていた。

彼女はコートを掴んだまま立ち上がって、そのままたき火の明かり越しに修復箇所のチェックを始めた。

亜麻色の髪が炎に照らされ、いっそう赤々としている。

 

アインクラッド第四層──入り組んだ峡谷に水の満ちたこの層で、俺とアスナ、それからNPCキャラクターの≪黒エルフ≫キズメルは、≪瑠璃の秘鍵≫クエスト攻略のために奔走していた。

その途中、連続クエスト──いわゆる≪お使い≫をこなしていたわけだが、流石に一日で第四層を縦横無尽に駆け巡るのは辛く、今日はここ──第四層中央にあるカルデラ湖から真っ直ぐ西に進んだ森の中で野営を張ろうということになった。

辺りを哨戒してくる、とキズメルは残して、森の奥へ消えていったところで、ちょうど良い丸太に腰を据えていたアスナが、訝しむようにしてじっとこちらを見つめてきた。

次いで、上着脱いで、という言葉も。

思わずたじろぎそうになるにも、彼女の言に従って、装備を解除する。

その後、アイテムストレージからオブジェクト化し、アスナへと渡すと、彼女はコートを目の前で広げたり畳んだりしたあと、自身のストレージから≪カレス・オーの水晶瓶≫を取り出した。

まさか今度はウサギか何かのアップリケでもつけようとしてるのではないかと慌てたが、その後の提案で、ほっと胸を撫で下ろした。

つけてほしいならつけるけど、という相槌を丁重にお断りしたところで、冒頭に戻る。

 

「キズメルさん、どこまで行ったのかな」

「んー、≪黒エルフ≫だから夜目も効きそうだし、そんなに心配はないけど…………」

 

とはいえ、先日の≪森エルフ≫に出くわしていないとも限らない。

概ね、自身が経験したベータ時代と変わらないキャンペーン・クエスト展開となっているが、どこで歯車を違えるかはわからない。

現に、以前は助けられなかったキズメルを第三層で救えたことからも、今回のクエストで何かが起こるかもしれない。

半分はアスナを安心させるように、もう半分は自分を納得させるように返事をしたものの、言葉の最後は小さく呟くようになってしまった。

たき木が火の中で燃えて弾ける音が、夜の帳の落ちた森の中で小さく響く。

何となく座っていられなくなり、立ち上がって、キズメルの向かった小路へと一歩を進める。

やや乱雑に、しかしか細い気持ちも少し交えた上で踏み出した一歩に、声がかけられた。

 

「何だよ、アスナ」

「何が?」

「いや、さっきのやつ。脅かさないでくれよ」

「だから、何のことよ」

「さっきの、それ────」

 

言いようのない寒気を覚え、思わず口を噤む。

 

 

 

────それ以上、踏み込むな

 

 

 

はっきりと、聞こえた。

思わず背中に差したアニール・ブレードの柄に手が伸びる。

アスナも自信を抱きしめるようにして、その場に立ち上がる。

 

「…………今の、何」

「俺じゃない、アスナの声でもない」

 

足元を確かめるようにして、雪化粧を施した腐葉土の上に靴を滑らせる。

 

 

 

────それ以上、踏み込むな

 

 

 

剣を引き抜く。

得体の知れない声の主を警戒して、体が反射的に反応した。

同じように剣を抜いて傍に駆け寄ってきたアスナと背中合わせになって、周囲を窺う。

地面を踏みしめる音と、たき木の燃える音以外聞こえてこない、静寂の中で、先日の≪ノルツァー閣下≫から隠れてやり過ごしたときと同じような感覚を味わう。

カーソルが見えない分、余計に性質が悪い。

 

「…………誰よ、あなた!」

 

極度の緊張からか、アスナがか細くも凛とした声で叫んだ。

いや、アスナ、そう聞いて答えてくれるような奴がいると──

 

 

 

────俺は、この森の番人だ!

 

 

 

──答えるのかよ!

心の中で叫びつつ、幾分、緊張感が薄れたような気配を感じる。

とはいえ、まだ剣を戻すことはできない。

アスナが少しくぐもった声で、何者かの返事を鸚鵡返しする。

 

「森の、番人?」

 

 

 

そうとも、命が惜しければ、すぐにこの場所から出て行け!

 

 

 

「ねぇ……キリトくん」

「申し訳ないけど、俺もこんなイベントは知らないよ。というか、少なくとも≪瑠璃の秘鍵≫とは関係ない気がする」

 

連続クエストの消化中ではあるが、先ほどまでのクエストとはかけ離れた始まりだ。

となると、別の第四層におけるクエストの一つが引っかかったと考える方が確かだろうか。

 

 

 

お前たち、剣士だな──応えなくても良い、その剣を見ればわかる!

 

 

 

声の出処を何とか突き止めようと、全神経を耳元に集中させる。

声、たき火、夜風、靴擦れ、鼓動──様々なサウンド・エフェクトの一つひとつを聞き分け、余分な音を意識の外へ追いやっていく。

音成分がくっきりと分離されている仮想世界なら、もしかしたらできるかもしれない。

できるかどうかではなく、今はこの方法を試さずにはいられなかった。

──俺ともアスナともキズメルとも違う、声。

 

 

 

このまま森を突き進んでみろ! その瞬間、貴様たちは森の裁きを受け────

 

 

 

時計回りになるようにして、じりじりと足を動かす。

アスナも俺の動きに合わせて、少しずつ動いてくれるようだった。

もう少し、もう少しで声の出処を掴めるような気がする。

 

 

 

────その身を滅ぼすことになる…………のか?

 

 

 

中途半端な脅し文句に、思わず転倒しそうになった。

和みのムードに巻かれてしまわないよう、懸命に足を踏ん張る。

方向の目途はついた、けれど彼我の距離が今一つ測れない。

 

「何よ、変な番人ね」

 

 

 

何だとこの細剣娘! 覚悟しやがれ!

 

 

 

 

右手に握り締めた剣でソードスキルのプレモーションを起こしながら、左手で背中越しにいるアスナの肩を抱き寄せるようにして反転する。

何かアスナが叫んでいたような気もするが、今俺が聞き分けているのは、森の番人とやらの声だけだ。

反転したときの捻りも加えながら、空中に斜め四十五度を円弧を鋭く描く。

片手剣単発斜め斬り──≪スラント≫が、ソードスキルのエフェクトライトを引きながら、飛来した片手斧を弾き飛ばした。

特にソードスキルによって投げられたわけでもなさそうなところからも、この直線上に森の番人がいることは明らかだ。

アスナもそのことを瞬時に理解したのか、体勢を立て直しながら森の奥へと駆け出す。

スキルの硬直が解けるのを待って、アスナを追って同じように走る。

少し前に≪疾走≫のスキルを≪裁縫≫と入れ替えていたはずだというのに、それでもなお彼女は速かった。

前方で、≪リニアー≫らしきソードスキルのエフェクトライトが発光した。

同じようにして斬り込むべく、剣を左腰に構え、前傾姿勢を取ってプレモーションを起こす。

森の地を踏み切って、全身に青白い光を纏って一陣の風になる。

片手剣基本突進技──≪レイジスパイク≫によってスピードの乗ったアニール・ブレードが宝箱に吸い込まれていく。

…………宝箱?

 

「なっ……ぁぐぁっ!?」

 

木製らしい宝箱の側面と激しく剣が衝突し、腕の痺れを覚えるよりも早く体が後ろへと弾ける。

尻餅をつきそうになりながらも何とか体勢を立て直し、片膝をつきながら目の前の光景を理解しようとする。

──宝箱、だよな、これ。

オーソドックスなタイプの宝箱が────正確には、オーソドックスなタイプの蓋が外れた宝箱が…………いやいや、さらに詳細に語れば、何か黒い毛玉のようなものが箱からはみ出している宝箱が、そこにあった。

アスナも細剣の切っ先を宝箱に向けたまま、どう対応すれば良いか困惑しているようだった。

時間をおいて訪れた腕の痺れに抗いながら、アスナの傍へと走り寄って、同じように剣を構えた。

 

「…………何、これ」

「片手斧が転がっているところをみると、こいつが……森の番人か?」

 

会話を交わそうと互いに顔を見合わせたところで、その宝箱が突然動き始めた。

滑って平行移動するかのような動きだが、無機物が動いているわけではなく、宝箱の下には足らしきものが見えた。

鬱蒼と茂った森の中でも、この場所が開けていて良かった。

前日に積もった雪明かりと、空に昇った月明かりが、逃げ行く宝箱の行先を教えてくれた。

 

「ぶへぇっ!!」

 

痛そうな声と、それから衝突音を響かせて、足の生えた宝箱が転んだ。

 

「…………おい、おいコラ!」

 

黒い毛玉がもぞもぞと動き始め、やがて眉が繋がり髭もじゃらなおっさんの顔が見えた。

どう反応したものかと、アスナと二人、少しずつ宝箱との距離を詰める。

 

「コラ、聞こえてるだろ! そこの剣士共!! さっさと起こせ!! 起こしやがれ!!」

 

自分一人では起き上がれないらしく、仰向けのまま宝箱おっさんが偉そうに口を開いていた。

遠巻きに見つめていたアスナのこめかみに、青筋が少し浮かんだような気がした。

それにしてもあの黒い毛玉みたいなの、本当に髪の毛だったのか。

 

「口の利き方から教えてあげたほうがいいかしらね……」

「ちょ、ストップストップ、とりあえず起こしてやろうぜ。少なくとも、これ以上血生臭い展開には持ち込まなくて済みそうだ」

 

やれやれといった感じで肩を竦めたアスナを置いて、宝箱おっさんに近づき、そのまま筋力値に任せて引っ張り起こした。

ぐらぐらと傾きながら、ゆっくりと宝箱が正面を向く。

 

「おお、助かった! …………とはいえ、さっきの剣技で死にかけたのだから、これでお相子だな! サンキュー、黒い坊主!!」

「いや、俺こそ悪かったよ。えーっと」

「≪ガイモン≫だ。よろしくな、黒い坊主」

「キリトだ。よろしく、箱入り息子」

「あぁ、小さな頃から大事に育てられてて…………ってコラ! んなわけあるか!!」

 

流暢に会話をこなしているからプレイヤーキャラクターかと思ってしまったが、どうやらNPCのようだ。

彼の頭上に、金色のクエスチョンマークが点灯する。

キズメルといい、このガイモンといい、やはりベータテスト時代のアインクラッドとは比べものにならないほど、NPCの性能が進化しているのだろう。

…………さて、少し休みたいと思っていたところだが、せっかくのクエストだ。

受諾するべく、ガイモンとの会話を進める。

 

「どうして、宝箱なんかに入っているんだ?」

 

彼の頭上のクエスチョンマークが点滅を始めた。

予想した通り、宝箱に入った姿について触れることが、クエストを進める鍵になっていたようだ。

ガイモンと目線を合わせるべく、足元に積もった雪を払って座るスペースを作る。

 

「それがよ、はまっちまったんだ。どうしたって抜けらんねぇ。もう二十年もこのまんまだ!」

「にじゅっ…………」

「…………え?」

 

いくらNPCのクエストだからといって、二十年という情け容赦のない設定上の数字に、思わず俺は聞き返しそうになった。

アスナも口を開いて呆けたような表情をしている。

お前らにわかるかこの切なさが、などと続けるガイモンは、繋がった眉の形を変えながら、説明を続ける。

どうやらすでに体と箱とが一体化しているような状況になっているらしく、箱を壊したり、無理やり引き抜いたりすれば、ガイモン自身が参ってしまうということだった。

彼を助けることがクエストクリアの条件だと思っていたが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

一息に話し終えたガイモンが、大きなため息をついた。

 

「えぇと、ガイモンさん。どうしてあなたはこの森へ?」

「俺か? 俺もお前たちと同じで元剣士よ。≪ロービア≫の街を拠点に冒険するさすらいの斧使いだったんだ」

「へぇ、そうだったのか」

「ある日、街の酒場で、この森の中に宝物が眠っているっていう話を聞いてな。さっそく探してみようと思って、踏み入れたわけよ。しかし、探せど探せど目当ての宝は一つも見つからず、収穫は今俺がはまっている壊れた宝箱くらいだった」

 

アスナの問いかけに、ガイモンは過去を振り返るようにして目を細めた。

 

「お前らはこの森に入ってきたばかりでわからないかもしれないが、そんなに広い森じゃねぇ。俺一人とはいえ、三日もかけて回ればほとんど全てを調べられるような森だった。ちょうど森に入って一週間だったな、何も見つけられなかった俺は、ガセネタを掴まされたんだと思ったわけだ。仕方ねぇ、帰ろうかと思ったときのことだよ」

 

そう言って、ガイモンは夜空を仰いだ。

誘われるようにして、彼の見つめる先を追う。

そこにあったのは、この森の中で一番高いであろう木だった。

昨日の雪が積もり、白亜の塔のようにそびえ立つ巨木だった。

 

「あの木から、太い蔦が垂れているのに気づいたんだよ。まさかな、と思いながら、その蔦を登りはじめてみたんだ。そしたらよ、登りきった頂上近くの木の洞の中に────」

 

芝居がかった言い回しに、気づけばアスナも生唾を飲み込むようにして聞き入っていた。

 

「────あったんだ、宝箱が!! なんてことはねぇ、眠っているなんて言い方だったから足元ばっかり探してたけど、まさか上にあるとは思いもしなかった! 驚いたね、自分の眼を疑ったよ!! …………だけど、極度の喜びからか、思わず両手を話して喜んでしまい、蔦から落下。木の蔦を登りはじめるときの踏み台にした壊れた宝箱に、すっぽりとはまっちまった」

 

熱っぽく語っていたガイモンだったが、最後は笑ってくれとでも云わんばかりの語り口になり、自嘲の笑みすら浮かべる始末だった。

 

「…………以来、二十年間。俺は番人としてこの森を、いや、この森の宝を守ることを心に誓った。あれは俺の宝だ、誰にも渡したくねぇ!」

 

大声で啖呵を切るガイモンの姿はお世辞にも格好良いとはいえなかったが、その言葉は俺たちプレイヤーと同じ、熱い思いの篭もった一声だった。

 

「キリトくん」

「ん?」

「助けてあげようよ、ガイモンさんのこと。私たちで宝物を、取ってきてあげるの」

「ほ、本当か! 赤い嬢ちゃん!!」

 

アスナです、と咳払いをしたあと、ふんわりとした笑顔を浮かべて、アスナがガイモンに手を指し延ばした。

 

「私たちに、お手伝いさせてください」

「…………すまねぇ、すまねぇな、恩に着るよ! 剣士さんたち!!」

 

ガイモンはちょこんと伸ばした手で、アスナと堅く握手を交わす。

視界の左隅でクエストログのタスクが更新される。

なるほど、ガイモンを宝箱から出すわけじゃなくて、ガイモンに宝物を届けるのが、このクエストのクリア条件ってわけだ。

歩き始めたガイモンの後を追って、ゆっくりと巨木の麓を目指す。

 

「木登りか……」

「任せたわよ、黒い坊主さん」

「いや、俺より軽やかな赤いお嬢さんの方が適任なんじゃないか」

「嫌よ、キリトくんのバカ」

「い、いきなりバカっていうのは失礼なんじゃ……」

 

両手を後ろ手に組んで、アスナが顔を背ける。

心なしか、頬が赤らんでいるように見えたけど、何かまずいことを言ってしまったのだろうか。

雪の残る道を踏みしめるたびに、可愛らしい音が鳴り続いた。

 

「────ここだ」

 

やがて、ガイモンが巨木を前に立ち止まる。

こうしてみると、改めてその大きさを実感する。

いっそソードスキルか何かで巨木を倒せないかと思ったけれど、それはそれで骨が折れそうだ。

樵、みたいな生産系のスロットもあっただろうか。

もしあったとしても、俺だったら斧より剣を使って挑んでみたい。

──どこかずれた思考を振り払うように二度三度頭を振って、目の前にぶら下がっていた蔦を見上げる。

 

「≪軽業≫スキルが必要、なんて展開は避けたいな…………っと!」

 

両足で地面を強く蹴り、蔦を両手でしっかり掴む。

念のため、アニール・ブレードとプロテクターの装備を解除したおかげもあってか、俺の体重を蔦はしっかりと支えてくれているようだった。

両手に力を込め、そのまま順番に手を動かして、蔦を登りはじめる。

 

「キリトくーん、大丈夫そうー?」

 

やや間延びしたアスナの声に応えようと視線を落とすと、もう随分地上から離れたところまで登っていたことに気づいた。

ついでに、登りはじめのときに忘れようとしていた浮遊感のようなものを、しっかり思い出してしまった。

高所恐怖症というわけではないが、さすがに命綱もなしに登り続けるのは、少し怖い。

見えているかどうかわからないが、引き攣り気味の笑顔でアスナの声に応え、再び頂上を目指す。

ガイモンからも絶えず声援が届けられ、握り締める両手に力を貸してくれるようだった。

 

「よし…………ぐ、ぬぉっ!!」

 

ガイモンの言っていた洞へと手をかけ、思い切り体を引き上げる。

そのまま倒れ込むようにして中へと転がり込み、少し呼吸を整えたあとで、上半身を起こして辺りを見回した。

あった。

下でガイモンがはまっていたものと同じ種類の、埃を被った宝箱が、全部で五つ。

やや大きめの宝箱をどう運ぼうか、中身だけ取り出してアイテムストレージにしまっていくのが簡単だろうか──悩みながら、とりあえず蓋に手をかけ、一気に開け放つ。

しかし、その中には────。

 

おーい!! キーリートーくーん!!

 

アスナの声が聞こえる。

悩んだ末に、宝箱の一つを持って、洞から体を出した。

 

「おお、あった! あっただろう! 黒い坊主!! 俺の見つけた宝物だ!!」

「────あぁ、あった、五つの宝箱が」

「うわぁ…………ね、キリトくん! 早くそれを下ろしてガイモンさんに届けようよ!!」

「ははは! 俺たちにぶつけないよう気をつけてくれよな!!」

 

両手をぶんぶんと振る彼らの表情を見ることが、辛かった。

 

「────レアアイテムばかりだったよ、だからガイモン、悪いけど渡したくなくなった!!」

「…………な……何馬鹿なこと言ってるのよ、キリトくん!! それはガイモンさんが見つけた宝物じゃない!!」

「じょ、嬢ちゃん……」

「つまらない冗談言ってないで、すぐに渡しなさいよ! ちゃんと受け止めてあげるから! ほら!」

「いや、いやいいんだ、赤い嬢ちゃん、黒い坊主が渡したくないっていうのなら、それはそれで…………」

「いいわけないじゃないですか! いいわよ、キリトくんが渡さないっていうのなら、私が登って…………!!」

 

アスナの細剣やブレストプレートが粒子化して消えていくのが見えた。

そのまま蔦に飛びつこうと、やや助走を取る。

アスナが登って来る前に蔦を切り落とそうかとアニール・ブレードを装備し直そうとしたところで、ガイモンがアスナの走る道に立ちはだかった。

 

「ガイモンさん! そこをどいて!!」

「黒い坊主!! ……お前、いい奴だなぁ…………!!」

「え…………何それ、どういうことですか! 感謝なんて、そんな……」

「…………永い、永い時間の中で、考えない日がないわけじゃなかった。ただ……なるべく、考えないようにしてたんだが…………」

 

洞の中に体を戻し、目を瞑って背中越しにガイモンの声を聞く。

 

「…………ないんだろう…………中身が……」

 

嗚咽交じりの声が、夜闇に溶けていく。

 

「あぁ────…………全部、空だった」

「そんな…………っ」

「宝物が眠っている、っていう話にはよくあることなんだ……! 見つけたときには、もう誰かが開いたあとだっていうのは…………ぐぅ、うぅ」

 

洞の縁に腰を下ろし、ガイモンの独白に耳を傾けながら、自身の旅を振り返る。

似たような経験はあった。

迷宮区のタワーですでに宝箱が開かれていたり、一点ものらしいアイテムを買うかどうか悩んでいるうちに先を越されてしまったり、この手のゲームを進めていく上では何度もぶつかることだった。

とはいえ、刹那的なものであるし、入手できなかったものなど、そのまま忘れてしまう。

けれど、たとえガイモンがNPCだとしても、二十年という歳月を宝物に費やしたという彼の気持ちを、こんな形で汲むことになってしまい、心の中には彼に対する申し訳ない気持ちが膨らみ続けていった。

 

「二十年、待ち続けた宝が…………ただの、箱だったなんて……」

 

アスナの消え入りそうな声が、聞こえてきた。

どんな言葉をかけて慰めても、きっとガイモンには届かない────ならば。

一つ、呼吸をして。

洞の中にあった宝箱を抱きかかえ、次々に外へと放った。

 

「ちょっ…………キリトくん!?」

 

最後の一つを放ったあと、そのまま蔦へと飛びつき、手早く降下する。

雪に沈む形で、巨木の周辺に宝箱が散らばっていた。

 

「────ガイモン」

「黒い坊主……」

「…………良かったな、これでまたさすらいの斧使いに戻れるわけだ────今度は、どんな宝物を探しに行こうか」

 

自然と、微笑むことができた。

できるだけ、優しく言葉を紡ぐことができた。

涙を溜めていた目を大きく見開いたガイモンは、一度両手で顔を覆って、それから泣き笑いのような声を上げた。

 

「そうだなぁ…………次はどんな宝を探しに行こうかなぁ。ははは、この格好でもいけるところなら、どこへだって行ってやるさ!!」

「ガイモンさん……」

「他にも美味しい宝の情報を知ってるなら、付き合わせてくれよ。ただし、見つけた者勝ちだぜ」

「おお! 乗り気じゃねぇか、黒い坊主!! がはははっ………………ありがとうよ、二人とも。俺にも、まだ、未来が見えそうだ」

 

ガイモンの呟きのあとで、クエストログが進行し、≪森の番人≫クエストが終わりを告げた。

 

「これからどうするんだ?」

「そりゃあ、さすらうよ。この窮屈な箱とは今後も付き合いながらな」

「また、遊びに来ますね」

「ありがとうよ、赤い嬢ちゃん。そのときにはここにいないかもしれないが、よろしくな」

 

アスナと並んで立ち、二人揃ってガイモンに頭を下げる。

ガイモンも、丁寧にお辞儀を返してくれた。

 

「行こう、アスナ。キズメルも心配してるかもしれない」

「…………うん」

「じゃあな、黒い坊主に赤い嬢ちゃん。二人の剣に、幸あれ」

 

ガイモンに背を向け、新雪を踏みしめる。

野営地まで振り返らず、黙々と歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………起きてる、キリトくん」

「…………うん」

 

野営地、深夜。

微かに寝息の聞こえるキズメルを挟んだ向こうから、アスナが声をかけてきた。

 

「ガイモンさんがNPCだっていうことは……頭では、わかってるの。でも、なんだか、あんまりな結果で…………あはは、ごめんね、ゲームだっていうのに、変に入れ込んできちゃっているのかも」

「いや……俺も、俺も同じだよ。NPCとかプレイヤーとか、そういうのじゃなくて、もっと別の何かが、仮想世界では進化を続けているのかもしれない」

 

上半身を起こし、夜空を見上げる。

綺麗な星空だった。

 

「…………どこかで、ガイモンさんと会えると良いね」

「あぁ────そのときは、トレジャーハント勝負でもしようぜ」

 

横に伏せていたアスナが、嬉しそうに微笑んだ。

 

「おやすみ、キリトくん」

「おやすみ、アスナ」

 

第四層で迎えたクリスマスの夜が、深々と更けていく。

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