「おお、キリト! お前も出てきたのか」
「よう、クライン。相変わらず暑苦しい奴だな」
盛夏、極暑。
アインクラッド第五十層の主街区≪アルゲード≫で少しでも涼を取ろうと屋台街へと繰り出した俺は、偶然にもクライン率いるギルド≪風林火山≫の一団と出会った。
どうやら彼らもこの暑さを少しでも紛らわせようと、外の温い風を浴びながら、麦酒を煽ろうとしていたらしい。
「んだよ、そういうお前こそ、相変わらずの黒づくめじゃねぇか、おめぇのがよっぽど暑そうだ!!」
いつもの鎧武者行列ではなく、銘々に作務衣や甚平のような涼しい見た目の和装へと姿を変えていた彼らが、声高らかに笑う。
ぐうの音も出ない反論に、せめてもの抵抗をするべく、先ほど滞在先の宿の受付でもらった≪うちわ≫をアイテムストレージより取り出す。
少し手を動かせば、周囲の蒸し暑さが幾分和らいだような気がした。
くそう、こんなことならもっと動きやすい普段着でも準備しておくべきだった。
「今から飯だろう? どうだ、一緒に」
「いいのか?」
「あぁ、たまには情報も交換したいしな。それに酒は大勢で飲んだ方がうまくていいや」
「いや、でも」
「ほれ、いくぞ野郎ども!」
人さらいよろしく、肩をがっしりホールドされた俺は、引きずられるようにして、アルゲードの石畳に踵をつけた。
飲み物が揃ったところで、男ばかりのテーブルは賑やかに乾杯を交わす。
お洒落とは程遠い、瓶ビールの空きケースをそのまま椅子にしているような、そんなレトロ感のある酒場の雰囲気は、なかなか良いものだった。
簡易のつまみに続いて大盛りの主菜が登場するころには、場も随分と温まり、様々な話が飛び交った。
普段は使うことのない武器のソードスキルに関することや迷宮区攻略の進捗、特定モンスターの効率的な狩り方など、話の内容は相変わらずのものばかりであったが、そのときそのとき互いに成長し合っていることもあり、良い情報交換の場になっていた。
情報屋からの情報と違い、その情報について知っている生の声を聞くことができるというのは、とてもありがたい話だ。
三杯目となった微炭酸の柑橘飲料を飲み干し、机にグラスを置いたところで、目の前に座っていたクラインがやや含みのある咳をした。
「…………なんだよ、何か話でもあるのか?」
「ん、いやな、話ってほどのことじゃあないんだが……って、お前の前で格好つける必要もねぇか」
クラインも手に持っていたジョッキの中身を飲み干し、やや勢い良くテーブルへとそのジョッキを下ろす。
「────お前も聞いているだろう、聖剣の話」
「…………あぁ、まぁな」
周囲の喧騒がどこか遠くなっていくような感覚を覚えつつ、クラインのいやにはっきりとした声に相槌を打つ。
聖剣────“聖なる剣”という伝説めいた銘をもつ武器が、最近発見されたという、そんな話がここ最近のアインクラッドを賑わせている。
ある商人プレイヤー曰く、売れば最前線一等地のプレイヤーホームをまとめて買い占める価値のある剣。
ある剣士プレイヤー曰く、システムアシストをブーストさせてソードスキルを連発することのできるアウトサイドシステム・ソード。
他にも振れば刀身が三本の軌跡を描くだとか、取得武器スキルによって形を変えるだとか、大地と海と空と全てを斬ることができるだとか、眉唾の情報から確信に迫っていそうな情報まで、様々に入り乱れていた。
別に武器マニアというわけではないが、やはりそういった伝説級の武器であれば、自然と食指が伸びるのはゲーマーの性なのだろう。
現在、自分の命を預けている愛剣が嫉妬しない程度に、街の情報に聞き耳を立てているのも事実だ。
「実はよ…………おい、耳貸せ」
「ん、なんだよ、勿体ぶ………………は!? マジか!?」
「ばっ、声が大きい!!」
奥まった席とはいえ、かなりの大声になってしまい、周囲にいたプレイヤーから視線が集まるのを肌で感じる。
曖昧に笑って誤魔化しつつ、片手で謝罪の意を示した。
すぐに賑やかな酒場に戻ったところで、一つ息をする。
「さすがの黒の剣士さんも、やっぱりその情報には驚くんだな」
「あ、あぁ、驚いた。でも、そんな情報、どこから……」
隣で焼き鳥らしき串を頬張っていた風林火山のメンバーが、茶化すように話しかけてくる。
やや情報処理がうまくいっていない状態で返事をしてしまい、随分と気の抜けたものになってしまった。
俺の大声を窘めたクラインも、今はニヤニヤと笑いながら、俺の挙動を楽しんでいるようだった。
「どうだ、キリト。乗ってみねぇか、悪くはねぇと思うんだが」
「…………んー……」
空になったグラスに、やや歪んだ自分の思案顔が映る。
「一晩考えさせてくれ、っていうのは駄目か?」
「構わねぇよ。男が悩むときっていうのは、大体一晩が常だ。俺もその昔嫁さんをもらうときには随分と悩んだもんだ……」
「は?」
「少しお転婆な幼馴染と、清楚なお嬢様…………遠い昔の話さ」
「酔ってんなよ、二十四歳独身」
「あぁ、おい、個人情報漏らすなよ!!」
喧騒が、いっそう大きくなった。
熱気冷めやまぬ真夏の夜は、ゆっくりと更けていく。
実は…………聖剣を打つ鍛冶屋が現れたらしいんだよ。
宿に戻ってベッドに身を投げたところで、クラインの耳打ちが蘇る。
聖剣を打つ鍛冶屋。
打てるということは、この世界に一本しかない武器というわけじゃなくて、何本でも生産が可能なのか。
それとも、たまたま打った剣が聖剣に化けたのか。
その聖剣は、今もその鍛冶屋が所持しているのか。
…………聞いてみたいこと、確認してみたいことが、次から次へと溢れてくる。
クラインはアルゴとは別の情報屋からその情報を譲られたらしく、物は試しにと明日その鍛冶屋を訪ねるつもりらしい。
そこに同行しないか、という誘いだったが、俺はその誘いに乗ろうかどうしようか悩んでいた。
確かに聖剣入手ができるかもしれないことは魅力的だ、武器の性能も気になる。
しかし、ようやく手に馴染んだ片手剣≪ダークリパルサー≫を手放してまで手に入れたいかと問われると、返答に困ってしまう。
ストレージの肥やしにしておくのも勿体ないし…………あぁ、くそ、いっそ≪二刀流≫の上位で≪三刀流≫だか≪四刀流≫だかあれば悩まなくて済むのに!
「────ふぅ」
システムコマンドを弄って二振りの剣を両手に具現化する。
重みのある質感に、少し落ち着いた気がした。
軽く、剣でも振ってこよう。
それから、クラインにメッセージを飛ばそう。
そう決めた俺は、装備を確認して宿を出る。
夜型プレイヤーに紛れて、アルゲードを後にした。
「ふぅ…………────────りゃあぁっ!!」
気迫一閃。
クラインを基点として、正面水平方向120度角、半径10メートルにおける扇形範囲を一陣の風が薙ぐ。
刀ソードスキル≪颶風≫の発動により、大人の腰元くらいに届きそうな見える範囲の草花が綺麗に刈り払われた。
愛刀を鞘に戻しつつ、クラインは中腰になって、刈り払った草むらを丹念に調べ始める。
やがて、払った草に混じって、淡く輝く金属片を見つけた。
これ幸いと思い、すぐに手に取った彼は、そのまま近くの大樹の傍に建てられた洋風別荘のような住まいへと走り、戸を叩く。
すぐに扉が開き、中から現れたのは日本人とは違う、西洋風のアバターをもつ老紳士のような人物だった。
れっきとしたプレイヤーの一人であり、親日家でもあった彼──名をプレインと云う──は、あの忌まわしき日にナーヴギアを装着した数少ない外国人の一人である。
豊かに蓄えた口髭と、渋みのあるアイアンブラックの髪色、どこのクエストで入手したのか銀細工の施されたモノクルを装備した彼の姿は、まるでどこか中世の貴族か何かを切り抜いてきたような出で立ちだった。
そんな彼が、クラインの言っていた≪聖剣鍛冶≫だというのだ。
「ほほう…………これハ………………んー、残念ダ、クラーイン、このインゴッドは期待してイタものと違ってイル」
「ぐあ、また駄目だったか! 畜生、もう一回行ってきます!!」
「Good luck,Japanese Sword Fighter」
クラインから受け取ったインゴッドを、彼は≪鑑定≫スキルを使っているかのような手つきでよく確認し、やがて首を横に振った。
クライン率いる風林火山が彼の元を訪ねて早三日。
幾度となく草を刈っては、その地から少し顔を出す金属片を掘り起し、プレインに届けるというお使いクエストばりに長期的な作業に、彼らは汗水を流していた。
Hey,look! コレが、そノ剣だヨ!
三日前、プレイン氏の屋敷を訪れたクラインたち風林火山ギルド一同──キリトからは“申し訳ないが一緒に行けない”という連絡があった──は、応接間に通されたあとで、件の聖剣とやらを目の当たりにした。
薄らと青みのかかった刀身の長さは、およそ60センチメートル。
思っていたよりも短いその剣の柄の部分には、刀身を線対象の軸に鋭角気味に広がる短い鍔と、特に皮など巻かれていない剥き出しになった金属質な握り、そして先端が緩やかな曲線を描く柄頭を備えていた。
見るからに、片手剣の造りをしていた。
その静謐な雰囲気に、ギルドメンバーの誰もが息を呑んだ。
その中から一人、思わず手を伸ばそうとしたところで、応接間の扉が荒々しく開かれる。
やってきたのは、≪聖龍連合≫の紋章をあしらった兜を被った大柄な男性重装備プレイヤーだった。
クラインたちを一瞥したあと、彼は大量のコルの入った革袋を取り出しつつ、何とかその剣を売ってもらえないかとプレイン氏に商談を持ちかけた。
難色を示すプレイン氏に、とうとう彼は“ならば殺してでも奪ってやる!”という物騒な言葉を吐き捨てる。
いくら圏内とはいえ、そんな横暴を許せるはずもないクラインは、彼が掲げた片手斧が振り下ろされるよりも早く、彼の喉元に抜き放った刀を突きつける。
どうしてもやるっていうなら、プレインの旦那に代わって俺が相手になるぜ────聖龍さんよ。
軽い物言いの中に隠れようとしない殺気染みた何かを撒き散らす若武者に、彼は苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を取り、しばらくしてから斧を持つ手を下した。
突然の来客は、どうもプレイン氏のもとを何度も訪れていた人物だったらしく、正直なところ、プレイン氏も頭を抱えていたようだった。
それをさっと追い払ってくれたクラインのことをいたく気に入ったらしいプレイン氏は、秘蔵の酒瓶を取り出して彼を含むギルドメンバーと大いに打ち解けあい、ついには一つの約束を交わしたのだ。
ブラヴォー、ブシドー!! Strike your ultimate weapon for your kindness!
その場の雰囲気と勢いでよくわからないうちに“サンキューサンキュー”などと相槌を打ったクラインは、彼のための刀を作成してもらうため、聖剣と同じ金属素材を探すことになった。
プレイン氏曰く、偶然庭で見つけた金属から聖剣を打つことができたらしい。
その金属────≪ブルー・メディテレーニア≫とやらを見つけてくれれば、聖剣でも、妖刀でも、何でも打ってやろうじゃないか、プレイン氏はそう言った。
以来、三日間。
昼も夜もなく、クラインたちは、刀を振るっては庭先の草むらをかきわけ、金属採掘に躍起になっていた。
「with great pains......Hah, so cool, but so fool, Jpanese Sword Fighter」
「こーら、そんな言い方はダメよ。あの武士っぽい人たちだって、あんなに真剣なんだから」
屋敷の中、小窓越しに外を眺めていたプレイン氏が、くつくつと笑いだす。
それを窘めるのは、彼とコンビを組んでいるらしい、艶めかしい装いをした女性プレイヤー。
真紅の髪を一本に束ね、チャイナドレスに似た部屋着を着崩し、プレイン氏に寄り添っている。
「見せてあげましょうよ。庭のどこにも、そんな金属は無いって。あの青い金属は、この層じゃ絶対に見つかりっこない金属なんだって」
「フん、それモそうダな」
クラインたちが屋敷から目を逸らしているのを確認したプレイン氏は、鍵を外して小窓を上に持ち上げ、そこから青い金属を持って手を伸ばして見せた。
「ごらン、クラーイン。これがブルー……クハハッハッ! クズテツだ!」
笑い声を抑えきれないプレイン氏の隣で、美女も同じように笑う。
ありはしないのだ、聖剣なんて。
あれはただの“青い剣”なのだ。
「クラーイン、Thanks your house keeping,」
「庭は綺麗になるわ、インゴッドは無料で手に入るわ、あなたって本当に賢い人」
見つめ合い、二人の時間が止まろうとしたそのとき、不意に事件は起きた。
「No! My god!!」
あろうことか、プレイン氏は持っていた青い金属を取りこぼしてしまったのだ。
小窓ゆえ、顔を出して外を覗き込むには小さく、しかしその金属がクラインたちに見つかってしまえばうまくないということもあって、何とかその行く末を眺めようと獅子奮迅する様は、あまりに滑稽だった。
結論から言うと、慌てふためいて外に飛び出した二人は、とうとうその金属を見つけることができなかった。
ただ、直前に青いライトエフェクトが見えたことから、金属が落下による衝撃で砕けてしまったのだろうと、結論をつけた。
外では、腰に手を当てたクラインが、空を仰ぐように体を解していた。
新着フレンドメッセージを知らせるアイコンが視界の隅に点滅した。
すぐにメインウィンドウを開き、メッセージの差出人を確認する。
アルゴだった、どうやら首尾良く屋敷に潜り込めたらしい。
また、≪記録結晶≫を使って二人の会話を録音している旨も記載されていた。
キー坊と一緒だナ、真っ黒ダ────という微妙に引っかかる結びに、思わず口元が歪んでしまう。
「どうだった?」
「予想通りだったよ。カーソルこそグリーンだけど、プレイン氏はオレンジと呼んで差し障りないプレイヤーだ」
同行人の問いに短く答え、眼下に佇む屋敷を見つめる。
あの後、夜闇に紛れて剣を振っていたところで、クラインに同行する旨を伝えようとフレンドメッセージの入力を始めたところで、別口からのメッセージが届いた。
差出人は俺と同じくアルゲードを根城としているエギルからのものだった。
何でも、大口の注文が入り、早急にとある鉱物を集めなければならないとのこと。
あまり聞き覚えのないその鉱物は、随分と昔に攻略された三十四層の外れにある洞窟の中で採取できるものだった。
今となってはその鉱物よりもずっと良い鉱物も見つかっているだろうに、どうして今更そんなものを、とも思ったが、職人クラスにしかわからない何かがあるのかもしれない。
ともあれ、その鉱物探しを手伝ってくれないかというエギルの依頼に、悪態をつきつつも了解の旨を伝え、早速採取に向かった。
夜通しの作業となったが、ストレージぎりぎりまで詰め込み、その足でアルゲードのエギルの店へと向かう。
朝五時という早朝にも関わらず、外から見る店内には明かりがついていた。
店の中に入ると、エギルが誰かと喋っているのが見えた。
眼鏡をかけたローブ姿の、大人しそうな女性だった。
俺がやって来たことに気づいたのか、談笑を中断して、エギルが手招きをする。
徹夜明けのため、やや不愛想な応対となってしまったが、その女性にも挨拶をし、それから依頼の品──ブルー・メディテレーニア──をアイテムストレージ上に表示させる。
彼女がその、大口の注文客らしい。
エギルの店にあった在庫と合わせて百近くを仕入れ、彼女は帰路へと向かった。
手間賃だ、と上乗せされた報酬をエギルから受け取ったキリトは、眠い目を擦りつつ、彼の店を後にした。
宿までの近道だと、細い路地裏の道へと入ったところで、さっきの客が誰かと喋っているのが見えた。
そして、彼女たちは俺の姿を見るなり、血相を変えて、転移結晶を取り出したのだ。
瞬く間に消え行く人影に、半ば思考を放棄していたはずの頭の中が、再び冷やされ、クリアになっていく。
何か、企んでいる気がする────ほとんど第六感的に感じ取った俺は、報酬のコルを右から左へ流すようにして、アルゴへと送りつけた。
前払いだ、というコメントと共に、彼女たちの素性を調べてほしいというメッセージにを送ると、すぐに依頼を了解する返事があった。
そして、今日まで、彼女の下調べを手伝いつつ、ついに彼女と彼の企みを看破することになった。
「しっかし、聖剣ねぇ…………誇大広告もいいところだな、それは」
「でも、本当にあったら手に入れたいプレイヤーも多いだろうさ。ゲームを始めた当時は初心者でも、今や廃人の領域に片足を突っ込んでいるプレイヤーはいくらでもいる」
「ははは、キリ坊が言うと説得力あるな」
傍らで声を押し殺しながら笑う戦友の腹部を、少しの照れ隠しを込めて肘で突く。
プレイン氏は、あの鉱石をふんだんに使うことで、武器のカラーを変更する術を知っていた。
どうやら情報屋の間にも流通していなかった情報らしく、アルゴも初耳ダと驚いていた。
何の変哲もない一本の剣が、彼の手によって青味がかった極上のデザインのものへと生まれ変わるのだ。
武器のカラーリングなどはNPCショップなどでもできなくないが、彼の作った“聖剣”は文字通りワンメイクのカラーであり、市場のどこにも出回っていないものだった。
彼の手口は褒められたものではないが、その剣は美しく、もしかしたら彼の狡猾なところが、色の美醜にも反映されているのではないかと、思うくらいだった。
彼のオレンジたる所以は、その作った聖剣を餌に、プレイヤーに無理難題を押しつけ、楽をしようとするものだ。
アルゴが探してきただけでも、鉱石の掘り起こせる土地を備えたプレイヤーハウスを、3つは所有しているらしい。
それらを移り住みながら、ときに変装しながら、彼らは中間層で剣を振るう剣士たちの一財を食い荒らしてきたらしかった。
一週間も草刈りが続けば、大概のプレイヤーは馬鹿らしくなってその場を立ち去る。
とはいえ、本当に聖剣が手に入るのなら…………という独占したい欲もあり、聖剣に関する情報は、今までほとんど出回ることがなかったのだ。
幸か不幸か、今回はクラインから聖剣のことを聞いていたため、その手口の意地汚さを、すぐに理解することができた。
正義の味方を気取るつもりはないが────少なくとも、友人知人が辛い目に合うのを黙って放っておけるほど、冷血漢でもない。
「頼りにしてるぜ、スナイパー」
「ははは、このゲームが終わったら何かFPS系のVRMMOでも始めてみるかな…………────と、冗談もここまでだな」
彼が取り出したのは、ピンポン玉くらいの大きさをしたボール。
本来はトラップなどに使うものを改良したそのボールは、何か物にぶつかった瞬間に素早く付着する性質を持っている。
そして、そのボールに括りつけられているのは、暑さ数ミリながらも玉鋼を編み込んだように硬い鋼線。
彼の悪事を暴くため、記録結晶だけでなく、鉱物の現物も入手したいと思った俺は、アルゴの他にもう一人、応援を頼んだ。
それが彼だ。
彼の≪投剣≫スキルは完成されていると言っても、決して過言ではない。
あとは、プレイン氏が鉱物を手に取れば…………心ばかり願ったことが通じたのか、彼はわざわざ小窓を開けて、ブルー・メディテレーニアを持ってみせた。
窓越しに見える二人が急接近したところに、思わず自分の心臓が一つ跳ねた。
そのタイミングを縫って彼が投じたボールは、音もなく鉱物に付着する。
そのまま振るった腕を大きく引っ張り、彼の手元に確たる証拠はやって来た。
「お見事」
「どうも。さて、仕上げだ」
すぐに彼はアイテムストレージから耐久値の僅かな鉱物を取り出し、そのまま先ほどと同じようにして眼下に投じる。
屋敷の上の大木より放たれたそれは、小窓の下の地面にぶつかって、激しいライトエフェクトを撒き散らした。
まるで、ブルー・メディテレーニアが、砕けたように。
「これでいいかい、キリ坊」
「助かったよ、ありがとう」
本物のブルー・メディテレーニアを受け取りながら、俺はメッセージを打ち始める。
宛先はもちろん、クラインだ。
「見つけたぜ、旦那! これがブルー、ブルー……ブルー・メランコリーだろ!? いやぁ、ようやく見つけたよ!!」
「クラーイン…………どこデ、コれ…………」
夜。
昼の蒸し暑さを幾分忘れたその時間に、クラインは努めて明るく、応接間のプレイン氏を尋ねた。
クラインの取り出した鉱物を目の当たりにしたプレイン氏はひどく狼狽しながら、やや震える右手で鉱物へと手を伸ばす。
しかし、その手が鉱物へと届く前に、クラインは彼の右手に自分の右手を差し出し、きつく、きつく、握手を交わした。
「いやぁ、俺もついにレア武器所持者になるわけかぁ。はっはっは、こりゃあ刀使いの連中から妬まれちまうな」
「クラーイン! はナセ!」
「なんだよ旦那、俺の喜びが伝わらないのかよぉ。なぁ────作って、くれるんだよな」
────この男は、全て知っている。
口元に笑みを湛えたクラインの表情を見て、プレイン氏は理解せざるをえなかった。
「ノー。それハ、ワタシのアイテムデス。きみのもの、チガう」
必死に冷静を装うとするも、言葉の端々が震え、普段の穏やかな紳士の佇まいは、どこにも見当たらなかった。
「Annie! Come, Annie!!」
「アニー、っていうのはあの別嬪さんのことか? へっ、残念ながらこねぇよ、あの嬢ちゃんの相手はキリトさ」
握り締められた手を強引に振り解き、プレイン氏は屋敷を飛び出した。
そんな彼の目飛び込んできたのは、チャイナドレス姿のコンビを組んだ彼女──アニーだった。
至るところにダメージエフェクトを残し、満身創痍といった状態で立ち尽くす彼女に対して、夜よりなお黒い一人の少年が、顔色一つ変えずに剣の切っ先を向けていた。
その鮮烈な光景に、思わず後ずさったプレイン氏は、後ろからゆっくりと近づいてきたクラインにぶつかる。
後退もできない────そう悟った彼の窮地を救ったのは、あの、いつかの清龍連合に組みしているらしかった片手斧使いだった。
彼は物陰からクラインの元へと飛び出し、思い切りその片手斧を叩きつけた。
寸でのところで躱したクラインは、やがて一つ、大きなため息をついた。
「俺も、焼きが回ったもんだ。そうだよな、MMOだ、うまい話には裏があるに決まってらぁ。でも、俺も馬鹿だからよ、罠とわかっていても、突っ込んじまうんだよ。はは、笑ってくれよ」
「Terry!! Just blaze up!! Beat away!!」
テリー、と呼ばれたその片手斧使いがプレイン氏の仲間だということも、クラインはキリトから聞いていた。
すっかり茶番に騙されたクラインは、自分を情けないと恥じ、同時に突き合せたギルドの面々にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
しかし、彼の人柄を理解しているメンバーたちは、決して非難することはなかった。
過ぎたことを悔やんでも仕方がない、ならば────確固たる意思をもったクラインは、掃除屋ではなく、一人の武士──もののふ──として、この夜に立っていた。
「秘密を知ったからには、やるしかねぇな。悪く思うなよ、風林火山」
「あぁ。そうだ、やるしかねぇ」
テリーからの≪デュエル≫申請を承諾したクラインは、そのまま刀を収めた鞘を手に、右半身を前にしてテリーへと構えを取る。
対するテリーは、左手に大盾をジェネレートし、その盾に自分を隠すようにして身構えた。
デュエル開始まで、残り四十秒。
「今更逃げるなんて野暮な真似は無しだぜ、プレインさんよ。なぁに、黙ってみてな、すぐに片づく」
クラインは首だけを動かし、転移結晶らしきものに手をかけていたプレインに釘を刺す。
「まぁ、でも、ちっとは感謝してるんだよ、旦那にも。あんたのおかげで、俺は聖剣を手に入れた」
そう残して、再び首を正面へと持ってきたクラインは、鞘の角度とそれを引き抜く右腕の角度を調節し、ソードスキルのプレモーションを立ち上げる。
デュエル開始まで、残り十秒。
“溜め”の利く彼の剣技は、その鮮やかなライトエフェクトを鞘と鍔の間から零しながら、発動の機会を今か今かと待ち侘びていた。
「これが、俺の聖剣だ」
クラインは目の前に輝いた【DUEL!!】の紫文字越しに見えるテリーに向けて、鞘から刀を解き放つ。
愚直に刀を振り続けた彼が辿り着いた居合の境地。
溜め時間によって最大射程と攻撃力が伸びていく、PvP初見殺しの荒業。
その太刀筋に≪武器破壊≫≪防具破壊≫の効果を付与した、正常なゲームであればすぐに運営が修正に乗り出すであろう、無慈悲の一撃。
システムが規定したソードスキルの名は────≪天羽々斬≫。
かつて、神代の頃に暴れ回った大蛇を制したというその剣銘を持つソードスキルは、テリーの持つ大盾を簡単に引き裂き、彼の身につけた防具に深々と斬撃痕を残して、夜の空気に霧散していった。
その、一撃で最大体力の五割近くを削った大技に、テリーは慌ててデュエルに降参をする。
続いて表示されるリザルト画面には目もくれず、クラインはゆっくりと、プレイン氏の元へと歩み寄る。
同じようにしてアニーを圧倒したキリトが、剣を肩に担ぎながら、無二の親友に、大きく頷いた。
「Make my ultimate weapon, please」
短い咳払いの後、クラインが流暢な英語を披露した。