アインクラッド23層主街区≪スパイア≫────自然豊かな22層とは打って変わって、重厚感のある鉄製の建物があちこちにそびえ立つこの街は、網の目のように路地が入り組んでいました。
中でも≪フォージェリー≫と呼ばれる一角の路地は錯綜を極め、見覚えがあるように錯覚してしまうほど、入り組んでいたのです。
このことに目をつけた職人クラスのあるプレイヤーは、大発見でもしたかのようにフレンドの一人にメッセージを送りました。
例えば僕が、剣を打つとしよう。
当然のように幾許かの鉱石や火種が必要になるのだけど、それを売りに来る露天商のことを考えてほしい。
高値で売買しようとするだけでなく、不要な鉱石までも売りつけようとする阿漕な露天商は、この一角を歩き回ったあげく、目的の場所までたどり着けずに元の場所まで戻ってくるに違いない。
そう、一つの鉱石を売ることなくね。
実際には街の隅々まで歩けば勝手にマッピングはされるのだから、そんなことが起こるはずはないのだけれど、≪阿漕な露天商≫という職人クラスの天敵について代弁したようなこの一文が、人伝に歩き回り、いつしかフォージェリーには多数の職人クラスのプレイヤーが集うようになりました。
風通しの良い大きな窓と、煤けた高い煙突、火の番をしながらもたれかかれるアンティーク調の安楽椅子、ついでに安い賃貸料の物件を求めて、多くのプレイヤーがうろついたのです。
やがて彼らは、良質の木材や石材を22層を始めとした各地から持ち込み、≪鍛冶屋集団≫を名乗り始めました。
ところどころ赤茶けた錆色が何とも言えない趣を醸しだす三階建ての集合住宅の最上階に、リズとレベッカが工房を構えていました。リズはリズベットの愛称です。
リズは≪片手武器作成≫の、レベッカは≪軽金属鎧作製≫の畑出身でした。
二人は4層の主街区≪ロービア≫にある洋風屋台で出会い、鍛冶と、白身魚と、ショートヘアーの趣味がパズルのピースのようにかっちりと当てはまっていることがわかって、共同で工房を持つことになったのでした。
それが、SAOに囚われて初めて迎えた5月のことでした。
SAOで迎える二度目の11月に入ると、冷たく、≪索敵≫スキルでも看破できない悪意あるものが、鍛冶屋集団を尋ね歩くようになりました。
その悪意あるものは、神父NPCから≪ハイエンシ≫と呼ばれ、水晶よりなお冷たい指を持った彼は誰彼構わず撫でまわしていくのでした。
この招かれざる客は、≪スパイア≫の中心地から同心円状にぐるぐると歩き回り、結果として何十人ものプレイヤーが彼の手にかかってしまいました。
ただ、地理に疎いのか、流石の彼も≪フォージェリー≫を抜けるのは困難なようでした。
≪ハイエンシ≫は、剣士の気概に満ちた老紳士とは呼べませんでした。
常に絞り出すような声を上げ、真っ赤に濡れた両手を震わせる年寄りの皮を被った何かが、鋼鉄にぶつかり唸りを上げる狂風に頭痛を抱える年端もいかない少女を相手にするなど、男の風上にも置けません。
しかし、≪ハイエンシ≫はレベッカを襲いました。
あの、冷たく命を摘み取る両手で、彼女を撫でまわしました。
あえなく倒れたレベッカは、静まり返った炉の近くにある簡易ベッドに横になったまま、ほとんど身動きがとれなくなりました。
そして、簡素な飾りの大窓越しに、隣に立つ黒光りしたチタンの集合住宅の何もない壁を見つめ続けることになったのです。
冬空の入り混じるある朝、硬質を思わせる外套を羽織った神父NPCが、リズを廊下に呼びました。
「助かる見込みは、十に一つです」
何度も同じ言葉を告げたのであろう神父は、表情と声色に少しの動揺を覗かせながら、リズに話しかけます。
「しかし、希望を捨ててはなりません。絶望にまみれてなお、心の光を絶やさねば、必ず報われます。その逆に、絶望を受け止めていたら、どんな特効薬も効果はありません」
やや芝居がかった台詞回しに、リズはチクチクと差すような苛立ちを必死に押し殺します。
「彼女は、自分が治らないと決めつけている。何か、気を紛らすものはないでしょうか」
「あの子は────レベッカは、いつか最高のプレートメールをつくるって言ってました! とても軽くて、それでいて守りを固められて、できれば安価で!!」
「なるほど、鍛冶職人ですか。そうですか、最高の────ですが、それくらいじゃとても全快するとは思えません。もっと別の、例えばどちらかの殿方と結婚を……」
神父NPCの言いかけた言葉を、リズはありったけの大声で遮ります。
そんな話をしているのではない、という芯ある声は、扉を閉めているというのにレベッカの耳にも届いてしまったのではないかと思わせるようなものでした。
「もちろん、わたしも最善を尽くします。しかし、申し上げた通り、自分の最期を思い浮かべるようになっては、治るものも治りません────もしも、もしもあなたが彼女に“この冬はどんな鎧の装飾が流行るか”なんて質問をさせることができれば、十に一つが五に一つくらいにはなるでしょうね」
神父NPCが家を出て行ったあと、リズは自室に戻って、クロスの耐久値をゼロにするくらいに泣きました。
ややあって、リズは鍛冶用のハンマーと金床を持ち、クリスマスソングをハミングしながら、努めて笑顔で、レベッカの部屋へと入っていきました。
レベッカは簡易ベッドの上で相変わらず横になったままでした。真白なシーツには一つの皺も刻まれず、顔は部屋の入口とは反対の大窓に向けられたままでした。
まだ眠っているのではないかと思い、リズはハミングの音を少し小さくしました。
リズは鍛冶用のハンマーと金床を足元に並べると、耐久値をチェックしながら、磨き用クロスを使って丹念に手入れを始めました。
まだまだ固定客の乏しい鍛冶職人は、少しでもスキルを磨くために、その下準備を欠かしません。
≪攻略組≫が最前線で剣を振り続けるように、職人クラスもまた、職人道具を振り続けるのです。
武器の種類や強化の方向性によって普段から使い分けている三種類ずつのハンマーと金床の手入れが終わるかどうかというところで、掠れた声が小さく、繰り返して聞こえました。
磨きをかけたサウンドエフェクトではなく、プレイヤーの声であるそれを聞きつけたリズは、すぐにベッドの傍へと駆け寄りました。
レベッカは、その燈色の瞳で窓の向こうを眺めながら、何か数を数えているようでした。
「じゅう、に…………じゅういち」
カウントダウンするような数え方に、リズは首を傾げながら、同じように窓の向こうに目を向けました。
何か数えるものでもあっただろうか、と考えるも窓いっぱいに広がるのは黒々とした外壁のみです。
その外壁を下から上に舐めるように眺めていくと、そこには幾許かの橙の光が見えました。
陽の沈む間際の光ではなく、どこか朧気な、淡いライトエフェクトです。
それが、建物の屋上らしきところに、点々と灯っているのでした。
「何を数えているの?」
「…………きゅう、はち」
尋ねたリズの言葉と、レベッカのカウントが、綺麗に重なりました。
そしてそのまま、消え入りそうな声で、レベッカは窓に向かってしゃべりかけます。
「どんどん、消えていくの。3日前は、100近く煌めいていたのに。暗闇の中数えるのは、まるで≪索敵≫スキルを鍛えているようだったわ────でも今は、こんなにも簡単」
また一つ消えた、と呟くレベッカに、リズも何のことだか合点がいきました。
「ねぇ、レベッカ────あなた、もしかして」
「リズにも見えるでしょう。あの、橙色の明かりが。あの最後の明かりが消えたとき、わたしも一緒にログアウトするの。もう、3日前から分かっていたのよ。ふふ、神父様は何も教えてくれなかったのかしら」
窓に映るレベッカの口元が僅かに綻ぶのを、リズは見逃しませんでした。
「……────っ、あははっ、やだなぁ、もう! ドラマか何かじゃあるまいし!」
心から溢れ出る感情を必死に上書きして、泣き笑いのような表情でリズは喋り続けます。
「あの明かりと、レベッカが元気になるのと、一体どんな関係があるっていうのよ。綺麗な明かりよね、あの明かりを眺めながら鍛冶をするのが好きだって、レベッカ言ってたじゃない。ねぇ、そんな──っ、そんな馬鹿なこと言わないで。さっきの神父様だけど、あなたが治る可能性は、そう、“一に十”、そう言っていたわ。一に十よ、それって無理をして街の外にでも出ない限り、ちっとも危なくないのよ。ねぇ、ほら、そうだ、わたし温かいスープでも用意するわ。ついでにオーダーメイドの片手用直剣も納品してこようかな。病み上がりのレベッカにも丁度良いホットワインなんかをお土産にしてあげる。そしたらあたしも何か気の利いたおつまみを買ってこようかな!」
堰を切ったように溢れ出す言葉の洪水は、優しくレベッカを包み込み、それから、一滴の影もなく、辺りに消えていきました。
「もういいの、ホットワインなんて買わなくても。それよりほら、一緒に見て。ほら、また一つ消える。スープなんて飲んでいたら、最後の光を見逃してしまうもの。ねぇ、リズ。あと6つよ。辺りが真っ暗になる前に、この黄昏の間に、最後の火も溶けてしまうかしら」
「レベッカ……っ、ねぇ、レベッカ!」
リズはほとんど覆いかぶさるようにレベッカのベッドへと身を投げ、悲しみを隠そうともせず、ただただ願いを口にします。
「レベッカ、今日はもう休もう? そして、私が納品を終えるまで、窓の外を見るのはやめにしてほしいの。あの灯が何だっていうの、あんなものにあなたの運命を任せるなんて嫌なの…………!」
身体を少しだけ起こしたレベッカは、そのまま視線を部屋の天井へと移しました。
「リズ、カーテンを閉めて」
「レベッカ!」
「あなたがいないところで、ログアウトはしたくないから。早く納品を済ませて、それで帰ってきたらカーテンを開けて────私ね、もう疲れちゃった。100層がクリアされるのを待つのも、茅場っていう人が逮捕されるのを持つのも、そういったことを考えるのも、何もかも。重たい荷物も軽い荷物も、全て放り出して、わたしは溶けてしまいたいの。あの、燭台で燃える石ころのように」
それだけ言って、レベッカは目を閉じました。
リズは口にしかけた言葉をぐっと飲み込み、納品先に行ってくる旨をレベッカの耳元で囁いて、それから部屋を後にしました。
リズの納品先というのは、隣の建物の最上階に工房を構える白髪交じりの初老の職人クラスプレイヤーでした。
≪Kuma≫という何の捻りもない名前をしたそのプレイヤーは、現実世界ではすでに仕事を退職し、悠々自適の生活を送っていたところ、デスゲームに巻き込まれてしまったという、高齢プレイヤーの一人でした。
昔取った杵柄とやらで、≪アインクラッド≫でも職人スキルを伸ばそうとしたプレイヤーだったのですが、如何せん、≪MMO≫で生きていくということに適応しきれず、今ではうだつの上がらない、気難しい職人崩れになってしまいました。
武器も鎧も、道具や家具も、皆そこそこ作れるのですが、会心の出来映えとなったものは1つもありませんでした。
特にこの数ヶ月は、今回リズに納品依頼を持ちかけたように、仲介業者のような真似をして、僅かばかりの稼ぎを得るだけで、ほとんどまともに鍛冶など行うことはありませんでした。
稼いだばかりのコルも、右から左で安いエールへと姿を変え、それを勢いよくあおりながら“妖刀と呼ぶに相応しい刀を打つ準備がついに整った”などと豪語するのです。
エールが入っていないときは、誰に対しても常に不機嫌な体で接していましたが、唯一、隣の最上階に住むうら若き乙女二人に対しては、孫娘に接する祖父よろしく、溺愛ぶりを見せるのでした。
クマ氏は、安いエールを瓶ごとあおりながら、リズの納品した剣を受け取りました。
耐久値がなかなか切れないらしく、其処彼処にエール瓶が転がる部屋は、相変わらず殺風景なものでした。
もうずっと火を入れていないらしい備え付けの炉は、遠目に見ても汚らしさが伝わってくるようです。
剣を手に、現実と空想が入り混じったような激論を口にするクマ氏を尻目に、リズは部屋の奥に掛け梯子が垂れ下がっているのを見つけました。
どうやら、レベッカが見つめていたあの微かな灯は、クマ氏が外へと打ち捨てたものらしいのです。
リズはレベッカのことを切り出しました。
“無いとは思うけど、もし本当に死んでしまうと彼女が考えていたら、もう何もこの世界に興味が持てなくなったら……そのときは、本当に、彼女がこの世界から消えてしまうのではないか”────そんな恐怖を、リズは口にしました。
クマ氏は、ほろ酔い気味な顔をさらに紅潮させ、大きく笑い飛ばしながら、説教とも憐憫ともつかぬ文句をリズに投げつけてきました。
「あほう、のう、あほう! なんだ、その、悲劇のヒロイン気取りは! 屋上の火が消えたら死ぬなんて、そんな馬鹿な話があるか。聞いたこともない。そんな馬鹿な話を鵜呑みにするお前さんなんかと取引なんかできん! 何をお前は、あの子を追い詰めるんだ。あの可愛いレベッカが、どうしてそんな────」
「病気の治りが良くないだけなの。病は気からって言うけど、まさにそれよ。馬鹿な話を信じたくもなるの。えぇ、えぇ、結構ですよ、ベアさん。別にこの納品を蹴ってもらったって構わない! でもね、あなたの蒔いた種火が、今もレベッカを苦しめてることを、理解してほしいものだわ! この偏屈爺!」
「ならお前さんはコギャルだ! 偉そうに!」
酒やけでも起こしているような声を、クマ氏は大きく張り上げました。
「誰が取引をしないと言った、すぐに取引をしようじゃないか。火が気になるなら、屋上で取引をすればいい! いつでも取引できると、あんたが部屋にやってきたときから、ずっと言おうと思ってたんだ! 茅場よ! レベッカちゃんみたいな、素晴らしい嬢ちゃんが、たかが病気で死ぬなんて馬鹿げているだろう! もうすぐ完成する名刀があれば、この子らをまとめて面倒みるくらいの金は用意できる! なぁ、茅場よ! わかっているだろう!!」
虚空を睨みながら、クマ氏は肩で息をしていました。
リズはこれ以上の問答は無用だというように、掛け梯子を指差し、屋上へとクマ氏を誘導しました。
クマ氏に続いて梯子を上ったリズは、外気に触れた瞬間、急に空がしけって、雨が降り出していたことを、理解しました。
規則性もなく、ただただ巻き散らかっているといった雰囲気の燭台に、灯る火は、僅かに1つとなっていたのです。
その燦々たる光景に、二人は一言も声を発せず、しばしその消え入りそうなたった一つの火を、眺めていました。
音もなく降り続ける雨の中、ややあってから、取引が行われました。
次の朝、レベッカのベッドの傍で雑魚寝をしていたリズが目を覚ますと、レベッカは目を見開いて、窓を遮るカーテンを凝視していました。
「ねぇ、リズ。カーテンを開けて」
か細いながらも、はっきりとした意思を感じる一言は、まるで≪威嚇≫スキルのような圧を感じさせるものでした。
伏し目がちに頷いたリズは、意を決してカーテンを開けます。
あの雨では、とても…………────と考えていたリズでしたが、あの淡い火は、今なお、そこで輝いていました。
それは、最後の、微かな灯でした。
他の燭台と同じような燭台の中で燃え続ける、可燃性の鉱石です。
その灯は、いつまた雨が振り始めてもおかしくない鼠色の雲の下で、静かに燃え続けているのです。
「あれが、最後の火ね」
レベッカが確かめるように言いました。
「雨が降っているようだったから、てっきり消えてしまうものと思っていたけれど。でも、今日の天気なら、間違いなく消えてしまうわ。それと一緒に、わたしも、必ず」
「聞きたくないよ、そんな言葉」
ほとんど眠れなったような疲れの色濃い顔をレベッカへと近づけて、リズは祈るように話しかけます。
「自分のことが考えられないなら何か他の……そうだ、あたしのことを考えて。ねぇ、レベッカ。あたし、この先どうすればいいのよ…………!」
レベッカは、何も言葉にしませんでした。
現実世界を離れ、仮想現実をも離れようとする崇高なこの魂は、二つの世界の中で最も、孤独な存在なのです。
死という未来がレベッカを強く惹きつけるにつれ、彼女のフレンドやアインクラッドとの繋がりが、徐々に薄弱なものになっていくようでした。
昼が過ぎ、雲間から僅かな夕空がのぞくときになっても、たった一つ残った火は、なおも燭台で燃え続けていました。
やがて、重く苦しい夜がきて、昨夜よりもずっと音の大きい雨が、大窓を叩きつけるのでした。
再び朝が来ました。
昨晩までの雲が彼方へと消え、明るくなったことがカーテン越しにもわかるようでした。
レベッカは、死刑宣告をするかのように、リズへとカーテンを開け放つよう、命じました。
火は、朝日を受けながら、なおも燃え続けていました。
レベッカは、真白な微睡みに溶けるような気持ちで、ベッドに伏せたまま、その火を見続けていました。
それから、意を決したように、リズの名前を呼びました。
リズは炉に起こした火を用いて、ミルクベースのスープを用意しているところでした。
「リズ────わたし、どうかしてたのかもしれない」
「どうして、レベッカ」
「何か──茅場なのか、システムなのか、それとも、もっと別の何かなのか──が、あの最後の火が消えないようにして、わたしがどんなにひどい未来を選択しようとしていたのか、教えてくれたのね。死にたいと願うのは、≪生命の碑≫への冒涜。ねぇ、リズ、そのスープ、少しもらえるかな。あと、ホットワインを少し混ぜたオレンジジュースと、それから────ううん、全部後回し、まずは鏡をお願い。そのあとで、クッションをあるだけ私の背中に詰め込んで。そうすれば、体を起こして、リズの料理する姿を眺められるから」
冬の陽だまりのような、そんな笑顔を浮かべるレベッカにリズは何も言わず頷きました。
「それとね、わたし、やっぱり最高のプレートメイルをつくりたい。それを、攻略組の人に、使ってもらいたい」
午後になり、神父NPCがやってきました。
診察を終えた帰り際、神父を見送ろうとリズも外に出ました。
「五分五分です」
と、神父は丸眼鏡に手をかけながら言いました。
「よく看病すれば、もう大丈夫です」
「っ、ありがとうございます!」
「それから、これを隣の建物で預かりました。あなたに渡してほしい、と」
神父は羊皮紙を懐より取り出し、リズへと手渡しました。
「お気の毒でしたね。あのご老人の魂が、迷わず天に召されることを、お祈りしています」
何のことを言っているのかわからないといった表情だったリズが、神父を見送ったあとで、羊皮紙に目を落としました。
次の日、神父はリズに言いました。
「もう、危険はどこにもありません。引き続き、たくさんの栄養と、温かな看病を、お願いします」
その午後、リズはレベッカの部屋へとやってきました。
レベッカは裁縫職人のフレンドに分けてもらった毛糸で熱心にマフラーを編んでいました。
どうしたの、というレベッカの問いかけを気にも止めず、レベッカも、マフラーも、枕も、何もかも全て抱きしめるようにして、リズはレベッカへと飛び込みました。
「ねぇ、聞いて」
「なぁに、改まって」
「隣の家のクマのお爺さん、亡くなったの。生命の碑でも確認できた────まだ、とても信じられない。あの雨の夜、お爺さんは屋上で延々と鍛冶をしていたそうなの。携行用の炉を持ち込んで。≪鉱石精製≫のために、私が仕上げた剣も放り込んで、出来上がったのが、半永久的に火が灯り続ける≪レコード・コークス≫。あたしたち、全く知らなったけど、お爺さんは≪鉱石精製≫のマスタープレイヤーだったみたい。1000ものスキルポイントと引き換えに通常では入手不可能な鉱石を生み出したの──もう、わかるわね、窓の向こうの火は、その鉱石が燃え続けているのよ。激しい雨にも、決して消えることなく、耐久値を気にすることなく、燃え続ける、命の火。ねぇ、レベッカ、あれがクマさんの辿り着いた職人の境地なのよ──あの火は、クマさんが灯したものなの。最後の火が消えた夜に」