アインクラッド中層とある主街区の裏通りにあるいかにもな飲み屋の三階に「ホタル」という名前の情報屋が暮らしていました。
ある日ホタルがシステムウィンドウを上下に忙しなくスクロールさせながら裏通りを歩いていますと、通りの向こうから盾持ちのタンクプレイヤーが重たそうな甲冑を楽しそうに弾ませながら、両手に何かたくさんのものを抱えて走ってきました。
ホタルに気づいたそのタンクプレイヤーは、走るのを止めて立ち止まり、息も絶え絶えに自分に起こった幸福な出来事を話し始めました。
「よお、ホタルちゃん! メインストリートで捨て値オークションが始まったみたいだよ! 掘り出し物でも探したらどうだい!」
ホタルは、大袈裟に驚くような素振りを見せ、お礼も後回しに、大通りへと走り始めました。
大通りへ出て、そのオークションが開かれている場所まで向かうと、ちょうどホタルが欲しいと思っていた短剣がオークションにかけられるところでした。
これは是が非でも手に入れたい、そんな思いから人ごみをかき分けて会場の前の方へと進んでいたとき、後ろから肩を強く叩かれました。
それだけにとどまらず、「おい、マナー違反だぞ! 止まれ!」という大きな声が背中に投げかけられました。
ホタルが渋々振り返ると、そこにはお揃いのカラーのプレートメイルを着込んだプレイヤーの集団がいました。
おそらく、どこかのギルドのメンバーなのでしょう。
その七、八人からなるプレイヤーたちは、全員が短剣を装備しているようで、思い思いに短剣を手のひらで操ってみたり、刀身を舌で舐めたり、いかにも短剣愛好家です、といった出で立ちでした。
また、ギルドメンバーでオークションの流れを操ろうとしているらしく、これでは分が悪いと思い、ホタルはがっくりと肩を落としてしましました。
「あの短剣は俺たちが前から目をつけていたものだ。情報屋ごときに使わせるわけにはいかない、早く帰れ。帰れ、帰れ、帰れ!」
ギルドのリーダーらしき人物が、周囲に他のプレイヤーがいるのもお構いなしに、堂々とした態度で言いました。
ホタルは半べそをかきながら、人の輪に揉みくちゃにされながら、再び路地裏へと引っ込んでいきました。
ホーム下の飲み屋に戻って、安酒を煽り始めましたが、何杯飲んでもまったく楽しい気分になれず、先ほどのことが思い出されてしまい、面白くありません。
あの短剣使いたちは趣味ギルドを作るくらいの偏屈なプレイヤー集団だったし、あんな短剣への姿勢を見せられたら仕方ないと思うけど、あのデブノロタンクめ、あいつがつまらない情報を仕入れて、それをあたしに伝えたりしなければ、大通りまでの道を息を切らしながら駆け抜ける必要もなかったし、そのあと短剣使いたちに邪険に扱われることもなかったのに。
あぁ、もうっ、全部あのタンクが悪いんじゃないか、壁なら壁らしくあいつらからあたしのことも守ってみろっていうんだ!
ホタルはぶつくさとカウンター奥にいるNPCキャラクターに文句を言ったかと思うと、コップに残っていたエールを一気に飲み干し、また店の外に出て行きました。
どうやら、タンクプレイヤーに直接文句の一つも言ってやろうかと、決心した様子でした。
もちろん、腐っても情報屋です、タンクプレイヤーがどこに宿泊しているのかを、ホタルは知っていました。
宿泊宿を目指して最短ルートを駆けているうちに、ホタルはタンクプレイヤーに追いつきました。
どこか途中で買ったのか、タンクプレイヤーは骨付きのチキンを口元に咥えていました。
「ぉ…………ん、ふぅ、うまかった。やぁ、ホタルちゃん。どうだった、いいもの見つかった?」
「ねぇタンクくん、君ってとっても意地悪だね。あたしみたいな弱小プレイヤーをだまして、どこが楽しいの」
「は? だます、って…………え? やってたよね、オークション? 短剣とかも出てなかった?」
「確かにオークションはやってたし、短剣も出品されてたけど、よくわからない短剣愛好家さんたちに取られちゃったよ」
「短剣愛好家たちか、なるほど。そうだね、それは短剣を是が非でも入手しようとするだろうね」
「しようとする、じゃなくてしちゃったの。タンクくんひどい、どうせあたしが手に入れられないことなんてわかっているのにだましたりして…………ねぇ、謝ってよ! 迷惑かけたね、って謝ってよ! あたしの時間を弁償してよ!!」
「ちょ、ちょっと、ホタルちゃん? その、それって変だと思わない、まるで逆恨みじゃないか。んー、仕方ないなぁ、そんなに言うなら…………はい、これ、さっき手に入れた短剣の一本だよ。まだ強化回数もけっこう残ってるはず」
「弁償して! アインクラッドの一分一秒を弁償してよぉっ!」
「ああ、もう、煩い情報屋だな! ほら、受け取れ! 手に取ったらとっとと行ってくれ、もうあんたみたいな面倒な女とは話したくもない! 一本で足りないなら二本でも三本でもくれてやるっ」
タンクプレイヤーが放った短剣は落下し、ホタルの足元へと滑っていきました。
ホタルは素早く屈んでその短剣を手に取り、頭を軽く下げます。
その飄々とした態度が気に食わなかったのか、タンクプレイヤーはいっそう荒々しく叫びました。
さらに放ろうした短剣は、≪投剣≫ソードスキルのプレモーションを感知したのか、淡いライトエフェクトを帯びています。
「さぁ、早くいなくなれ! もう二度とお前にうまい情報なんか教えてやるもんか!!」
ホタルは短剣を手に、来た道をそさくさと引き返していく。
ホーム下の飲み屋に戻ったあとは、いつものカウンター席に腰かけて、一銭も出さずに手に入れた短剣のプロパティを夢中でチェックし始めました。
鋼鉄の城に囚われて早一年、ホタルはいつからかこんなキャラクターになってしまったので、フレンドも一人減り二人減り、だんだんと攻略組のような人たちからは嫌われるようになっていきました。
いえ、嫌われたというよりも、認識することを諦められた、とでも言えばいいのでしょうか。
無視され、相手にされなくなったことを契機に、ホタルは自分の活動する場所を最前線より少し前の層に戻しました。
そしてそこで、今度は中層のいかにも平和ぼけしているプレイヤーや、自分のことなど知らないであろうプレイヤーを相手に、新しくフレンド開拓を始めました。
商人プレイヤー、槍使いの女剣士、小規模ギルドのリーダーなど新しくできたフレンドの中でも、特に仲良くなったのが、料理スキルを上げてファストフードショップを営んでいる小柄な女性プレイヤーでした。
短く結わえた亜麻色のポニーテールが接客中に可愛らしく揺れるのを、ホタルは何度も眺めていました。
ある日、その子はホタルにこう言いました。
「ホタルさん、もうすぐアインクラッドも冬の季節だね。わたし、すごく寒がりだからこの季節は苦手なの。ホタルさんも今のうちに、温かいものを準備しておいた方がいいんじゃないかな」
「うーん、そうだね、そういえば冬支度なんて全然してなかった」
「この前の食材集めの最中に、いくつか断熱素材になりそうなものも拾ったんだよ。よかったらどう、ホタルさん? いっぱいあるし、お裾分けだよ」
屈託のない笑顔を浮かべる彼女の提案に、ホタルはトレードの申し込みにウィンドウのOKボタンをタップしました。
その夜、ホームに戻ったホタルは、さっそく断熱素材を自身のベッドに使用しました。
すると、毛布がたちまち乾草のような質感へと変わりました。
寝そべってみると、見た目からは想像できないくらいに肌触りも良く、保温性に優れていることがわかりました。
すぐにまどろんでしまい、ホタルはそのまま眠りにつきました。
明くる朝、仕込みに勤しんでいる料理上手な彼女のもとへ、ホタルがひどく沈痛な面持ちで、やってきました。
「おはようございます、ホタルさん。昨日はよく眠れた?」
「おはよう、よく眠れたかだって? えぇ、えぇ、とっても眠れましたよ。それはもう、ぐっすりと!」
語尾の荒いホタルに、思わず仕込みの手を止めて、彼女は聞き返します。
「どうしたの、ホタルさん? 何か嫌なことでもあったの?」
「ふんだ、いい子ぶらないでよ。あんなに気持ちの良い素材だってわかってたなら、ベッドに飛び込んだりしなかったのに。おかげでゆっくり眠っちゃって、夜に予定していた情報屋の定例会に出られなかったんだから」
「そ、それは……その、災難でしたね」
何とも理不尽な言い分だとは思いつつも、もって生まれた性なのか、彼女はホタルの意見に同調します。
当然のようにホタルも調子に乗って、その理不尽な言い分を通そうと躍起になります。
早朝の転移門広場に、ホタルの声がはっきりと聞こえました。
「災難なんて言葉で片づけないでほしいんだけど。あなたが断熱素材なんてトレードに出さなければ、あたしは定例会を休んだりしなくても良かったんだよ。ねぇ、もちろん謝ってくれるよね。あたし、謝ってほしいんだけどな」
「そんな、その、でもアラームも何も準備しなかったのは、ホタルさんじゃ」
「あのね、情報屋が一挙に集う定例会なんだよ。一ヶ月に一回、あるかないかの大事な会なの。それに出られなかっただけで、旬な情報にありつけなくなるの。ちょうどあなたが、キノコだかなんだか今の時期の食べ物を集めているように、あたしも今の時期の情報を集めたかったの。お金に直したらいくらくらいになるんだろうね。ねぇ、それだけのことをしたんだよ。謝って、ほら、心の底から……さぁ、謝って! あたしがもらえるはずだったコルを弁償して!!」
ホタルのあまりに身勝手な物言いに、彼女は手にしていたパンズを落としてしまいました。
そのまま両手で顔を覆うも、形の良い眉毛が歪むのが指の隙間からよくわかり、一つ二つ、涙が零れていきました。
声もなく泣き続ける彼女を暫く眺めたホタルは、これ以上ここにいても謝ってもらえそうにないと思い、そのままホームへと引き返しました。
一日一通は途切れることなく届いていた彼女からのフレンドメッセージが、初めてホタルに届きませんでした。
彼女はホタルを避けるようにして、浮遊城を転々としました。
それからも、情報屋ホタルは自分の言動を曲げたりすることはありませんでした。
槍使いの女剣士からもらった肉まんのような食事を口にしたところ、いくつかのバッドステータスが降りかかりました。
“謝って! 弁償して!!”と、繰り返し繰り返し、百回くらい、ホタルは槍使いに言いました。
同じようにバッドステータスに悩まされていた槍使いは、呆れて何も言えない様子でした。
またあるとき、ホタルは商人プレイヤーから面白いものを仕入れたと連絡を受け、その仕入れたものの中から特に面白そうな古文書のようなものを買ったあと、夢中になって読みふけってしまい、不眠症を患ってしまいました。
さっそくホタルは“謝って! 弁償して!!”の言葉を繰り返し繰り返し、二百五十回ほど商人プレイヤーに言いました。
残念ながら商人はたっぷり睡眠をとることを忘れずに生活していたので、ホタルの気持ちが理解できず、当然弁償することもできないので、ホタルに関わったこれまでのプレイヤーと同じように肩を落とし、涙を零しながら謝り始めました。
取りとめのない口論が終わった後、商人プレイヤーは踵を返してその場を立ち去り、それから二度とホタルに接しようとはしませんでした。
中層で活躍するプレイヤーは、みんな代わる代わる同じような目にあっていたので、いつしか誰もが、ホタルを見かけると目を反らしたり、気づかないふりをしたりするようになりました。
ところが、そんな中層を縄張りにするプレイヤーの中で一人だけ、まだホタルと付き合いを続けているプレイヤーがいました。
それは、ホタルと同じように情報屋を営むホタルと同年代くらいの男の子でした。
情報屋というと、抜群の知名度と情報量を誇るのは攻略組からの信頼も厚い≪鼠≫の愛称で知られるアルゴですが、すでに攻略された層に本人が足を運ぶことは、あまりありません。
それ故に、個々人に対応を行うホタルも、大衆を相手に情報を売る男の子も、この中間層では互いに共存することができました。
情報屋と云うと、何だか格好良さげな雰囲気のある肩書ですが、自分自身で情報を集めるために圏外へ出たり、他のプレイヤーから情報を買ったり、ときにはガセネタのようなものを掴まされて吊し上げを受けたり、決して楽な仕事ではありません。
情報屋同士も、お互いに手持ちの情報を交換することはありますが、一攫千金を狙うために大事な情報は隠してしまう、何とも言えない溝が、確かにありました。
しかし、この男の子は、中間層で商いを始めて間もないころ、ホタルが最初のお客になったことを機に、コルの遣り取りなしでときには情報を交換したり、飲食をしたりと、なかなかに親しい付き合いをしていました。
そのため、先日大きな失敗をしてしまったというホタルを気遣って食事に誘ったというのも、よくわかる話でした。
「ホタル、大丈夫? たまには失敗することも、幸運値に補正をかける手段だって聞いたことがあるよ。くよくよくしないでさ。ほら、今日は僕のおごりだよ」
「…………ぅん、いいの? 食事で、ストレス発散しちゃうよ?」
「君と僕の仲じゃないか。遠慮は無用だよ。さぁ、お食べ」
この主街区で隠れた名店のような扱いを受けているNPCレストランだけあって、プレイヤー数は少ないけれど、味はとても良いものでした。
小金に輝くコーンスープを口にしてから、たがが外れたように、ホタルは一生懸命、目の前の食事を口に運びました。
「美味しかったぁー、ごちそうさま」
「どういたしまして。また来ようよ、ホタルと食事するのは僕も楽しいしね」
情報屋の男の子はそう言って、優しく微笑みました。
次の日の、昼過ぎのことです。
男の子のところに、情報を売ってほしいというプレイヤーがやってきました。
どんな内容なのかと聞いてみると、ホタルという情報屋について調べてほしいといったことでした。
男の子はプレイヤーに関する情報の売買経験がないわけではありませんでしたが、自分にとって身近なフレンドの情報を売ったことはなく、どうしようかと返事に困ってしまいました。
強面の、武者拵えプレイヤーは、男の子の様子に幾分声のトーンを落として、自分の身に降りかかった災難について語り始めました。
この層の、迷宮区よりも奥まった場所に位置する洞窟型のダンジョンに、武器の素材となる鉱石を探しに潜ったという話です。
事前にホタルという情報屋からそのダンジョンのマップや出現モンスターについての情報を買ったのは良いけれど、それがことごとく出鱈目で、合っていたのはダンジョンの位置くらいだったということでした。
無理もありません、重要なNPCキャラクターがいるわけでもないし、何かのクエストで訪れることもない忘れられたようなダンジョンだったため、きちんとした情報が整理されていなかったのです。
幸い、パーティーの全滅は避けられたものの、麻痺やら毒やら武器破壊やら、稼ぎよりも損失の方が大きくなってしまったとのことでした。
「ふ、復讐なさるおつもりですか?」
「だとしたら? 情報は売れないというのか? 安心しろ、オレンジになるつもりはない」
盗みや傷害、殺人などを行ったプレイヤーは表示カーソルのカラーが緑からオレンジへと変化するこの世界で、悪さをすればたちどころに知れ渡ってしまいます。
そのつもりはない、という言葉に少しだけほっとした男の子は、言葉を探しながら、彼の依頼を引き受けました。
明日また同じ時間に会いましょう、そんな約束を交わして。
武者拵えプレイヤーがそこから立ち去った後、男の子はその場を足早に去りながら、ホタルにフレンドメッセージを飛ばしました。
話したいことがあるから昨日の店で会えないか、という男の子の問いかけに、ホタルは短く“うん”と返しました。
陽も沈み、夜に差し掛かる黄昏時に、ホタルは店までやってきました。
「こんばんは。誘ってくれたから、来てあげたよ」
普段なら気にも止めないホタルの言葉に、少し棘を感じつつも、男の子はテーブルを挟んで対面した位置の椅子をゆっくり引いてあげました。
ホタルは座るや否や、すでにテーブルに置かれていたメニューに、さっそく手を伸ばします。
「うーん、昨日のパンの焼き加減の方が美味しかったね。この店、たしか日付によって味にばらつきがでるランダムレストランじゃなかったっけ」
「そ、そうなんだ」
「まぁ、いいけどねー。ところで? 話って何?」
「あぁ、うん、えっと……この前言ってた失敗のことなんだけど」
「あぁ、あの話? もうっ、忘れてたんだから蒸し返さないでよ。それにあれ、別にあたしが悪いってわけじゃないし」
「どういうこと?」
「ダンジョンの情報が欲しい、って言ってたから売ってあげたのよ。随分前に、そこのダンジョンの情報を買ったことがあったから。そしたらそのダンジョン、マップもモンスターも情報と全く違うっていうじゃない」
ホタルは顔を顰めながら、話を続けます。
「そりゃあ、ちゃんとした情報を売らなかったのは悪いとは思ったけどさ……あの鎧の男、今朝会ったら頭ごなしにあたしのこと怒鳴りつけてきたんだよっ! 何よ、あたしが全部悪いみたいにっ、それも他のプレイヤーがいる前でさ! むかついたから、すぐに転移してやったの。元はといえば、あんな情報を持ってきた奴が悪いんだわ! ねぇ、君もそう思うよねっ?」
男の子はナイフを動かす手を止め、小さく頷きました。
「ホタルは、まだ少しは悪いと思ってるの?」
「もちろんだよ。迷惑かけたなぁって思ってるよ」
しかし、感情と表情とが密接にリンクしたこの世界で、口元にうっすらと笑みを浮かべながら話すホタルの言葉は、どこか遠い異国の言葉のように、男の子には聞こえました。
「それじゃあ、話は終わりってことでいいよね。あ、明日は三のつく日だよ、デザートが美味しい設定日! お誘い楽しみにしてるからねぇー」
席を立ったホタルはひらひらと手を振りながら、店の外へと出て行きました。
まだいくつか食事の残ったお皿を一瞥して、男の子は深く深く溜息を吐き出しました。
明くる日、約束の時間に、武者拵えのプレイヤーが、男の子の目の前にやってきました。
「他の情報屋にも当たった。ホタルが住んでいるというホームについても多額を払って聞き込んだが、どうやらしばらく家を空けているようだった。まさか、隠し立てしているわけじゃないだろうな」
男の子よりももっとずっと低く、迫力のある声に気圧されつつも、男の子はそんなことありませんと、か細い声で答えるのでした。
もう少し、調べるのに時間がかかること。
今日の夕方までには調べ終えた情報を送ること。
こちらで指定した調査期限を延ばしてしまったので、情報料については、いくらか値引きすること。
そんな事務的な打ち合わせを行い、その場はお開きとなりました。
遠ざかっていく武者拵えプレイヤーを見送りつつ、自分までもが疑われているということに、男の子は悲しい気持ちになりました。
男の子は街の喧騒を離れ、今いる層とは別のところにあるホームに向かって転移をし、ホームに入ったあとは来客用に用意してみたソファに腰を下ろして、しばし沈んだ様子を見せていました。
暫くして、彼はのそのそとソファから立ち上がり、隅に置いてある机に向かってしきりにペンを走らせ始めました。
昨日の店に、ホタルは昨日よりも遅れてやってきました。
「まったく、誘うならもう少し時と場合を考えてほしいものね。商談がまとまりかけていたときのフレンドメッセージ着信音ほど煩わしいものってないと思うの。デザートをご馳走するって言っても、ここってそもそもデザートの種類が少ないのがネックなのよね。もっとも、わざわざ来たんだから食べてあげるんだけど──こんばんは、今日も良い夜ね」
自分勝手な物言いを、悲しく聞き流し、男の子はテーブルに乗ったデザートプレートをホタルへと差し出す。
どうぞ、と手渡したプレートをまじまじと眺めたあと、ホタルはそこに乗っていたデザートが自分の好みのオプショントッピングがついていなかったことに、腹を立てて叫びました。
「ちょっと、なんで最初からチョコソースがかかってるのっ。あたし、ケーキはラムベースのイチゴソースじゃないと許せないんだよねぇ……あーあ、今日は自分で払うつもりだったのになぁ。ひどいや、もちろんこれも奢ってくれるんだよね? そうだよね?」
ホタルは差し出されたプレートをはね除けながら、笑顔で言いました。
そしてそれが、合図でした。
「ホタル────今までありがとう、さようなら」
男の子は立ち上がって、ゆっくりと右手を上げます。
すると、店内に何人かいたプレイヤーが、ゆっくりとした足取りで、男の子とホタルのテーブルへと歩き始めました。
見覚えのある若草色の戦鎧に、男の子の行動を訝しんでいたホタルも、ようやく合点がいったようでした。
メインウィンドウを呼び出してアイテムストレージを開こうとするときにはもう遅く、あの武者拵えプレイヤーがホタルの喉元に銘のありそうな刀を突きつけていました。
「ひどいっ、ひどい! どういうこと、あたしを騙したのっ? 何が食事よ! デザートの一つも食べられないのに、食事なんて誘わないでっ、あんまりよ!!」
刀があるのも厭わず、ホタルは大声で捲し立てます。
店の出入口で待機する武者拵えプレイヤーのパーティーメンバーに会釈をして、男の子は店の外へと出て行きました。
卓越した彼の≪聞き耳≫スキルによって、趣ある片開き扉の向こうから、武者拵えプレイヤーの声が聞こえてきた。
「相変わらず意地の悪そうな顔をしているな。今夜は、お前の明るさが仇になった。俺たちが言いたいことは一つだ。わかるよな。そうとも、お前の使う、あの言葉だ。なぁおい、ホタル。俺たちに────」
男の子はそっと、店の入り口から離れました。