「べっ、別にいいよ! 洗うくらい、自分でできる!!」
「でも…………お兄ちゃんたちに、頼まれたから」
この世界での汚れは、現実の世界の汚れとは違う。
洗う“ような”手順を踏めば、ものの数秒で綺麗に汚れを落とせるし、乾燥だって時間はかからない。
だから自分で片付けるつもりだったというのに、やや顔を赤らめながらじっとこちらを睨んでくる目の前の少女は、僕のズボンから手を離そうとはしなかった。
その頑なな彼女の意志に根負けし、僕は下装備の解除とオブジェクト化を行い、さっきまで穿いていた普段着用のズボンを手に取る。
彼女はそのズボンを両手で受け取るも、未だ動こうとしない。
仕方ない、と心の中で呟き、上半身の装備も解除し、彼女へと渡す。
ようやく納得がいったのか、彼女は小走りに井戸のある方へと駆けていく。
そしてそのまま、何度か井戸をタップして、やがて透き通るように綺麗な井戸水を汲み上げ、大きな洗い桶に注ぎ込んだ。
その一連の動作がまるで絵画を切り抜いてきたように優雅で、どこか牧歌的で、上半身は裸な上に下半身に下着しかつけていないという恥ずかしい状態でいることも忘れて、暫し彼女に見入っていた。
色気なんて感じたこともなかった彼女に、これまでとは全く違う心持ちになる自分の存在を実感する。
「いやあ、ははは、まさかアルヴヘイムの夏の田圃がこんなに深いとは思わなかったよ! はは、どんな稲を育ててるんだろうな!」
おどけたように声を発するも、洗い桶と向き合った彼女の横顔に何ら変化はなく、近くの木々を撫でる風音だけが、辺りにいつまでも木霊していた。
≪アルヴヘイム・オンライン≫────通称≪ALO≫と呼ばれる≪VRMMO≫を始めたのは、中学からの友達に誘われたからだった。
もともと、ゲームは好きだったし、バーチャル世界を体感できるという触れ込みも、興味があった。
世間を騒がせている≪ナーヴギア事件≫のことはあったが、ナーヴギアの後継機である≪アミュスフィア≫が世に出てから一年、ALOが稼働を始めて半年、大きな事故の報告もないところから、僕は異世界入りを決意した。
高校に入学し、最初の夏休みを迎えた頃のことだ。
ちなみに、僕を誘ってくれた友達は無料プレイ期間の切れる一ヶ月間を遊びきって、そのまま帰ってきていない。
ALOの特徴の一つでもある≪フライトエンジン≫の操作に慣れなかったのが原因だと、友人を介して友達になったフレンドの一人から聞いた。
以来、誰かとつるむでもなく、勝手気ままにこの世界での冒険を楽しんでいた。
スキル熟練度を上げて自分を鍛えるも良し、異種族との競争に励むも良し、生産系職として一財を築くも良し──あの≪SAO≫にも負けない自由度の高さが、アルヴヘイムの世界にはあった。
僕はというと、特に熱を入れているのが≪クエスト攻略≫だ。
大手の攻略サイトでも追いきれないくらいに増え続けるクエストの数に、僕は一冒険者として魅了されてしまった。
魔物を倒すクエスト、村人のお使いをするクエスト、尾行クエストや連続イベントクエスト、ランダム発生クエスト…………よくあるクエストからにっちもなクエストまで、幅広くゲームとして成り立っているところに、面白さを見出した。
中でも思い入れのあるクエストがある。
それは、≪プーカ領≫にほど近い海辺の村を訪れたときに発生したクエストだ。
中立の村で起こったクエストは、魔物退治でも探し物でもなく、NPCキャラクターと“遊ぶ”というものだった。
うわあ、久しぶりだな!
本当本当! なぁ、確か五年前に越していった────だよな? 懐かしいなぁ。
背格好の良い二人の少年、いや、どちらかというと青年と呼ぶ方が相応しそうな男たちが、村の中を歩いていた僕を見つけて、嬉しそうに駆け寄ってきたのだ。
どうやら、僕はこの村に住んでいたことがある…………という設定らしかった。
彼らの頭上に表示されたNPCネームを恐る恐る呼んでみると、いっそう嬉しそうに顔を綻ばせて、僕の肩やら背中やらを叩き始めた。
どのくらいこっちに帰ってるんだ? どうせならうちに来いよ。
そうそう、昔みたいに遊ぼうぜ!
≪ウンディーネ≫というより≪サラマンダー≫の方が相応しいような筋肉質の体を見せびらかすようにして、彼らは声高に叫んだ。
そして、目の前にシステムウィンドウがポップする。
クエスト受注案内だ。
攻略サイトや情報屋からも見聞きしたことのないクエストだったため、躊躇うこともなく受注を承認するボタンをタップした。
直後、二人の男に担ぎ込まれるようにして、その中立の村にある一軒家に連れて行かれた。
どうだ、久しぶりにアレでもやろうか。
おお、いいな、三人いればアレも面白いや。
二人はそのまま家には入らず、庭先にある物置小屋のようなものの方へと向かっていった。
アレが何のことだかわからないけれど、今は付いていくしかないと思い、二人を追って歩く。
途中、男の一人が声を張って家の中に叫んだ。
おーい! 出て来いよ! 久しぶりに帰ってきたぞ、ほら、音楽妖精の!!
それから少し経って、縁側と家の中とを隔てていた障子が、控えめな音を立てながら左右に開け放たれた。
そこに立っていたのは、やはりウンディーネのNPCキャラクターだった。
とはいえ、彼らとは違い、ウンディーネ然としている華奢で儚げな姿──男性NPCではなく、女性NPCだった。
どうやら、彼らの家族の一人、妹のようだった。
青みがかったボブカットの少女は、僕を一瞥したあと、か細い声で“お久しぶりです”と呟き、それから丁寧にお辞儀をしてみせた。
僕もそれに倣って、こちらこそと蚊の鳴くような声で返事をしながら頭を下げた。
お互いに頭を上げたところで、彼女がふんわりと微笑んだ。
まだ幼さの残る、あどけない顔立ちだった。
けれど、今まで出会ったどのNPCよりも、その笑顔が優しいものだと思えた。
現実世界ではお目にかかったことのない、いわゆる幼馴染の女の子という存在が、このアルヴヘイムには実在したのだ。
ほら、ちょっと小さいかもしれなけど、これ使えよ。
唐突に現実──いや、仮想現実に引き戻される。
彼女の兄の一人が、僕に向かって片手には余るくらいの包みを放り投げてきた。
開いてみると、出てきたのはグローブだった。
手元に落とした視線を再び上げると、彼らは銘々にごろーぶやらバットやらを物置から取り出していた。
やっぱお前と遊ぶっていったらこれだよな!
おう! 楽しいぞ、ベエスボオル!
なるほど、どうやら野球をすることが、僕と彼らとの恒例行事だったらしい。
野球なんて授業で何度かやったことがあるくらいだったけれど、この世界ではバット代わりの武器を幾百幾千と振り込んできた。
少しは彼らの遊びを楽しくできるかもしれない、そんな思いを持ちながら、再び家を出ていく彼らのあとを追って、翅を広げた。
それからたっぷり一時間、僕たちは白球を一生懸命に追いかけた。
やはりサラマンダーとしての資質の方が高そうな彼らの剛球も、それを易々と打ち返す剛腕も、僕には真似できそうになかった。
一度は大飛球を追いかけて、華麗にキャッチすることもできたが、そのまま原っぱを転がり落ち、段々畑のようになっていた田圃の一つに落ちた。
泥鼠になった僕を、彼女は下着一丁の状態にした。
顔から火が出るほど恥ずかしかったのを、今でもよく覚えている。
クエスト自体は、一週間ほどの滞在で終了した。
一度受注すると、この中立の村と、その周辺しか出歩けなくなってしまうことが、難点といえるだろう。
片田舎で何日も無為に時間を過ごすなど、MMO廃プレイヤーには考えられないのかもしれない。
通りで、このクエストに関する情報が出回っていないわけだ。
最後にクエストの報酬として、初日に貸し与えられたグローブの正式な所有権をもらった。
村から出て行こうとする際、彼らは家族総出で村の入り口まで見送りに来てくれた。
口々に別れの言葉を口にする中で、僕は彼女が“また来年”と唱えたことをしっかりと聞き分けていた。
来年と云わず、また明日にでもすぐ来てあげるよ──そう答えたくもなったが、野暮ったく思い、村から飛び立った。
直後、一度ログアウトして、再びログインし直し、村へと戻ったが、彼らの姿はどこにも見えず、滞在を許されていた彼らの家も、しっかりとシステム的にロックされていて、立ち入ることができなかった。
彼女の言葉が本当なら、どうやら彼女たちに会えるのは、本当に来年まで待つ必要があるらしい。
そんな先の再開になるのであれば、きっと忘れてしまうだろう。
一年後の自分の姿を思い浮かべることもできなかった僕は、そのまま再び、当てもないクエスト攻略の旅へと向かった。
あれから、一年。
僕は再び、あの中立の村へとやって来た。
彼女のことを忘れていなかった。
というか、ことあるごとに、彼女の笑顔が脳裏に浮かんでいた。
以前、シルフ領の傍で、見目麗しいプレイヤーキャラクターの笑顔を見たことがあったけれど、やはり彼女の笑顔には遠く及ばないように思ってしまった。
もうほとんど神聖化しているような気もしたが、自分のこの気持ちに決着をつけるべく、今日という日を迎えたということにしておきたい。
村へ足を踏み込み、入口から真っ直ぐ伸びる大通りを歩く。
しかし、以前僕を見つけて叫んだあの野太い声は、どこからも聞こえてこなかった。
まさか、会えずじまいだというのだろうか。
それはあんまりだ、運営さん!
祈るような気持ちで、彼らが暮らしていた家の戸を叩く。
すると、中から“どうぞ”という声が聞こえた。
以前はびくともしなかった引き戸が、嘘のように軽く開いた。
そこにいたのは、彼らの母親と、あまり会話をした覚えのなかった彼女の姉──無論、二人ともNPCである──だった。
いらっしゃい、よく来たねという二人の歓迎の言葉に、思わず涙が出そうになった。
ああ、僕はどうやら、片田舎での暮らしを欲していたようだ。
軽く頬を叩き、涙を引っ込めながら、彼らや彼女らのことを聞いた。
曰く、兄たちは近くの村まで出かけているとのこと。
妹は彼女よりも一回り近く小さい弟と海へ出かけているとのこと。
悩むことなく、彼女たちのいる海岸へと続く道を走った。
小道を行くに従って、磯の香りの混じった浜風が僕の顔を撫でていく。
海の匂いと、それから良く焼けた砂の匂い。
良く晴れたアルヴヘイムの空から太陽が光線のようにして注ぎ込み、海岸線一帯がどこか特別なステージのように眩しく照らし出されていた。
まるで、侵入者を拒むようにも思える光の園に、僕はゆっくりと足を踏み入れる。
広い砂浜の其処彼処で、様々な妖精が砂遊びをしていることがわかった。
半年ほど前、≪グランドクエスト≫が攻略されたとかで、以前よりも多種多様な妖精が交流する様は見てきたが、どうやらこの片田舎にも、その波が押し寄せてきたようだ。
海に向かって少し歩いたところで、首から上だけを残して砂の中に埋められようとしている一人の少女が目に入る。
深々と被った麦藁帽子から、見覚えのある髪が風になびいているのが見え、そっと近づいていく。
麦藁帽子のつばの向こうで、僕の知らない、黒い顔が、僕の方を一瞥する。
そしてまた、僕から視線を外し、中天を眺めたまま、ゆっくりと砂に埋められていく。
その何とも感情の読めない瞳に、僕の足は立ちすくんでしまった。
だからだろうか、一人ひとり聞き回れば良いというのに、僕は恥ずかしげもなく、声高に叫んだ。
「ただいまぁ!!」
海岸線いっぱいに響いた声に、真っ青な海の方に浮かぶいくつもの影が手を振ってくる。
次いで、“おかえりなさぁい”という声が耳元に届いた。
その声の方向に検討をつけ、僕は全身の装備を海仕様へと換装させながら、日に焼けた砂浜を駆けるべく身構える。
そのとき、僕の足元からも、声が聞こえた。
「おかえりなさい」
思わず、声のした方を振り返る。
麦藁帽子を被った彼女が、半身を起こして、にっこりと微笑んでいた。
あぁ、今度は僕にも、よく見える。
「…………君だったのか」
「ふふ。わからなかったんですか?」
悪戯っぽく笑った彼女。
僕の夏が、再び脈打ち始める。
二年目となるこの夏も、特に過ごし方は変わっていなかった。
彼らの兄と日が暮れるまで遊び、ときどき彼女と会話をする。
それだけで、僕の胸はいっぱいになった。
去年と変わったことがあるとすれば、少しでも彼女の気を引こうとしたくらいだ。
彼女の兄二人は、現実世界でいうところスポーツマンだった。
そんな彼らを近くで見て育った彼女は、兄二人のようなスポーツマンが好みらしかった。
だから僕も、できるだけ運動ができるようになろうと思い、スキルスロットも≪軽業≫、≪疾走≫といった具合で埋めていった。
昨年は打ち崩せなかった長兄の球をきっちりと打ち返したり、アクロバティックな捕球をしたりすることも可能になった。
それから、彼らは彼女に対してとても優しく、同時に意地悪だった。
好きな子だからこそ不遜な態度を取ってしまう、という経験は小学生時代の僕にも覚えがあった。
彼女のお気に入りになりたい一心で、僕は彼らと共に彼女をなじったり、一緒に遊ぶことを拒否したりした。
彼女が彼女の弟と波打ち際で砂の城などを作っている間、僕は兄たちと共に沖の方に向かってひたすら泳ぎ続けた。
「また、私だけ仲間外れにするんだからぁ」
やや涙声になったら、謝る。
そうやって、僕は彼女をからかいながら、一日中彼女たち一家と過ごしていた。
海辺で泳ぐことがあれば、近くの放牧地帯でキャッチボールに明け暮れることもあった。
ときどきはそのキャッチボールする様を彼女や彼女の姉、弟も見に来ていた。
良い格好を見せようと、ちらりと横目で彼女を窺ったときのことだ。
彼女はなんと、その桃よりも朱に近い唇で、彼女の弟の頬にキスをしていた。
その羨ましい光景に、思わず右手に力が入る。
次いで、彼女の声が聞こえてきた。
「はい、おしまい。今日はまだ一回もしてなかったもんね」
毎日キスしてもらってるのかあの野郎!
思わず弟に向けて≪投剣≫ソードスキルを披露してしまいそうになるが、慌てて方向を変え、長兄に向けてボールを放った。
彼の構えたグローブを弾き飛ばして斜め上へと舞い上がった白球は、そのまま放牧地帯の向こうの麦畑へと消えていった。
殺す気か! と怒鳴ってきた兄に平謝りしつつ、やはり横目で彼女たちの方を窺う。
弟が僕を指差して笑っていた。
本気でボールをぶつけてやろうかと振りかぶったところで、次兄から拳骨をいただいた。
「違うよ兄ちゃんたち、僕は悪くない!」
聞く耳など、持ち合わせていなかった。
やっぱり彼ら兄弟は、仲が良い。
陽も傾きつつある麦畑の中で、手分けしてボールを探した。
膝立ちのようにして探すうちに、彼女と合流した。
「見つからないねー」
「うん」
「それにしても驚いたなぁ、あんなに速く投げられるんだね」
「まぁ、そうだね」
二人きりだというのに、何ら良い言葉が出てこないというのは、一昔前に流行った草食系男子というジャンルに僕が分別されるからだろう。
せめてNPCなのだからもっと堂々と立ち回れば良いというのに、どうやら根っからの奥手人間なのだろう。
…………探すのにも疲れてきた。
確かアイテムストレージに白球がいくつかあったことを思い出し、見つけたふりをしながらそれを取り出せば良いかと、立ち止まったときのことだ。
そのまま麦畑の中を進もうとする彼女の被った麦藁帽子が、僕の頬をそっと撫でた。
優しく歪曲した帽子の縁だった。
そのくすぐったく、こそばゆい感覚に、僕は小さく深く、彼女に気づかれないように呼吸をする。
麦の香り以外に、香る何か。
甘い、夏の匂い。
それを嗅ぎとめたいと思ったけれど、麦と、それから麦藁帽子の微かに焦げる匂いがするだけだった。
「あ、見つかったの?」
突然動きを止めた僕に、彼女が嬉しそうな声をあげる。
後ろ手に白球をオブジェクト化し、彼女に見せた。
元気いっぱいに立ち上がって、見つかったよー! と叫んだ彼女を、僕は下から見上げていた。
まるで、僕の心の内を見透かしているのではないかと思った。
匂いの無い、日焼けした彼女。
僕は何だか、君に騙されているような気さえする。
失敗をしたことがあった。
一度だけ、彼女と二人きりで遊んでみたいと思った。
「テニスって知ってる?」
「テニス?」
「そう。私ね、テニス好きなの」
「まぁ、少しくらいなら知ってるよ」
「本当? それじゃあ、私とやってみようよ」
勿論! …………なんて笑顔で言えるわけもなく、ぶっきらぼうに、まぁ暇だしとか何とか言いながら、彼女と連れ立って家を出た。
そんな悪態とは裏腹に、心の中ではガッツポーズを決めている自分がいた。
とはいえ、テニス経験は残念ながら持ち合わせていない。
友達がやっているところを見たりテニス漫画を読んだりしたことがあるくらいで、一度もラケットに手を振れたことなんてなかったけれど、そこそこ鍛えたこの仮想現実の身体であれば、彼女に後れを取るとは思わなかった。
村の外れの運動場のようなところで、ネットを挟んで向き合う。
やってみると想像よりも力加減が難しく、打ち返した球はネットにかかったり、特大のホームランになったり、てんで試合にならなかった。
そんな返球が何度か続くと、彼女は眉を顰めて、ラケットを手にコートから出て行こうと支度を始めた。
「もう、おしまい」
「えっ」
涙声とは違う、若干の怒気をはらんだ声に、思わず変な声が出てしまう。
「だって、全然本気でやってくれないんだもん…………つまんない」
経験がある、という嘘を見破られこそしなかったものの、それ以上に深い苦痛──薄情者という烙印を焼きつけられたような気がした。
あぁ、これが恋愛シミュレーションゲームなら、バッドエンド一直線だろう。
絶望し、悲観にくれながらも、僕はこれまでと同じように不遜な態度を取ってみせた。
やらないならいいよ、なんて軽口を叩きながら、家路を急ぐ彼女の背中を、何とも言えない気持ちで見送った。
挽回のチャンスもあった。
海辺で遊ぶときに着ていた彼女の水着が、何かの拍子で破けてしまったらしかった。
それならば、と彼女の新しい水着入手の役を買って出て、久しぶりに村の外へと出た。
もちろん、彼女も一緒だった。
どうやら彼女の母親は裁縫を得意としているらしく、材料さえあれば水着だろうが何だろうが仕立ててくれるらしかった。
早速近くの森へ行き、手頃な素材を集めていると、近くにいたらしい植物種のモンスターが襲い掛かってきた。
ここしばらく使っていなかったメインアームである槍を取り出し、大木に顔をつけたトレント型のモンスターを突き刺す。
そのまま振り回すようにしてトレントを放り投げると、いくつかのトレントを巻き込むようにして、飛んでいった。
これ幸いとばかりに彼女の手を取り、一目散にその場を離れる。
森を抜けたところでようやく立ち止まり、肺いっぱいに空気を取り込むべく大きく呼吸を繰り返す。
そのとき、微かに香る匂いがあった。
思わず辺りを見回す。
彼女はその場にしゃがみ込んで、両手を地面についたまま、荒い呼吸を整えようとしていた。
「あ、あり……がと…………う」
「無理して喋らなくていいよ」
僕の視線に気づいたのか、顔を上げた彼女が弱弱しく笑って、むせながらも感謝の言葉を口にした。
サクランボのような香り。
彼女が被った麦藁帽子のワンポイントになっていたその作り物から、香ったような気がした。
しばらくして、彼女が立ち上がる。
その際に自然と貸した手を離さず、彼女は村へと続く道を歩き始めた。
あぁ、少しは挽回できたのだろうか。
たぶん、できたのだろう。
家の前まで離れなかった手のひらは、僕と彼女の手汗でじんわりと濡れていた。