血盟騎士団御中
申し訳ありません。
先日騎士団より依頼されたAランク素材の件についてです。
一度、期日を延ばしていただいたのに、まだ入手できずにいます。
これはそう、その、何といいますか────ええ、はい、どうやらスランプというものに陥ってしまったのです。
こう言うのもなんですが、私は≪SAO≫の世界がデスゲームの世界になってから、スランプというものを経験したことがないのです。
そう、一度も。
≪聖龍連合≫がまだ≪ドラゴンナイツ・ブリゲード≫を名乗っていた頃、私はそこのギルドに仮入隊をしていました。
そこで、無き勇者のあとを継いで立ち上がった青髪──もとい、片手剣と両手剣を使い分ける剣士として有名な≪リンド≫氏から、≪ナーヴギア≫によって遮断されたはずの痛覚を思い出してしまうようないじ…………稽古をつけていただいたおかげで、剣を振るうことに対して好きも嫌いも感じなくなるような日々を過ごすことができました。
周囲の目が辛かった狩場の占拠や、リーダーを始め幹部プレイヤーへの素材納品、他ギルドと衝突した際の後始末などを、剣戟と咆哮の環境音が入り混じる浮遊城≪アインクラッド≫で、幾度となく対応し続けました。
そしてその度に、少しずつ心を細かく砕いていきました。
攻略のためだから──という大義に酔いしれ、知らず知らずのうちに、私の剣はどす黒く、粗雑な鉄の塊に成り下がったのです。
しかしその鉄の塊が、どうしようもなく愛おしく、まさに私にとってのソードアートに他なりませんでした。
浮遊城が四分の一ほど攻略された頃、その≪DKB≫を除籍──ギルドに対して貢献度が低かったため──されたので、私は前線から一度身を引き、覚えた≪ソードスキル≫を色々なモンスター相手に試し始めました。
他のプレイヤーの姿も見当たらないような過疎のフィールドで狩りをしていたせいでしょうか、段々と剣先が鈍く、そして、いうことを聞かなくなっていきました。
どんなに受注クエストが立て込んでいる中でも、美麗な軌跡を描いていた剣が、僅かなサウンドエフェクトにも反応し、ファンブルするようになりました。
剣の動きの調子が良いときは必要最低限の休憩を入れることなく、食事はもちろん、アイテムの補充をしに街まで戻ることもできなくなりました。
一時間あれば平均百匹は屠れていた狩場でも効率がどんどん下がり、平均五十、七十程度まで落ち込んだときは、もう前線復帰などできやしないとも思いました。
しかし、それでも何とか剣は私のプレモーションに反応してくれたので、私も死に物狂いで構えを取ってソードスキルを打ち込み、今日までこの世界を生き抜いてきたのですが、最近…………といっても、前の冬から、その剣が少しも動かなくなったのです。
なぜか? 当然の質問ですね、しかしお答えできません──というより、私にもその理由が思い浮かばないのです。
鋼鉄の城で迎える二年目の十二月初旬、えぇ、ちょうど≪背教者ニコラス≫の名が広くアインクラッドを席巻していた頃、私は縛りプレイ染みたクエスト──初期ソードスキルのみで千体の鎧武者を狩る──を進行させた後、しばらく腕が鉛のようになっていました。
その後、クリア報酬を得ようとクエストを案内されたNPCキャラクターの元へ向かったところ、まだクエストは継続中であり、クリアするには次の課題を取り組まなければならないということを、知らされました。
ここまで来れば乗りかかった船、出しかかったソードスキルだと、無我夢中で次なる課題に立ち向かったのですが、やはり課題の後にはさらなる課題が待ち構えており、どうしてもクエストクリアのシステムログが流れてきませんでした。
その課題とはやはり初期ソードスキルで何百何千ものモンスターを狩るといった内容であり、依頼通りにソードスキルを使用しないとカウントが増えず、かといって初期ソードスキルだけでは倒すのに時間のかかる相手もいるので、他のソードスキルにも頼ってしまうことがあったのです。
これではまずいと思い、片手剣以外の武器を身に付け、その初期ソードスキルを片っ端から試していったのですが、どれもこれもしっくりすることなく、しまいには片手剣の初期ソードスキルすら満足に放てず、ただただ重い付け焼刃を振り回し、振り回される倦怠感が私の胸に渦巻いていたのです。
このスランプを打破するためにはどうすればいいでしょうか。
それはもちろん、まずは美味しいものを食べることが一番に挙げられます。
もしくは下層で矢鱈滅多に剣を振って遊び呆けることでしょう。
そのうちにソードスキルを放つカンとも云うべきものを取り戻し、段々と筋肉を解き解しながらシステムアシストに身を預け、上位のソードスキルも平然と放てるようになることを、私は良く理解しています。
…………ですが、理解していても、それを実践できるかと言われると、首を縦に振ることは難しいのです。
こうしたスランプ打破、ストレス解消の方法は、心身ともに健康であり、デスゲームの危機に瀕してなお、明るく前向きにこの世界を生きていこうとする健全なプレイヤーだからこそできることで、大して強い意思もない、廃プレイヤーを妬む準廃プレイヤーの私には、全くもって不向きな方法なのです。
そう、なので私は今まで試したことのない、新しい打開策を始めることにしました。
ああ、今まで試したことのないといっても、それはSAO内で初めてという意味です、現実世界で仕事に疲れたときなどには、この方法で溜まったストレスを発散させたり、嵌ったスランプから抜け出したりしました。
簡単です、本を読むのです。
古本サイトで見つけた気になる本を片っ端からタブレットに取り込み、晴れても雨でも飽きても飽きなくてもとにかく読み続けるのです。
ジャンルはもちろん問いません、何でも読むのです。
そのうちに目が疲れて、ディスプレイの文字が二重三重に浮き立ち始めたところで目を閉じ、夢なんて少しも見ない睡眠を取った次の日、再び微睡んで、午後の昼下がりに薄ぼんやりと目を開ければ、例によって例のごとく、今までの倦怠感が嘘のように晴れ渡って、一振りで二つも三つもソードスキルを発動できるような心地になるのです。
というわけで早速試してみました、情報屋の鼠氏が発行しているアインクラッド日報こと≪Weekly Argo≫なんかを最新号から順に延々と遡ってみました。
駄目でした。
≪バーチカル≫──単発垂直斬りの一つすら、ぎこちない動きでファンブルさせてしまいました。
もうプレモーションの辺りから失敗する気配が濃厚で、一時間前に初めてログインしたようなニュービーに勝るとも劣らないへたれっぷりでした。
いっそ、職人クラスの道を歩きはじめるべきじゃないかと、剣士としての私は死んでしまったのだと、私は私に、ほとほと愛想が尽きてしまいそうになるのです。
そうして、けっきょく職人系スキルの習得もせず、借りていた宿の布団の上でごろごろするのにも飽きた頃、ずっとアイテムストレージに入れたままだった初期装備の衣装に身を包んで、マップデータも呼び出さずに第三層の≪迷い霧の森≫を自由気ままに歩き回りました。
ソードスキルの一つも使わずに通常攻撃で倒せるモンスターと戯れたり、≪西の霊樹≫の巨大さを全身で味わったり、黒エルフの見目麗しいお嬢さん方とお喋りをしたり…………何だかだんだんと気分も晴れやかになってきて、その日は宿に戻らずナイトハイクと洒落込み、ふわふわとした心地良い疲労感を覚えたあたりで、ようやく≪転移結晶≫に手を伸ばしました。
宿に戻ると不思議なことに、体がとても軽いのです。
相変わらずソードスキルは放てませんが、代わりに≪体術≫スキルや≪軽業≫スキルのキレが良いこと良いこと!
両方とも取得を始めて日が浅いので、使用できる技は少ないです。
体術は≪閃打≫を両手で繰り出す≪破槌≫が形になった程度、軽業も側転に捻りを加えてロンダートができ始めた程度というにっちもさっちもな具合ですが、とにかくそのスキルの熟練度がまるで二次関数のようにどんどんと上昇をしていったので、自分のことながら不思議に思いました。
とはいえ、勝手に上昇していくため、その熟練度に合った動きができるかと問われるとそうでもなく、それが何だか歯がゆくて、いつぞや聞いたことのある≪ビーター≫のようだとも思って、勢いでその二つにスキルを消してしまったのですが、今になって考えても、惜しいことをしたなぁと後悔する気持ちは少しもありません。
また習得し直すにしても、≪閃打≫程度なら一時間に何百何千と反復するのも平気ですから。
昔あった漫画に出てきた強い登場人物が行った感謝の正拳突きとやらも、こんな感じでやってたんじゃないかと思うのは、私が少々天狗になってしまっているのでしょうか。
ええと、長々と綴ってまいりましたが、いずれにせよ昨年の冬以降、私の身体が、いや、私のソードスキルが何かしらのエラーを抱えていることは、もはや疑う余地もありません。
使いたいソードスキルがあって、斬りたくて斬りたくて待ちきれないというのに、一度も発動できないのであれば、その諸悪の根源は、当然、私というプレイヤーに紐付けされたソードスキル・システムであるに違いありません。
それじゃあ一体何がシステムに不具合を生じさせているのかというと、それはやっぱり私にはわかりません。
これまでの死闘で身に付けたソードスキルは多種多様にあるというのに、それを使うことができない。
剣を奪われ、≪黒鉄宮≫に放り込まれたような、そんな遣る瀬無さ、わびしさ、暗鬱。
私は、このスランプを、≪NFC≫──フルダイブ不適合のせいと思いたくありませんでしたし、粗悪な精神論で片付けられる内容だとも思いたくありませんでした。
何よりも私の握るこの剣が、自由奔放に羽ばたき、新たな活躍の場を手探りにしていると考えた方が、今の私にはしっくりとくるのです。
ソードスキルを使っていた頃の何倍も集中して剣を振るい、一撃一撃を意識した通常攻撃を放つことが、今はできているのです。
それだけ剣が振れればスランプなんてすぐ解消できる…………なんて上からの物言いはおやめください。
実のところ、私にもこれだけしっかりと剣を振ることができている現状に、納得がいっていないのです。
特定のソードスキルでとどめを刺さなければ入手できないというAランク素材入手を急いでいるうちに、なぜかソードスキル無しで倒したモンスターからのSランク素材の方が、容量を占め始めたという現状に。
依頼達成には相変わらず遠いのですが、それでも何とか達成に向けて、もがき続けることはできているようです。
一体これはどういうことなのでしょう、スランプに陥っている剣が、スランプに陥る前以上の稼ぎをしているというのは、何て皮肉的な事態になっているのでしょう。
世界を管理する唯一の人物、茅場晶彦氏はこうした状況を、何と説明してくれるのでしょう。
私の剣はソードスキルなんて備えていない鈍の刃に成り下がったのではないでしょうか。
芸術的な剣戟とは遠く無縁の存在になったのではないでしょうか。
だとすれば、それこそ一大事です。
この世界の戦闘には華があり、その華を彩る剣技に見放されたとなれば、私はこの先ずっと、華のない、泥臭い戦いを続けなくてはなりません。
楽しさなんてどこにもない、本当にただの殺伐とした世界で首を括らなければならなくなります。
あぁ、どうしたらいいのでしょう。
どうしたらこの苦境を乗り越えることができるのでしょう。
私の剣が命を取り戻し、この世界で光を放つことは、永久に不可能なのでしょうか。
私はその他の数多存在するスキルのみに頼って生きるほか、道はないのでしょうか。