ゼロの『運び屋』-最強最悪の使い魔-   作:世紀末ドクター

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第十六話『港町ラ・ロシェール』

 

 早朝、ルイズは馬に鞍をつけ準備をしていた。

 これから彼らが向かう先は、王党派と貴族派が戦争をしている只中のアルビオン。

 そして、出立の準備をしているルイズの傍らで、ふと何気なく赤屍が言った。

 

 

「しかし、空に浮かぶ大陸とは、まさにファンタジーそのものですねぇ。実際に見るのが少し楽しみですよ」

 

「アンタの世界には、アルビオンみたいな浮遊大陸は無いの?」

 

「ええ、浮遊大陸なんてものは私の世界には存在しません。…いえ、一つだけ例外がありましたね」

 

「例外?」

 

 

 例外とは一体どういう意味だろうか。

 視線で問い返された赤屍は、ルイズにとっては全く意味不明なことを言った。

 

 

「あるいは『無限城』の中でなら、空に浮かぶ大陸なんてのもあり得るかもしれません」

 

 

 これまでにも赤屍がときどき口にしていた『無限城』というキーワード。

 恐らくは赤屍の出身世界での地名なのだろうが、「城の中に大陸が存在する」とは一体どういうことなのだろう。

 ルイズの常識の範囲で考えるならば、どう考えても普通は逆のはずである。

 

 

「っていうか、城の中に大陸があるって、まるで意味が分かんないんだけど…」

 

「クス…まあ、そうでしょうね」

 

 

 若干の苦笑まじりに赤屍は『無限城』についてルイズに説明する。

 無限城の中ではあらゆる次元と不規則な時間の流れが混在し、それ自体が無数のセカイを内包する特殊な空間となっている。

 それが特に顕著なのが『ベルトライン』と呼ばれる無限城の中層階であり、花畑から海へといったように周囲の光景が短期間に次々と切り替わるなど、そこでは一切の常識が通用しなくなる。

 実際にあるかどうかは赤屍も知らないが、無限城の中でならやろうと思えば、浮遊大陸の一つや二つは創れるだろう。

 赤屍が話す『無限城』の余りの出鱈目さ加減にルイズも驚かざるを得ない。

 

 

「どんな出鱈目よ、それ!?」

 

「まあ、ルイズさんの気持ちも分かりますよ。ですが、そういう場所だから、と言うしかありませんねぇ」

 

 

 さらに言うならば、無限城の存在そのものが赤屍のいたセカイの成り立ちの根幹をなす存在でもあった。

 そのことはルイズにも話してないが、おそらくは―――

 

 

「恐らく、このセカイの成り立ちも『無限城』と全く無関係という訳ではないんでしょうがね」

 

 

 不意に赤屍が呟くように言った。

 実を言えば赤屍は、この『ハルケギニア世界』と『無限城世界』の関係性について、限りなく正解に近いところにまで既に自力で辿り着いていた。

 だが、そんなことを知る訳もないルイズにしてみれば、赤屍の言葉に首を傾げるしかない。

 

 

「それって、どういう意味…?」

 

「さて…どうせ知ったところで意味はありませんよ。少なくとも今の時点ではね」

 

 

 ルイズの質問にも赤屍は曖昧にはぐらかした。

 何もかも見通していながら、敢えて答えを言わない狂言回しのような赤屍の物言い。

 ルイズは「一体何のことを言ってんのよ、アンタ」とでも言いたげにジト目で赤屍を睨んでいる。

 ジト目で睨まれた赤屍は肩を竦めると、話題を切り替えることにした。

 

 

「それはそうと、こちらに近付いてくる男性はルイズさんのお知り合いですか?」

 

「え?」

 

 

 すると、朝もやの中から一人の長身の貴族が現れた。

 精悍な顔立ちの若い男で、羽帽子に長い口髭が凛々しい。

 貴族の証である黒いマントの胸の部分にグリフォンの形をあしらった刺繍を施し、まるで剣のような銀色に光る魔法の杖を腰に刺している。

 現れた貴族の男はルイズと赤屍の近くまで歩み寄ると、帽子を取って一礼した。

 

 

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。姫殿下より、君達に同行することを命じられてね。君達だけではやはり心もと無いらしい。かといって、隠密の任務であるゆえ、一部隊つけるわけにもいかない。そこで、僕が指名されたってワケだ」

 

「ワルドさま……」

 

 

 ルイズが、微かに震える声で言った。

 どうやらルイズの反応を見る限り、ルイズとは旧知の仲らしい。

 …というか、彼らの話によると、二人は婚約者どうしなのだという。

 

 

「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ!」

 

 

 ワルドは人なつっこい笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄り、抱き上げた。

 

 

「お久しぶりでございます」

 

 

 親同士が取り決めた婚約ではあったが、幼いルイズにとって優しく強いワルドは憧れの人だった。

 ワルドの両親が相次いで亡くなり、彼が魔法衛士隊に入隊してからは、会う機会もなくすっかり忘れていたのだった。

 それに加えて、最近はとんでもない厄介事を抱え込んでしまったのだから、なおさら思い出す余裕など無かった。

 

 

「ミスタ・ワルド、同行するものを紹介します。『使い魔』の赤屍蔵人です」

 

 

 ルイズは赤屍のことを指さして紹介した。

 ワルドは少し傷ついたような顔をしたが、直ぐに真面目な顔つきになると、赤屍に近寄った。

 

 

「君がルイズの『使い魔』かい? まさか人とは思わなかったな」

 

 

 果たして、この男を本当に人間と呼んでいいのだろうか?

 赤屍のことを人間と言ったワルドの言葉に、ルイズは何とも微妙な表情をしている。

 

 

「僕の婚約者がお世話になっているよ」

 

「いえいえ、別に私自身は大したことはしていませんよ」

 

 

 ルイズとしては、むしろこれまで迷惑しか掛けられていない気がする。

 召喚されて以来のこれまでの赤屍の言動を思い出したルイズは心底ゲンナリした様子で溜め息を吐く。

 そんなルイズの心情など全く気にせずに、ワルドのことを冷静に観察していた。

 

 

(この世界での標準から考えれば、彼も一流のレベルなんでしょうがねぇ…)

 

 

 赤屍の見立てではワルドの戦闘力は、この世界での標準から考えれば十分に一流のレベルだ。

 だが、本来の赤屍の実力から比較すれば、全くの不足としか言いようがない。そして、不幸なことにワルドの方は赤屍との間に広がっている途方もない実力差には気付いていなかった。

 

 

「時間だ。そろそろ出発するとしよう」

 

 

 ワルドが口笛を吹くと、朝もやの中からグリフォンが現れた。

 鷲の頭と上半身に、獅子の下半身がついた幻獣である。立派な羽も生えている。

 ワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに手招きした。

 

 

「おいで、僕のルイズ」

 

 

 ルイズはしばらくモジモジしていたが、ワルドに抱きかかえられ、グリフォンに跨った。

 ワルドは手綱を握り、杖を掲げて叫んだ。

 

 

「では諸君!出発だ!」

 

 

 グリフォンが駆け出し、赤屍も後に続く。

 赤屍の乗馬の経験はそれほど多いわけではなかったが、赤屍がひと睨みすると、馬は怯えた様子で素直に従った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 港町ラ・ロシェール。

 ラ・ロシェールは、白の国アルビオンヘの玄関口として設けられた港街である。

 峡谷の間に築かれた街なので、昼間でもなお薄暗い。人口は三百にも満たぬ程度だが、ふたつの大陸を行き来する人々が大勢おり、住人の十倍以上の人間が街中を闊歩している。

 ルイズ達は途中の駅で馬を何度も替え、その日の夜にはラ・ロシェールの手前まで辿り着いた。

 そして―――

 

 

「敵襲だ!!」

 

 

 そのワルドの一声を合図にしたかのように松明と矢が大量に飛んできた。

 

 

「大丈夫か!」

 

 

 グリフォンに跨るワルドが杖を掲げ、小型の竜巻を発生させると矢を全て明後日の方へと弾いていた。

 馬を止めた赤屍は、呑気な様子で矢の飛んできた崖の方を見上げる。

 

 

「メイジなら魔法を使って来るでしょうし、傭兵崩れの物盗りといったところですかねぇ」

 

 

 弓矢や投石など、飛んできた攻撃の種類から赤屍はそう判断する。

 攻撃の範囲と数から推測するに、おそらく人数は多くても30人程度と言ったところだろう。

 

 

「ファイヤー・ボール!」

 

 

 赤屍が観察していると、ルイズがグリフォンの上で杖を振るい、崖の上に爆発を起こしていた。

 男達の悲鳴が上がり、何人かがその爆風に吹き飛ばされているのが見える。

 

 

「クス…今のルイズさんなら本気で力を込めたら、あの崖ごと木っ端微塵に出来るでしょうに…。随分とお優しいことだ」

 

「アンタみたいな殺人狂と一緒にしないでくれる!?」

 

 

 赤屍の言葉に反発するルイズ。

 今のルイズからしてみれば、かなり手加減された爆発魔法であり、どうやら死人までは出ていないようだ。

 だが、手加減されていながら明らかに威力のおかしいルイズの爆発魔法を見たワルドは驚愕の余り唖然とした顔をしている。

 しかし、それでも射掛けられた矢を風の魔法で咄嗟に逸らすことが出来るあたり、魔法衛士隊の隊長という肩書は伊達ではないということだろう。

 ワルドが気を取り直して身構えたその時、上空の方からバサバサと重みのある羽音が聞こえてきた。

 

 

「この音は…」

 

 

 上空に浮かぶ竜から放たれた風と炎の魔法。崖の上からまた男達の悲鳴が聞こえてくる。

 男達は反撃として空に向けて矢を放ち始めるが、それは上空を飛んでいる竜らしき影には当たらない。

 どうやらワルドの時と同じく矢は風の魔法で逸らされているらしい。最終的にその竜から放たれた竜巻と火球によって、男達は次々と吹き飛ばされ、崖の上から転げ落ちてきていた。

 

 

「風の呪文じゃないか」

 

 

 ワルドが呟くと、上空から一匹の竜が降りてくる。

 

 

「シルフィード!?」

 

 

 ルイズが驚いた声をあげる。確かにそれはタバサの使い魔、シルフィードであった。

 地面に降りてくると、その主人であるタバサと……もう一人はどうやらキュルケのようだ。

 

 

「お待たせ」

 

「お待たせ、じゃないわよ! 何しにきたのよ!」

 

 

 ルイズはグリフォンから飛び降りると、キュルケに怒鳴りかかる。

 

 

「何よ。せっかく助けてあげたのに。朝方、あなた達が馬に乗って出かけようとしてるんだから、気になって着いてきたのよ。感謝しなさいよね。あなた達を襲った連中を片付けてあげたんだから」

 

 

 キュルケが腕を組んでつまらなそうに答えるとルイズも不満そうに顔を歪めていた。

 そんな非難の混じったルイズの視線を軽く受け流し、キュルケはワルドに艶のある視線を送る。

 

 

「ダンディなあなたに興味があったしね」

 

「それは光栄だ。しかし残念ながら、僕は君の求愛を受ける事はできないな」

 

「あら、どうして?」

 

 

 にべもないワルドの返答に、キュルケは若干眉をひそめた。

 それでも持ち前の気質故か、すぐにまた艶やかな流し目に戻って理由を尋ねる。

 ワルドはキュルケを拒絶するように左手で押しやる。

 

 

「婚約者が誤解するといけないので、これ以上近づかないでくれたまえ」

 

 

 そう言ってルイズを見るワルド。

 見つめられたルイズの頬が染まった。

 

 

「なあに? あんたの婚約者だったの?」

 

 

 キュルケはつまらなそうに言った。

 曰く、朝方窓から見てたらルイズ達が出かけるのが見えたため、タバサに頼んでシルフィードで送ってきてもらったそうだ。

 だが、キュルケの性格から言って、大部分の理由は興味本位からであることは間違いないだろう。

 ルイズはこめかみに手を当てながら、呆れた様子で言う。

 

 

「ツェルプストー。あのねえ、これはお忍びなのよ?」

 

「お忍び? だったら、そう言いなさいよ。言ってくれなきゃわからないじゃない」

 

「それを言ったら『お忍び』の意味が無いでしょうが!?」

 

 

 ウガーッと怒鳴るルイズ。

 そんな漫才のようなやり取りをする彼女達を余所に、赤屍はまだ意識のある賊に尋問してみることにする。

 赤屍はメスを手の上で弄びながら賊どもにと訊ねた。

 

 

「さて、アナタ方の目的を教えていただけますか?」

 

「ひ、ひいッ! 俺たちゃただの物盗りで……」

 

 

 本当にそうなのだろうか。赤屍は訝しげに倒れ伏す男達を見つめる。

 あれが本当に野盗であるならば、その標的は力のない平民の旅人を襲うはずだ。

 ましてや、この野盗達も平民である以上、ワルドのような腕利きのメイジが存在する一団を襲うというのは不自然に思える。

 

 

「ワルド子爵、彼らはただの物盗りだと言っていますが?」

 

「ああ、聞いている。……そうだな。捨て置こう」

 

「…よろしいので?」

 

「ああ、それに今は時間が惜しい」

 

 

 そう言って、ワルドはグリフォンに跨る。

 ワルドはルイズと一緒にグリフォンに跨り、それに遅れて赤屍も馬に乗る。

 結局、そのまま付いていくことになったキュルケとタバサと共に、ルイズ達はラ・ロシェールの街へと行くこととなった。

 その後は何事もなくラ・ロシェールに到着した一行だったが、街並みを一望した赤屍から感心の声が上がる。

 

 

「ほう…」

 

 

 狭い山道を挟むようにして立ち並ぶ数多くの旅籠や商店。全て立派な石造りの建物だ。

 一見するとトリスタニアによくある石造りの建造物のようだったが、よく目をこらしてみると、一軒一軒が全て同じ一枚岩から削り出されたもの――つまり、彫刻であることがわかった。

 

 

「町全体が芸術品とでも言ったところですかねぇ」

 

 

 赤屍は手放しで称賛する。

 まさに『土』系統のスクウェアメイジ達の巧みの技であった。

 一行はラ・ローシェルで一番上等な『女神の杵』という宿に入った。

 

 

「今日は宿で一泊しよう。明日、朝一番の便でアルビオンに渡る」

 

 

 宿に入った一行は、その一階の酒場でこの後どうするかと話し合っていた。

 別にアルビオンへ行ってどうする、といった話ではない。予定よりもかなり早くラ・ロシェールに到着したので、街の見物にでも出掛けてみようかという算段である。

 そこへ『桟橋』へ一人、乗船の交渉へ行っていたワルドが帰ってくる。

 ワルドは席につくと困ったように、話を切り出した。

 

 

「アルビオンに渡る船は明後日にならないと、出ないそうだ」

 

「ええ!? 急ぎの任務なのに……」

 

「ふむ、なぜ船は明後日にならないと出ないのです?」

 

 

 赤屍の疑問に応えてワルド。

 

 

「明日の夜は月が重なるだろう?『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最も、ラ・ロシェールに近づく」

 

 

 月夜に関係して距離を変える浮遊する陸地。

 燃料になる〝風石〟を可能な限り節約するためほぼ全てのフネがその日に発着するため、明後日にならないと船は出ない。

 仕方ないからそれまでの間この街で時間を潰す事となり、早速ではあるが宿の部屋割りがワルドによって決定され鍵を渡された。

 赤屍は個室。キュルケとタバサが同室。そして、ルイズとワルドが同室。

 まあ、婚約者だから当然ではあるが……ルイズはかなり動揺。

 

 

「そ、そんな、駄目よ! まだ、わたしたち結婚してるわけじゃないじゃない!」

 

「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」

 

 

 そんなワルドの提案にルイズがハッとしながら反論するが、ワルドに優しく肩を叩かれてルイズも顔を赤くして詰まってしまう。

 やがて、夕食を済ませた一行はワルドが割り当てて決めた部屋へと向かう。ルイズとワルドの部屋は女神の杵亭でも上等な部屋であるらしく、レースの飾りと天蓋が付いたの大きなベッドがあったりと立派な造りだった。

 

 

「君も一杯、どうだい?」

 

 

 テーブルに座ったワルドはワインをグラスに注ぐと、ルイズを促す。

 言われたままにルイズはテーブルにつき、ワルドがもう一つのグラスにワインを満たすと、自分のグラスを掲げた。

 

 

「二人に」

 

 

 恥ずかしそうに俯きつつ、ルイズはグラスを合わせる。

 グラスが触れ合う音が静かに響いた。

 

 

「姫殿下の手紙、きちんと持っているね?」

 

 

 もちろんだ。ルイズは頷きつつ、ポケットの上から封筒を押さえた。

 そういえば、ウェールズから返して欲しいという手紙の内容は何なのだろうか。

 何となく予想はつくのだが、それはまだ自分の推測に過ぎない。やはり、本人と会わなければ分からないだろう。

 

 

「ところで、大事な話って何?」

 

 

 ルイズが本題を促すと、ワルドは急に遠くを見るような目になって言う。

 

 

「覚えているかい? あの日の約束……。ほら、君のお屋敷の中庭で……」

 

「あの、池に浮かんだ小船?」

 

 

 ワルドは頷いた。

 幼い頃、魔法の才能がある姉達と比べられて〝出来が悪い〟などと言われて両親に怒られたこと。

 そして、いつもその後には実家の屋敷の中庭の小船で、まるで捨てられた子猫のようにうずくまりながら泣いていたこと……。

 楽しそうに語り続けるワルドと、恥ずかしそうに俯くルイズ。二人は昔話を、まるで昨日のことのように思い返しながら語り合っていた。

 

 

「でも僕は、それは間違いだと思っていたんだ。君は確かに昔は不器用だったかもしれない。だけど、今は違う。そうだろう?」

 

「それは……」

 

「さっきだって、見せてくれたじゃないか。君の魔法を」

 

 

 つい先ほど、野盗達を吹き飛ばした魔法。

 本当はあれも失敗の一つに過ぎないものだった。

 

 

「あ、あ、あれはね……その……」

 

「ははは。恥ずかしがることはないよ。君はあの爆発を、まるで自分の手足のように操っていたじゃないか。他のメイジが使う魔法とは勝手は違うようだが、それを自分の物として扱うというのは普通は思いつかない発想だよ。それができる君は、やはり隠れた才能があったんだ」

 

 

 ワルドはルイズのことを褒め称えてくる。

 ルイズとしては手段を選んでいられないから仕方なく使い始めたもので、ワルドに褒められても手放しで喜ぶ気にはなれない。

 もっとも赤屍が現れなければ、あの失敗をこのような形で活かそうと考えなかったのは確かだろうが。

 

 

「そして、君には他の者にはない才能以外に隠れた力もある。それが僕には分かるんだ」

 

 

 いつかの赤屍と似たようなことを言うワルド。

 実際に赤屍にその潜在能力の一部を引き出された今、その言葉も全くの的外れでないことはルイズにも実感として分かる。

 確かにルイズも力を付け始めた。だが、その力も赤屍と比べたら自分の力など軽く吹けば飛ぶ程度のものでしかない。

 

 

「君の使い魔……ミスタ・アカバネ。彼だって只者ではない」

 

「そんなこと、嫌ってほど分かってるわ。アイツ人間辞めてるもの」

 

 

 ついつい返答がぶっきらぼうなものになってしまわずにはいられなかった。

 内心後悔しているルイズに、ワルドは首を横に振って見せた。

 

 

「違う、そういう意味じゃない。彼の左手のルーンを見て、思い出したんだ。あれは始祖ブリミルが用いたという、伝説の使い魔ガンダールヴの印だ」

 

 

 ワルドの目が、鷹のように鋭く光る。

 

 

「……伝説の使い魔?」

 

 

 今一理解できないといった具合にルイズが聞き返す。

 

 

「そう。それは誰もが持てる使い魔ではない。つまり君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ。ルイズ、君はきっと、偉大なメイジとなるだろう。……そう、始祖ブリミルのように歴史に名を残すような、素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している」

 

 

 やけに熱がかかった口調でワルドは語り、ルイズを見つめる。

 真面目な顔をして伝説の話をするワルドに、ルイズは段々ついていけなくなった。

 ブリミルが使役したとワルドは言うが、例え事実であっても、それは六千年も前の話なのだ。

 そんなものが現代に甦りましたと言われてすぐに信じ込むほど、ルイズは信心深くはなかった。

 

 

「眉唾物ね。はいそうですかと鵜呑みにできない話なのは、あなたもわかってると思うけど」

 

「僕は至って真面目だ。以前王立図書館の文献で見たんだ」

 

 

 間断無く断言してきたワルドに、ルイズは言葉に窮する形となった。

 気圧された、と言ってもよいだろう。それくらい、今のワルドは野心に満ちた目をしていた。

 

 

「確かにアイツが凄いのは認めるけど…。でも、それはただ単にアイツが凄いのであって、アイツが『ガンダールヴ』だから、って訳じゃないんじゃないの?」

 

 

 間違いなく、赤屍の強さは『伝説』とは無関係だ。

 赤屍が伝説の使い魔? 何を馬鹿な。あの男がたかが伝説程度で済むものか。

 仮に6000年前のガンダールヴが当時の強さのままで蘇ったとしても、赤屍には絶対に勝てないという確信がルイズにはある。

 今はルイズの使い魔という立場に甘んじてはいるものの、本来ならば他の誰かに付き従うような相手ではない。

 

 

 ――もしも貴女がそこまで強くなれたら、その時は是非、私と戦ってください――

 

 

 主人であるルイズですら、ある意味で自分の命を狙われているのだ。

 はっきり言って、あの男を『使い魔』として使いこなしたり、利用したりすることは他の誰にも不可能。

 だから、ルイズはワルドにも念を押して忠告しておくことにする。

 

 

「ワルド、くれぐれもアイツに迂闊なことしないでね? アイツだけはホントに手に負えないから…」

 

 

 だが、そのルイズの言葉に、ワルドは我が意を得たりとばかりに微笑んだ。

 

 

「キミが心配するような無茶はしないさ。けど、僕は確かめたいんだ。この目でね」

 


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