今回は雨と雲と。
苦労人になり始めたデイモン。
「あたしも日本人なんですよ!やっぱり日本食が恋しくなりますよね」
「確かにそれはあるでござる。精一杯のもてなしをして貰っているが、やはり故郷の味には敵わぬよ」
たまたま食堂の近くを通った時にこんな会話が聞こえてきた。××は徐々に行動範囲を増やしていっているらしいが今の所はどうでもいい。
今は雨月が相手をしているようだ、さっさと通り過ぎようとしたところで聞き捨てならない内容に足が止まる。
「だから材料を貰ってご飯と味噌汁と焼き魚作ってみたんですけど失敗しちゃって…食べられないの出来ちゃいました。この時代のキッチンに慣れなくて…でも何回か練習すれば美味しいの作れるようになります!その時は雨月さんにも食べさせてあげますね」
「っ…勝手に作ったのでござるか…?」
「え?仲良い使用人さんにOK貰いましたよ?」
…さて、まずは厨房に向かいましょうか。
戸惑う雨月の声を聞いて、彼はしっかりと問題やら何やらに気づいたらしい事がせめてもの救いだ。
「ああ、デイモン様。今報告に伺おうかと」
「事情は把握しています。謝罪は必要ないので対処とその被害を報告なさい」
厨房に入ると怒り心頭な様子で仁王立ちをしている料理長、ずらりと並んだコックに休憩中だったらしい使用人、その中心には泣きじゃくっているメイドが一人居た。
私に気づいた料理長が情けなく眉尻を下げて頭を下げようとしたのを止める。
報告を聞く限り日本産の食材といくつかの調理器具を廃棄するだけで済みそうだ。保管場所を別にしていたのが良かったが、これで雨月には日本食を出せなくなってしまった。
「デイモン様、申し訳ありません。私の采配ミスです。処分はいかようにも」
息を切らせて駆け込んできた筆頭使用人が頭を下げる。勝手に許可を出したメイドが真っ青な顔をして必死に謝ってきたが慈悲は与えられない。
「では罰を与えます。筆頭使用人としてその裏切り者を始末しなさい、使用人は連帯責任で死体の処理。料理人は厨房の掃除。ただし被害者ですからね、夕食の時間が遅れる事を許可します。そうそう、失敗作は責任をもって本人に食べさせるように」
「ひっ…!」
引きつった声と共にドサリと重い荷物が落ちるような音、仕事が早くて何よりだ。床や周りを汚さないというのも素晴らしい。
「早急に荷物を片付けます。それから××○○へつける者も厳選いたします」
「頼みましたよ」
それで私の中では終わった筈だった。
ところがその日の夜。
「あんな…あんなゴミを食事として出すなんて酷い…あたし、何もしてないのに」
見回りとして廊下を歩いていると遠くから耳障りな音が聞こえてきた。そういえばこの先には××の部屋があった筈だ。
気が進まないが足を進めない訳にはいかない、渋々足を動かすと雨月と雨月に泣きついている女が居た。こちらに気づいた雨月は困ったような笑みを浮かべて頬を掻く。困っているのならば突き放せばいいものを。
「何もしていない、と本気で思っているのですか?」
「ーっ何もしてない!疑われても、冷たい目を向けられてもこんなに頑張ってるのに!」
私の声に××は勢いよく振り向き涙を流しながら悲鳴じみた声を上げる。
雨月、あからさまにホッとしないで下さい。
××が離れた事で息を吐いた雨月を軽く睨んでみたが笑顔で返されてしまった。全く、食えない男だ。
「はぁ…なら私が説明してあげますよ。まず先程貴女が言ったゴミですが、勝手に貴重な食材を使い作り出したものです。その始末をするのは当たり前でしょう?そもそも厨房に入る許可は与えていない、あの使用人にそんな権限はなかったのですから。加えて許可のない人間…貴女の事ですよ、貴女が触れた物は全て捨てる羽目になりました。当然ですよね、怪しい人間が触れた物を使える筈がない。何せボスの口に直接入る物を作る場所なのですから。おかげで雨月の為の物がなくなりました」
「あ、あたしそんな危害を加えたりなんか…」
深い深い溜め息を吐いて面倒な説明をわざわざしてやると、××は更に涙をこぼししゃくりあげ出した。
「更に言うなら、貴女つきのメイドだった彼女は始末する羽目にもなりました」
「え…?」
「直接的な言葉を使わなければ理解出来ませんか?彼女は殺しました」
お前のせいで人が死んだ、などという言葉は善良な一般人相手だったならば絶対に雨月は止めただろう。だが今は静観している、彼女は守るべき対象ではないと判断したらしい。
「ひ…人殺し!!あの子はたった一人の友達だったのに!あの子を返して…返してよぉっ!!」
泣きわめきながら私の胸を叩く××。この女は丸きり何も理解していないし理解しようともしていない。もう一度溜め息を吐いて××の手を強く払う。
「何を言っているのですか?彼女は貴女のせいで死んだ。勝手な判断で重要な場所に怪しい人間を入れ、毒殺の機会を作ってしまった。更に言うなら日本の物は軽々しく手に入れられるものではないんです、幹部の為に用意した物を滅茶苦茶にした」
「滅茶苦茶にするのはあんたのくせに…」
言葉を途中で遮られ眉を寄せる。頬を流れる涙をそのままに憎々しげに私を睨む××。
「ボンゴレ本来の姿を、未来を滅茶苦茶にして、ジョットを殺そうとするくせに!!」
反射的に、と言っていい。右目にスペードのマークが浮かび右手に鎌の柄を握る…前に、正面から雨月に視界を塞がれ右手首を掴まれた。
「デイモン、今宵は月が綺麗でござる。拙者の笛と月見酒、風流でござろう?」
右手を掴む力は決して強くはない、穏やかな笑みを向けるこの男の手を振り払おうと思えば振り払えるが何とか堪える。
怒りからか熱を持った息をゆっくりと体から抜き雨月と視線を合わせる。
「それはいい、貴方の笛を独り占めですか」
「いかにも」
「ならさっさと見回りを終わらせて、酒の用意でもして待っていますよ」
私の目が通常に戻った事を確認した雨月は笑顔のまま頷いて手を離した。
これ以上不快な思いはごめんなので早々にこの場を立ち去る。背中から聞こえてきたものには気づかないフリをして。
「さて、××殿。申し訳ないが今後一切拙者に関わらないで貰いたい。狭量だが仲間を侮辱されて仲良くなど出来ぬたちでな…」
あの後、度数の高い酒をあおり美しい月を見て雨月の笛に心癒された。
雨の鎮静効果を嫌な形で体験したが、雨月の笛は見事なものだった。
「それで、いつまでアレを放置する気だい?」
「被害が表面化してきましたが、『まだ』一般人ですからね」
敷地内の野外訓練場でアラウディとの戦闘訓練後、汗を拭き水分を補給しながら答える。術者といえども体術も磨かなければいけない、己の身を守る為に。
「君かGなら始末する権限はあるんでしょ?ならさっさと始末しなよ、目障りだ」
「確かにそろそろ始末しても文句を言われない程度には被害が出ていますが…貴方も何か?」
「つきまとわれて鬱陶しい。菓子の差し入れとか手錠に触らせてくれとか…僕は馬鹿は嫌いだよ」
(戦闘時以外)表情があまり変わらないこの男が実に嫌そうな顔をする程に××はつきまとっているらしい。いい気味だ、と頭の片隅で思いつつもあの女は幹部をコンプリートする気なのかと溜め息を吐く。
「それに彼女、君の事を悪者にしたいみたいだね。極悪非道の悪人だと大きな声で喚いてる」
極悪非道、は否定しないが××は内部崩壊を起こしたいのだろうか?あの女が自分は悪くない、被害者だと言い続けているのは知っている。よくもまぁぬけぬけと、と思わずにはいられない。
「居心地のいい場所を潰されるのは腹立たしいし、何より君を侮辱され続けるのは気分がよくない」
「……そんなに疲れているのなら休んでも良いのですよ」
「どういう意味だい?」
この男らしからぬ言葉に思わず本気で心配してしまった。まじまじと見つめる私をどこか呆れたように見る目の前の男。
アラウディが…『あの』アラウディが私を…?ああ、それとも幻聴だろうか。最近は尻拭いばかりして疲れてる、そのせいに違いない。
一人考え込んでしまっていると急に両頬に軽いながら痛みが走る。真正面にアラウディの顔がある事からして、両手で私の両頬を叩いたらしい。
「君が腑抜けているとつまらない。さっさと始末してすっきりしなよ」
強い視線を向け言いたい事を言うと、アラウディは振り返りもせずに汗を流しに行ってしまった。
言う事は物騒だがそれは今更だ、あれは励まされた…のだろ。
雲は相変わらずで、少し安心したのは秘密だ。
雨月「やれやれ、××殿による被害は増える一方でござる」
アラウディ「ジョットの意見を尊重したいのは分かるけど、取り返しのつかなくなる前に動くのも側近の努めなのに…」
雨月「アラウディは本当にデイモンの事がお気に入りでござるな」
アラウディ「……」
雨月「照れずともよかろうに…拙者もあの御仁の事は好いている。実はジョットより先に助けてくれたのは彼だったのだ」
アラウディ「相変わらずのお人好しだね、敵以外には」