彼は社会人だった。
会社では一つの課を任される存在であり、既にアラサーとはいえ20代の彼が課長というのは本来あまりいい顔をされるものではない。
しかし彼の仕事能力は凄まじく、気さくで誰とでも分け隔てなく話せ、本人が自慢することがないのであまり社内では知られていないものの実家は地元では知らぬ者がいないほどの名家であり、ついでに言えば微笑みが似合う長身の美男子であった。
嫉妬からの軽口や、コネ昇進などという声が上がることは多少はあったのだが、そう言っている者達も彼に少なからず恩があり、また心では認め尊敬していた。
つまり彼はもう社内において、“そういう存在”として扱われているのだ。
“アイツだからしょうがない。それがアイツだよ。あの人らしいね。”
みな彼を語る時は笑いながらこう言う。
その彼本人はと言うと
「(超絶うんこしてぇ.....ッ!)」
未曾有の大ピンチに陥っていた。
28年間どんなピンチも涼しい顔で切り抜けてきた彼だが、この日ばかりはそうもいかなかった。
「なぜ今日に限って社内全てのトイレが使用不可なんだ」
「ん?どうかしたんすか先輩?」
「ああいやなんでもないよ相沢。ただ今日は部長が見当たらないなと思ってね」
肛門への静かな圧迫感に、冷や汗を垂らしながら答える彼。
「部長だったらどうやら痔みたいですよ。ていうか珍しいですね先輩。さっき小泉があんなに言いふらしまくってたのに聞いてなかったんですか?」
聞けるわけないだろ。こっちは自分のケツで手一杯なんだよ!
そう言いたくとも言えず、ちょっと疲れててねと苦笑いしながら席を立つ他無かった。
立ったことで更に負担が大きくなっていくケツへの心配をしながら彼は考えていた。
もはや会社を脱出する他ない、と。幸い近くにコンビニがあるので、急いで行って帰って来れば業務に支障はでないんじゃないだろうかと。
トイレ一つでこんな命をかけたミッションのようになっていることにバカらしさを感じたが、今そんなことを気にしている余裕は彼にはなかった。
そうしてエレベーターへと(肛門への配慮を忘れずに)向かって行った。
一方その頃、とある異世界の一国では、最上位階次元魔法:ワールドアウトという一級指定禁止魔法に類する魔法が発動し、一人の大魔導師が世界から消失していた。
この魔法は、簡単に言えば異世界へと転移する魔法なのだが、発動させた本人である世界最高の魔導師、オルトリア・ディバインバーグですら転移先の世界を指定するには魔力が足りないほどの大魔法であり、つまりそれは、億分の一、いやそれ以上に小さな可能性ではあるものの、
―――こうしてエレベーターを降りた直後の彼の目の前に現れることもありえない話ではないのだ。
『.....ニンゲン、ここは何処だ』
「犬耳コスプレイヤーとか勘弁してくれ本当に」
これが、【神狼の大賢者】オルトリア・ディバインバーグと、後に【黄昏の英雄】と呼ばれる会社員、上山景吾の出会いである。
サブタイに意味無し