「ふぅー、ごちそうさまでした」
ヴァネッサちゃんが両手を合わせ、きちんと挨拶をする。
「お粗末様でした」
それを見てセルディがヴァネッサちゃんに微笑みながらそう返す。どうやらとても美味しかったらしくヴァネッサちゃんの表情はとてもご満悦である。
「すっごいおいしかったよ!セルディお姉ちゃん!お母さんにも負けてないよ!」
「ふふっ、そうですか?ありがとうございます」
食事の時にもう既に自己紹介は済ませ終わっているのでヴァネッサちゃんはもう私達には危険を感じていないと思う。その証拠にこの笑顔は心からのだと分かるくらいに満面である。
「あっ、そうだ。鋼夜とポーラにも何か持って行ってあげないと」
美月がそう思い出した様に呟く。今の二人は鎮痛剤を打っているため痛みは少しは引いたらしい。しかし鎮痛剤の効力もそろそろ切れてしまう。
もう鎮痛剤のストックは無いしもし仮にあったとしても魔女の力である『嫉妬』にはもう効かないだろう。あれは一度しか効かないし、そもそも自己暗示の類である。そんなもので痛みが無くなるのならばここまで魔女の力は危険視されていない。
そもそも魔女の力はいつ、どこで発生したか曖昧な部分が多く、何故魔女という生命が誕生したのかすら分からない。イージスに加担している魔女、もしくは魔女の力を持つ者は鋼夜とミリアだけである。
鋼夜の妹である紗夜ちゃんは亡くなる直前まで魔女という事は知らなかったらしい。紗夜ちゃんが死んでしまいそうになった時に鋼夜が紗夜ちゃんに誓いを立てた事で鋼夜には『憤怒』の魔女の力であるテミスの鎮魂歌が与えられた。
ミリアに関しては自分がいつ、何処で生まれたのか分からないらしい。気が付いたらそこに居た。そう言っていた。
しかし自分自身が魔女であるという事は生まれた時から自覚しており、『怠惰』の魔女の力であるクロノスの声援はずっと使えたらしい。
現在所在が分かっている魔女の力は『憤怒』『怠惰』『嫉妬』『強欲』の四つだ。
そもそも魔女の力とは人間が持ち得る事が出来る力では無い。
そんな人外の力を手に入れるためには当然ながら代償が必要なのである。
魔女の力を手に入れる方法は三つ。
契約印。誓約印。代償印である。
契約印とはそのまま魔女と契約を果たす事でその契約者に魔女の力を与えられた印の事である。
誓約印は魔女に対し、一生涯を誓う何かを宣言する事で与えられる魔女の力。その場合、その誓ったこと以外に魔女の力は使えない。
代償印は魔女の力を手に入れたい者がその手に入れたい魔女を殺す事で与えられる印である。
それぞれのデメリットは契約印は契約の内容によっては命を奪われる可能性が高いこと、誓約印は一生涯を誓うものでなければまず手に入れる事が出来ないこと、代償印は手に入れるためには一定のリスクを負う必要性がある事。
そもそも魔女とは一定周期でこの世界に現れていることが記録に残っている。その周期は凡そ1000年。それが何を意味するのかは全くもって分かっていない。
しかし魔女が現れた時代は遠からず滅びている。魔女を巡って大戦争が起きたり、魔女自身が世界を滅ぼしたり、はたまた天災が起きたりして運が良ければ国一つ、運が悪ければ大陸一つ無くなっている事も多い。
そのため、世間には殆ど魔女の存在は感知されていない。イージスが徹底的に情報統制を敷いているのだ。
しかし何事も完全に蓋をすることは不可能なのである。
世間では都市伝説として魔女の存在はまことしやかに伝えられており、それは中世のヨーロッパなどで顕著に現れている。ありもしない魔女の嫌疑をかけられ殺された無罪の市民がどれだけ居たかは分からない。しかしその中に魔女は居なかったらしい。そうでなければ今、この世界に魔女が少なくとも1人欠けていることになるのだから。
「ん?美月お姉ちゃん、こーやって人とぽーらって人はだあれ?」
「ああ、私達の大切な仲間だよ。勝手にベッドを借りて居るけども良いか?」
「うん!ティナお姉ちゃんとかセルディお姉ちゃん達の大切な仲間なら悪い人じゃないもん!良いよ!」
「そうか、ありがとう」
「では、これでも持って行ってあげて下さい、美月様。さっき市場で買ってきたリンゴをおろした物です」
「ありがとうございます」
「ねえ、美月お姉ちゃん。私も一緒に行っちゃだめ?」
「えっと……」
その言葉に美月が私の方を向いて困った顔をする。
どうやら鋼夜とポーラをヴァネッサちゃんに見せていいものか判断しかねるらしい。
私としては仮にもこの家を借りているわけだし、鋼夜とポーラの事も見せたいけど、もし既に鎮痛剤が切れていて悲鳴をあげてしまう事になればヴァネッサちゃんは絶対に二人の事を怖がってしまうだろう。
ヴァネッサちゃんに二人を治して貰う事が前提である以上、それは得策では無い。
だけど、鋼夜とポーラをヴァネッサちゃんに見せる事で『強欲』の力が発動する可能性が無いとは言い切れない。
もしかしたら今すぐにでも『嫉妬』が解けるかもしれないのだから。
「うーん、連れて行ってあげたら?鋼夜とポーラの顔を見せておきたいし」
良いよね?という確認も込めてセルディの方を向くが、静かに頷いてくれたので問題無いと判断する。
もし何かあればセルディが止めてくれると思う。
「じゃあ、一緒に行こうか?」
「うんっ!」
大きく頷いて美月に笑いかけるヴァネッサちゃん。うん、やっぱ天使か。
〜〜〜〜〜〜〜
ヴァネッサちゃんの手を引いて鋼夜とポーラが寝ているベッドルームへと歩く。右手はヴァネッサちゃんと繋いでいるし、左手はリンゴを持っているので両手が塞がっている為、ヴァネッサちゃんがドアを開けてくれる。
うん、さっきからティナがヴァネッサちゃんを見て今にも頬ずりしそうな顔をしていたが何となく分かる気がする。
私にも妹が居ればこんな感じなのだろうか。
「こっち?」
「ああ、そうだ。お父さんとお母さんの部屋か?」
「うん、ここはパパとママの部屋だよ。でも二人とも全然帰って来ないの、ヴァネッサの事、嫌いになっちゃったのかな?」
そう言って悲しそうな顔をする。
「いや、そんな事は無い。産んでくれた両親が子供の事を嫌いになるなんて事は絶対に無い、そう言い切れる。だから大丈夫、ヴァネッサちゃんはちゃんとお父さんとお母さんに愛されてるよ」
少し前にシェムハザの防衛戦をした時に見たあのアルバムと私の両親のムービーは今でも心の奥底に焼きついている。もう二度と会えないと思っていた二人に会えて、ああ私はこの二人の娘なんだとそう再認識した。
もうあのアルバムは見ることは出来ないが、私はもう迷わずに歩いていける。
「それに、私達がいるしな」
そう、私にはコバルト・シリウスのみんなが居るのだ。それだけで怖いものなどない。あっ、でも鋼夜が他の誰かに取られるのは怖いけど……
「うんっ!ありがとう美月お姉ちゃん!」
うん、案外鋼夜が少女趣味でヴァネッサちゃんにコロッといってしまわない様に注意しなければな。
鋼夜は年下には優しいし。あれ、何だか心配になってきた。やっぱり今からでもヴァネッサちゃんをリビングに返すべきでは。
ガチャッ。
とか思っていたらヴァネッサちゃんが先にドアを開けてしまった。うん、まあ平気でしょう。何とかなる。
為せば成る、為さねばならぬ何事も。
「鋼夜、ポーラ、起きているか?」
電気を点けてベッドの中の二人に声をかける。
うん、何だかベッドの中の二人とか色々想像しそうな字面だが、二人は別々のベッドで寝ている。
もし仮に同じベッドで寝ていたらぶん殴る。鋼夜だけを集中的にぶん殴る。『嫉妬』?関係ないね。
「おう……起きてるぞ」
「うん、起きてるよ」
そう言って二人が身を起こす。やっぱりそろそろ鎮痛剤が切れそうみたいで痛そうである。
「あれ?その子は?」
鋼夜がヴァネッサちゃんの方を向いて疑問符を浮かべる。
「えっと、ヴァネッサ・クラリオーネです!よろしくお願いします!」
なんとも愛くるしい笑顔を鋼夜とポーラに向ける。
あっ、この子天使だわ。