「ねえ……オルト兄……」
「なんだ?ライラ」
「鋼夜君とポーラちゃん……大丈夫だよね?」
「……ああ!大丈夫さ……絶対に、大丈夫」
ライラ達はストックホルムの町へと買い出しに来ていました。
鋼夜君とポーラちゃんの容体は刻一刻と悪くなっていきます。
正直もう見ている事すら辛い状況です。既に鋼夜君は体の四分の三程が『嫉妬』に侵されています。
その『嫉妬』に侵されている部分には絶え間なく恐ろしい程の激痛が走っているらしいです。
もう、見ていられないと美月ちゃんとティナちゃんは二人とも一回泣いていた位です。
鋼夜君はもう最近は一睡も出来ていません。ポーラちゃんもまだ鋼夜君よりは良い方ですが、最近は何かを喋るのも苦痛らしいです。
「もし……もしだよ?鋼夜君とポーラちゃんがこのまま……」
「ライラっ!」
パシンッという音と頬の鈍い痛みでライラがオルト兄にぶたれたのだと分かりました。
「もしでも、そんな事言うなよ……」
「……」
「鋼夜とポーラちゃんは大丈夫だ。なんてったって鋼夜は『蒼天皇』イリーガル・ブルーだぞ?ポーラちゃんもああ見えて強い子だ、きっと……ううん、絶対に大丈夫だ」
「……うん」
でも、でも、それでも。ライラはどうしても嫌な光景が頭から拭えません。
それはきっとあの時、リュミルという鋼夜君とポーラちゃんに『嫉妬』を掛けた人をファニーオレンジ島で見たから。
あの時、戦えるみんなは宝力の枯渇で冷静に状況が見えなかったらしいけど、ライラは見えた。ううん、見えてしまった。
あのリュミルという人と蛍という人は異常だ。狂ってる。
多分あの人達は鋼夜君のお兄さんである白夜さんって人に命令されたら多分どんな事でもするだろう。あの人達の目からはそんな強い意思が感じ取れた。
でも、なんだかそれとは別に強い感情も渦巻いている感じもしたけど、あの時は遠すぎてよくわからなかった。
ライラ達はフリーダムナイツの整備士だ。
だから、どんな細かい異常も見逃さない様に、いつも注意深く物事を観察してしまう。もう職業病みたいなもの。
ライラ達の両親も凄腕のフリーダムナイツ整備士。二人とも本部でとても偉い地位にいるらしい。
だけど、そんな事は今は何の役にも立たない。
今回の事でライラは……ううん、多分みんなは自分たちの無力さを実感したんだと思う。
目の前には自分達の愛する人が、大事な友達が苦しんでいるのに自分達は何も出来ない。
ライラも、フリーダムナイツの整備以外にこんなにも自分が役に立たないなんて知らなかった。ううん、知っていたけど気が付きたくなかったんだと思う。
「ねえ、オルト兄」
「……なんだ、ライラ」
「ライラは、もっと色んな事を知りたい。フリーダムナイツの事だけじゃなくてもっともっと、色んな事を。みんなと違って戦う事は出来ないけど、それ以外の所でみんなの負担が減る様に頑張りたい」
そう言うと、オルト兄は無言で頭を撫でてくれた。
〜〜〜〜〜〜〜
「鋼夜……」
私は鋼夜の顔中から流れ出る汗を拭いながら、これからの事について考えていた。
何かを考えていないと最悪の展開を想像してしまい、怖かったのだ。
ポーラは今は落ち着いているが、鋼夜が苦痛の声を発さない時間はもう殆ど無くなっていた。
それは、それだけ鋼夜のリミットが近づいている事を意味している。
「……ねえ……美月ちゃん……」
「っ、なんだ?ポーラ」
「ちょっと……お話ししよ?」
「だが、喋ると辛いのでは……」
「ううん、今は大丈夫。だから……お願い」
ポーラの目は何かを訴える様に強かった。
私はその目を見て、ポーラと会話をするべく、ポーラのベッドの近くまで寄った。
「ねえ、美月ちゃん。ヘリコプターの中での話覚えてる?」
「ああ、もちろんだ」
「あの時、自分だけが役立たずなんて思わないでって言ったの覚えてる?」
「ああ、覚えている」
ポーラは一言小さく、「そっかぁ」と言ってから、一度大きく息を吐いて続けた。
「実はね、私も自分の事役立たずなんだって思ってたの。私はね、小学校の時から自分に『ジュエル』が有るって分かってたの。だから、私は中学校から宝力についての事を沢山沢山学んできた。だけど、全然上手く扱えなかったの。それで、ミーディア学園に入学して、ミーシャちゃんとルームメイトになった。それから、鋼夜君に会って、美月ちゃんに会って、ライラちゃんに会って、オルト君に会って、ティナちゃんに会って、セルディさんに会って色んな人と会って、今では鋼夜君のチームに入れて貰った。私ね、『コバルト・シリウス』のみんなが大好きなの。だけど……どうしても戦う事が怖かった。みんなが傷付いて、いつかいなくなっちゃうんじゃないかと思って、怖かった……それよりも、私の撃った弾丸で相手を傷つけるのが怖かった」
そこでポーラは一息つく。一気に喋った為か、息も荒い。
「だけどね、鋼夜君の事を思うとそれも怖く無くなった。勿論みんながいなくなっちゃうのは怖いけど、みんながいなくなっちゃう位だったら私は引き金を引く、覚悟なんていう凄いものじゃないけど、勇気が湧いた。だからね、あの時鋼夜君を守る為にリュミルっていう人の前に飛び出したのは後悔してないんだ」
「まあ結果は守るどころか、みんなの負担になっちゃってるけど……」と、ポーラは苦笑いを浮かべる。
「そんな事はないさ、私なんかあの時動けもしなかった。もし、あの時ポーラが動いてなかったら鋼夜は殺されていたかもしれない。そう思うと、ポーラは凄いよ」
「えへへ、そうかな?でもね、美月ちゃん。私が言いたいのはそういう事じゃ無いんだ」
ポーラは一転、何か覚悟を決めた様な声色になる。
「もし、もしだよ?このまま鋼夜君と私が……死んじゃったらね、お母さんに会って欲しいんだ。それで貴女の娘のポーラは頑張ったってそう言ってくれない?」
「……何を馬鹿な事をっ!」
「ありがとう、美月ちゃん。でもね、私は死んだ時に後悔なんてしたくないの。もし死んじゃうなんて事になったら、私のファーストキスは鋼夜君に無理やり奪わせるんだから。だからね、大丈夫、私は死ぬつもりなんてないから。私のファーストキスは無理やり奪わせるんじゃなくてちゃんと鋼夜君からして欲しいから」
「ポーラ……」
「でも、さっきの事は忘れないでね」
そんなどうでもいい事を考えていないで、少しでも眠っておけ……と言おうとして、私は。
リビングからのティナの「本当!?」という声に思わず顔を向ける。
そして、数秒後、ドタドタという騒がしい音とともにセルディとエレナさんの「本当ですか!?」という声が聞こえ、オルトとライラの「ただいま〜ってどうしたの!?」という声とその後の「本当!?」という声を聞く。
そして、数秒後今度は複数人分のドタドタという足音と共に部屋のドアが勢い良く開いた。
そして、開口一番ティナが。
「ヴァネッサちゃんが『強欲』を使える様になったかも知れないって!!」
そう言った。
〜〜〜〜〜〜〜
イージス、ストックホルム支部。
今そこは自身をアウターと名乗る1人の男に支配されていた。男の名はアインセルト・シギフィーファ。アウター軍『フィロシウス』第三部隊長である。
「何?」
「ひっ」
「ああ、そんなに怖がる必要性はありません。ええ、ありませんとも。それで、その報告は本当なのですか?」
「えっ、ええ。何でも今この町に『強欲』の魔女がいるとかどうとかで、『蒼天皇』とその仲間が来ています」
「ふむ、そうですか。それはさぞや我らが王もお喜びになるでしょうね。ええ、なるでしょうとも」
アインセルトは一つ考え込むと、報告を持ってきた男に告げた。
「この時刻を持って、その『強欲』の魔女と『蒼天皇』の抹殺を指示します。その代わり、出来るならば生け捕りにしなさい。他はどうなっても良いです。ええ、良いですとも」
そう言うと怯えるイージス職員に対し、早く準備をする様に告げる。
「これだけ染めておけば大丈夫でしょう。ふむ、では私もあちらへと戻ってグリモアで戦うとしましょうかね。ええ、戦うとしましょう」
そう言ってアインセルトが指を一つ鳴らすと、目の前に大きな穴が出来上がる。アインセルトはそこを潜り抜けると後には何も残っていなかった。