「魔女の力を起動、『強欲』を解除、セレスの抱擁を発動」
ヴァネッサちゃんの手の辺りに赤、橙、黄、緑、青、藍、紫という七色の光が目まぐるしく変化しながら集まっていく。
ヴァネッサちゃんの目の前には横たわった鋼夜とポーラの姿。その体には醜悪な黒い『死』が張り付いている。
だが、その七色の光がヴァネッサちゃんの手から二人の体へと離れ、それに吸い込まれると目に見えて黒い痣の進行が止まった。
「やった!」
思わずライラが声を上げる。
私も叫びだしそう!
これで……これでやっと二人は治してあげられる。
が、その黒い痣の進行は止まったものの収縮はいつまで経っても始まらない。
「っ!」
ヴァネッサちゃんは必死に自身に潜む強大な魔女の力を操っている。が、相変わらず黒い痣は無くならない。
「はあっ、はあっ……」
「ヴァネッサ……ちゃん?」
思わず私はヴァネッサちゃんに問いかけてしまった。
息も絶え絶えでヴァネッサちゃんが全力を尽くしたのは見るまでもない。が、それでもなお、二人の体の『死』は無くならない。
「……ん……ぃ」
すると、ヴァネッサちゃんからか細く、今にも消え入りそうな声が聞こえた。
「ごめんなさぃ……ごめんな、さぃ……」
そこには目から大粒の涙を流しながら、必死に私達に謝るヴァネッサちゃんの姿。
「ごめんなさぃ……ヴァネッサじゃあ……出来ないでず……ヴァネッサじゃあ……ポーラお姉ちゃんと……こーやお兄ちゃんの……病気……なおじであげられ……うわぁぁぁぁ……」
「な、泣かないでヴァネッサちゃん!ほ、ほら!二人の病気の進行は止まったじゃない!ね?だから、泣き止んで?」
「でも、でも……うわぁぁぁぁん!!」
察するにヴァネッサちゃんでは既にここまで進行した鋼夜とポーラの『嫉妬』の力を解くことが出来なかったのだろう。
まだ私達から見ても子供であるヴァネッサちゃんには荷が重すぎたのだ。
それで中途半端に『強欲』を使った結果が、二人の『嫉妬』の進行を食い止めたというあの状況なのだろう。
これについては私達は誰もヴァネッサちゃんを責めることは出来ない。
そもそもヴァネッサちゃんがいなかったら鋼夜とポーラは死ぬ運命にあったのだから。
そんな重荷を背負わせた事を謝りこそすれ、責めるなんていう事がどうして出来ようか。
泣き疲れて、眠り込んでしまったヴァネッサちゃんをベッドに入れてやり、私達はリビングへと集まった。
〜〜〜〜〜〜〜
「で、実際問題どうするのよ」
「どうする、とは?」
「決まってるでしょう、鋼夜とポーラの事よ。ヴァネッサちゃんの『強欲』で二人が完治しない以上、私達が取るべき行動は二つよ。一つは『強欲』は諦めて他の手段を探す。幸いヴァネッサちゃんのお陰で二人の『嫉妬』の進行は止まった訳だし、時間なら有るわ。もう一つは、誰かがヴァネッサちゃんに契約を……『強欲』の契約印を結ぶ事」
そう二本指を立ててティナが言う。
「ヴァネッサちゃんでダメだったんだから契約印じゃあ、ダメかもしれない。だけど、やってみるだけの価値はあると思う。だけど……」
「だけど?」
「魔女との契約には、代価が必要なのよ」
そう言えばそうである、鋼夜が普通に魔女の力を、『憤怒』の力を使っているから忘れていたが、本来魔女の力を手に入れるには代価が必要なのだ。
契約印には、それ相応の代価が。
誓約印には、命を懸ける誓いが。
代償印には、その魔女の生命が。
それぞれ必要なのである。
それが人の身に余る強大な魔女の力を、人間が手に入れる方法。
「まず、代償印はあり得ないわ。二人を助ける為にヴァネッサちゃんを殺すなんて……そんな事あって良い筈が無い」
「ですが、誓約印も難しいです。今此処で、ヴァネッサ様に命を懸けて誓う様な事がありますか?」
そう、そうなのだ。鋼夜が命を懸けて復讐を誓った様に、私達がヴァネッサちゃんに命を懸けて誓える事が有るのか?
答えは無いとしか言いようが無い。
となると、
「契約印しか、無い……か」
魔女との契約……昔から物語には事欠かない物では有るが、その代償は大きい。
無条件でその力を貸して貰えるのはファンタジーの世界の中だけと、相場が決まっている。
「もしくは、他の方法を探す……」
「ですが、それもかなり危ない橋を渡る羽目になるでしょう。エレナ様でも心当たりが無いのでしょう?」
「ええ、残念ながら……ね。本部もこの事に関しては消極的だし」
この中で一番博識で、人脈のあるエレナさんでも心当たりが無い状況で私達が取れる行動など高が知れている。
「それに、ヴァネッサちゃんの『強欲』の効力がいつまで続くかわからないしね。その度にヴァネッサちゃんのお世話になる事になると思うよ?」
「そう、何度も『強欲』が効くかわからないですしね」
「となるとやっぱり……」
「誰かが、ヴァネッサちゃんと契約するしか無い……か」
「でしたら、その役目。私にお任せを」
「セルディ?なんでわざわざ貴女が……」
「私は、一度ならず二度、死んだ命で御座います。一度目はティナお嬢様に、二度目は鋼夜様に助けていただかねば私はこの場にはおりません。私はお二人の為ならば喜んでこの命差し出しましょう」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!何も死ぬと決まった訳じゃあ……」
「いえ、僭越ながらティナお嬢様。何事も最悪を想定して動くべきだと思います。確かにヴァネッサ様がそんな事を望むとは思いませんが、『強欲』が勝手にきめるのやも知れません」
セルディさんが気になる発言をしたが、今はそんな事を聞いている時間ではない。
それに、その役目は私の物だ。
「だったら、その役目は私がやろう」
「美月様?」
「セルディさん、貴女は天剣という世界にとって必要な存在だ。常に最悪を想定して動けというのならば、少しでも貴女が危険を冒す必要は無い。そんなものは私が適任だ」
「ちょっと美月まで!」
「ううん!その理論なら戦えないライラが適任だよっ!」
「ああっ!ちょっとみんな落ち着いて!」
と、議論が白熱し最高潮に達した時。
「キャァァァァァア!!!!」
という悲鳴が外から聞こえた。
「何事!?」
「みんな!窓の外!」
エレナさんが指し示すそこには……
「黒い……影……」
ファニーオレンジ島で見た、『悪魔』が這い出てきていた。
『悪魔』に周りの家々が破壊され、その中で
「みんな!外に出て住民の人達を助けに行くわよ!ライラとオルトとエレナさんは鋼夜とポーラとヴァネッサちゃんをお願い!他のみんなはフリーダムナイツを展開して!」
そう言うや否やティナは自身もグロリアス・エンジェルを展開し、飛び出して行った。
その後を追い、私も雪時雨を展開、開け放たれた窓から飛び出した。
「酷い……」
既に町の至る所から火の手が上がり、町は狂乱に包まれていた。私達は黒い影に触れないよ慎重になりながら、逃げ遅れた人々の救助をしていた。
と、その時。
「あっ!イージスの人達だ!」
「助けだ!助けが来たぞ!」
町の人々が私達の方ではなく、町の入り口を見ながらそう言った。見るとそこには完全武装したイージスの姿。
「おーい!こっちだ!まだ要救助者が……」
私のその言葉は最後まで発する事が出来なかった。
何せ、イージスが町の住民達を殺し始めたのだから。