心音美月は一人で灯りの灯ったミーディア学園の学園寮を歩いていた。今頃自室(鋼夜と同居中)では鋼夜が着替えている事であろう。何故か鋼夜は着替えを見られる事を殊更に嫌う。何故かは知らない、昔はそんな軟弱な男ではなかったのに…いや!決して!決して鋼夜の着替えを見たいとか、服の上からでも分かる鍛えられた筋肉が見たいとか、そんなのにあんな事やこんな事をしたいのでは無くてだな!
たった一人で歩きながら百面相を繰り広げる美月は見ていて少し滑稽ではあったものの、夕飯の後の団欒の時間という事もあり、幸いにも誰にも見られていることはなかった。
「昔の鋼夜…か…」
美月の知る昔の鋼夜はそれはそれはかっこよかった。
少々自分の心が補正を掛けていることは否定しきれない所もあるが、客観的に見ても鋼夜はかっこいいと言える部類に値するだろう。
「もうあれから7年経つのか……」
7年、それは長い様であって少なくても美月にとってはとても短い時間であった。7年前の事は今でも鮮明に思い出せる。それは朧火家と心音家にとっては最悪の時間と言えるであろう。
だが、それでもその7年前は美月にとってはかけがえのない大切な時の事でもあった。
鋼夜とその妹である紗夜、そしてあまり会った事は無いが、その二人の兄、更に美月と姉の五人で過ごした時間の証明でもある。
だが、全てはあの人が破壊していった。
そんな事は今はどうでもいい、そう思い明るい記憶に耳を傾ける。あの日は暑い夏であった。
小学校の放課後、美月と鋼夜は二人で自宅への帰路へと着いていた。
「あー、あちぃ」
「しょうがないだろう、夏なんだから」
何回めになるか分からない「あちぃ」を聴きながら美月もまた何回めになるか分からない返事をしていた。
この後二人は朧火家の運営する古武術の道場へと通う時間でもあった。二人は幼くして武術の心得があるためケンカなどにはめっぽう強く、周りからは触らぬ神になんとやらの精神でなんとなく遠巻きにされていた。
鋼夜はそんなことは気にしないし、美月もまた鋼夜が居ればそれで良かった為、二人はそんな事は気にもしていなかったのだが。微妙に鋼夜の方が美月よりも強かった為、毎回毎回美月は目標を「今日こそは鋼夜に勝つ」に設定しており、今思えばこれが今の性格へと直結したのだろう。
「今日こそは鋼夜に勝つからな」
「ん?何を、負けねえからな」
美月の嫌いな言葉は、女の癖にだ。
そう言われるたび美月はそう言った男子をことごとく返り討ちにしていた。だが、鋼夜はそんな事は言わなかったしむしろ自分の事をきちんとライバル視していてくれた。
それが幼心にも嬉しく、今思えばそれから恋心が芽生えたのかもしれない。
いつも通りの帰り道、だが今日だけはちょっと違っていた。
「ワンワンワン!!ガゥゥゥ!!」
二人の家へと帰る道でどうしても通らなければならない道にそいつはいた。そいつはミルクという名前の割にえらく獰猛な大型の犬で、美月はそいつが苦手だった。
「グルルル、ギャウ!」
それは一瞬の出来事であった、恐らくはチェーンが劣化して外れかかっていたのだろう、目の前でミルクは鎖を引きちぎり、幼い二人の少年少女へ襲いかかったのだった。
「きゃあ!!」
「美月!!」
その牙が自分に突き立てられる事を想像し、身構えていた美月に遂にその痛みは来なかった。恐る恐る目を開けて見るとそこには腕から大量の血を流した鋼夜の姿、その腕には真新しい噛まれた跡があった。
「大丈夫…か?」
そう言ってミルクを追い払った鋼夜が痛みに倒れるのを見てからの記憶は美月には無かった。
後で聞いた話だが、鋼夜はそのまま病院へと入院、腕を4針縫う怪我を負った。その間美月はずっと鋼夜の入院する病院へと毎日足を運び続けていた。
自分の所為で鋼夜が傷ついた。その事だけが美月の心を蝕んでいた。そして鋼夜が退院する日。
美月は一人でお見舞いに行った。多分彼は拒絶するだろう、それだけの事を美月はした。
そう思いながら。だが、彼女を迎えたのは、
「ありがとうな、美月」
怪我を負わせてしまった少年のそんな言葉だった。
「な……んで……?なんで鋼夜は私を……許してくれるの?」
「何でって……なんで?」
「だって、私が居なかったら鋼夜はそんな怪我負わなかったじゃん!私が……私が……!!」
「何言ってんだ?馬鹿じゃねえの?」
だが、少年はそう言った。怒られる、拒絶されると思っていた少女の心にそれは大きく響く。
「俺が美月を助けたいからそうしたんだ、だから美月に礼を言われる筋合いはねえ……それに、助けたのは美月だから」
「え?」
「なっ、何でもねえよ!ほら、行くぞ!!」
同行の意を示すその少年の手は暖かく、それでいて優しかった。
〜〜〜〜〜〜〜
とまあそんな感じで昔の事を思い出していた美月は一周回って自室へと帰ってきた。そろそろ着替え終わっているだろう。そう思いながら。
「鋼夜?入るぞ?」
「おう、もう良いぞ」
美月は恥ずかしい過去を思い出して赤くなった顔を見せないように下を向きながら帰りを告げる。
「ん、そうだ美月、明日ちゃんと開けてくれてるよな?」
「う、うむ!バッチリだ」
「ん、ありがとうな」
そう、明日は2人がミーディア学園に入学してから初めての週末である。初めてのマラソンの前に鋼夜が美月と約束していた買い物の予定が入っている。
(で、デート……デートで良い……よな?)
美月は仮にも鋼夜の幼馴染みである。彼の性格はよく知っているし、彼の朴念仁ぶりもよく知っている。
だからこそ、鋼夜が自分から買い物に誘ってくれたという事に尚更心がけ踊ってしまうのだった。裏切られると知っていてもだ。それが恋する乙女というものであろう。
「デート……」
「ん?何か言ったか?」
「い!いやっ⁉︎何でもないぞ!うん、何でもない!全く空耳が聞こえるとはもう年では無いか⁉︎」
「いや、別にそういう事にはならんと思うぞ…」
冷静な鋼夜のツッコミを受け少々美月の心が傷ついたものの、そんな事では明日という日を楽しみにしている乙女の心は折れたりしない。妙ににやけ顏をした美月を見ながら鋼夜は寝床へと入るのだった。
ちなみに補足だが、流石に5日も経てば慣れるだろうと思われた二人の同居生活だが、全く進歩していない事をここに記しておく。
〜〜〜〜〜〜〜
「遅い!何をやっているのだあいつは!!」
約束の時間から5分が過ぎ、美月は一人でこれから鋼夜と行くはずのショッピングモール『ココモココ』の前で待っていた。道行く男性が美月の方を見ながら顔を赤くしたり、声を掛けようか迷っている雰囲気があったが、美月はそれら全てを鋭い眼光とフリーダムナイツの腕輪で追い払っていた。ちなみに今の服装は学校指定の白い制服である。
何が野暮用があるだ!何がすぐ行くだ!
これでは文句の一つも言わないと気が済まない。そう思った時だった。
「ごめん、遅れーーーたっ!?」
「遅い!」そう怒鳴りつけようと思った美月の喉は寸前で止まる。それもそのはず、鋼夜がいきなり美月の目の前で盛大にずっこけ、美月の懐に飛び込んで来たのだから。
「ーーーーーっっっっ!?」
ちょうど美月が鋼夜を抱き締めるカタチとなり、いきなりの密着に美月は嬉しいやら、怒りやらの感情がごぢゃ混ぜになり、声など出せる余裕など無かった。
「ごめんなさい!」
結局遅刻した事と、なんか変な空気にしてしまった事を重ねて謝り、何とか美月の許しを得た鋼夜は普通に手を差し出す。
「ほら、逸れると危ないだろ?」
さらっとそう言ってのける幼馴染みに驚きながらも心中ではガッツポーズをする美月は赤くなった顔を見られまいと必死になりながらも、その手をギュッと握り返したのだった。