「鋼夜ぁぁぁっ!!」
目の前で女性が『シェムハザ』に踏み潰された。
名前は知らない。だけど何故だかどうしようもない怒りが心の奥底から溢れ出てくる。
気付いたら私はレーヴァテインを振り回しながら『シェムハザ』へと突っ込んでいた。
何故だかは自分でも分からない。気がついたら心が体を動かしていたといった感じだ。目の前が真っ白になって『シェムハザ』しか見えなかった。多分これが殺意に身を任せるっていう事なんだと思う。
とにかく私は『シェムハザ』を倒したかった。一刻も早くこいつを倒さないとティナが、ポーラが、ミーシャが、セルディさんが、エレナさんが、ライラが、オルトが、そして鋼夜が目の前で踏み潰された女性の様になってしまうのではないかと考え、怖くなった。
だから私は『シェムハザ』の攻撃に気がつかなかった。
気付いた時にはもう遅かった。もう避けられない所まで攻撃が迫っていた。
怖かった。次は自分があの女性の様に殺されてしまうのだと思った。怖かった、だから私は助けを願った。他でもない鋼夜に。
助けて、助けて、心でどんなに思っても言葉にする時間はなかった。私は悟ったここで死んでしまうのだと。
鋼夜、鋼夜、鋼夜。せめてもう一度だけでいい、もう一度鋼夜を見たかった。でも時間はそれを許さなかった。
『シェムハザ』の攻撃が私に肉薄する。
ああ、無意味な人生だったなぁ。
そういえば。今日は何日だっけ?
唐突にそんな事を思った。
そうだ、今日はーー
ーー
七年前に全てを失った日だ。
その時走馬灯の様に一瞬にして私は自分の人生を振り返った。
初めて会ったのはそう、小学校の入学式の時。男女別に分かれて並んで座っていた私は初めての小学校生活に少しの不安と多くの夢を持って校長先生の長ったらしい話を聞いていた。そしてその隣に彼は居た。
思えばそれが始まりだった。
同じクラスに入学し、たまたま隣の席になった事から私と彼の人生は交錯し始めた。
その頃の私は人見知りが激しく、女の子でもちょっと怖いのに男の子というのは未知の存在だった。
しかし彼はそんな事など御構い無しとばかりにずかずかと踏み入ってきた。
「おれはおぼろび こうや。きみは?」
「……こころね……みつき……」
「そっか、みつきか。いいなまえだな、よろしくなみつき」
私と彼が一緒に遊ぶ様になったのは偶然の賜物だ。
たまたま同じクラスに入って。
たまたま隣の席で。
たまたま家が近くて。
たまたま彼の家が道場をやっていたからだ。
そして彼が強かったから。
人見知りが激しくあまり人と話すのが得意ではなかった私は少し、いやかなりクラスでも浮いていた。
そんなある日、数人の男の子が私にちょっかいをかけてきた。
「おーい、なんにもはなせないのか?おーい」
「こいつなに言ってもむしすんだぜー」
「なにそれ!まるでにんぎょうだな!!」
私は何も言い返せずただ俯いて彼らが飽きるのをひたすら待っていた。だが、その時だ。彼が初めて助けてくれたのは。
「おい!おまえら!」
そう言って私と男の子達との間に割って入った彼は彼らから私を守るように立ちふさがった。
「なんだよおまえ!」
「おっ、おれしってる!こいつとにんぎょうはまいにちいっしょにかえってるんだぜ!きっとふうふなんだふうふ!」
「にんぎょうって、だれのことだ」
「そのおんなにきまってるだろ?なーんにもしゃべらないからにんぎょう」
何が彼の琴線に触れたのかは分からない。だけど彼はいきなり怒り出した。
「なにがにんぎょうだよ!みつきはちゃんとしゃべるしわらうぞ!……あっでもあんまりわらわないな」
「はっ、なんだよおまえ。にんぎょうをまもるのか?」
「あたりまえだろ!よわいものいじめをしちゃダメっておとうさんにいわれなかったのか?」
「それはひとにたいしてだろ?にんぎょうだったらいいじゃん」
「だまれ!みつきはひとだ!にんぎょうじゃない!」
その日彼は二対一の状況で相手側を完膚なきまでにのして見せた。そのあと先生がすっ飛んできて、彼を止めるまで彼は私を守り続けてくれたのだ。
後日私と彼は両親を呼ばれ、先生との面談をした。
子供の喧嘩で、さらにあちら側が悪いとはいえ、流石にやりすぎであろうと厳重注意を受けたが、それからは私にちょっかいをかけてくるような輩は居なかった。
その時からだ、私が彼の様に強くなりたいと思い始めたのは、その時からだ、私が彼に惹かれ始めたのは。
次の日から私は彼の家の道場に通い始めた。
そしてどんどん彼とは仲良くなり、いつの間にか私の人見知りは改善されていった。
親同士も仲良くなり、家族ぐるみの付き合いと呼べる様になった。
彼には兄と妹が居た。私は一人っ子だったのでちょっと羨ましかったのを覚えている。兄の方はなんだか不思議な人であんまり会わなかったから分からないが、妹の方は私にも懐いてくれ、とても嬉しかったのを覚えている。
私はただそんな楽しい日々がずっと続けば良いと思っていた。ずっと、ずっと私達が大人になるまでずっと一緒に。
だけどそんな願いは神様には届かなかった。
そして七年前のあの日。私と彼は全てを失った。
あの日も7月31日だった。あと1日で誕生日だというのに私は失意のどん底に突き落とされた。そして今は本当に地獄に落とされようとしていた。
あと1日。あと1日で私は産まれてから16年経つというのに。あの日も、そして今日も。つくづく私は7月31日に不幸が降りかかる体質らしい。
そっかぁ、16歳か。
日本の女の子にとって16歳というのは重要な意味を持つ。
そう、結婚出来るようになるのだ。
して、みたかったな。
まだ攻撃は来ない。ならば少しだけでも夢想してみるのも良いかもしれない。
思い浮かべるのは結婚した自分だ。相手は勿論彼。
考えるまでも無く彼が頭の中で脳内再生される。
そっか、私は家族が欲しかったんだ。
今や天涯孤独の身である私は家族の温もりと言うのをすっかり忘れてしまっていた。私を引き取ってくれた叔母はいい人であったが、血が繋がっている訳では無い。その事に引け目を感じて少し気を使っていたのは否めない。
だから久しぶりにゆっくり眠れたミーディア学園での最初の夜は心地よかった。隣には彼が居て、これからはずっと一緒に居られる。そう思うととても安心できた。
思えばその日は人生最良の日だと自分では思った。
ずっと思い浮かべていた彼と再開出来たのだ。
出会いはまた入学式。
一目見て気が付いた。彼だ、彼が居る。私が見間違うはずが無い。7年経って大きくなった彼を見て私は泣きそうになったのは秘密だ。
だが、彼は何やら隣の女子と話しているでは無いか。それは私にモヤモヤした気持ちを出させるのには十分だった。
しかし、どうやら知り合いという訳では無さそうだ。
見る限り彼は彼女に好意を抱いてはいる様だが、それは友情の類だ。小さい頃からずっと一緒に居た私の目に狂いは無い。
そうだ、彼は幼い頃から無自覚に女の子を誑し込むのだ。
何度私は彼がラブレターを受け取るのを見た?
何度告白されているのを見た?
だが、同じ数だけ彼がそれを断っているのを見ているので少し安心していた。
私ははやる気持ちを抑えつつ一時間目終了後まで待とうと思った。今話しかけたら上ずった変な声になってしまいそうだったから。
そうして再び私と彼の人生は交わりあった。
そこまで考えた時、私は時間が来たことを悟った。
これで終わりだ。さようなら鋼夜……
うぅ……やだ。やだ、嫌だ。まだ死にたく無い。
どうしても死というものを受け入れられなかった。
これで鋼夜とはもう二度と会えないのだと思うと涙が止まらなかった。
だから願った、もう一度助けてと。あの日の様に彼に、私の一番大好きな朧火鋼夜に。もう一度、助けてくれと。
神様は願いを叶えてくれなかった。だから、私の最愛の人に助けてくれと願った。朧火鋼夜に助けてと叫んだ。
結果、願いは叶った。
私の命は助かった。
私が望まない方法で。
やっぱりこの世界は理不尽だ。