業火剣乱の狂奏曲《コンチェルト》   作:ムササ

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#70 完璧メイドとの木曜日

8月10日木曜日。そこに俺は一人で待ち惚けを食らっていた。3日前の美月の話によりみんなの水着選びを以下略。

 

「えーっと……」

 

それに遠巻きに俺を見る視線がヒシヒシと伝わってくるのだ。しかも「あれってミーディア学園の制服じゃね?」「えっ!あのフリーダムナイツの!?」「しかも何あの人!格好良くね!」「えっ、でもあの人真夏にコート?」「げっ、変人だよあの人」「四日連続……幻覚?」

グサッという音とともに俺の心が抉られる、主に変人という言葉によって。だが、勘違いして欲しくはない。このコートはほぼ強制的に着させられたものであって自分の意志ではないという事を。

そこに凛とした澄んだ声が響く。

 

「お待たせ致しました。鋼夜様」

「おお、その声。今日はセルディだな」

 

その声の持ち主は誰であろう紛う事なきセルディ・ルナセリアである。実はこのルナセリアという名前は偽名であり、セルディの主人でもあるティナの実家の家名なのだが、故あってセルディはルナセリア家の養子なのでルナセリアという家名を名乗る事を許されている。

因みに今日のセルディの服装は何時ものようなメイド服ではなく、普通の私服である。しかし普段と変わらない所が一箇所。何時もセルディが被っている帽子である。

セルディはいついかなる時もその頭に被った帽子を脱ぐ事はない。勿論それには理由があるのだが、セルディが帽子を取ったところを見たのは鋼夜は一度しか無い。恐らくティナもそう多くはないだろう。

セルディの私服はと言うとこれでもティナとは兄妹弟子であった鋼夜である。勿論セルディともティナがミーディア学園に転校する前から親交があり、セルディの私服というのも偶にではあるが見た事がある。そのため驚きはしないのだが、新鮮ではある。黄緑と白を基調とし、穏やかに纏め上げているセルディの私服は誰が見てもそのセンスに文句の付けようも無いほど決まっている。

 

「あら、鋼夜様。女性が精一杯おめかしをして来たのですよ?紳士として賞賛の言葉くらいかけてはくれませんのですか?」

「うっ……」

 

鋼夜は思わず声に詰まる。それもそのはず鋼夜には圧倒的に欠けているものがある。それは女性への配慮とボキャブラリーである。平たく言えば褒めることに慣れていない。

あと女性の心に対しても圧倒的に欠けているが、圧倒的過ぎて比べるのもバカらしいので止めておく。

 

「あー、えーっと……なんだ。その、似合ってるぞ、セルディ」

「もう少し何か言い様は無かったのですか?」

「うっ、仕方ないだろ。セルディも知ってるだろうに」

「ふふっ、まあ良いです。一応褒めて下さいましたし」

 

ほっと溜息をつくと、「一応ですが」と強調されたので敵わないなぁと思ったのは秘密である。

鋼夜にとってセルディとはどんな存在かと問われると強いて言うならば姉である。まだ師匠の元で修行をしていた際、よくティナと共に身の回りのことを躾けてもらっていたものだ。

鋼夜が両親を失ったのはかなり早い段階であったし、師匠は戦闘以外の事は殆ど教えてくれなかったので、セルディがいなかったから今頃鋼夜は戦闘にのみ特化した野蛮人の様な存在になっていただろう。

因みにもう一人天剣になってから姉が出来たのだが、セルディからは基本的な事を、もう一人の姉であるエレナからは応用的なものを教えてもらった。

言葉にはしていないが、鋼夜にとってこの二人の『義姉』は掛け替えのない存在である。

 

「ああー、えっとそれでどこ行く?セルディ」

「そうですねえ、鋼夜様にお任せします」

「んー、と言われてもなぁ」

 

鋼夜には女性がこういう所に来て何をするかなど知る由もない。ミーディアに来るまで師匠の元で修行という青春時代を過ごしていたのだから当たり前といえば当たり前なのだが。

セルディの好きなもの……と言えばシュークリームなのだが、残念な事にここのシュークリーム屋にはもう行っている。となると……

 

「それなら、あそこへ行かないか?」

「あそこ、とは?」

「まあ、付いてくれば分かるさ」

 

そう言って鋼夜はセルディの手を引いて歩き出した。

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

「こ、これは……」

 

セルディはその店内を右から順に眺めていく、そうすると眼に映るのは……犬、猫、猫、犬、犬、犬、猫、猫、犬、猫……おびただしい数の動物である。

そう、鋼夜がセルディを連れてきたのはペットショップ……ではなく、犬と猫と遊べるカフェであった。

いわゆる猫カフェや、犬カフェと呼ばれるものである。

 

「さ、触っても宜しいのですか?」

 

セルディが恐る恐るといった感じでそこの店員に話しかける。そして了承を貰うと、近くにいた子猫を抱き抱える。

 

「あぁ、あぁ……素晴らしいです、ここはなんですか、桃源郷ですか……まさか死後の世界……それでも……こんなモフモフが……まさに至高……たまりません」

 

このセルディ、シュークリームの次に好きなものが動物、三番目がティナである。主人を差し置いてトップツーに君臨するモフモフ共に囲まれてこのメイド、腑抜け切っている。

子猫を顔に近づけると頬を擦り付けたり、肉球をプニプニしたりと堪能している。

 

「さあ、おいでなさい私の顔にその至高の存在(肉球)を押し付けるのです。ほら、一思いに、プニッと、ほら、プニッと」

 

必死に猫にそういうものの子猫は首をかしげるのみである。

 

「な、ならば……これでどうです!」

 

セルディが取り出したのは猫じゃらしである。というよりも何処に持っていたのか、全くもって不明だ。

それを見た子猫は両足をうまく使いセルディが『疾風』の名に恥じぬ動きでくねらせる猫じゃらしをパシッという音と共に捕まえる。

そしてそのままセルディは猫じゃらしを上へと持ち上げると、その猫は二本足で立ち上がった。

 

「根性、根性、ほらほら、頑張ってください」

 

セルディは少しずつ猫じゃらしを後ろへと動かす。それにつられて猫も二本足で歩く。それを見て顔を綻ばせるセルディ。見事に平和である。

しかし黙っていないのは他の猫。セルディの持つ猫じゃらしを見ると周りの猫が集まりだす。

 

「ふっふっふっ、こんな事もあろうかと!」

 

セルディは更に7本の猫じゃらしを取り出す。どんな事だよ、と突っ込みたくなるがそれは置いておく。

セルディはその合計8本の猫じゃらしをそれぞれ指の間に挟み、それぞれを独立した動きで動かし始める。まさに神業。これが天剣十三将の力である。

シパッ、シュタッ、シュン、シュルッ。その動きまさに『疾風』見事なまでの動きでセルディは猫を翻弄する。

右からの攻撃をいなし、上からの飛び込みを躱し、下からのパンチを上へと避け、だだの一つも捕まっていない。

 

「ふっふっふっ、まだまだですね。『モフモフ検定1級』を持つ私の『猫の心を弄ぶ究極の一品(猫じゃらし)』捌きについてこられる猫などいません」

 

因みにこの『モフモフ検定1級』受験者数100に対し一人合格出来るか否かという狭き門なのだが過去最高得点で合格したセルディ・ルナセリアの名をその道で知らぬ者は無い。

『モフモフ検定1級』の声を聞き店内から人々が集まってくる。彼ら通称『モフラー』にとって一級とは最高の名誉。そのセルディを一目見ようと店内からモフラーが集まってくるのをセルディを確認した。

しかし、その一瞬の隙を突かれーーパシッ。

右手人差し指と中指で扱っていた猫の心を弄ぶ究極の一品(猫じゃらし)が子猫に捕まってしまう。

 

「なっ、そんなまさか……この私が……くっ、仕方ありません。貴方に『モフラー・オブ・モフリスト』の栄光を与えましょう」

 

その声に店内が歓声に包まれる。セルディは膝をつき悔しさを露わにする。すると、

にゃー

 

「?」

 

にゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃー

恐ろしい数の猫がセルディに纏わり付いた。

 

「えっ、ちょっ、まっ……」

 

セルディの顔面という顔面に猫が集まりその猫の持つ至高の弾力(肉球)を押し付ける。

 

「あっ、あっ、あぁぁぁぁあっ!!」

 

悲鳴とも恍惚とも区別のつかないセルディの声がカフェ中に響き渡った。

 

因みにその頃鋼夜は入り口付近で大型犬に気に入られたらしくずっと顔面を舐められ続けよだれ塗れであった。

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

8月10日 木曜日

 

今日は鋼夜様と水着を買いに行きました。

真剣に鋼夜様は私の水着を選んで下さり、とても楽しい一日となりました。

特にあのカフェ。あそこは人類の聖地です。絶対に守り抜かねばならない場所です。私も一モフラーとしてあそこを聖域に認定します。

 

「あっ、思い出しただけで鼻血が……」

 

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