少々立て付けの悪いドアを開いて外に出ると、8月に相応しい眩いばかりの日差しが容赦無く照りつけ、思わず目を細める。それと同時に強い潮の香りが鼻の奥をくすぐった。
それでも構わず思いっきり空気を吸い込み、幾分か慣れた日差しを手で遮りながら改めてドアの向こう側の景色を目に写す。そこには見渡す限り一面の、青。
上を見ても、下を見てもどちらも見事なまでの真っ青であった。
空は当然としても、下を見ると青。というのはこの時代では珍しい。正確にいうとこの真下を見ると白なのだが、更にその下には青が広がっていることであろう。
下、正確にいうと海である。
何処までも続く大海原と晴天が俺の視界に広がっていた。
それは潮の香りと眩い日差しも相まって否応無く俺の心を踊らせる。
そう、今俺は大海原。昔でいう太平洋を船で横断している最中である。俺たちのチーム。コバルト・シリウスはアメリカ合衆国のハワイ諸島に程近いイージスが所有する人口埋め立て島「ファニーオレンジ島」に向かっているのだ。
ハワイ諸島といえどその場所は日本よりであり、この高速艇で所要時間6時間半というところか。眼下には透き通る海、上を見上げれば全てを包み込む晴天。絶好の旅行日和と言える。が、しかし生憎俺たちは旅行などしている暇はない。それならば何故そんな南の島へと向かうのか、その理由は簡単、【世界を救う為】である。いや、大きくいえばそうなのだろうが、俺にとっては死なないため、そして俺の身勝手な願望を叶える為、という節が多い。
とまあ、そんな感情を抑えながら俺はこの船のデッキに出る。
「潮の香りが凄いなあ」
水面では恐ろしい勢いで水飛沫が立っている。それだけでもかのの船の速度が分かるという訳だ。
という事はそれだけ強い風が吹き荒れているという事でもあり、その全てが潮の香りを含んでいるとすれば俺の感想に頷く事が出来るという人も多いだろう。
少し横を見ればそこにはイルカが泳いでいるのが分かる。どうやら見慣れない高速艇に興味を惹かれた様だ。そしてその上には真っ白なカモメが追従する様に飛んでいる。
平和なものだ。ーー俺はなのだが。
俺はデッキのある一部分に目を向ける。その理由は簡単。
そこには俺の愛すべきチームメイトがいるからである。
しかしそのチームメイトの殆どが平和とは程遠い場所に腰掛けているのだが。その理由は簡単。
「うっ、うっぷ……気持ち悪りぃ……」
青髪を短く切った一見知的そうなイメージを持たせる少年、オルトの言葉が全てを物語っていた。そう、船酔いである。それも俺とエレナ、ティナ、セルディを除く全員がである。
「おい、お前ら大丈夫か?」
「な、なんでそんなに普通でいられるのだ?」
「こ、鋼夜君……酔い止め、酔い止め……」
「うぅー、頭がグワングワンするよぉ……」
「き、騎士たる者が……こんな波ごときに……」
こればっかりはこの船を操縦しているエレナに文句をいう事も出来ない。
なんでこんなにも船酔いをする人たちが多いのか、その理由は簡単である。この時代、乗り物という物が極端に少ないのだ。流石に車位は有るのだが、それも一般人が気軽に所有するする事など出来ない代物である。昔は一家に一台、などと言われていた様であるが、今の時代でそんな事をすれば今頃人類は石油不足でアウターに降参せざるを得ない状況に追い込まれていたであろう。
だがしかし、この時代に乗り物が無いのは限りある資源を大切にしようとかいうそういった理由がなどでは無い。その理由はもっと切羽詰まっている。それは、自分達の命を守る為である。
乗り物に乗っているという事は、それだけその中には人がいるということである。という事は人類が今戦争中であり、しかもいきなり敵が市街地に現れ、それを防ぐ術が無いこの状況で乗り物というのは格好の的である。ジャンボ機など以ての外、電車ですら一本も走っていない。
ジャンボ機が無いのはアウターや
今この世界にある人類が使える乗り物というのは、辛うじて使える車やバイクとイージスの使う船、それにイージスの上層部しか使えないヘリコプターだけである。(勿論自転車やスケボーなどは除く)
そのお陰で地球の環境は劇的に改善されたのは皮肉と言えるであろう。
とまあそんな訳でこの時代の人々は乗り物という物に殆ど縁のない生活を送ってきたのである。その所為で今船酔いをしているのは仕方のないことと言えるだろう。
因みに俺たちが酔っていないのは勿論イージス上層部として船やヘリコプターに乗っているからである。
日本を出てから約6時間。後30分で着くはずだが、その前に俺のチームメイトが戦闘不能にならないかが、心配である。
「あらまあ、見事に全員ノックアウトですね」
そう言ってデッキに出てきたのは俺と同じ天剣十三将であり、俺のチームメイトの一人ミーシャの実の母親でもある、天剣十三将序列十位『雷剣』グレース・アルキオスその人である。
およそ一週間前にファニーオレンジ島に向かう旨を伝えた際、指導役として来てくれないかと誘うと快く了承を貰ったのでこの船に乗っているのだ。
という事はこの船には今天剣十三将が三人乗っているという事になる。ある意味この船は今一番世界で安全であろう。
「まあ、仕方ないでしょう。船なんて殆ど乗る機会無いですからね」
「まあ、そうですが私の娘もこんな醜態を晒していると思うと少しばかり……ね」
その気持ちも分からなくはない。誰が好き好んで実の娘が船酔いをしている所を見たいと思う。少なくとも俺は見たくない。
「一応酔い止めは渡したんですけどね」
「今日は風が結構ありますし、波も高い方です。実をいうと少し俺も風に当たりたくて外に出て来たんですよ」
正直言って誰もいない船室で暇だったという理由も有るのだが。ティナとセルディは自室に籠もってなにやら本家と連絡をしているらしい。どうやら『強欲』の魔女が見つかったらしい。
魔女と十聖剣の確保はイージスの急務だ。もしそれが
それでも魔女も十聖剣の所有者も素直にイージスに来てくれない場合も多く、交渉中にグリモアに殺されるといった事件も過去数回起きているらしい。
その場合十聖剣は新たな所有者の元へと向かうから良いのだが、魔女の場合はその力が殺した者へと向かう為、身を呈してでも阻止せよとの通達がある。
「あら、あれではないですか?」
少しばかり顔を伏せて考え事をしているとどうやらファニーオレンジ島が見えてきたらしい。
「ほ、本当か!?やっと解放される……」
いつもは礼儀正しい美月が目上のグレースに敬語を忘れる辺りもう既に限界に近かったのだろう。本当に心から喜んでいる。その声に他のメンバーも安堵の息を漏らす。
その時スピーカーからデッキに出ているメンバーは船内に入って来ることというエレナの放送が入り、俺たちはぞろぞろと船室へともどる事となったのだった。
誰しもがそのファニーオレンジ島の想像に胸を膨らませながら。
しかし、まだ誰も気がついていなかった。
このファニーオレンジ島である一つの大きな出来事がおこる事を。そしてそれはーー
ーー世界の運命を大きく変える事になる事を。