「隙ありーーーーっ!!」
突然叫び声と共に足を引っ張られる。
ばっしゃーんという水音と共に水飛沫が舞い上がり、俺の体が頭から海に突っ込む。
「だ、誰だぁっ!?」
思いっきり足を引っ張られた所為で頭から海面に突っ込み、頭がクラクラする。
うえ、しょっぱい……
「ふっふっふっ、甘いわよ『蒼天皇』?」
「くっそ、ティナか」
俺がお返しとばかりにティナの方へと駆け出そうとすると、
「隙ありーーーーっ!」
再び海面に頭から突っ込む俺。
あぁ、しょっぱい……
「詰めが甘いのだよ、鋼夜君」
「今度はライラか……」
青い髪をツインテールにした快活な少女が仁王立ちしていた。ちなみに威厳など全く無い。
今俺たちは一時の夏を楽しんでいた。
俺は何時も着ている青い宝力で編まれたコートを脱いで普通の水着姿だ。なんだか久しぶりにコートを外で脱いだ気がする。ちなみにセルディもすでにコートは脱いでいる。
そんなこんなで海に入って遊んでいたのだが、グレースさんはどうやら暑いのが嫌いらしく、ホテルで休んでいるそうだ。オルトは……多分岩影で泣いているのだろう。
そんな事を考えているとまたも頭に水が掛かる。しかし今度は足を引っ張られた訳ではない、普通に水海水を掛けられただけだ。
「くっそ、今度は美月かよ」
「ふん、油断しない事だな」
こんな海で何に油断しなければいいのか。と言うよりもそれでは何をしに海に来たのか全くもって分からないではないか。
と、今度はかなりの水圧の水をかけられる。それも何発も。
「わぷっ、やめろよポーラ」
其処には二丁の水鉄砲をもったポーラ。
なんだか様になっているのは気のせいでは無いだろう。
「えいっ、えいっ」
そんな言葉は御構い無しとばかりに笑いながらポーラの引き金を引く指は止まらない。
やられてばかりでは『蒼天皇』の名が廃る。俺が反撃に出ようとした時。
またもや足を掴まれる感触。しかし今度は足を引っ張られるどころの騒ぎではない。その足を掴む力が強まったかと思うと浮遊感と共に遠心力で頭に血がのぼる感覚が俺を襲う。と、それも直ぐに止まり、上下が逆転する。
ざっばーーん。ティナやライラに足を引っ張られ、転ばされた時とは比べ物にならないほどの水音と水飛沫が舞い上がる。
「一回やってみたかったのよねー」
そんなぽんぽんとジャイアントスイングをされては堪らない。
「そんな事やってみたかったから、とかいう理由でされる方は堪んないんだけど。エレナ姉」
「ふっふっ、姉とは時に理不尽なのだよ」
なんだそれは。
「ずいぶんとおモテになりますね。鋼夜様」
「本当にそう思うんだったら、変わってくれよセルディ」
「嫌で御座います」
だろうな。俺だって逆の状況だったら絶対に変わらないし。こういうのは見ているから面白いのであってやられる方は堪らないのだから。
しょうがない、このままやられっぱなしというのは『蒼天皇』としてもコバルト・シリウスの隊長としても、何より男としていただけない。
男には負けると分かっていても戦わねばならない時がある。と言ったのは誰だったか。
多分今がその時なのだろう。俺はせめて一矢報いるべく、戻るのだった。
ざっばーーん。
「油断大敵で御座います、鋼夜様」
だから、この海で何に油断しなければいいのか。
〜〜〜〜〜〜〜
結局女子には一矢報いる事すら出来ずにもみくちゃになるまで海水を飲まされ続けた。
なんか言葉で表すといじめられてるみたいだな。あれ、おかしいな顔から流れる海水が途切れない。
「ふー、結構疲れたな」
「そうね、海で遊ぶのも結構体力消費するわね」
何せ体力トレーニングでプール練とかよく聞くからな。
水の抵抗というのは案外馬鹿にできないのだ。
俺はフリーダムナイツが無いと何処にでもいる普通の高校生に少し毛が生えた程度の実力しか無いので生身の戦闘だと、俺はそんなに強くないのだ。精々父親と師匠に習った古武術を使える程度だ。刀があれば話は別だが。
「そろそろ、お昼にするか」
「もうそんな時間か、楽しいと時が経つのは早いな」
正直俺はあんまり楽しく無かったが、それについては同感である。
岩影で一人でひっそりと泣いていたオルトを回収して、俺たちはホテルへと戻るのだった。
「やっぱり海といえば刺身だな」
「うむ、そうだな。新鮮な海の幸、これに限る」
昼食はこの近海で取れた魚の刺身だ。生粋の日本人である俺と美月、それに日本暮らしが長いティナとセルディ、エレナ姉は普通に食べているが他のポーラやミーシャ達は刺身を目の前に固まっている。
「こ、鋼夜君。これを食べるの?」
「おう、そうだぞ。ポーラも食ってみろよめちゃめちゃ美味いぞ」
とは言うものの、やはり日本人以外に刺身はキツイか。最近は鮮度が安定して保てないから日本でも少なくなってきてるしな、刺身。ここは直ぐに捌けるからこそだろう。
後は師匠が刺身が好きだからそういう技術を叩き込まれているというのも関係していると思う。
ポーラ達は恐る恐ると言った感じで刺身を箸で持って口に運ぶ。この4ヶ月で箸の使い方は上達したが、目にすることが無かった刺身はまだまだなんの躊躇も無く口に運ぶのは厳しいらしい。
しかしそれも一口運ぶと、驚愕の表情に変わる。どうやら気に入っていただけた様だ。
「おいしい!」
「そうだな、確かにこれは美味しい」
ポーラとミーシャが同時にそう言った。俺は別に刺身が好物というわけでも無いので欲張って頬張る訳では無いのだが、そんな顔を見ているとついつい俺も手が勝手に動いてしまう。
結局みんなお腹が一杯になるまで刺身を食べ続け、午後は海で遊ぶのも一苦労だった。
〜〜〜〜〜〜〜
「ふー、もう結構体力的に限界だな」
海で泳いだり、ビーチバレーをしたり、ビーチフラッグをしたりと、思いつく限りの海遊びをして初日は終わりそうである。
「そういやミーシャ、グレースさんはどうしたんだ?」
「暑いのが苦手で海には来ないと言っていただろう」
「いやでもお昼も来なかったし」
「うーむ、お母様は遠慮したんじゃないか?」
「そうなのかな、別に遠慮すること無いのに」
「そうだな」
そう言ってミーシャとなんとはなく、浜辺に腰を落ち着ける。
「ミーシャはさ、グレースさんに憧れてるんだよな」
「ああ、私にとってお母様は母であり、目標だ」
「天剣になりたいって思った事はあるのか?」
「ああ、最近な。鋼夜とセルディさんの斬り合いを見ていてそう思ったよ」
「そっか」
そこからまた無言の時間が続く。
「確か天剣になるにはある一定の基準の成果を出し、二人以上の天剣に推薦されることが条件だったな」
「ああ、そうだ。俺は特例だったけどな」
「いつか私もなれるかな」
「さあな」
「そこはお世辞でもなれるとか言うところだろう」
「まあ、そうなんだけど。俺はさ、出来ればミーシャに限らずコバルト・シリウスのみんなには天剣にはなって欲しくないんだ」
「何でだ?」
その言葉には若干の苛立ちが含まれているのが分かる。
「天剣になれば、危険な戦場に駆り出される。天剣としての重圧は負けることは許されない。そんな状態でみんなが傷つくのは見たくない」
本音を言えば、誰にも傷ついて欲しくないのだ。
それがあの日に紗夜と交わした
誓いと言うものは重い。それがもう二度と交わせないものだと余計に。
「そんな事で怯む様な奴がコバルト・シリウスにいると思うか?」
「……思わないな」
だからこそ、俺は誰にもそれを言わないのだ。
「だったら信じろ。鋼夜を守る、私達を」
「だったら約束しろ、誰も俺の前から居なくならないって」
「ああ、約束しよう」
紅に染まった夕日が俺たちの顔を眩しく照らしつけていた。