「さあ、そろそろ終わりにしましょう。
「まだだ。まだ終われない、私は、白夜様の為に……」
「誰かの為に、その理由は素晴らしい。自分の為じゃない、他の誰かの為にその命を懸ける事が出来るということは素晴らしい事だ。しかし、それは勝たねば意味はない。強くなければ何かを成し遂げる事は出来ない」
誰かの為に。その言葉は確かに素晴らしい。
しかし力なき者がその言葉を放ったとて、それは恐らく空虚に響くだけであろう。その理由は簡単。その者の言葉に力が籠っていないから。
幾ら綺麗事を叫ぼうとも、民衆はそれに未来がなければついて来ない。
だが、なぜその未来を民衆は見分けることが出来るのか?それはその綺麗事を発した人間の言葉に力が有るか否かを聞くことが出来るから。
力とは腕力だけではない。心の力、自分の意志を何を犠牲にしても貫くという心こそが力。
この二つが合わさってこそ人間は初めて力を得る。
「貴女はこの世界の真実を知らない。それだからそんな事を言える」
「世界の真実?そんなものがあるというならばそれは、自力で見つける事が出来るはずだ」
この世に真実など無い。
勝てば官軍と言うように、この世において正義と悪は幾らでも塗り替えられてきた。
すなわち、正義とは悪であり、悪とは正義。これがこの世の真実である。
「それでも、この世は決断を迫られている。それがわからない貴女達に変わって白夜様がその決断を下す」
「罪の無い人々を犠牲にして。か?」
「そうだ」
「そうか、それならばやはり交渉の余地は無い」
「はなからそのつもりだ」
しかしその蛍の顔は諦めとも絶望とも取れる顔をしていた。だからグレースはその次の言葉を聞き逃してしまった。
「『クルティナの予言』は私達が絶対に阻止してみせる」
そう言って蛍は長剣を構え直す。
それに合わせて、グレースもまた長剣を構える。
先に動いたのはグレースだ。
「嘶け、レイジング・ボルト」
電気を全身の筋肉に送り、超人的な筋力を一瞬生み出し、瞬間的に蛍との距離を詰める。
「瞬け、瞬燐陽炎」
長剣が振り下ろされると同時に蛍が瞬燐陽炎で紙一重でそれを躱す。さらに、カウンターでグレースの後ろから袈裟斬りを仕掛ける。が、しかし全てを骨髄反射で捌くことが出来るグレースは化け物じみた反射神経で、それをフリーダムナイツの籠手で受ける。
1センチでも狂えば、衝撃をまともに受けてしまいその籠手ごと腕を切り落とされる。しかし、グレースのレイジング・ボルトは筋肉神経だけでは無く、視神経にまでその効果が及ぶ。極限まで強化された動体視力がそんな離れ業を可能にする。
さらにその受けた籠手で、蛍の顔面にめがけ裏拳を放つ。
それに対し蛍もまた、超人的な反射神経で右足を振り抜き軌道を逸らす。
これは反射ではなく、経験からくる予測である。勿論それは超人的な速さで繰り出される裏拳の速度に敵うはずも無いので、あらかじめ予測して右足を振り抜いていたのだ。
驚くべきは雛岸蛍の方である。人間の限界値をも超えたグレースの反射神経に若干劣るものの、なんとか食らいついているのだ。
その理由は蛍のよう第三世代能力に起因する。蛍の瞬燐陽炎は瞬間移動を可能にする能力である。それにより蛍はその能力を生かすために動体視力を鍛える訓練が必要であった。それが今蛍の命をなんとか繋ぎ止めているのだ。
内心グレースもこれには舌を巻かざるを得ない。
(この速さに付いて来るとは、あまり使いたくは無いですが奥の手を出すしか無いですかね)
しかし対する蛍も余裕がある場面では無いし。と言うよりもどちらかというと追い詰められているのを騙し騙しやっているだけである。
(これは……予想以上にキツイですね。しかし、まだ終われないのですよ)
どちらも余力があるとは言えないが、まだ奥の手を隠している状態。
何故奥の手を使わないのかと言うと、これがもし一対一の決闘などであれば二人は惜しげも無く奥の手を使うのであろう。しかし、今この状況では二人とも迂闊に奥の手を見せびらかす訳にはいかないのである。
もしこの状況で奥の手を使い相手を倒したとしよう。本来ならばそこで終わりである。しかしこの周りに伏兵がいたら?そしてその伏兵が倒された仲間の仇を討つのではなく本部に持ち帰り、その奥の手を報告したら?
勿論その伏兵が能力を使われた訳ではないので正確な情報ではないが、戦争においてもっとも力を持つものは情報を制したものである。それが分かっているからこそ、二人は迂闊に動いて相手に余計な情報を与えたくないのだ。
このまま続けるのならばグレースがこのまま優勢で押しきれるのであればグレースが制限時間内に蛍を倒せば終わりである。しかし蛍の能力は逃げることにのみ専念すればほぼ無類の強さを発揮する。なにせ物理法則を無視して瞬間移動を可能にするのだから。ただ早く動けるグレースとは訳が違う。
故に蛍は防戦にならざるを得なくなり、グレースは攻め込まざるを得なくなる。
それが制限時間内にて終わるかどうか。それが奥の手を使うか否かに変わっているのだ。
互いに奥の手を使いたくない。しかし使わないと倒せないかもしれない。あるいは倒されるかもしれない。
二人は今、何十手も先を読みながら奥の手を使うか否かを考えて、間合いを取り合っているのだ。
「ふー、考えていても仕方がありません。敵が目の前にいる。奥の手を使う理由はそれだけで十分です」
「その通りだな。白夜様の為にここで一人でも多くの敵を討つ」
互いにそうやって腹の中を探り合う。
この言葉を発した時の反応で相手が本当に奥の手を使うかを図っているのだ。そしてその結果は、
(これは、使ってきますね)
(奥の手を使ってくるか)
どちらも使うという判断である。
こうなれば話は簡単。早く動いた方の勝ちだ。
「〈鍛え上げられし守りの剣よ、迫り来る災厄を払いたまえ〉ガラティン」
「リミッターを解除、大型荷電粒子砲《ラーヴァナ》起動」
そして互いに奥の手を使いかけたその時。
「いやぁぁぁぁあっ!!」
遠くから女性の悲鳴が聞こえた。
そして数秒後ーー
ーー言いようのない寒気が二人を襲った。
それに驚き、互いに飛び退く。
(あれは……まさか……)
(この私が……ありえん……)
そろ寒気の理由は単純。生物としての本能である。
最も強く生物に刻み込まれた本能。その名は恐怖。
天剣十三将として数々の修羅場をくぐり抜けてきたグレースと、
そして、ホテルの方から恐ろしいまでの熱量が見て取れる黒焔が立ち上った。
それは禍々しく、それでいてどこか悲哀に満ちた怒りの焔である。
それに数瞬遅れて凄まじい殺気が二人を包み込む。それもまた二人に冷や汗をかかせるほどの凄まじいものだ。
しかしそれは二人とも身に覚えがあった。といっても二人は違う人物を想像している。
グレースは『天将』滝沢秋水。
蛍は『黒き太陽』朧火白夜。
二人の想像はどちらも間違っていない。
まるでそれは『天将』が本気で怒った時の殺気と同じであり、『黒き太陽』が本気で怒った時と同じである。
それが意味することは即ち、二人にゆかりのある人物の殺気という事となる。そしてこの場にはその人物は一人しか居ない。
そしてグレースの脳裏には一つの言葉が浮かんだ。
(これが……『天将』貴方の予想以上に凄まじい様ですよ。貴方の英雄は)
どちらとも奥の手を隠すことも忘れ、ホテルの方へと駆け出していくのは同時であった。
すなわち二人を身震いさせるほどの殺気の元凶へ。
ーー朧火鋼夜の元へ